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おまけ 宵闇の錬金術師の求婚。

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 ――俺には好きな女がいる。

 チビで頭でっかち、口達者な子供ってのは苛められるものだ。そんな俺を助けてくれたのがアネッテ。一応、男爵家の令嬢になるはずのその子は、年上の男子の鳩尾にストマックブローを喰らわす武闘派の令嬢である。いわゆる幼馴染だ。
 小父さんは元は船乗りだった。王国に流行した病の薬に必要な材料を命がけで取りに行き――それが最後の航海になった。もちろん死んだ訳じゃない。片足を失ったのだ。
 別に船乗りを続けられない訳じゃ無かったけれど、その時小母さんのお腹の中にアネッテの兄貴のジャンジャックがいたので船を降りたのだ。
 薬が無ければ王国の民の半数は死んだと言われるような病。国力が落ちれば他国からの侵攻もあったかもしれない。それで、当時の国王様が小父さんを敍爵した。そんな感じでアネッテの家は男爵家になったと言う訳だ。
 元海の男であった所の小父さんは、子供達を良く鍛えた。男女の差別なく鍛えた結果がアネッテである。
 黙っていれば美少女なのに……近所の悪ガキ連中には鉄拳のアネッテと呼ばれて恐れられていた。
 俺にとってのアネッテは弱い者に優しく、不義理を嫌う正義感が強い女の子。今でも脳裏にイイ笑顔でストマックブローを叩きつける彼女の姿が焼きついていて離れない。
 思えば、その時に恋をしたように思う――多分ね。この話は基本的に他人には言わない。以前、言って変人扱いされた事があるからだ。
 俺は、変人の自覚が無い訳じゃないけれど、他人から馬鹿にされてそう言う風に扱われるのはゴメンだ。
 ずっと、ずっと好きだった――けど、何故かその想いが伝わらない……。
 アネッテがお嬢様に傾倒したのは、彼女が公爵家に使用人として働きに出てから。一目惚れみたいな感じだったんじゃないかな??最初は行儀見習いって話だったのに、お嬢様が好き過ぎて本職の侍女になった。
 俺が王都で特待生になったのは、将来的な事を見越してだ。学園を無事に卒業できれば、仕事には困らないし――それに、アネッテがお嬢様に付き添って学園に来るって聞いていてたし?――いや、いやいや……王都に来たのは将来的な仕事に困らない為!うん。別に追いかけて来た訳じゃない。
 お嬢様至上主義にアネッテがなった時――
 
 ――最初は物凄く嫉妬した。

 休日に会ってもお嬢様の事しか言わないんだ、嫉妬くらいする。
 けど、綺麗になったアネッテを観察して俺は理解したんだ。アネッテのお嬢様の悪口を言うヤツは、アネッテの中から除外されてるって。もう子供じゃ無いし、流石に鉄拳制裁は封印したみたいだったけど。
 アネッテを口説く為に『君――悪役令嬢の侍女なんだって――?苦労、してるんだろう??』と言うヤカラは結構多いのだ。そして、アネッテはそいつらをガン無視している。
 だから俺は、逆を行く事をした。正直、お嬢様に興味は無いけれど、決してお嬢様を悪く言ったりしない――そして、アネッテのお嬢様への愛を否定せず、話はちゃんと聞く――。
 これだけしたら、アネッテも俺に好意とか持ってくれないかな……?と言う下心があった訳だけど、アネッテは公爵家の料理人のジャックと付き合い始めたと言う――。

 「は?」

 確かに、まだ告白はしてなかった。
 してなかったけどさ?休日は一緒にデートみたいな事をしてたよな??

 「だから、ジャックと付き合う事になったから、お休みの日は一緒に遊べなくなっちゃったんだ。ゴメンネ?」

 俺は、暫く燃え尽きた灰のようになった。
 何だよそれ。ジャックって……。何でも、お嬢様を褒めちぎるアネッテに同意してくれたんだとか。それで告白されて付き合ってみる事にしたんだと。
 何だよ、それじゃ俺が告白しても行けたんじゃないのか?!
 けれど――俺にとってはラッキーな事に、その付き合いは長くは続かなかった。

 「付き合いきれないって言われちゃった……」

 お嬢様の事しか話さないアネッテにジャックは音を上げたらしい。多分、アネッテと付き合う為にお嬢様への賛美を我慢して聞いていたんだろう。
 根性無しめ!
 俺は、これ幸いとアネッテに告白した。

