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第76話 彼女の話。

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 放課後の図書館――人は少ない。
 図書館の何処にベッケン嬢がいるのか分からないので、どうしたものかと思ったら、2階にチラリと人影が――。私とアルは何事もない振りをしてその人影の後を追った。
 案内されたのは倉庫として扱われている場所である。
 鍵は?と思ったけれど、多分学園長から預かっているのだろう……そうでなければおかしい。と言う事は、本当に彼女だけと言う事だろうか……。だって、学園長が信頼出来ない人にココの鍵を預けたりしないと思うんだよね……。
 今日だけでも、皇太子の噂は私達の学年にまで届いている。授業態度が悪い――偉そう――なんて可愛らしい所から、女子生徒を侍女代わりに使おうとしたとか言う事まで――。学園長が面談の時にかなり釘を刺してくれたはずなんだけど……それでもコレかと。
 生徒達に事前に情報を流していたおかげで、大した混乱にならなかったのは有難い。ちゃんと先生を呼んで対処したようだ。皇太子の短期留学が終わるまで、先生達の戦いは続きそうです……。
 ヒロインが失踪した時も大変そうだったのに、その後も立て続けにこの状況って……中々ハードだよね。大丈夫だろうか……今度ベルク先生を通して回復薬の一つでも差し入れした方が良いかもしれない。
 倉庫の中は少しだけ埃っぽかった。
 隠れる所は沢山あるけれど、彼女以外の気配は無い――何でそんな事が分かるかって?影探査シャドウ・サーチという魔法を使ったからだ。
 影のある所なら探査できる魔法である。魔力が少ないので、探査範囲は狭いけれど、倉庫内位なら確認出来る。
 この倉庫は影だらけなので、探査してしまえば隠れていても丸分かりになるのだ。結果――ここには彼女以外の人間は隠れていないと明らかになった。

 「お呼び立てして申し訳ありません――。それと、来て下さってありがとうございます」

 やっぱり所作が綺麗だな――。
 目を伏せて謝罪する姿勢をとるベッケン嬢を見ながら、私は場違いにもそんな事を思っていた。彼女の顔は表情が読みにくい感じだったけれど、緊張に強張っているのが分かる。

 「いや、私も貴女に話を伺えたらと思っていたからね。丁度良かった」

 「まずは謝罪を――我が国の皇太子の数々の御無礼――お怒り収まらぬ事と存じますが、それを抑えて対処して下さった事、厚く御礼申し上げます」

 アルの言葉に、ベッケン嬢が礼を続けたままそう言った。
 どうやら、あの愚行がベッケン嬢の知る所になり、わざわざ謝罪をする為に手紙を忍ばせたらしい。あの場にいなかった彼女の所為では無いのだけれど、謝罪をしてそれを受けたという『事実』が必要なのだろうか?けれど、今回の件で言えばそれをしても意味が無い・・・・・
 そもそも本来なら皇太子がそれをしなければならないはずだけれど、あの人にそんな芸当が出来る訳も無いし――新たに失言するのがオチだろう。
 クワイトスさんは護衛の立場上、皇太子の傍を離れる事は出来ないだろうし、もう一人いる皇太子の腰巾着も謝罪には不向きだろう。だから、ベッケン嬢が来たのだろうか……。

