上 下
12 / 117

第8話 状況確認

しおりを挟む
 あれから数日――周囲も落ち着いて来たので私とアルは放課後、貴賓室のソファに座りながらお茶を頂いていた。傍から見れば、婚約者と仲睦まじく過ごしているように見えるように、対面では無く並んで座っている。
 ようは、周囲から話しかけにくい雰囲気を出している訳である。
 寮に入る者は、例えどんなに高貴な身分でも部屋付き侍女を連れてはこれない。私達が着替えや髪のセットが出来るのは入寮前にした特訓のお陰と言うより、前世での経験があるからだ。だって、一般庶民だったからね。
 そして侍女がいない以上、婚約者であっても自室での会話は憚られるのである。ようは、結婚前の男女が部屋で二人っ切りなど言語道断という例のアレである。
 私は、紅茶を飲みながら先程の休み時間にエリザベス様が話していた事を思い出した。
 ヒロインのあの様子を見れば、休み時間にアルに突撃して来るだろうと覚悟していたのに彼女が全然来なかったのだ。構えていた分、拍子抜け。何でだろうと疑問に思っていたらエリザベス様がこう言った。

 『……彼女、入学早々に自宅謹慎になったそうですわ……』

 前代未聞の事態である。そんな話、聞いた事も無い。
 学園の実験室を爆発させて無傷で生還した伝説のあの人のように、語り継がれる事になりそうだ。ここ数日、彼女の話をしていないものはいないのだから。
 話に尾ひれや背びれがついた話は、耳をそば立て無くとも聞こえて来る。私達に事実を確認してきた人達には、事実と違う部分だけ指摘したけれど、それ以外の事はニッコリ笑って答えないようにしていた。
 興味本位で聞かれるのが好きでは無いのもあるけれど、彼女が居ない状況であれこれ言うのは好きでは無いから。
 かといって、彼女の謹慎が解けて学園に戻った後もベラベラと喋る気はないのだけれど……。
 王太子とその婚約者――入学すればそれなりに注目を集める事になると思ってはいたけれど、この注目の浴び方は正直予想外だった。まぁ、同情的なものなんだから敵視されるよりいいんだけど。

 「で、どう思います?彼女……レイナかしら……?」

 「正直に言って、分からなかった……」

 「ですよね……私もっとアルと出会ったときみたくすぐに分かると思っていたんですけど……」

 二人で話しているので、お互い口調は砕けたものだ。
 周囲に聞こえないようにしながら、私は困った顔をした。もっとハッキリ分かると思っていたのだ。正直に言えば、ヒロイン=レイナだった場合――遠慮はいらない見敵必殺サーチ&デストロイな気持ちでいたのだ。私達が相手に気が付くんだから、レイナもきっと私達に気が付くんだろうし……。
 殺意を持って敵対してくる相手に怯えてるだけなら殺されるんだよ?もう知ってる。とは言え、相手は平民女子。恐怖から過剰反応すれば、立場が悪くなるのはこちらだ。権力を使って女の子を排除しようとすれば、相手がレイナであっても周囲からの印象は悪い。
 相手の害意を明らかにしてから、私達はその力を振るわなければならないのだ。それが、物理であれ司法であれ……。

 「困りましたね……」

 「あぁ、困った」

 「関係無い人だったら、寝覚めが悪いですし……」

 もし、彼女がレイナだったら私達は孤島の監獄修道院と呼ばれるクラスト修道院に入って貰うつもりだった。見敵必殺とは言ったけれど、私達は私達を殺した彼女とは違うのだ。
 また殺そうとして来るのなら話は別だけれどね。正直そうなるかも分からないんだし。

 「彼女の行動とか言動とかで判断は……?」

 「短時間での判断は難しいですよね。でも、レイナと比較するとヒロイン、周囲の空気は一応読めてるんですよね……」

 「なら、別人か?」

 「言い切るのは早計かと。空気は読めてるんですけど、自分の考えに固執して曲げようとしない所は似てます。アルは何か気が付いた事ありました??」

 「そうだな。目を見たが、一応正気に見えた。あのとき・・・・のように壊れた感じじゃ無かったな……。というか、子供の時から彼女はあんな目をしていたのか??あんな気持の悪い目を?」

 言い難そうに、気味悪そうに言うアルを見て私は首を振った。
 深淵アビスを覗き込んだような気持ちになるあの目――パッと見、澄んで見えるのに奥底にドロドロと濁った情動が常に渦巻いている感じ――私はそれを思い出して、ぶるりと震えた。

