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50:おかえり

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バージルはセドリックと共に日課の筋トレと剣の素振りを終えると、順番にシャワーを浴びてから、洗濯物を取り込んだ。夏の真っ盛りである。初等学校も国立高等学校も夏季休暇中で、毎日バージルとセドリックの2人で過ごしている。アルフレッドは先々月から浄化の長期任務で不在だ。予定通りなら、今日帰ってくる筈である。

セドリックは来年には13歳になり、中等学校に進学する。魔法使いの養成を主としている国立魔法学校付属の中等部に進学するか、複数の学科からなる王都国立高等学校附属の中等部に進学するか、現在悩み中である。どちらも自宅から通える距離にあるが、王都国立高等学校は、中等部から全寮制である。セドリックとしては、自宅から通えて浄化魔法の勉強や訓練を集中的にできる国立魔法学校は魅力的なのだが、騎士科をはじめとする様々な学科がある国立高等学校附属中等部も楽しそうだと思っているそうだ。魔法使いだけの環境よりも、色んな勉強をし、色んな分野の仕事に就く人達と接する機会があった方が、自分の世界がより広がる気がするらしい。我が子ながら、実に柔軟で広い視野を持っている。とても努力家だし、本当に自慢の息子である。

セドリックは毎日バージルと一緒に筋トレや走り込み、剣の鍛錬をしている。体質がバージルに似たようで、セドリックは初等学校の同学年の中では一番背が高いらしい。まだまだ幼いながら、身内の贔屓目を除いても剣の筋がいい方で、バージルとしては、このまま騎士を目指してくれたら嬉しいなぁと密かに思っている。セドリック本人は、将来はアルフレッドと同じように魔法省の浄化課で働きたいと思っているようなので、バージルがこっそり期待をしていることは、セドリックにもアルフレッドにも言っていない。

セドリックと一緒に洗濯物を畳んでいると、アルフレッドが帰ってきた。
玄関が開く音がしたので、洗濯物を畳むのを中断して玄関に移動すると、髪はぼさぼさ、髭は伸び放題で、薄汚れた制服を着た、実に小汚いアルフレッドがいた。アルフレッドはセドリックを見るなり、パッと顔を輝かせ、セドリックが避ける間もなくセドリックに抱きついた。


「たっだいまー。セドリック」

「おかえり。親父。臭い。汗臭い。おっさん臭い。なんか臭い。すっごい臭い」

「ひでぇ。こんにゃろう。おらおら」

「うぇぇぇぇ……髭が痛い!髭が臭い!つーか、煙草吸っただろ!!くっさい!くっさい!」


露骨に嫌そうな顔をしているセドリックの頬にじょりじょりと髭を擦りつけているアルフレッドをじっと観察して、目立った位置に外傷がないことを確認すると、バージルは、ぎゃーぎゃー騒いでいるアルフレッドの背後に回り、アルフレッドの腰を両手で掴んでセドリックから離した。
荷物のようにアルフレッドの身体を肩に担ぎ上げると、アルフレッドがバシバシとバージルの尻を叩いた。アルフレッドの身体から、汗と煙草、濃くなっている体臭がする。セドリックが臭いと騒ぐ理由が素直に理解できる。端的に臭い。


「おかえり。怪我は?」

「ただいま。ねぇよ」

「まずは風呂だ。臭い」

「てめぇこの野郎」

「セドリック。洗濯物の続きを頼んでいいか?」

「いいよ。父さんは親父を丸洗いしてきて。くせぇから。マジで」

「そうする」

「お前ら流石に酷くないっ!?」


バージルは、ぎゃーぎゃー喚いてバージルの尻をバッシンバッシン叩いているアルフレッドを担いだまま、風呂場へと移動した。風呂の湯を溜めながら、全裸にひん剥いたアルフレッドの頭の先からつま先までしっかりと丸洗いした。お湯に浸かって脱力しているアルフレッドの髭を、浴槽の外から慎重に剃っていると、アルフレッドがうとうとし始めた。疲れているのだろう。今回の浄化の仕事は、3か月近くの長期のものだったし、出立前に、瘴気の発生がかなり多く、危険な任務になると知らされていた。アルフレッドの身体を洗いながら隅々まで怪我をしていないか確認したのだが、幸いにも、治りかけの小さな擦過傷と青あざがあるだけだった。
眠りかけているアルフレッドの顎を掴んで、動かないようにしっかりと頭を固定したまま、髭を全てきっちり剃り終えた。
半分夢の国に旅立っているアルフレッドは、年相応に老けてきている。目尻に小さな皺があるし、髭が無くなると、ほうれい線がくっきりと分かる。もう48歳になるのだから、当然のことなのだろう。バージルもそれなりに老けたし、年々身体の衰えを感じることが増えていく。

完全に寝落ちたアルフレッドを横抱きに抱え上げ、バージルは風呂場から出た。横着して風の魔法でアルフレッドの裸体と濡れた自分の服を乾かし、足早に寝室に移動した。
アルフレッドにトランクスとパジャマを着せてから、バージルは低い鼾をかいているアルフレッドのだらしない寝顔を少しだけ眺めて、静かに寝室から出た。今日の夕食は3人で比較的近所にあるアルフレッドお気に入りのレストランに行こうかと思っていたが、アルフレッドが予想以上に疲れているので、延期にすることにした。アルフレッドが気に入っている総菜屋で何か買ってこよう。マルタは高齢になったので、昨年に家政婦を辞めており、今はマルタの娘でセドリックの乳母をしてくれていたアイネが家政婦として働いてくれている。アルフレッドが帰ってきたら外食をするからと、今日の夕食の支度は断っていた。