 「――……護衛からかな?」

 アルが礼は要らない――と言った事で、ベッケン嬢が身体を真っ直ぐにして立つ――。
 その後――引きしめていた唇を開き、肯定する言葉を発した。

 「はい。あのバカ――失礼――皇太子は私に報告したりしませんので……」

 唇を噛んだ彼女の姿を見れば、皇太子の事を不甲斐ないと思っている事は明白で――。アルは「まぁ、そうだろうね……」と呟いて黙った。
 常識的に見えるベッケン嬢が一緒に来ているのに、どうしてあの皇太子はあんな行動をしたのだろうか……。制服とか、ちょっと異常だったし。
 その疑問は、ベッケン嬢の説明によって明かされた。
 どうやら、諸事情で彼女がこの国に来たのは学園長の面談があった日の事――つまり、この国に来た途端皇太子の暴挙を聞かされる事になったらしい。
 『そうだ!前乗りしよう!!』と――皇太子が言った訳ではないけれど、当初の予定では、ベッケン嬢がこの国に到着した日が皇太子が来る日だったとか。
 けれど、留学するより前に行って、観光したい的な事を言い始める皇太子――準備が万全では無い事を理由に留めていたものの、皇帝陛下に泣きつき強行――。結果、ベッケン嬢ともう一人の留学生は後乗りする事になり、護衛のクワイトスさんだけが皇太子に付き添う事になったとか――……。
 この国までの旅程スケジュールは組み直し。少数精鋭で皇太子を守りながら強行突破――道中の護衛の人達、準備してた人達の苦労を思うと胃が痛くなりそう。
 だって、皇太子の我儘で急な予定変更だよ??万全の護衛体制も取れなかった訳でしょ??それでも皇太子に何かあった場合は全員処刑されるんだよ……??やってられない。
 
 「制服に関しても、勝手に注文内容を変えたようで――」

 当初、皇太子の制服のサイズを郵送で仕立屋に送ってあったそう……。もちろん普通の制服が仕立てられる筈だった。けれど、先乗りした皇太子はその制服が『地味』な事が気に食わなかったらしい。勝手に注文内容を変更して、止める言葉も聞かずに無理を通した。
 現在制服からは宝石やらは外されたけれど、その作業も大変なものだったろう。縫い付けられた痕は服に残る――それを蒸気を当てて生地を無理なく伸ばす事で痕を消したり、それでも塞がらない痕は細い針で同色の糸を通して見た目には何の瑕疵も無い状態にしたのだからプロの技術の凄さを感じる。
 その宝石も一度でも使われたからには中古品。着てたのだから勿論、傷も入っている……買い取り価格は正規の値段には絶対に届かない。
 それでも、買い取って貰った方がマシなので仕立屋さんに引き取って貰ったらしい。あちらに――有利な価格で……。いわゆる迷惑料込みの買い取り価格らしい。口止め料も入っているのだろう。
 残念な事に、あの制服の目撃情報は出回っているんだけどね――。

 「更には、ローゼンベルク嬢には――謝罪しても、しきれませんわ……」

 悲痛な面持ちをみれば、彼女を責める気持ちにはなれない。
 寧ろ、あの王太子の所為でこんな風に謝罪をしなければいけないベッケン嬢の立場を思えば、心苦しくすらあった。

 「――貴女の所為ではありませんでしょう?」

 「いいえ!何を置いても、あのバカに同行するべきでした!!そうすれば、事前に止める事も出来たでしょうに――……」

 泣きそうな顔で訴えられて、私はそっとベッケン嬢の手を握った。
 激昂した所為か、完全に皇太子の事をバカと言ってしまっている……。そこに滲むのは乳姉弟に対するもどかしい怒り――……バカと言いながらもその皇太子を見捨てられない『姉』としての彼女の姿があった。

 「だとしても、貴女が罪悪感を抱くような事ではありませんわ。こんなに誠実に謝罪して下さる貴女に八つ当たりするほど――私、根性悪じゃありませんもの」

 冗談めかしてそう言えば、ベッケン嬢は泣き笑いの顔をした。
 
 「貴女の気持ちは理解できるけれど――公式な謝罪は受けられないよ。それは分かっているね??」

 アルの言葉に、ベッケン嬢は頷いた。
 公式には『無かった』話への謝罪であった事が一つ――。そもそもの元凶である皇太子に謝罪の気持ちが無い事がもう一つ――。
 ベッケン嬢は、硬い表情で「これは自己満足です――ちゃんと理解しております……」とそう言った。話を聞いて、どうしても我慢できなかったと……。
 私は「そのお気持ちだけ頂きますわね――?」そう言って、彼女に笑いかけた。
____________________________________________________

 【完結済】の『病弱な姉に――……』のおまけの話を投稿しました。『メリヌの結末』です。後もう一話『レウリオ』を本日中に投稿予定です。その後、完結設定に戻します。
 それに伴い、そちらの話の表紙を変更しました。投稿中の作品で世界観を同じくする作品の表紙のデザインを統一し、色違いで分かりやすくしてみようかなぁと。現在、名前が出てくる程度なので同一世界感は薄いですが……;;
 以降、その予定でおりますので、宜しくお願い致しますm(_ _)m
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