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5:マルチェロ

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 マルチェロは、本業である役者の仕事を終えると、薄暗くて汚い劇場の裏で煙草を吸ってから、ふらりと歩き始めた。長居しては、劇団長や他の面倒な奴に捕まるかもしれない。マルチェロは劇団長のお気に入りだ。マルチェロが13の頃から、劇団長は、暇さえあれば、マルチェロを犯して遊ぶ。もうマルチェロは24になるのに、未だに飽きる気配がない。相当マルチェロの顔を気に入っているのだろう。劇団長の独りよがりなセックスは嫌いだ。初めて犯された時から、ずっと劇団長のことも、劇団長にマルチェロを売った親のことも恨んでいる。恨みはすれど、マルチェロには他に生きていく術がない。学は無いし、役者や男娼まがいのことをしてしか生きてこなかった。今更、自分が普通に働けるとも思えない。真っ当なありふれた普通の生活に憧れているが、容姿が衰え、使い潰されるまで、きっとずっとこのままだ。マルチェロはいつだって誰かの玩具だ。劇団長や他の年嵩の劇団員、すり寄ってくる客達、そいつらに愛想を振りまいて、セックスをすれば、とりあえず生きてはいける。たまに、何の為に生きているのか分からなくなるが、少なくとも、死にたくはない。死ぬのは怖い。同じ劇団に売られた者の中には、10代で死んだ者が何人もいる。劇団長の不興を買い、嬲り殺された者や、ド変態に売られて、そのまま死んだ者を何人も知っている。死ぬのは苦しくて、怖いものだ。マルチェロは死にたくないから、身体を使って、唯、生きている。

 マルチェロはふと思い立って、ビオンダの家へと向かい始めた。今、情夫として飼われている夫人は、夫と共に自分の領地に帰っている。戻ってくるのは、2ヶ月先だ。一応、今は夫人の専属なので、他の金蔓もとい遊び相手を探すわけにもいかない。もう1ヶ月もセックスをしていない。溜まっているが、下手に娼館に行くのも躊躇われる。夫人専属の絵師をしているビオンダならば、誰にもマルチェロとセックスしたことを言わないだろう。冴えない風貌をした絵師のビオンダは、『精霊の悪戯』だ。自身が『精霊の悪戯』だと知られると都合が悪いだろうし、それでなくとも口は堅そうな気がする。ビオンダのまんこは、今まで抱いてきた中で、一位二位を争う名器だし、ビオンダも夫人が不在で暇だろう。突然訪ねても、追い返されることはあるまい。

 マルチェロは、夜でも酒を売っている店で安物のワインを何本か買うと、軽やかな足取りで、一度だけ行ったことがあるビオンダの家に向かった。

 ビオンダの家の玄関の呼び鈴を押すと、少しの間があってから、玄関のドアが開いて、ビオンダが顔を見せた。ビオンダはだらしなく無精髭を生やしていた。こうして見ると、本当に冴えない普通の男にしか見えない。マルチェロはニッと笑って、『よっ』と軽く手を上げた。ビオンダが驚いたように目を見開いた。


「アンタ、暇だろ。遊ぼうぜ」

「……あぁ。夫人がいないからか」

「そ。他に相手を探す訳にもいかねぇのよ。今は夫人の専属だから。俺」

「ふーん。……入れば」

「どーも」


 ビオンダがドアを完全に開けて、マルチェロを家の中に入れてくれた。相変わらず、絵の具の匂いが家の中に充満している。不快な匂いではないので構わない。草臥れた服を着たビオンダが、喉ちんこが見えそうなくらい大きな欠伸をした。


「寝てたのか?」

「寝てた。やることがなくて暇だから」

「ふーん。……あ」

「なんだ」

「なぁ。俺の絵を描いてくれよ。ロケットペンダントに入れられるようなやつ。夫人に贈って機嫌取りにするわ。ついでに夫人の絵も描いてくれよ。俺が夫人の絵入りのロケットペンダントを身に着けてたら、多分夫人が喜ぶ。そろそろ夫人の情夫になって半年になる。ちょっと貢物をして、機嫌をとっておきたい。報酬は身体で払う」

