大きな薬師

丸井まー(旧:まー)

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マーサの提案で、服屋に行く前に領館の風呂に入ってみることになった。
パンフレットにも記載されているが、公衆浴場など利用したことがない者が殆どのため、ミーシャの下の弟達が実地で教えることになった。
領館の風呂は基本構造が街の風呂屋と大差ないため、いい練習になる。

ミーシャも他の面々と別れて、一度自分の部屋に着替えを取りに行き、一階の女性用風呂に向かった。

脱衣所で上着を脱いでいると、隣の男性用風呂から、弟達の騒ぐ声が聞こえてきた。なにやら、焦っているようである。ターニャの泣き声まで聞こえてきた。

(何事っ!?)

ミーシャは脱衣所から飛び出した。

すると、そこには半裸のルート先輩の腕をとってるパンツ1枚のイーシャがいた。ルート先輩はまさしく骨と皮といった、ガリガリに痩せた身体をしていた。

「あっ!?姉様!ヤバイよ、この人!痩せすぎだよっ!歩く骨格標本だよっ!母様にみてもらってくるっ!!」

そういうと、ルート先輩の腕を引いて応接間の方へ走っていった。

二人とも半裸のままで。

男性用風呂の方から他の面々も顔を出した。ターニャが泣きながらパンツ1枚の状態で走って抱きついてくる。


「えーと……すいません。弟が 」

「いや、いいんだけど。それにしてもルート君、あんなに痩せてたっけ?」

「さあ?我々も行ってみますか?」

「そうだね。流石にアレは痩せすぎだしね。僕、ビックリしたよ」

「どっか悪そうには見えなかったんだがな」

「元々、細かったですしね」


口々に言いながら、ゾロゾロと応接間に戻る。ミーシャも泣いているターニャを抱っこして、後ろをついていった。

応接間には、マーサだけではなく、水の神子マルクがいた。
2人で椅子に座らせた半裸のルート先輩を診ている。2人とも、なにやら難しい顔をしていた。それをみて、不安になった。薬師局長が代表して、彼等に話しかけた。


「神子様。ルート君はどうでしょうか?」

「別に病気ではないんだが、ちと面倒な体質みたいでな」

「面倒な体質、ですか」

「あぁ。通常、人は10歳頃に魔力に目覚め、20代半ばで完全に落ち着く。人の魔力量は其々が持つ器の大きさで決まるのだが、どうやら彼は持っている魔力に対して、器が大きすぎるようだ。本来なら器に合わせて魔力が満たされるのだが、器の大きさに対して魔力が作る能力が乏しいようである」

「大きすぎる、と言いますと、彼は魔力不足の状態なのですか?」

「本人曰く、魔力不足になったような体調不良はないらしい。実際、内臓の機能なども正常だ。魔力は主に食事と睡眠で回復させるものだが、恐らくそれのどちらか、或いは両方が足りていないのだろう。本来肉になるものを使って、魔力を補おうとしているのだろう」

「なるほど」

「兎に角、食べて寝ることが一番だ。ここはマーサの、土の神子の魔力で満ちた場所でもある。他の土地より土の民の彼は回復が早いはずだ」

「病気ではないが、厄介な体質ではある。兎に角、一度魔力を満たしてみないと、どうしようもない。ここにいる間はお金のことは気にせず、兎に角食べなさい。優れた薬師は国の宝の一つだからね」

「分かりました」


上半身裸のルート先輩が頷いた。
薬師局の面々は心配げな顔をしている者もいるが、病気ではないと聞いて、安心した顔をしている者もいた。

診察は終わったので、皆でもう一度ゾロゾロと風呂場に向かった。
ターニャはミーシャにくっついて離れなかったため、チーファに着替えを運んでもらって、一緒に温泉につかった。




ーーーーーー

風呂に入り、入り口で薬師局の面々と合流すると、服屋に行く前に先に聖地神殿に参拝することになった。

皆でゾロゾロと歩いて移動する。

聖地神殿に着くと、ミーシャは土の神に今回の旅行が無事に終わるよう、祈りを捧げた。

其々が祈りを捧げたあと、マーサが手配した馬車に乗って、街中の服屋を目指した。繁華街は馬車の立ち入りは禁じられているため、繁華街の入り口で馬車を降り、ミーシャが先頭になって歩いて服屋に行った。


「着きました。こちらの店が家の人も利用している服屋です」


サンガレア家御用達の服屋は、様々な衣服を取り扱っていた。貴族用の高級品から庶民用の安価なもの、マーサが考案した機能性重視のものなど、種類が非常に豊富である。


「ミーシャ君。街中で脛を出して歩いている人を見かけたが、あれはここでは普通なのか?」

「はい。如何せん暑いものですから、甚平という、この領地独特の衣装が好まれてます。えーっと……あ、あった。これが甚平です」


藍色の甚平を皆に見せた。


「服のこことここを其々結んで着ます。下は何もつけなくてもいいですし、気になるなら下にシャツやタンクトップ、袖無し襟なしのシャツを着てもらえたらいいと思います。」

「それ、皆着てるの?」

「夏場は着ている人多いですね。普通のシャツやズボンより涼しいですし。領地の官公庁の夏の制服は甚平なので、皆馴染んでます」

「へぇ」

「流行りとかあるのかい?」

「一応あります。今年はこういう濃い色合いのものより、淡い色のものが流行ってるらしいです。えっと、確か下に濃いめの色のシャツを着て、チラ見せするのが流行ってるとかなんとか言ってました」

