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第8話 状況確認

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 あれから数日――周囲も落ち着いて来たので私とアルは放課後、貴賓室のソファに座りながらお茶を頂いていた。傍から見れば、婚約者と仲睦まじく過ごしているように見えるように、対面では無く並んで座っている。
 ようは、周囲から話しかけにくい雰囲気を出している訳である。
 寮に入る者は、例えどんなに高貴な身分でも部屋付き侍女を連れてはこれない。私達が着替えや髪のセットが出来るのは入寮前にした特訓のお陰と言うより、前世での経験があるからだ。だって、一般庶民だったからね。
 そして侍女がいない以上、婚約者であっても自室での会話は憚られるのである。ようは、結婚前の男女が部屋で二人っ切りなど言語道断という例のアレである。
 私は、紅茶を飲みながら先程の休み時間にエリザベス様が話していた事を思い出した。
 ヒロインのあの様子を見れば、休み時間にアルに突撃して来るだろうと覚悟していたのに彼女が全然来なかったのだ。構えていた分、拍子抜け。何でだろうと疑問に思っていたらエリザベス様がこう言った。

 『……彼女、入学早々に自宅謹慎になったそうですわ……』

 前代未聞の事態である。そんな話、聞いた事も無い。
 学園の実験室を爆発させて無傷で生還した伝説のあの人のように、語り継がれる事になりそうだ。ここ数日、彼女の話をしていないものはいないのだから。
 話に尾ひれや背びれがついた話は、耳をそば立て無くとも聞こえて来る。私達に事実を確認してきた人達には、事実と違う部分だけ指摘したけれど、それ以外の事はニッコリ笑って答えないようにしていた。
 興味本位で聞かれるのが好きでは無いのもあるけれど、彼女が居ない状況であれこれ言うのは好きでは無いから。
 かといって、彼女の謹慎が解けて学園に戻った後もベラベラと喋る気はないのだけれど……。
 王太子とその婚約者――入学すればそれなりに注目を集める事になると思ってはいたけれど、この注目の浴び方は正直予想外だった。まぁ、同情的なものなんだから敵視されるよりいいんだけど。

 「で、どう思います?彼女……レイナかしら……?」

 「正直に言って、分からなかった……」

 「ですよね……私もっとアルと出会ったときみたくすぐに分かると思っていたんですけど……」

 二人で話しているので、お互い口調は砕けたものだ。
 周囲に聞こえないようにしながら、私は困った顔をした。もっとハッキリ分かると思っていたのだ。正直に言えば、ヒロイン=レイナだった場合――遠慮はいらない見敵必殺サーチ&デストロイな気持ちでいたのだ。私達が相手に気が付くんだから、レイナもきっと私達に気が付くんだろうし……。
 殺意を持って敵対してくる相手に怯えてるだけなら殺されるんだよ?もう知ってる。とは言え、相手は平民女子。恐怖から過剰反応すれば、立場が悪くなるのはこちらだ。権力を使って女の子を排除しようとすれば、相手がレイナであっても周囲からの印象は悪い。
 相手の害意を明らかにしてから、私達はその力を振るわなければならないのだ。それが、物理であれ司法であれ……。

 「困りましたね……」

 「あぁ、困った」

 「関係無い人だったら、寝覚めが悪いですし……」

 もし、彼女がレイナだったら私達は孤島の監獄修道院と呼ばれるクラスト修道院に入って貰うつもりだった。見敵必殺とは言ったけれど、私達は私達を殺した彼女とは違うのだ。
 また殺そうとして来るのなら話は別だけれどね。正直そうなるかも分からないんだし。

 「彼女の行動とか言動とかで判断は……?」

 「短時間での判断は難しいですよね。でも、レイナと比較するとヒロイン、周囲の空気は一応読めてるんですよね……」

 「なら、別人か?」

 「言い切るのは早計かと。空気は読めてるんですけど、自分の考えに固執して曲げようとしない所は似てます。アルは何か気が付いた事ありました??」

 「そうだな。目を見たが、一応正気に見えた。あのとき・・・・のように壊れた感じじゃ無かったな……。というか、子供の時から彼女はあんな目をしていたのか??あんな気持の悪い目を?」

 言い難そうに、気味悪そうに言うアルを見て私は首を振った。
 深淵アビスを覗き込んだような気持ちになるあの目――パッと見、澄んで見えるのに奥底にドロドロと濁った情動が常に渦巻いている感じ――私はそれを思い出して、ぶるりと震えた。

 「幼い頃は我儘だけど、普通の範囲に収まる子でしたよ――彼女の家、お金持ちだったんですよ。両親は遅くに出来た子だからって甘やかしてて――お父さんが、大きな会社の社長さんだったんですけど、レイナの気に入らない事をした相手を彼女の目に入らない所に引越させたりとか。そんな事ばかりだったから……自分の為に世界があるって思考になっていったんだと思います」

 「……何でも思うとおりになる環境に慣れて、それが当然だと思ってしまった訳か……」

 「えぇ。それで、思い通りにならない事があった時、自分の妄想を信じる事で目を背けていたんじゃ無いかなぁと――例えば、私が友達じゃ無いって言った事とか」

 「好きだと言って拒否されたりとか――か」

 小さい頃、新しい友達が出来そうになる度にその子が引っ越してしまった。大体その子の父親が失業して田舎に帰るってパターンがほとんど。
 私が取られると思ったレイナが彼女のお父さんに泣きついた事が原因で、私はそれを知ってから友達をつくる気を無くした。私が友達を欲しがれば、被害者が増えるだけだもの。
 小さい頃からされた事、殺された事――許す気なんてこれっぽッちもないけれど、私は彼女の環境には同情する。正直にいってしまえば、或る意味虐待されているように感じていたのだ。
 苦しい事、ツライ事、哀しい事、嫌な事を教えないと言う事は他者の痛みに鈍感になる事だ。真綿に包んで守るのは父親の自己満足であって、レイナの成長を阻害しただけだと思う。
 だって自分が哀しかったり、苦しかったりする事があると知っていれば、友達を取られたくないからって他者の家庭を壊すような事はしないでしょ?
 レイナが自分の事だけで、人を思いやらなかったから友達がいなかったんだし。誰だって、自分ともだちの事は傷付ける癖に、自身の事しか考えられない人の傍になんていたくない。
 だから、彼女の父親がした事って、独りよがりの自己満足。レイナにとって百害しか与えて無い――だから虐待みたいだと思ったのだけど……。
 そんな事を考えていた時だった、こちらに歩いて来る人物を見て、私は背筋を伸ばして令嬢らしく微笑んだ。
 
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