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第86話 そして……
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今は放課後――アルとウォルフ先輩と噴水広場に来ている。……昼休み話を聞いて、思わず来た訳ですが――
「まぁ、何も無いですよね……」
立ち入り禁止の黄色い紐こそ外されてはいるけれど、瓦礫は一まとめにされているし重要そうなモノはセラクさんが持って行ったはず……。
この場所は、セラクさん達に徹底的に調べられたのだから、そもそもあの時の現場のままで残っている訳が無い。
「まぁねぇ。この子達が何か分かれば良いんだけど――下位の精霊の感覚は漠然としてるって言うか……意志を繋げても、関係の無い余計な事とか伝えてきたりするし……まぁ、伝達が下手というか――?」
ウォルフ先輩がそんな事を言ったら、先輩の周囲に飛んでいた何十個かの小さな光がブンブンと周囲を回転しながら飛び始めた――。そして、ウォルフ先輩の頭やお腹にバシンバシンと攻撃する。
「痛い、痛いって!本当の事だろう?」
あーあ、ウォルフ先輩?その最後の一言が余計だと思います。
プンスコしてる下位精霊さん達が一丸となってウォルフ先輩の鳩尾に攻撃しました。悶絶するウォルフ先輩――チラチラと光る子達は私には良く分からないけれど水と風の下位精霊らしいです。
顕現できない下位精霊の子達がどうして物理出来るのかと言えば、水の子は空気中の水を集めて自分の前に盾を作り――風の子も同じように盾を作ってウォルフ先輩を攻撃したらしい。
この子達はウォルフ先輩の事が大好きみたい。
それで、一生懸命協力したのに『下位精霊ちょっと使えない』みたいな事を言われた訳で、そりゃ怒るんじゃないかなって……。
ちょっとイイのが入ったからね……起きあがらないウォルフ先輩に、流石の精霊さん達もオロオロし始めた。
アルと私は顔を見合わせて苦笑しながらウォルフ先輩を起した。
「酷い目に遭った気がする――」
「協力してくれていたんでしょう??自業自得な気もしますが……」
ジト目で精霊さん達を見てるウォルフ先輩にアルが、チクリとそんな一言。ウォルフ先輩は「うっ」と言った後、下を見て――横を見て――もう一度下を見て、それからオズオズと顔を上げた。
「――……手伝ってくれたのに、ごめんね?」
そう素直に謝るウォルフ先輩――この子達とは長いお付き合いらしくって、ついつい感謝が疎かになってしまっていたらしい。精霊さん達がピカッ!って光った後――ウォルフ先輩に、多分抱きついた。
何て言うか――ウォルフ先輩の顔が隠れちゃって、光る電球が頭になったみたい?傍から見るとそんな感じなんだよね。
どうやら、これで仲直りらしい。ちょっと、ほっこり――。そんな和やかな空気が流れた時だった。
「何だこれは!――……あぁ、下位精霊か……」
何で、ソイツに群がってるんだ?そう言って来たのは皇太子――そして、頭が痛そうな顔をしたベッケン嬢とクワイトスさん――そして、茫洋とした顔をしているもう一人の男子留学生がそこにいた。
――てっきりもう帰ったと思ったのに……。こんな所で会うなんて……。いや、寧ろ私達を探していたのかもしれない。だってこの所逃げ回ってたからね……。
精霊さん達が怯えるように蠢き、ますますウォルフ先輩に張り付いているようだった。多分『嫌な気配』がするんだろう。ウォルフ先輩呼吸とか大丈夫かな?と思ったけれど、そっちは心配無いらしい。スクッと立ち上がると、皇太子の方を見ているようだ。
「いや、こんな所でなんだが、会えてよかった――アルフリード王太子」
にこやかな皇太子と違い、私とアルはスンッてなりました。
それを見た、ベッケン嬢とクワイトスさんが申し訳無さそうに頭を下げる。意外だったのは男子学生――いつもなら、ギンっと私とアルを睨んで来るのに、今日は張り付いた能面みたいな顔をしていて反応が薄い。
具合でも悪いのだろうか……?
皇太子が話し始めたのはいつもと同じ事――巫子様が素晴らしいって事ね?いつもと違ったのは「(巫子様の素晴らしさを知って貰う為に)是非、わが国にも来ると良い!」と直接話した事かな……。
留学しにオイデ!って言うのは分かったのだけれど、何て言うんだろう……私達を留学させたいって言うよりも、巫子様に会わせたいって感じ??気のせいかな……?
