上 下
11 / 26

11:お話し合いと決意

しおりを挟む
 マチューは、印刷室で、明日の講義で使う資料を印刷しながら、小さく溜め息を吐いた。
 昨夜、べろんべろんに酔ったアベルに食われた。一緒に寝ようと言い出したのは、マチューだ。恐らく、アベルは、酔い潰れて寝ようとしたのだろう。マチューの身を守る為に。スキンシップを、いきなりステップアップし過ぎたのかもしれない。アベルにキスをされて、気持ちよくて、うっかり流されちゃった自分も悪いと思う。セックスどころか、キスをするのも初めてだったので、アベルのテクニシャンっぷりに、マチューの理性が敗北した。
 今朝のアベルは、ガチ泣きして、ものすごく後悔しているようだったので、逆に申し訳なく思えてくる。流されたマチューも悪いのだから、酒に逃げたアベルと同罪だ。どうしたもんかなぁと、ぼんやり思いながら、マチューはテキパキと印刷した資料をまとめた。

 就業時間を終えると、マチューは、どんよりとした落ち込んだ空気をまとっているアベルと共に、アベルの家に向かった。アベルは、今日は1日に何度も胃のあたりを擦っていたし、昼食も殆ど食べてなかったので、胃が痛むのだろう。夕食は消化のいい穀物粥にした方がよさそうだ。その前に、話し合いをした方がいいのだろうか。話し合いをして、お互いに、昨夜のことに折り合いをつけてからの方が、夕食を美味しく食べられる気がする。
 マチューは、家に着いたら、とりあえず温かいミルクを作ってから話し合いだと、歩きながら、ぐっと拳を強く握って、気合を入れた。

 アベルの自宅に着くと、マチューは蜂蜜入りの温かいミルクを2人分作ってから、マグカップを両手に持って、ソファーで今にも舌を噛みそうな顔をしているアベルの隣に座った。アベルにマグカップを差し出せば、アベルが小さくお礼を言ってから、マグカップを受け取った。
 マグカップに口をつけて、ほんのり甘い温かいミルクの飲み、2人同時に、ほぅと小さく息を吐いた。
 少し緊張が解れたマチューが口を開こうとすると、アベルがすっと立ち上がり、ソファーの前のローテーブルの向こうに移動して、床に膝をつき、そのまま、深々と頭を下げた。


「教授!?」

「昨日は本当に申し訳ありませんでした。僕は君を傷つけた。君に償いたいのだけど、自分では、いい案が思いつかなくて……僕は君が望むことをしようと思う。僕にできることなら、何だってするから、君の望みを教えてください」

「教授、教授。とりあえず頭を上げてください。その……流された僕も悪いんで……えーと、えーと……とっ! とりあえず! ソファーに座ってください! 話しにくいです!」

「でも……」

「いいから! ソファーに座る!」

「あ、うん」


 明らかに気落ちしている顔をしたアベルが、のろのろと立ち上がり、マチューのすぐ隣に座った。
 マチューは、膝の上でぐっと握りしめられているアベルの拳を手に取り、力が入っているアベルの手を開いて、なんとなく、両手でアベルの手をにぎにぎした。


「教授。これだけは、しっかり頭に叩き込んでください。僕は、貴方に傷つけられてなんかいないです」

「……そんな訳無いだろう。君の意志を無視して、僕は君を犯した」

「いやまぁ、ぶっちゃけ気持ちよくて、うっかり流されちゃいましたけど……流された僕も悪いんで、教授と同罪です。あれだけ、べろんべろんに酔ってたのは、酔い潰れて寝る為でしょ」

「……酔い潰れて寝ちゃえば、君の安全を確保できると思ったんだ。……完全に逆効果になったけど」

「ほら。僕は、教授が僕のことをすごく大事にしているのを知ってます。親なんかより、余程、教授の方が優しくて、僕がひねくれずに成長できたのも、教授のお陰です」

「……君は出会った時から、真っ直ぐな優しい子だったよ」

「前にも言った気がしますけど、僕が優しいのは、間違いなく、教授が優しいからですよ。教授。僕は、教授とセックスをして、傷ついてなんかいないです。確かに、僕は、愛を育んでからセックスをしたい派ですけどね。だからといって、傷つけられてなんかいないです」

