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13:誘い

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 ガイナの夏休み3日目の昼。
 今日は出かけない日だ。毎日出かけていてはフィガロが疲れてしまう。2人で1日家でのんびりする予定である。
 2人で作った昼食を食べながら、フィガロが口を開いた。


「父さん」

「んー?」

「先生がいいって言ったら、一緒に酒でも飲んできたら?」

「んっ!?」

「夏休みくらい、ゆっくり飲みなよ。俺、また先生んとこに泊めてもらうし」

「あー……先生、今月は忙しいっぽいしよぉ」

「息抜きは大事じゃん」

「まぁな」

「ニーズにまた絵本読んでやる約束してんの」

「お。そうなのか?」

「ん。こないだの絵本、気に入ったみてぇ」

「良かったな」

「ん。一緒に寝る約束もしてる」

「おー。……ダメ元で誘ってみるか……」

「そうしなよ」


 ガイナは、フィガロの提案に落ち着かない気分になった。ラウトとまた一緒に酒が飲みたい。沢山話をして、ラウトの笑顔が見たい。ラウトは今月は忙しい筈だ。誘うのは迷惑かもしれない。正直かなり悩ましいが、ダメで元々だと割り切り、ガイナはラウトの端末に短い文章を送った。





ーーーーーー
 ラウトは、バキバキに凝っている自分の肩をぐりぐりと指で揉んだ。ガイナと2人でバーに行った夜から、筆が進みまくっている。
 あの夜、ガイナとキスをしてしまった。ガイナとの熱いキスを思い出して、翌日から滾りまくる妄想を小説にぶつけたら、結果として3日で短編が三本書き上がった。勿論エロ小説の方である。エロ小説の方の担当にその事をポロッと漏らしたら、半ば無理矢理原稿を引き取られ、追加で更にニ本の短編を書き、短編集を出すことになった。ありがたいが、締切的には地獄になった。今月末までに短編含めて締切が五本。正直かなりキツい。仕事があるだけで喜ぶべきなのだが、キツいものはキツい。
 ここ数日、ニーズのことも殆どバスクに任せきりだ。バスクにもニーズにも申し訳ない。頑張るしかないのだが、既に結構疲れている。

 ラウトはぐるぐると肩を回しながら、意味のない声を出した。疲れた。目の奥が重い。ニーズの笑顔と朝や夕方に会えるガイナの笑顔が活力になってはいるが、孤独な執筆作業が地味にしんどい。
 ラウトが大きな溜め息を吐いてペンを再び手に取ると、端末の通知音が鳴った。まさか担当ではあるまいな。戦々恐々としながら端末を手に取り、操作をすると、ラウトはバッと椅子から勢いよく立ち上がった。短い文章の送り主はガイナである。

『余裕があるならバーで酒を飲まないか? 無理はしなくていいぞ』

 ラウトは途端にドキドキと高鳴りだした胸を押さえた。そんなの行くに決まっている。ガイナと一緒に過ごせるのなら、地獄の締切だって乗り切ってみせる。ラウトは即座に了承の旨を端末に打ち込み、ガイナに送った。

 ラウトはそわそわと立ったり座ったりを繰り返した後、大きな深呼吸をした。
 ラウトはガイナのことが好きだ。知り合って半年も経っていないが、厳つい顔立ちで筋骨隆々なガイナの笑顔が可愛くて仕方がない。ガイナはとても優しくて、フィガロを本当に大切にしているところも好ましい。もっと沢山話がしたいし、笑顔が見たいし、叶うことなら触れ合いたい。別れた妻にだって、こんな胸躍るようなときめきを感じたことはない。更にぶっちゃけた話をするならば、ラウトはガイナをおかずに抜きまくっている。

 ふと、ラウトは少しだけ冷静になった。ガイナと触れ合いたいが、セックスはしたくない。自分の裸を見られたくないし、セックスをしたら絶対に幻滅される自信がある。

 ラウトは陥没乳首である。おまけに早漏だ。思春期の頃に同級生から陥没乳首を子供乳首とからかわれまくった結果、ラウトは自分の乳首がコンプレックスになった。別れた妻にだって見せたことはない。セックスの時だって、意地でもシャツを脱がなかった。自分が早漏だと気づいたのは、別れた妻とのセックスの時だ。『早すぎて全然よくない』と言われた。別れた妻はセックスの度に溜め息をついていた。本当にニーズができたのが奇跡な気がする。生まれた時に魔力検査と血液検査をしているので、ニーズは確かにラウトの子供だと分かっている。

 ガイナが好きだ。だからこそセックスは絶対にしたくない。惚れた相手に格好悪いところを見せたくない。ラウトは自分が格好良くないことは自覚しているが、それでも多少なりとも男のプライドがある。
 ラウトは小さく溜め息を吐いた。ガイナと恋人になりたい。でもセックスはしたくない。セックスをしない恋人なんて、関係が続くのだろうか。ガイナに触れたくて堪らないが、セックスだけは本当にダメだ。

 ラウトは悶々としながらも、何度もガイナからの誘いの文章を読み返した。





ーーーーーー
 端末の通知音が鳴り、ガイナはすぐさまテーブルに置いていた端末を手に取った。ラウトからの返事はすぐに返ってきた。一緒に飲みに行ってくれる。嬉しくて思わず顔がにやけてしまう。
 ガイナは嬉々としてフィガロに声をかけた。


「フィガロ。先生と飲みに行ってくるわ」

「ん。楽しんできてよ」

「おう。ありがとな」


 胸がざわついて仕方がない。早く夜にならないかと、今からそわそわしてしまう。

 ガイナは上機嫌で食器を洗った。フィガロと一緒に昼寝をする為にベッドに寝転がっても、目が冴えてしまって眠れそうにない。空調をきかせているから、部屋の中は涼しい。フィガロはすぐに穏やかな寝息を立て始めた。

 ガイナは、ガイナにくっついて眠るフィガロの寝顔をじっと見た。寝顔は赤ん坊の頃とそんなに変わらない気がする。可愛い。
 フィガロの寝顔を見ていたら、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。ふと、『フィガロがいるのに恋なんかしていいのか?』と疑問が浮かんでしまった。フィガロが何よりも大事だ。自分の恋を優先すべきではない。でも、ラウトのゆるい笑顔を思い浮かべるだけで胸がどうしようもなく高鳴ってしまうのも事実だ。

 ガイナは少しだけ考えて、成り行き任せにしようという決めた。そもそも、ガイナは物事を深く考えるのは苦手な方だ。ガイナにはフィガロがいるが、伴侶も恋人もいない。子持ちのおっさんが恋をしたって別にいいだろう。想うだけなら自由だ。ガイナはバーナードと離婚した時、自分の心を無理に抑えつけることを止めると決めた。自分で心に決めたことを守らなくてどうする。

 ガイナは静かに目を閉じた。一眠りしたら、フィガロと一緒に夕食を作ろう。そして夜はラウトと一緒に過ごす。
 今年の夏休みは特別な気がする。楽しいことも、嬉しいことも、ドキドキと胸が高鳴ることも、いっぱいだ。ガイナは小さく口角を上げた。あるかどうかも分からない先のことばかり考えていても仕方がない。今を楽しまなければ。
 ガイナの人生は一度きりなのだから。

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