 「アネッテ!俺はお前が好きだぞ?だから――俺と――」

 「はいはい。分かってるって。私も友達として好きよ?よし!今日は久しぶりにゴハン食べに行こ――!!」

 まともに聞いて貰えなかった。
 なら、花束とかそれっぽいプレゼントを持ってアネッテに告白しようと思ったんだ……。

 「何かね、アディと付き合う事になった!」

 執事見習いのアディ――……何で俺より先にアネッテに告白してるんだよ?!
 今回も切っ掛けはお嬢様への賛美を真面目に聞いてくれたとかそんな話だった。
 で、アネッテは同じ理由で振られた。――この時も俺は告白したけど、アネッテは本気にしてくれなかった。それから、俺が真剣な告白を準備しようとしている間に庭師見習いのロックがアネッテの彼氏に――。
 性懲りも無く、まったく同じ理由で振られるアネッテ。そんでもって、告白してるのに認識して貰えない俺――。そろそろメゲそうだ。
 何でアネッテは俺の告白を本気だと思ってくれないのだろうか……。
 そんな或る日の事だった。
 アネッテが研究室に突撃して来た。相変わらずの様子で、俺に珈琲を淹れ――雑然と散らかった物を片付けてくれる……。散らかって見えても、そこには俺なりの法則があって、それを崩されると研究に支障を来したりする訳だ。だから、基本的に他人に研究室の物を触らせる事は無い。
 けれど、アネッテは違う。ちゃんと俺の事を理解しててくれて、俺の作業に支障を与えないように片付けてくれるのだ――ホント好き。
 で、まぁ――お嬢様関係で結構な無茶ぶりされたんだよ――。いや、別にさ?出来ない訳じゃないけどさ――??手伝って貰うのが前提っておかしか無いか……?
 何だか、惚れた弱味で振り回されてるよな俺――……。少しだけ腹が立った。俺の告白を本気に取ってくれないアネッテ。適当な男にカッ攫われて俺がどんだけ苦しんだと――……。いや、さっさと告白し無かった俺が悪いんだけどさ!!でも――何て言うか、納得出来ないんだよっ!!
 だから、少し困らせてやろうと思ったんだ……。

 「……だったら、俺と結婚しろよ」

 命令口調で言ったソレ。
 絶対に断られるって分かっててワザと言った。多分冗談だと思われて終わるだろう。分かってる。本気にされた所で引かれるのがオチだ。
 だって俺はただの幼馴染で、男として認識されて無いんだから――……。だから……

 「……――良いわよ。結婚しても」

 と言われた時は耳を疑った。それから夢かと思って、こっそり手を抓る――痛い。え?夢じゃないのか??マジで???冗談でしたとかでも無く?!!!
 
 「私は公爵家のタウンハウスに住みたいの――出来る?」

 ちょっとだけ顔を赤くしたアネッテからの条件は、たったソレだけ。どんだけお嬢様が好きなんだと思ったけれど、それが『アネッテ』なんだから仕方が無い。

 「――それだけで良いんだな?何とかする!!」

 アネッテ・ロディック――か――……。イイ。
 俺は歓喜に震えた。
 あのアネッテが!あのアネッテが……だ――!!俺と結婚しても良いって言ったんだぞ?!!ヤバイどうしよう夢だったら今度こそ死ぬ!!
 いや、夢じゃ無いっぽいんだけどさ?マジか――マジかぁ……。
 で、歓喜に包まれたまま勢いでキスしたら平手打ちされた。何で?え――そこまで許可して無いって、結婚するのに??でもまぁ、いいや――すげぇ嬉しいし……。勝手に顔が緩む。幸せってこういう事を言うんだな……。
 それから、俺は奮起して頑張った。
 アネッテを喜ばせたいって言うのもあったけどさ……それよりも、俺はしたい事があったから。
 だから、お嬢様の件はとっとと解決したかったんだ。
 王子達は、拍子抜けするほどチョロかった。説得?全然時間掛からなかったよ。本当にチョロい。設置されたカメラの映像編集は俺がするつもりでいた。だって開発者だし……。編集の仕方もお手の物だ。
 けど、これを見て悟ったわ。
 あぁ――成程、アネッテが惚れ込むだけの事はある。お嬢様は確かに可愛かった。なんか天然?そんな感じ。ヒロイン顔って言われてる女の養殖感とは天地程の差があるわ。
 見た目普通に可愛い子なんだけど、これが悪役令嬢ねぇ……。高笑いする系女子にはどうしても見えない。引っ込み思案なだけの女の子に見えるんだけどな??

 「さて、どう編集するかね??」

 最初はさぁ。ヒロイン顔の女の悪事だけ暴くつもりだった訳だ。
 で、お嬢様の映像は編集してコッソリとアネッテに進呈するつもりだったんだよ……。絶対に喜ぶし。
 けどさ?これってアネッテのお嬢様の『悪役令嬢』ってイメージをブチ壊すチャンスなんじゃないか??俺はそう考えて、流す順番を変えた。
 まずは、お嬢様の映像からだ――……。悪役だと思われてる女の子――その本当の姿は攻撃力が高いはずだ。ギャップ萌えってヤツだな。
 人に懐かなくて有名なぬこ様と仲が良いのもポイント高い。動物に好かれてると、その人が優しい人みたいに見えるだろ??まぁ、このお嬢様は本当に優しいんだろうけど。
 で、その後にヒロイン顔の女の悪事を入れた。
 最初にコイツの悪事を入れるより、悪役令嬢扱いされてた女の子の不遇な状況を先に知らせた方が、ヒロイン顔の女にヘイト集まるかなって……。
 悪いね――。
 何の恨みも無いけどさ――。アネッテのお嬢様を陥れようとしたんだ。仕方ないよね?
 アネッテの為にも破滅してくれ。
____________________________________________________

 途中まで書けてたので、先に更新です。
 道筋はもう決まっているのですが、実際に書いてみたら予想以上にテッドさんの文字数が増えたので、2話に分ける事にしました;;
 ビックリするぐらいアネッテに一途になりましたが、アネッテのお嬢様への愛をアネッテを愛するが故に全て受け止めたオトコ――です。もしかして、無茶苦茶心が広いんじゃあないかな……?

 一夜明けたらお気に入り数が増えててビックリです!登録、ありがとうございます!!
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