「…………」

「一緒に寝ようって言い出したのは、僕ですし。それが逆に教授の負担になっちゃって……その、すいません」

「君が謝るような事なんか、欠片もないよ。君は、僕のことを一生懸命考えてくれて、協力してくれているだけじゃないか」

「教授。僕は、教授の助手をやめません。その……僕の望みは、教授の元でもっと研鑽を積んで、一人前の研究者になることです。教授みたいに、優しく人を導くことができる人になりたいんです」

「……君は僕を過大評価してないかい? 僕はそんなに立派な人間じゃない。……我慢のできない尻軽野郎だし」

「過大評価ではないです。尻軽野郎なのも、ずっと前から知ってます。教授のいいところも、悪いところも、全部はきっと知らないけど、少なくとも、僕は優しい教授が好きですよ。今だって、僕のことを一生懸命考えてくれてるじゃないですか」

「…………うん」

「あ、ちなみに、『好き』は敬愛とかそっちの方なんで。恋愛感情になるかは、教授と僕の今後次第かもしれないけど、どうですかね?」

「……マチュー君」

「はい」

「君の望みを僕は全力で叶えようと思う。部屋が余っているから、此処に住むといい。家賃はいらないから、その分のお金を自分の本や資料に使いなさい。学園でだけでなく、家でも君の研究の指導をしよう」

「えっ! いいんですか!? 教授の負担になりませんか。教授、自分の生活空間に他人を入れるの嫌だって前に言ってたじゃないですか」

「同棲じゃなくて、同居かな。自分の弟子を自宅に住まわせて指導する魔術師も割といるしね。君の望みを叶える為だもの。マチュー君。僕、頑張るよ」

「そんなに頑張らなくていいです。2人の負担にならないペースで、一緒に頑張っていきましょうか。教授。これからも、よろしくお願いします」

「……うん。僕の方こそ、よろしくね。マチュー君」

「はい」

「僕を嫌いにならないでくれて、ありがとう」


 アベルが今にも泣き出しそうに、くしゃっと顔を歪めた。マチューは、なんだか胸の奥がちょっとだけ傷んだ。
 この人は、どれだけマチューのことを大事にしてくれているのだろう。出会った頃から、アベルはずっと優しかった。マチューが中々上手く魔力コントロールができなくても、根気よく魔力コントロールの練習に付き合ってくれて、マチューが魔力暴走を起こして怪我をさせてしまっても、いつも穏やかに笑って、『大丈夫だよ』と頭を撫でてくれていた。助手になってからも、沢山の事を教えてくれながら、頑張るマチューを見守って、手助けをして、応援してくれている。どれだけ男に飢えていても、マチューにだけは、手を出そうとしなかった。今回の件で、傷ついたのは、マチューじゃない。アベルだ。マチューが、優しいアベルを傷つけた。

 深く考えだしたら落ち込みそうなので、マチューは考えることをやめた。アベルの温かい手を握って、マチューは決意した。こうなったら、1日でも早く、一人前の研究者になる。アベルに誇ってもらえるような、立派な研究者になりたい。
 マチューは、真っ直ぐにアベルの穏やかな色合いの茶色の瞳を見つめた。


「教授。頑張りたいので、ご指導よろしくお願いします」

「うん。一緒に頑張ろうね」


 アベルが、今日初めて、穏やかに笑った。アベルの穏やかな笑みを見て、マチューは心底ほっとした。
 マチューは決意を胸に、アベルの温かい手をにぎにぎした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

熱気と淫臭の中で犬達は可愛がられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

明け方に愛される月

行原荒野
BL
幼い頃に唯一の家族である母を亡くし、叔父の家に引き取られた佳人は、養子としての負い目と、実子である義弟、誠への引け目から孤独な子供時代を過ごした。 高校卒業と同時に家を出た佳人は、板前の修業をしながら孤独な日々を送っていたが、ある日、精神的ストレスから過換気の発作を起こしたところを芳崎と名乗る男に助けられる。 芳崎にお礼の料理を振舞ったことで二人は親しくなり、次第に恋仲のようになる。芳崎の優しさに包まれ、初めての安らぎと幸せを感じていた佳人だったが、ある日、芳崎と誠が密かに会っているという噂を聞いてしまう。 「兄さん、俺、男の人を好きになった」 誰からも愛される義弟からそう告げられたとき、佳人は言葉を失うほどの衝撃を受け――。 ※ムーンライトノベルズに掲載していた作品に微修正を加えたものです。 【本編8話(シリアス)+番外編4話(ほのぼの)】お楽しみ頂けますように🌙 ※こちらには登録したばかりでまだ勝手が分かっていないのですが、お気に入り登録や「エール」などの応援をいただきありがとうございます。励みになります!((_ _))*

