大きな薬師

丸井まー(旧:まー)

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陛下から呼び出しがあったのは、将軍が家に来てから3日後のことである。何故かミーシャだけではなく、わずか10人たらずしかいない、薬師局の面々も一緒だった。

謁見の間に行く途中で上官らしき人物と一緒にいたマーシャルらと遭遇した。なんだか嫌な予感がした。

入室の際に礼をとり、顔をあげて前方をみれば、玉座には陛下が、その隣には母である土の神子マーサが立っていた。
ミーシャと目が合うと、マーサはニコッと笑った。ミーシャは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

(あれ、絶対怒ってる!!)

マーサは仕事や貴族の義務等に関しては、とても厳しい。仕事を疎かにしたり、自らに課せられたものを全うしない者には非常に厳しい。本当に厳しい。
今も表面上にこやかな顔をしているが、よくよく見たら目が笑っていない。

戦々恐々としながら、他の薬師局の面々と一緒に並んだ。
マーシャル達も同じように、一塊になって並んでいた。

他にも主要な貴族らがその場に揃っていた。そして、職場に詰めかけてきていた貴族らもいた。


「皆、突然呼び立ててすまないね。神子殿から頼まれたものだから」

「陛下。私から話すわ」


マーサは陛下の方を向くとにっこり笑った。そして、こちらを見た。その手には何かの紙が握られている。


「今から名前を呼ぶ人は中央に並びなさい」
 

マーサが次々と名前を呼び上げる。
呼ばれる者はミーシャにまとわりついていた貴族男性やマーシャルに詰めかけていたであろうご令嬢ばかりであった。
合わせて、100人近く呼ばれだろうか。
最後にミーシャ達の名前が呼ばれ、最前列に並ばせられた。


「久しぶりね、3人とも」

「お久し振りです」

「じゃあ、ちょっと正座しようか」

「……はい」


ミーシャとロバートは衆目の中であることを気にせず、素直にその場で正座した。


「母様、俺らブーツなんだけど……」

「マーシャル」


マーサが言葉を強めた。


「正座」

「……はい」


マーシャルも正座した。


「うーん。貴方達にとっては、ちょっと理不尽かもしれないけど、黙って聞きなさいね。あとロバートは完全にとばっちりだけど、ごめんなさいね。一緒にお説教されてちょうだいな」

「「「はい」」」

「あのねぇ、誰からとは言わないけど、報告受けてお母さんビックリしたのよ。お仕事はちゃんとしなきゃいけないし、職場に迷惑かけちゃいけないわよね。お母さん、貴方達が子供の頃から言ってたわよね?」

「はい」

「ついでに言うと、学生のうちにそれなりに遊んでおきなさいよ、って言ってたじゃない?遊ぶことで人との接し方っていうか、扱い方を学びなさいって言ってたわよね?」

「それが、ミーシャは薬のことばっかりでマーシャルは剣のことばっかりで。高等学校に入ってから、貴方達、全っ然遊んでないでしょ。そりゃね、頑張るのはとてもいいことよ?自分が決めたことを一生懸命頑張るところは貴方達の美徳よ?でもね、詰めかけた貴族達にどう接したら問題なくかわせるか、分からなかったでしょ。だから、あれだけ何度もお母さんは遊びなさいよ、って言ってたのよ?高等学校だって、うちの領地のじゃなくて、わざわざ王都の学校に行かせたのも、それが理由なのよ?お母さん、ちゃんと入学前に言ってたわよね?」

「……はい」

「それなのに貴方達ときたら。職場の方達にまで迷惑をかけて……」

「そりゃ、貴方達は言ってみれば被害者のようなもので、この状況は理不尽かもしれないけどね。でももう少しやりようってもんがあったでしょ?確かに私が動けない状況ではあったけど、他にも貴方達が頼れる人はいるし、私だって相談くらいにはのれたわよ?」

「今後はもっと自分達が周囲にどう見られている存在かをもっときちんと理解してから行動しなさい。そんで、貴方達はまだせいぜい20年足らずしか生きてないんだから、半人前を自覚して大人に頼ることを覚えておきなさい」

「「「はい」」」

「よし。貴方達へのお説教は一旦おしまい。元のところに戻っていいわよ」

「はい」


実に耳に痛く恥ずかしい公開お説教が終わり、ミーシャ達は元いた場所に戻った。戻るとき局長の目が笑っていて、なんとも恥ずかしかった。

しかし、お説教の本番はこれからだった。


「はい。では次いきます」


そういうと、マーサは大きく息を吸った。


「貴様達は一体ナニを考えているっ!!」


マーサの大きな声に謁見の間のガラス窓がビリビリと震えた。
途端に息苦しく重苦しい空気に包まれる。発信源はマーサだ。


「国と民の為にある貴族の分際で、国の為に必死で働く者達の職務の邪魔をするなど言語道断!!貴様らには恥という言葉はないのか!!」


重苦しい空気の中のマーサの恐ろしい叱責に、呼ばれて並んでいた貴族達は震え上がった。中には、マーサの迫力に気絶した令嬢もいた。
それに気づいたマーサが、医務局長に声をかけた。