「随分と巫子様を信頼してらっしゃるのですね――?」
「あぁ、そう――」
アルがそんな事を聞いて皇太子が答えようとした――瞬間だった。
「もちろんです!巫子様は素晴らしいのです!!濡れるような黒髪に、神秘的な黒い瞳――私達に幸福を与えて下さる!!あの方こそ、今代の聖女に相応しい!!」
男子学生がそんな事を叫んだ――いきなり爆発したかのような唐突さ……さっきまでの能面顔は何処に?と聞きたくなる位の顔をしている。紅潮した頬、爛々と光る目――。ましてや、アルは皇太子に聞いたのに勝手に答えるなんて普通にアリエナイ。
確かにこの男子学生は私達に食って掛かる事もあったけれど、皇太子の言葉を遮る事は無かった。
異様な感じに警戒したのか、皇太子と男子学生の間にクワイトスさんが身体を割り込ませる。男子学生は、まったくその事に気が付いて無い。
皇太子は一瞬ムッとした顔をしたけれど、男子学生の異様さに少し腰が引けているようだ。ベッケン嬢も青い顔をしながら皇太子の横につく。
「――……アイツ……」
ウォルフ先輩の小さな呟きが聞こえた。
「どうしたんだ?カルトール??」
頬を引き攣らせた皇太子が、そう問いかけた。あの男子学生の名はカルトールと言うらしい。
「素晴らしい!素晴らしいのです、あの方は!!」
「あ、あぁ。そうだな、素晴らしいし、その、美しいと思うぞ?余が皇帝になったなら、寝所に侍らすのも良いかもしれぬ……」
――あぁ……。
皇太子は馬鹿だ――何で、こんなイッちゃってる人が崇拝してだろう相手を『寝所に』とか言っちゃうんだろう――……。
けれど、この時はまだ私達は油断していた。だってカルトールと言う人は、皇太子の腰巾着。彼の機嫌を損ねない為にくっついていたのだから。だから、腹の中で皇太子にどんな毒を吐いたとしても、表面上は追従するだろうと思っていたのだ。だから、皇太子を睨んだのには驚いた。
『あ”?』
その声は、低く歪んでいる――。
さっき、興奮しながら話していた声とは違う……深く、昏い声。アルとウォルフ先輩が私を庇うように前に出た。睨まれた皇太子が「カ、カルトール?」と動揺したようにそう呟く。
「カルトール殿、落ち着いて下さい――」
「落ち着いています、よ?」
コテンと首を傾げて、彼はさっきの能面のような顔に戻った――。さっきの激昂が嘘のように「取り乱して失礼しました」と言いながら皇太子に近付く。
その動作は自然だった――手にしていたのはクナイのようなもの。皇太子の首を掻っ切ろうとしたソレはクワイトスさんに阻まれたけど――
「ぐあっ!!」
皇太子の苦悶の声と――ベッケン嬢が息を飲む音――。
「抜かせるな!」アルの怒鳴り声が近くで聞こえた。何を――と問うまでも無い。皇太子の腹から生えたソレの事だ。そちらにも攻撃があったのかクナイが刺さっていた。
抜こうとする皇太子の手を止めたのはベッケン嬢だ。何が起こっているのか分からないと言う顔をしていたけれど、アルが怒鳴った事の意味は分かったらしい。
数回斬り結んだ後、カルトールをクワイトスさんが押し返した。
「何故です?邪魔をする意味が分かりマセン。貴方にとって皇太子は邪魔だったでしょう――?」
カルトールは不思議そうにクワイトスさんを見てそう言った――。クワイトスさんは「何を――?」と不思議そうな声を出す。そして――紐が切れたのか、仮面がスルリと顔を離れ――芝生の上に落ちた――
「な、何で――……?」
ベッケン嬢が、目を見開いてそう呟く。
その人の顔には醜い傷なんて無かった。痣や、仮面を付けなくてはならないような見目でも無い。クワイトスさんは動揺したように顔に触れ「あ?何――……俺?俺、は……?」と迷子になった子供のように呟いた。
その様子は、まるで自分が『誰』か分からないと言っているように見えた――。
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