バージルは畳み終えた洗濯物を片付けてくれているセドリックに声をかけ、財布だけをズボンの尻ポケットに突っ込み、セドリックと一緒に夕食の買い出しに出掛けた。今の時期だと、まだアルフレッドが好きな桃があるだろう。少し早いかもしれないが、もしかしたら葡萄も売っているかもしれない。セドリックと先に馴染みの果物屋を覗いて、アルフレッドが好きな桃や葡萄、それから林檎のジャムを買った。、総菜屋に行って、更にアルフレッドが気に入っているパン屋でパンも買い、少し急いで帰宅した。
アルフレッドは生の果物が好きだが、加工品はそんなに食べない。しかし、林檎のジャムだけは好きだ。故郷が林檎の特産地だからだろう。幼い頃から食べ慣れているものなので、林檎のジャムだけは、自分で買ったり、わざわざ妹のミディアに送ってもらったりして、好んで食べている。

帰宅してすぐに寝室を覗くと、アルフレッドは低い鼾をかきながら、ぐっすりと寝ていた。時計を確認してから、バージルはまた静かに寝室を出た。きっかり1時間後に起こさなければ。アルフレッドは長期の仕事から帰った日は時に、3人で一緒に食事をしたがる。バージルとしては自然に目覚めるまで寝かせておきたいのだが、食事の時間にアルフレッドを起こさないと、バージルがアルフレッドに怒られる。
バージルは居間に戻り、夕食の時間まで、セドリックの宿題を見てやった。

アルフレッドを起こして夕食を楽しんだ後、セドリックが淹れてくれた珈琲を飲みながら、ゆっくりとお喋りをしていた。アルフレッドに習ったので、セドリックも珈琲を淹れるのが上手だ。バージルは今だに台所立ち入り禁止令が出ている。普段、アルフレッドが不在の時は、セドリックが珈琲を淹れてくれたり、家政婦のアイネと一緒に食事を作ってくれている。
土産の焼き菓子を食べながら、セドリックが口を開いた。


「明日はシェーラと出かけてくる」

「お。デートか」

「ちげぇわ。発想がおっさん過ぎる。アリアナ先生んとこに行くんだよ」

「誰がおっさんだ」

「親父」

「こんにゃろう。あぁ。定期健診の日か」

「うん」

「じゃあ、俺も一緒に行くわ。アリアナ女史が好きそうな酒を見つけたから、土産に買ってきてるし」

「んー。じゃあ、昼飯はあそこで食べたい。『山鳩亭』。肉食いたい。肉。昼過ぎにシェーラん家に集合だし。シェーラん家の近所だし」

「いいぞ。バージルもいいだろ」

「あぁ。折角だ。ついでに夕食も外で食べよう。酒が土産なら、どうせアリアナ殿の家で一緒に飲むだろう」

「おう」

「酔って俺とシェーラに絡むなよ。親父」

「おいおい。そんなに期待するなよ。ちょっと照れる」

「フリじゃねぇし、期待もしてねぇから。照れる意味が分かんねぇ。絡むなら父さんに絡めよ」

「バージルに絡んでも面白くねぇだろ」

「うっさい。隅っこで父さんとイチャイチャしてろ。俺はシェーラと一緒にアリアナ先生から面白い本を紹介してもらう約束してるし」

「あ、セドリックに本も買ってきたぞ。今回の浄化地の郷土史。帰りの道中で読んだけど、結構面白かったぜ。しっかりと詳しく書かれてたし、単純に読み物としても中々のもんだった」

「読む」

「これ飲み終わったら取ってくるわ」

「うん。ありがと」


3人とも珈琲を飲み終えると(セドリックはミルクが殆どのもの)、アルフレッドが土産の本を取りに行き、セドリックに渡した。セドリックは嬉しそうに本を受け取り、早速読むと、いそいそと自室に戻った。セドリックは本を読むことが好きで、学校がある日でも、毎日必ず2時間は読書をする。
セドリックは、バージルとアルフレッドの軽口のやり取りをイチャイチャしているだけだと思っている。別にイチャイチャなんかしていないのだが。喧嘩はセドリックの前では絶対にしないと、アルフレッドが妊娠している時に決めたので、今まで一度もセドリックの前で喧嘩をしたことがない。セドリックに隠れて、こっそり喧嘩することはたまにある。

バージルは使ったカップを洗い、眠そうなアルフレッドと一緒に脱衣所にある洗面台へと移動した。洗面台の前で並んで歯を磨き、順番にうがいをしてから、寝室へと歩き出す。
アルフレッドが喉ちんこが見えるくらい大きな欠伸をしながら、並んで歩くバージルの尻をぱしんぱしんと軽く叩いた。


「とりあえず一発やるか」

「寝ろ」

「断る」

「疲れているだろう」

「溜まってんだよ」

「……一度だけだぞ」

「おう」


バージルは寝室に入ると、アルフレッドの腰を抱いて引き寄せ、アルフレッドの唇に触れるだけのキスをした。アルフレッドの深い蒼の瞳が、楽しそうな色を浮かべて、真っ直ぐにバージルを見た。


「楽しませろよ。むっつり野郎」

「期待には応えよう」


アルフレッドがクックッと低く笑い、バージルの首に両腕を絡めた。



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