 「幼い頃は我儘だけど、普通の範囲に収まる子でしたよ――彼女の家、お金持ちだったんですよ。両親は遅くに出来た子だからって甘やかしてて――お父さんが、大きな会社の社長さんだったんですけど、レイナの気に入らない事をした相手を彼女の目に入らない所に引越させたりとか。そんな事ばかりだったから……自分の為に世界があるって思考になっていったんだと思います」

 「……何でも思うとおりになる環境に慣れて、それが当然だと思ってしまった訳か……」

 「えぇ。それで、思い通りにならない事があった時、自分の妄想を信じる事で目を背けていたんじゃ無いかなぁと――例えば、私が友達じゃ無いって言った事とか」

 「好きだと言って拒否されたりとか――か」

 小さい頃、新しい友達が出来そうになる度にその子が引っ越してしまった。大体その子の父親が失業して田舎に帰るってパターンがほとんど。
 私が取られると思ったレイナが彼女のお父さんに泣きついた事が原因で、私はそれを知ってから友達をつくる気を無くした。私が友達を欲しがれば、被害者が増えるだけだもの。
 小さい頃からされた事、殺された事――許す気なんてこれっぽッちもないけれど、私は彼女の環境には同情する。正直にいってしまえば、或る意味虐待されているように感じていたのだ。
 苦しい事、ツライ事、哀しい事、嫌な事を教えないと言う事は他者の痛みに鈍感になる事だ。真綿に包んで守るのは父親の自己満足であって、レイナの成長を阻害しただけだと思う。
 だって自分が哀しかったり、苦しかったりする事があると知っていれば、友達を取られたくないからって他者の家庭を壊すような事はしないでしょ?
 レイナが自分の事だけで、人を思いやらなかったから友達がいなかったんだし。誰だって、自分ともだちの事は傷付ける癖に、自身の事しか考えられない人の傍になんていたくない。
 だから、彼女の父親がした事って、独りよがりの自己満足。レイナにとって百害しか与えて無い――だから虐待みたいだと思ったのだけど……。
 そんな事を考えていた時だった、こちらに歩いて来る人物を見て、私は背筋を伸ばして令嬢らしく微笑んだ。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

悪役令嬢?それがどうした!~好き勝手生きて何が悪い~

りーさん
恋愛
※ヒロインと妹の名前が似ているので、ヒロインの名前をシェリアに変更します。 ーーーーーーーーーーーーーー ひょんな事からある国の公爵令嬢に転生した私、天宮 えりか。 前世では貧乏だったのに、お金持ちの家に生まれておおはしゃぎ!───かと思いきや、私って悪役令嬢なの? そんな……!とショックを受ける私────ではなかった。 悪役令嬢がなんだ!若いうちに断罪されるって言うなら、それまでに悔いなく生きれば良いじゃない!前世では貧乏だったんだもの!国外追放されても自力で生きていけるわ! だから、適当に飯テロや家族(妹)溺愛していたら、いろんな事件に巻き込まれるわ、攻略対象は寄ってくるわ……私は好き勝手生きたいだけなんだよー! ※完全に不定期です。主に12時に公開しますが、早く書き終われば12時以外に公開するかもしれません。タイトルや、章の名前はコロコロ変わる可能性があります。

前世の推しが婚約者になりました

編端みどり
恋愛
※番外編も完結しました※ 誤字のご指摘ありがとうございます。気が付くのが遅くて、申し訳ありません。 〈あらすじ〉 アマンダは前世の記憶がある。アイドルが大好きで、推しが生きがい。辛い仕事も推しの為のお金を稼ぐと思えば頑張れる。仕事や親との関係に悩みながらも、推しに癒される日々を送っていた女性は、公爵令嬢に転生した。 推しが居ない世界なら誰と結婚しても良い。前世と違って大事にしてくれる家族の為なら、王子と婚約して構いません。そう思っていたのに婚約者は前世の推しにそっくりでした。 推しの魅力を発信するように婚約者自慢をするアマンダに惹かれる王子には秘密があって… 別サイトにも掲載中です。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子
恋愛
 ステラフィッサ王国公爵家令嬢ルクレツィア・ガラッシアが、前世の記憶を思い出したのは5歳のとき。  現代ニホンの枯れ果てたアラサーOLから、異世界の高位貴族の令嬢として天使の容貌を持って生まれ変わった自分は、昨今流行りの(?)「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に「転生」したのだと確信したものの、前世であれほどプレイした乙女ゲームのどんな設定にも、今の自分もその環境も、思い当たるものがなにひとつない!  それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。  ───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの? ******** できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。 また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。 ☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...