Tragedian ~番を失ったオメガの悲劇的な恋愛劇~

nao@そのエラー完結
BL
オメガの唯一の幸福は、富裕層やエリートに多いとされるアルファと、運命の番となることであり、番にさえなれば、発情期は抑制され、ベータには味わえない相思相愛の幸せな家庭を築くことが可能である、などという、ロマンチズムにも似た呪縛だけだった。 けれど、だからこそ、番に棄てられたオメガほど、惨めなものはない。

青年は快楽を拒むために自ら顔を沈める

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

変態♂学院

香月 澪
BL
特別保養所―――通称『学院』と呼ばれる施設。 人には言えない秘密の嗜好、―――女装趣味、それもブルマやレオタードなどに傾倒した主人公「マコト」が、誰憚る事無くその趣味を満喫する場所。 そこに通う様になってから、初の長期休暇を利用して宿泊する事にした「マコト」は、自覚も無く周囲を挑発してしまい、予想を超える羞恥と恥辱に晒され、学友にはエッチな悪戯を仕掛けられて、遂には・・・。

竜騎士さん家の家政夫さん

丸井まー(旧:まー)
BL
32歳の誕生日に異世界に転移しちゃった祥平は、神殿に保護された。異世界からたまに訪れる人のことは、『神様からの贈り人』と呼ばれている。一年間、神殿で必要なことを学んだ祥平は、『選択の日』に出会った竜騎士のダンテの家の家政夫として働くことになった。おっとりな竜騎士ダンテと、マイペースなおっさん家政夫祥平のゆるーいお話。 おっとり男前年下竜騎士✕マイペース平凡家政夫おっさん。 ※ゆるふわ設定です。 ※全75話。毎朝6時更新です。 ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

銀色の精霊族と鬼の騎士団長

BL
 スイは義兄に狂った愛情を注がれ、屋敷に監禁される日々を送っていた。そんなスイを救い出したのが王国最強の騎士団長エリトだった。スイはエリトに溺愛されて一緒に暮らしていたが、とある理由でエリトの前から姿を消した。  それから四年。スイは遠く離れた町で結界をはる仕事をして生計を立てていたが、どうやらエリトはまだ自分を探しているらしい。なのに仕事の都合で騎士団のいる王都に異動になってしまった!見つかったら今度こそ逃げられない。全力で逃げなくては。  捕まえたい執着美形攻めと、逃げたい訳ありきれいめ受けの攻防戦。 ※流血表現あり。エリトは鬼族(吸血鬼)なので主人公の血を好みます。 ※予告なく性描写が入ります。 ※一部メイン攻め以外との性描写あり。総受け気味。 ※シリアスもありますが基本的に明るめのお話です。 ※ムーンライトノベルスにも掲載しています。

【BL】王子は騎士団長と結婚したい!【王子×騎士団長】

彩華
BL
 治世は良く、民も国も栄える一国の騎士団長・ギルベルト。 年はとうに30を過ぎ、年齢の上ではおじさんに分類される年齢だった。だが日ごろの鍛錬を欠かさないせいか、その肉体は未だに健在。国一番の肉体にして、頼れる騎士団長として名を馳せている。国全体からの信頼も厚く、実直真面目な人物だった。だが一つだけ。たった一つだけ、ギルベルトには誰にも言えない秘密があった。表立って騎士団長という肩書を持つ彼には、もう一つの仕事があって……──。 「ああ、可愛いね。ギルベルト」 「ん゛……、ぁ、あ゛……っ♡」 穏やかな声と、普段とは異なるギルベルトの声が静かな部屋に響いて。 ******** という感じの、【王子×おっさん騎士団長】のBLです 途中Rな描写が入ると思います。 お気軽にコメントなど頂けると嬉しいです(^^)

処理中です...