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44:帰省

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アルフレッドは優しく揺さぶられて目覚めた。目を開ければ、呆れた顔をしたオリビアとご機嫌なセドリックがアルフレッドを見下ろしていた。アルフレッドはのろのろと寝転がっていた座席から身体を起こし、大きな欠伸をした。


「着いたわよ。まぁよく寝ていたこと」

「あーあ!」

「お。セドリック。抱っこか」


アルフレッドは両手を伸ばしてきたセドリックをオリビアから受け取り、抱っこをしてセドリックのぷくぷくの頬にキスをした。セドリックがご機嫌な笑い声を上げる。
セドリックは最近つかまり立ちをし始めた。手づかみで食べるようになり、ハイハイで床を爆走することも多い。とにかく活発で、何でも口に入れようとするので、中々に目が離せない。
アルフレッドの復職まで、2か月を切った。夏が終わって本格的な秋になり、過ごしやすい時期になったので、バージルが休暇を取り、アルフレッドの実家があるキザンナの街へと旅行中である。

借りた馬車の扉が開き、バージルが顔を覗かせた。


「着いたぞ」

「おー。今どこら辺?昼飯の時間だろ。どこで食う?」

「お前の家の前だな」

「は?」

「アル。家に着いたのよ。とりあえず荷物を置いて、お昼ご飯はいつものお店に行きましょう」

「……予定では家に着くのって夕方じゃなかったか?」

「道が空いていたから少々飛ばした」

「少々?」

「少々だ。人に迷惑をかける程の速度は出していない」

「……あっそ」


アルフレッドは呆れた顔でバージルを見た。今回の帰省は、馬車と馬を借り、バージルが御者をしている。馬車の車輪にバージルが風魔法をかけて僅かに地面から浮かせた状態で進んできたので、ほぼ揺れず、恐ろしく快適な道中だった。道が空いている場所では馬車を引く馬の脚にも風魔法をかけたのだろう。本来3日かけての移動の予定が、1日半で到着してしまった。快適過ぎる馬車の旅に、アルフレッドはセドリックの世話以外では殆ど寝ていた。出発前夜にセックスを仕掛けてきたバージルが悪い。仕事で使う馬車も揺れないように魔法が施してあり、一般の馬車に比べたら格段に揺れないが、バージルの風魔法をかけた馬車はその上をいく。相変わらず変態的なまでに器用な風魔法を使う男だ。

久しぶりの実家に入れば、記憶と変わらぬ様子だった。近所の林檎農家に嫁いだ妹ミディアが掃除や換気をしてくれていたのだろう。オリビアが1年以上不在だったのに、埃臭さは無い。手紙で帰ることは知らせていたので、アルフレッドの部屋に赤ん坊用のベッドも出してくれていた。荷物を運び入れると、近くの昔馴染みの定食屋に行き、昼食を食べた。
父の墓に行くというオリビアを見送ってから、アルフレッド達は荷解きを始めた。父の墓には、荷解きが終わって妹の家に顔を出してから行く。オリビアが墓には1人で行きたいと言ったからだ。きっと父に話したいことがあるのだろう。オリビアは、父が亡くなってから、毎日父の墓に行き、墓の前で話をするのが日課だったらしい。生前話せなかったことや、今の暮らしの中であった出来事や感じたことを父に話しているのだそうだ。アルフレッドも、父の墓に行き、バージル達を紹介して、沢山聞いてもらいたいことがあるが、オリビアの邪魔をしたくない。実家には5日滞在する予定なので、その間に、行きたい時に行けばいい。
掃除はされているが、昔のままのアルフレッドの部屋を物珍しそうに見渡しているバージルに声をかけ、アルフレッドはさくさくと荷解きをした。

アルフレッドは少々緊張して歩いていた。念のため、セドリックはバージルに抱っこしてもらっている。妹が嫁いだ家に向かっている最中である。妹ミディアは幼馴染の男と結婚し、今は三児の母である。結婚前は街中の小間物屋で働いていたが、今は家業の林檎農園の仕事を手伝いつつ、子育てに奮闘している。キザンナの街は林檎の特産地として有名で、中でもミディアの嫁ぎ先の林檎農園の林檎は甘くて美味しいと評判がいい。ミディアが嫁いだ頃から、林檎の加工品の販売にも手を出し、かなり好評らしい。
大きな民家の玄関先で、アルフレッドは何度も大きく深呼吸をした。そんなアルフレッドを、バージルとセドリックが不思議そうに見ている。アルフレッドは覚悟を決めて、玄関の呼び鈴を押した。
然程間を置かずに、玄関のドアが開いた。灰色の長い髪を右側の下の方でゆるく結んでいるアルフレッドと同年代の女が顔を出した。女がアルフレッドの顔を見た途端、気の強い猫のような、ぱっちりとした吊り気味の目が大きく見開かれた。アルフレッドは口元を引き攣らせながら、無理やり笑みを浮かべ、女に声をかけた。


