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5:『脱! 尻軽大作戦!!』

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 マチューが研究室で資料の整理をしていると、静かに研究室のドアが開き、アベルが疲れた様子で入ってきた。


「お疲れ様です。今年の新入生は、どんな感じでしたか?」

「あー、うん。まぁ、概ね例年通りかなぁ。あ、でも、面白そうな子が2人いたかな」

「へぇ。今年の講義は楽しくなりそうですね」

「だと嬉しいねぇ。はぁーー」

「なんです? 大きな溜め息なんか吐いて」

「男日照りなんだよ。マチュー君。……全然! ちんこを突っ込んでくれる男が! 見つからない!」

「研究室で品のないことを叫ばない! もう! いつもの発作ですか」

「いやもう本当に、泣きたくなるくらい、いい竿が見つからなくてさぁ。いいなぁと思って声をかけてもフラれるしぃ。僕って、そんなに魅力無い?」

「抱かれたい派の男には、需要あるんじゃないんですか? 多分」

「抱かれたい男に好かれても嬉しくない!! 僕は! ちんこを! 突っ込まれたいの!!」

「はい! 品のないことを叫ばない!! もう! 学生達に聞かれたらどうするんですか!」

「だぁってぇ……もう本当に男日照り過ぎて、ヤバいんだよぉ。そろそろ本気泣きしそう」


 しおしおになっているアベルが、よろよろと自分の机の所に行き、椅子に座って、ぐったりと机に突っ伏した。どうもこれは重症のようである。

 マチューは、どうしたものかなぁと考えてみた。男を紹介してやろうにも、マチューはノンケの友達しかいないので、無理だ。男専門が集まるというバーに一緒に行っても、肝心のアベルを抱いてくれる男が見つからなかったら意味が無い。最もやりたくないが、ある意味確実にできるのは、マチューがアベルを抱くことだ。
 マチューは、おっさんのアベルでも、普通に勃起する。童貞だが、抱こうと思えば抱けるだろう。アベルのことは、尻軽過ぎること以外は、とても尊敬しているし、敬愛している。アベルの側は居心地がよくて、アベルから様々な事を教えてもらうのは楽しい。アベルの世話を焼くのは、普通に楽しいし、アベルがマチューだけを愛して、マチューだけとしかセックスをしないのであれば、アベルと恋人になることも吝かではない。年の差はあるが、アベルはお茶目で可愛いところもあるし、何より、青臭い理想を持つマチューのことを笑ったり、揶揄ったりしなかった。そのままのマチューのことを、アベルは認めてくれている。仕事のことも、マチュー自身のことも、アベルは認めて、高く評価してくれている。

 マチューは、王都で生まれ育った。幼い頃から魔力が多く、魔力コントロールができないうちは、よく魔力を暴走させて、何度かは怪我人まで出していた。マチューを持て余した両親が、知り合いの知り合いだったアベルに、マチューのことを相談した。マチューは、アベルの勧めで、アベルから魔力コントロールを習いながら、国立魔術学園に入学することになった。
 国立魔術学園は、13歳から入学できる。成績がよければ、スキップして早めに卒業することもできる。マチューは、13歳で入学し、国立魔術学園の高等部の更に上の研究部にまで進級し、研究部を卒業すると、アベルの助手になった。

 周囲から遠巻きにされて、親からも疎まれていたマチューが、普通に生活ができるようになったのは、全てアベルのお陰である。魔術理論の研究が楽しいこともあったが、何より、アベルに恩返しがしたくて、マチューはアベルの助手になった。

 マチューは、うーんと小さな声を出しながら、悩んだ。アベルは、マチューには手を出さないと、事ある毎に言っている。実際、一度一緒のベッドに寝た時も、何もしてこなかった。男をとっかえ引っ変えするアベルの尻軽列伝については、アベルが隠さないので、よく知っている。アベルは多分、セックス依存症なのだと思う。専門じゃないから、断言はできないし、あくまで推測だが、あながち間違ってはいない気がする。

 ここで安易に男を紹介したり、男専門が集まるバーで男漁りをするよりも、アベルのセックス依存症を改善した方が、後々の為にもなるのではないだろうか。

 マチューは、ぼんやりとそう考えると、セックス依存症をどうやったら改善できるのか、考え始めた。あくまで素人考え止まりになるが、何もしないよりマシである。
 マチューは、手を動かしながらを、就業時間が終わるまで、頭の中で、アベルのセックス依存症改善策を色々と考えた。

