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しおりを挟む2日後に書類等が転移陣を使って送られてきた。
ついでに実家からの食料品をはじめとする仕送りも一緒だった。野菜やジャム類を魔導冷蔵庫や地下の貯蔵庫に入れると、パラパラと書類をめくって確認した。
パンフレットは領地に入るときに関所で渡されるものと今回泊まる宿のもの。書類は入領の際に必要なものだった。
忘れないように書類を鞄の中に入れた。
洗濯物を取り入れて、夕食でも作ろうかと台所に向かうと、居間の窓から侵入しようとしている陛下がいた。
「やぁ、ミーシャ」
「今晩は。陛下」
陛下はにこやかな様子で窓から家の中に入ると、ミーシャにハグとキスをした。
「ちょっと時間ができたので、来ちゃいました」
「おかえりなさい」
「ただいま」
陛下は嬉しそうな、くすぐったそうな顔で笑った。
「これから晩御飯作るんだけど、陛下もどう?今日一人なの」
「おや?マーシャルとロバートは?」
「二人とも当直なのよ。明日の昼過ぎに帰ってくるんじゃないかしら」
「おや、そうですか。では、ご一緒しましょうね。ふふっ。タイミングが良かったですね。一人での食事は味気ないでしょう?」
「本当。来てくれて嬉しいわ」
ミーシャは屈んで、陛下にお礼のハグをした。額を陛下の肩にぐりぐりする。陛下は嬉しそうに笑った。
「作るの手伝いますよ。私はパンケーキ以外にも味噌汁は作れるんです!」
「あら、そうなの?じゃあ、お願いするわ。豚肉があるから、生姜焼きでもしましょうか。デザートにパンケーキお願いしてもいいかしら?」
「勿論」
二人で台所に移動して、料理を作り始めた。
今から使う味噌や醤油は、元々は母マーサの故郷のものらしい。それを此方でも作って広めたそうだ。王都では一部の店でしか、まだみないが、領地では一般的に使われている。
生姜を千切りにして、醤油、砂糖、酒と共に、厚めに切った豚肉にかけて、揉み混む。そして、しばし放置。
ミーシャが豚肉の下準備をしている間に、陛下は可愛らしい土竜の刺繍がされたエプロンを身につけ、出汁をとっていた。干し魚のいい香りがする。
肉に味が染み込む間に、野菜を刻んでサラダを作る。
生姜焼きとサラダ、味噌汁だけでは、ミーシャには少々足りないため、実家から送ってきたばかりの自家製ベーコンも焼く。フライパンからベーコンを取りだし、焼いた脂が残っているところに豚肉を投入して焼いていく。生姜のいい香りがする。
両面に焼き色をつけたら、酒を少し加えて蓋をして蒸し焼きにする。
陛下の方をみると、味噌汁は出来上がり、今はパンケーキを焼きはじめていた。
「今日は普通のパンケーキでいいですか?」
「うん。蜂蜜漬けの果物が送られてきたばっかりだから、それかけて食べるわ」
「おや、それはいいですね」
「デザートが楽しみだわ」
「ふふっ」
話しながら使ったボールなどを洗っていると、いい感じに肉が焼けたようである。パンケーキも二人分焼けたので、お皿に盛り、食卓に運ぶ。
部屋中に美味しそうな匂いが充満していて、ミーシャのお腹が鳴った。
「「いただきます」」
二人で声を合わせて言うと、ミーシャは早速、陛下が作った味噌汁を飲んだ。出汁が効いていて、味噌の量も丁度よく、とても美味しい。具の人参とキャベツの甘味が引き立っている。
「陛下。味噌汁美味しいわ」
「本当ですか?」
「本当。お世辞抜きで美味しい」
「それは良かったです」
陛下は嬉しそうに笑った。
二人でとりとめのない話をしながら、夕食とデザートのパンケーキを食べきると、片付けまで一緒にしてから陛下は城に戻っていった。
風呂に入り、自室に戻ると、ミーシャはベットに倒れこんだ。
(明日、ちゃんと上手く説明できるかしら)
少しの不安を抱えたまま、ミーシャは眠りについた。
ーーーーーー
翌日の昼休憩時。
ミーシャは王宮薬師局の面々の前に立っていた。
少しばかり緊張しながら、一礼して領地に関する説明をはじめる。
「お手元にパンフレットと書類があるかと思います。先に書類に関してご説明させていただきます」
「サンガレア領は土の神子様のお膝元ということで、神子を戴く聖地神殿への参拝のために多くの人が訪れます。その為、治安向上のために、入領の際には今お手元にあるような書類を記入していただき、サンガレア領での決まりごとや注意点等の説明を受けていただいています」
「書類の方は分かりやすく作られているので、そのまま記載されている必要事項を書いてもらえたら結構です。書いていて、何か質問がありましたら、答えさせていただきます。書類の提出は、当日の朝に、私に渡してください」
「次に、サンガレア領についての説明をさせていただきます。ご存じの通り、土の神子様とサンガレア公爵家が治めている領地です。土の聖地と、現在では聖地神殿と呼ばれている旧大神殿があります。土竜の森と呼ばれている聖域があり、そのすぐ近くに聖地神殿と領館があります。そこはちょっとした丘になっていて、その下に街が形成されています。今回宿泊するところは、パンフレットの地図にも目印を書いておいたのですが、街中の宿になります」
「宿にもお風呂はついていますが、サンガレア領には、あちこちに温泉が湧いており、街中にいくつも公衆浴場があります。温泉には疲労回復その他様々な効能があり、湯治に来る方も多くいらっしゃいます。温泉の効能や入りかた、利用の際の決まりなどはパンフレットに記載されております。ご拝読下さい」
「次に、サンガレア領は王都に比べると、温度も湿度も高いため、此方で着ている衣服では熱中症になる可能性が高まります。ですから、下着は兎も角、衣服は領地で購入された方がよろしいかと思います。宿で洗濯もしてくれますし、服は高いものから安いものまで様々あります。また、涼感スプレー等、熱中症を予防する品がサンガレア商会等で販売されております。こちらの方はもしかしたら用意されているかもしれません。」
「簡単な説明は以上です。何かご質問はありませんか?」
ブルック先輩が手を挙げた。
「大体分かったが、肝心のサンガレア領までどうやって行くんだ?」
「すいません。言い忘れてました。王都の当家の邸にある転移陣から聖地神殿の転移陣に移動します」
「転移陣を使うのかい!?」
眼鏡をかけた小太りのマルクス先輩が驚いた声をあげた。
「はい。行き、帰りと転移陣を使用します。邸までは馬車を手配しておきますから、そちらをご利用ください」
「転移陣なんて使うの初めてだよ」
「俺もだ」
マルクス先輩の隣の席のヒューブ先輩が肩をすくめた。
「今回の慰安旅行は何とも豪勢だな」
転移陣は、ミーシャ達は割と気軽に使っているが、本来ならば余程の事がない限り使用できないものである。
複雑極まりない転移陣を作るには熟練の魔術師が必要であるし、起動のために膨大な魔力を必要とするからである。
そのため、一般的には王族や少数の上級貴族位しか使えない代物なのである。
ミーシャ達が気軽に使えるのは、単に膨大すぎる魔力を有するマーサがいるからだ。
他に特に質問がなかったのか、説明会は終わりになった。
皆、其々パンフレット等を見ながら、昼休憩が終わるまで過ごした。
ミーシャはお役目を一つ果たせて、ほっと胸を撫で下ろした。
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