「別にいいけど。じゃあ、早速描くから、ちょっと待ってろ。準備する」

「今日じゃなくていい。今日はとりあえず遊びに来ただけだ。今後、アンタの家に出入りしてもおかしくない理由ができたし、先に絵を入れるロケットペンダントがあった方が描きやすいだろう。絵はロケットペンダントを買って持ってきてからでいい」

「分かった。……じゃあ、風呂に入ってくる。面倒で4日くらい入ってない」

「素直に汚ねぇな。引くわ」

「暇だから適当に絵を描いてたら、気づいたら3日くらい経ってたんだよ」

「ふーん。飯は?」

「寝る前に食った」

「寝たのはいつだよ」

「昼前?」

「風呂に入ったら、先に飯だ。すぐにバテられたら面白くない。アンタが風呂に入ってる間に、適当になんか買ってくる。食えないものは?」

「特にない」

「じゃあ、飯買ってくるから、風呂でしっかり身体洗ってこい。風呂に浸かったまま寝るなよ」

「あぁ」


 マルチェロはビオンダに安物のワインが入った紙袋を手渡すと、近くの食い物を売っている店の場所を聞き、ビオンダの家を出た。折角、セックスをして遊ぶのに、すぐに力尽きられたら楽しくない。マルチェロも仕事上がりで、少し腹が減っている。目当ての飯屋に着くと、マルチェロは少し多めに飯を買い、油紙に包んでもらって、温かい飯が冷めないように、足早にビオンダの家に戻った。

 ビオンダの家に戻ると、ズボンだけ穿いた半裸のビオンダが、寝室のベッドのシーツを交換していた。引っぺがした黄ばんだシーツは、いつから洗っていないのか。前に来た時にも思ったが、ビオンダは間違いなく生活能力が欠けている。それでも、一応洗濯済みっぽい白いシーツに交換してくれるだけ、まだマシな気がする。

 季節はもう秋が終わり、冬のはじめ頃だ。今日は比較的暖かいが、これからじわじわと寒くなっていくのだろう。冬は嫌いだ。寒いし、裏路地で死体を見かけることが多くなる。野垂れ死んでいる奴を見ると、自分も将来あぁなるのではと、背筋が凍るような思いをする。今は若いからいい。それでも、あと10年、役者と男娼の真似事ができればいい方だろう。若く美しい者は、後から後からどんどん入ってくる。劇団長を筆頭に、マルチェロが知る者達は、若い者の方が好きだ。マルチェロは、冬の一際寒い日に生まれたらしい。ここ数年、冬が来て、歳を一つ重ねる毎に、言いようのない不安に襲われるようになった。

 マルチェロは後ろ暗い思考を霧散させるように軽く頭を振ると、シーツを替えたベッドに座り、まだほんのり温かい飯をビオンダに差し出した。ビオンダが草臥れたシャツを着て、先に買っておいたワインが入った紙袋をシーツの上に置いた。油紙に包まれた飯をがつがつ食い始めたビオンダを見て、マルチェロは、なんとなく、ほっとした。ビオンダは痩せ細っているが、中々にしぶとく生きそうな気がする。勢いよく飯を食い、ごくごくと喉を鳴らして安物のワインを飲む姿は、『生きている』と感じさせた。勿論、ビオンダは生きているのだから当然のことなのだが、マルチェロは不思議と安心感を覚えた。自分も少し冷めた飯で腹を満たしながら、マルチェロは小さく口角を上げた。

 ロケットペンダントは、我ながらいい思い付きだったと思う。夫人の機嫌をとれるし、堂々とビオンダの家に来られる。ビオンダは冴えない風貌の男にしか見えないから、夫人が変に勘潜ることもないだろう。ビオンダの前では、『情夫の自分』を演じなくていいから、気が楽だ。もう何ヶ月も前だが、既に一度セックスした仲だし、それが二回三回に増えても、変わりはない。

 マルチェロはビオンダと一緒に少し冷めた飯を食い終わると、腹が落ち着くまで、ちびちびと安物のワインを飲みながら、ビオンダと他愛のないお喋りをした。


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