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閑話 一之瀬 昴

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 本家の祖父が嫌いだ――。
 一之瀬の一族が嫌いだ――。

 政治家、学校の校長、大病院の院長。この辺一帯の大地主。先祖からの土地を継いだだけなのに自分達が偉いと思っている傲慢なヤツラ。男が偉くて女は従う者――典型的な男尊女卑の思考を持った一族。
 父はそんな一族の本家の三男に産まれた。医者になったから、祖父はどこかの病院の院長の娘を父に宛がう気でいたようだ。
 けれど、父は看護師をしていた母と結婚した――祖父曰く、由緒正しい血筋では無い下賤な血の女と。
 大ゲンカしたらしいけれど、父の粘り勝ちで母は本家には出入り禁止――そういう条件で両親は結婚したと聞く。父を勘当してしまうのは惜しかったらしい。父は、心臓外科の権威で世界ではそれなりに有名だったから。
 幼い頃、俺は祖父には好かれていなかった。
 祖父も他の親戚も、母をバカにするような事を言うのでとても嫌いだったと記憶している。

 ――バカって言う方がバカじゃないのか?

 子供心にそう思いながら、冷めた目でその人達の事を見ていた。
 内孫の従兄が優秀だとかで、比較しては良く嗤われた。ちなみにその頃の俺の成績はかなり良かったのだけれど、それを言うとやっかみが増えるから面倒だと言う事で、父と相談して成績は悪く伝えていたのだけれど……。
 
 『いかなくてもいいぞ?』

 優しい祖母が心配だからと、一族の集まりに顔を出す父。父は毎回そう言った。けれど、俺が行かなければ父も母も悪く言われるし、電話でギャンギャン言われる事になるのも面倒なので「行かない方が面倒――」と言って毎回出席していた。
 そんな扱いが変わったのは大学受験の時だった。
 優秀だった従兄が落ちた有名な医学部に俺が受かった事である。正直、面倒な事になったなぁ――というのがその時の気持ちだ。優秀だ優秀だと持ち上げられていたから、てっきりあっちも受かるだろうと思っていたから、その大学を受けたのに。
 叔父にはかなり睨まれたけれど、祖父は違った。手の平を返したのだ。

 『流石は儂の孫だ!』

 酷い有り様だった。従兄は青褪めて項垂れていた。祖父の関心が自分から俺に移ったのを感じたんだろう。案の定、従兄は祖父に罵倒されるようになり引き籠った。
 従兄を少し憐れに思ったけれど、散々俺や家族を見下して来たのだし自業自得だと思い俺は勉学に励んだ。卒業も間近になり、地元の大学病院に就職が決まった頃、祖父に呼び出された。
 従妹と婚約させようとしたのだ。従妹は嬉しそうだったけれど、彼女も母を見下していた人間の内の一人だったので、俺は拒否した。
 そうしたら、就職の内定が無かった事になった。祖父が手を回したらしい。従妹が謝って自分と結婚すれば、勤められるようにしてやると笑いながら言って来たので。鼻で笑って帰って来た。
 父と相談した結果、遠方の、一族の権力が届かない所で医師になる事に決めた。政治家の親戚に手を回されそうだったけれど、そこは父が押さえてくれるらしいので安心だ。

 本当に、あんな一族滅べばいいのに――。

 そんな事がありながら、俺は一人暮らしを始めたのだけれど……。
 一人暮らしの生活に落ち着いた頃、俺の環境は一変した――歩いていれば、女性に道を聞かれ、お礼にお茶に誘われるという絡め手から、直接的にホテルに行こうと言うものまで沢山声を掛けられるようになったのだ。
 特に医師だと分かると目の色を変えてしつこくなる。俺は次第に職業を言わなくなった。
 大学時代の友人に相談したら、苦笑して言われた。

 『そりゃお前、黙って立ってても美形いいおとこだしなぁ』

 地元で言い寄られる事が無かったのは、従妹が俺の事を好きで周囲を牽制していたからだと言う。彼女は学部こそ違えど、大学は一緒だったから、大学でも同じように牽制していたらしい。
 最近はストーカー紛いの女性が身の回りに増えて来たので、まさかここで従妹の牽制の有難さを感じる羽目になるとは思わなかった。
 友人たちへの相談の結果、俺は既婚者を装う為の指輪を薬指に嵌める事にした……。
 
 
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