「医務局長。気絶した輩を全て叩き起こせ」

「……はっ!?いや、しかし」

「二度も言わせるな、医務局長。叩き起こせ」

「……御意」


その後も恐ろしく重苦しく息苦しい空気の中、マーサの説教は彼女の気がすむまで続けられた。
恐ろしさに失神する者も無理矢理叩き起こされ、全員が全て説教を聞かされた。
しばらくの間、謁見の間には、マーサの怒り溢れる叱責の声と、男女問わず啜り泣く声しか聞こえなかった。

端から見ていたミーシャも思わず半べそかく位、怒れるマーサは怖かった。


「さて、説教はこのくらいにしといてやるか」


マーサのその言葉にホッとした空気が流れた。


「とはいえ、貴様達は関係各所の勤勉な様々な人達の邪魔を散々したことには変わりないからな」


その言葉に並んでいた貴族達がビクッとした。


「と、いうことで、第1回チキチキ!伴侶の座を射止め!絶対死なない殺しあい大会!!を開催しようと思う」

「今この場にいる貴族達全員にうちの子達と殺しあいをしてもらう。勿論、人死にが出ては困る故、四竜に立ち会ってもらい、死ぬような斬撃等を止めてもらう。ちょうど今水の神子がいるからな。即死さえしなければなんとかしてもらえる」

「使う得物は勿論模擬刀な。弓矢が得意な者は刺さらぬよう、絵具の塊でも先に着けて、射られた所が判るようにしてくれ」

「あぁ、言っとくけど、今この場に呼びだされた者は全員参加な。女性達もだから。棄権は認めない。一月の有余をくれてやるから、その間になんとかしろ。勿論、本人にしか参加できないから代役を立てるのはナシだ。それ以外にも腕試しや伴侶の座が欲しいものも参加を認めよう。勝った者には、うちの子を口説く権利を与えよう。しかし、負けた者は今後一切の接触を禁じる」

「うちには、有事の際にぼーっと突っ立ってるだけの人間はいらないんだよ」


マーサのとんでもない言葉により、その場を沈黙が支配した。


「と、いうわけだから。薬師局長、カーディル小隊長。更に迷惑をかけて申し訳ないんだけど、うちの子達、一月丸っと連れて帰って鍛えさせてもらうわ」

「御意」

「ミーシャ、マーシャル。貴方達には今回の件のお仕置きも兼ねて血反吐はいて血尿出るまでしごき倒すから。そのつもりでいなさい」

「「はい」」

「マーサ様」

「なんだい?クインシー卿」

「うちの息子もついでに鍛えてやってもらえませんか?」

「ロバートも?」

「えぇ。連帯責任ということで、是非お願いします」

「やれやれ、ロバートも気の毒に。……まぁいい。ついでにロバートも鍛えておこう」

「ありがとうございます」


乳兄弟のロバートの父親であり、以前はリチャードの副将軍を勤めていたクインシー卿の言葉に頷くと、マーサはパンっと一つ手を叩いた。


「じゃ、そういうわけだから。ミーシャ達はこのまま連れて帰るわ。陛下、後お願いね」

「分かりました。……程々にしてあげて下さいね?」

「それはうちの亭主達に言ってちょうだい。言い出しっぺだからね」

「……やっぱりそうでしたか」

「うん。ミーシャ、マーシャル、ロバート。帰るわよ!」

「はい」

「あ!いけない。忘れるところだった。帰る前に迷惑かけた皆さんに『ごめんなさい』しなさい」

「はい」


ミーシャは薬師局の面々の前に出て、深々と頭を下げた。


「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」


マーシャル達も同じように上官らに頭を下げた。


「大変なことになったけど、あまり怪我をしないようにね」

「ありがとうございます。また一月職務を離れさせていただきます。申し訳ありません」

「仕方がないよ。全て終わったら落ち着くさ」

「はい」


それから、ミーシャ達は売られる子牛のような様でマーサの後をついていった。

後に残されたのは、説教ととんでもないマーサの言葉に呆然とするしかない面々ばかりであった。


「やれやれ、とんでもないことになりましたね」


そういう陛下だけが面白そうであった。



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