「成る程ね」

「日中に出歩くでしょうから、帽子も購入された方がいいと思います。日射病予防になりますから」

「そうだね、王都より日差しが強いみたいだからね」

「はい」


説明を受けると、其々、服を探し始めた。ミーシャは服は既に宿に届けてもらっているため、特にすることはない。
ポケーッと突っ立っていると、ルート先輩に話しかけられた。彼を見下ろして応える。


「お前は選ばないのか?」

「私、ご覧の通りの図体なので、既製品着られないんです」

「……あぁ。確かに背が高いものな」

「自分と同じ背丈の人、父と弟しか知らないです」

「まぁ、滅多にいないだろうな」

「先輩は選び終わったんですか?」

「あぁ。別にお洒落に興味はないからな。無難そうなの選んどいた」


そういうルート先輩の手には何枚かの服と帽子があった。


「支払い済ませたら、早速着てみては如何ですか?少しは涼しいですよ」

「そうだな。そうする」


支払いカウンターに向かうルート先輩をその場で見送った。

結局、全員が服を選び終えたのは正午前であった。
洒落者らしい薬師局長が一番時間がかかっていた。満足のいくものが見つかったらしく、上機嫌である。

皆、試着室で着替えると、近くの飲食店に入った。荷物は宿に届けるよう頼んである。


「王都でサンガレア風の食事を扱っている店に行ったことがあるけど、やっぱり本場は違うね。見たことも聞いたこともないような料理が多い」

「ここはこの地方独特の料理を扱っている店なんです」

「そうなのかい?じゃあ、とりあえず適当に良さそうなのを頼んでくれるかな?」

「分かりました」


お店の人を呼んで、人数分より多目に注文した。他の者が食べきれないようなら、ミーシャが食べればいいだけの話である。


「この二本の棒はなにかな?」

「お箸といって、食事に使うものです。こうやって使います」


手元にあった箸で見本を見せる。


「ナイフとフォークも頼んでおいたので、そちらを使ってください。箸は慣れないと使いにくいでしょうから」

「成る程ね」

「面白いものがあるなぁ」

「そうだな。大分変わってる」

「ミーシャちゃん、こんな感じかな」

「大体そんな感じです」


皆、其々料理がくるまでメニュー表を眺めたり、箸を試してみたりして過ごした。

料理を食べ終えると、一度宿に向かうことになった。ゾロゾロと歩いて移動する。宿は然程離れていない場所にあった。


「それにしてもミーシャ君、よく食べるね」

「成長期なものですから」

「君、いくつだっけ?」

「今年で21歳になります」

「若いねぇ」

「じゃあまだ、魔力も成長期なんだね」

「そりゃ、沢山食べるわけだ」


五人前ほどをペロリと食べたミーシャに皆驚いていた。


「図体がでかいですし」

「背が高いものねぇ。羨ましい」

「僕、ブルックさんより背が高い人見たの君が初めてだよ」

「そうなんですか?」

「うん」

「ブルック君も背が高いからねぇ。人並みの背の人間からしたら2人とも羨ましいよ」

「そういうものですか」

「うん」


話していると、宿に着いた。
宿の女将さんが出迎えてくれた。
こじんまりとした宿で、今回は薬師局一行が貸し切り状態らしい。其々に個室があり、別れて荷物を置きに行った。
ミーシャも女将さんから届けられた荷物を受け取って、2階の部屋へ向かった。
部屋はこじんまりとしているが、掃除がいき届いていて、温かな雰囲気の、感じの良い部屋だった。

荷物を置くと、財布だけ手提げ鞄に入れて、1階のフロアに戻った。ルート先輩とヒューブ先輩が先に戻っていた。2人で街中案内のパンフレットを眺めている。


「あ、ミーシャちゃん」

「早いですね」

「鞄を置くだけだからね」

「午後からはどうするか、聞いているか?」

「いえ、特には聞いてないです」

「じゃあ、全員揃って動くのかな?」

「さあ?どうなんでしょう?」


話していると、他の面々も降りてきた。
最後に薬師局長が降りてくると、パンフレットもあることだし、分かれて近辺を散策しよう、ということで、夕食までの間、一旦解散になった。


「ルート先輩」

「なんだ」

「食い倒れツアーをするなら同行させてもらいたいです」


ルート先輩はキョトンとした。


「昼にあれだけ食べていただろう?まだ入るのか?」

「歩いてたらすぐにお腹空きます。ルート先輩もそうじゃないんですか?」

「まぁ、そうだが……別に気を使わなくてもいいぞ?」

「自分の財布を気にせず、がっつり買い食いできるチャンスを逃したくないだけです」


ミーシャはおどけるように、肩をすくめた。ルート先輩は呆れたように少し笑った。


「じゃあ、旨い店に案内してくれ」

「はい」


こうして、ルート先輩と2人でサンガレア食い倒れツアーに出ることになった。



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