 就業時間が過ぎたので、帰り支度を始めたアベルに、マチューは、つつっと近寄って、話しかけた。


「教授。ちょっとした実験がしたいので、お家にお邪魔してもいいですか?」

「実験? 研究室でやればいいじゃない。今からでも付き合うよー」

「いえ。できたら、教授の家の方がいいので」

「一体、なんの実験をするんだい?」

「まぁ、あれです。教授の男日照りの改善方法……みたいな?」

「マジか!? なんの実験か知らないけど、よろしく頼むよ! マチュー君!!」

「はい。僕、頑張りますので、教授も頑張ってください」

「うん!!」


 どんよりとした空気をまとっていたアベルが、ぱぁっと弾けるような笑顔になった。
 マチューは、そわそわし始めたアベルと一緒に、アベルの新居へと向かった。

 台所を借りて珈琲を淹れ、居間の大きめのソファーに、拳二つ分開けて、並んで座る。マチューは、珈琲を一口飲んで、少しの緊張で渇いた喉を潤すと、真横で美味しそうに珈琲を飲んでいるアベルの方を向いた。


「教授。セックスをしなくても、心穏やかでいられるようにしましょう」

「えー。セックスは僕の一番の楽しみだよー」

「でも、そのセックスができなくて、この最近、イライラしたり、気分が落ち込んだりしてるでしょ」

「…………まぁ」

「セックスをしなくても、気分が落ち着くようになると、多分、今より楽になりますよ」

「それはそうかもしれないけどー。僕のド淫乱っぷりは筋金入りだぞ? ちょっとやそっとじゃ、治らないよ」

「それはもう、尻軽列伝を聞かされてきたんで、百も承知です。そこで」

「そこで?」

「僕と、セックスは無しの、コミュニケーションをとっていきましょう」

「それなら、普段から普通に話したりしてるじゃない」

「そうなんですけど、それに加えて、毎日一緒にご飯を食べて、手を繋ぐとか、ちょっとした触れ合いをします」

「それで?」

「多分なんですけど、教授って、セックスの快感だけじゃなくて、他人の体温とかにも飢えてるんじゃないと思うんですよ。なので、とりあえず、握手とか、ちょっと手を繋ぐとかしてみて、ちょっとした他人の体温だけで、ある程度満足できるようにしてみるのはどうかと」

「なるほど?」

「題して、『脱! 尻軽大作戦!!』」

「ごめん。そのネーミングセンスは頭悪すぎるよ」

「僕のネーミングセンスはどうでもいいです。教授。僕と一緒にちょっと頑張ってみませんか?」

「うーーーー。……まぁ、確かに、いい竿も見つからないし、見つけてもフラれてばっかだし、でもケツはうずうずするしで、イライラしちゃうし。駄目元でやるだけやってみるかなぁ」

「じゃあ、とりあえず握手です。はい」

「あ、うん」


 マチューは、アベルに手を差し出した。アベルのかさついた温かい手が、マチューの手を握った。アベルが、微妙に困った様な顔をした。


「これだけでムラムラするってヤバいな。僕」

「はい。我慢です」

「分かってるよ。君には手を出さないって決めてるもの」


 アベルが大きな溜め息を吐いた。


「僕って、どっかおかしいのかなぁ」

「寂しがり屋なだけじゃないですか?」

「そっかな」

「そうですよ」

「単なる淫乱なだけじゃない?」

「淫乱以前に、ただ単に、人恋しいのかもしれませんよ。教授って、何十年も独り暮らしでしょ。1人でご飯食べて、1人で寝てってしてたら、人恋しくもなりますよ」

「そんなもんかなぁ」

「そんなもんです。僕も最近独り暮らしを始めたので、なんとなく寂しい時がありますもん」

「そっかー。僕は寂しがり屋だったのか」

「多分ですけどね」

「マチュー君の手は温かいね」

「教授の手も温かいですよ」


 マチューは、握手した手を、やんわりと振って、『今日はここまで』と、温かいアベルの手を離した。



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