「よう。ミディア。久しぶり」

「……お兄ちゃん」

「あー……その、元気そうだな」


ミディアがキッとアルフレッドを睨みつけたかと思えば、ミディアの拳がアルフレッドの右頬に勢いよく思いっきり叩き込まれた。


「おごっ!?」

「こんのぉ……馬鹿兄っ!!馬鹿っ!ド阿呆!禿げろっ!」

「いてぇ!ひでぇ!!」

「何年も顔を見せなかった上に女になったんですって!?この間抜けっ!連絡もろくにしないでっ!あたしと母さんがどんだけ心配したと思ってんのよ!この超絶馬鹿っ!禿げろ!!みっともないハゲ散らかした頭になっちまえ!!」

「わ、悪かった!悪かった!ちょ、いてぇ!蹴るなっ!叩くな!髪を引っ張るなっ!」

「うっさい!!髪の毛を1本残らず引き抜いてやるっ!!」

「やめてくださいお願いします!!」

「馬鹿ー!!もう!もう!ほんと馬鹿っ!!心配したっ!心配したっ!!」

「ごめんっ!悪かった!!謝るっ!謝るから毛を抜こうとするなっ!!」

「うっさい!この馬鹿ぁぁぁぁ!!」


ミディアがばっしんばっしんとアルフレッドを叩き、げしげしとアルフレッドの脛を蹴り、頭の毛をわし掴んで、ぐいぐい引っ張ってくる。真っ赤な怒り狂った顔のミディアを必死で宥めようとするが、ミディアの怒りは中々おさまらない。セドリックを抱っこしたバージルがすぐに止めようと動きかけたが、アルフレッドはバージルを目で止めた。ミディアは幼い頃から何でも溜め込む性格なので、ある程度発散させてやらないといけない。心配をかけたアルフレッドが悪いので、宥めつつも、アルフレッドは大人しくミディアのされるままになっていた。最終的に、騒ぎを聞きつけてやってきた義弟に力ずくで止められるまで、ミディアは暴れまくっていた。

義弟ポールに宥められて、漸くキレ散らかしていたミディアが落ち着いた。アルフレッド達は家の中に招かれて、ぶすっとした顔のミディアにお茶を淹れてもらった。人の好さそうな顔立ちのポールが、隣に座る不機嫌丸出しのミディアの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「ミディア。そんな顔をするな。可愛いだけだぞ」

「うっさい。ポール。で?お兄ちゃん。言い訳を聞かせてもらいましょうか。そっちの男前と赤ちゃんの紹介もね」

「悪かったって。余計な心配をかけたくなかったんだよ」

「ちゃんと知らせてくれない方が心配だわ」

「お袋にも叱られてんだ。そろそろ勘弁してくれ」

「叱られて当然よ。馬鹿兄」

「心配かけて悪かった。こいつはバージルと息子のセドリック」

「はじめまして。バージルと申します。白銀騎士団に勤めております」

「う?」

「ミディア・ライトレイよ。そこの馬鹿の妹。こっちは旦那のポール」

「どうも。ポールです。林檎農家をやってます」

「……セドリックを抱っこさせてもらっていい?」

「えぇ。どうぞ」

「敬語はいらないわ。うちの養子になったんでしょ。義弟になったって、母さんの手紙で聞いてるし」

「あぁ。貴女に相談なく決めてすまない」

「いいわ。あたしは嫁いだ身だし、そもそも母さんが提案したんでしょ。家族が増えただけよ。まぁ、まさか馬鹿兄が男と一緒になるとは思わなかったけど。事情は母さんから手紙で聞いてる。そこの馬鹿からは大した説明なかったけど。……ありがとう。バージル。馬鹿兄を大事にしてくれて。お兄ちゃんの為に自分の家を捨てたんでしょ。他にも色々してくれてるって、母さんの手紙に書いてあったわ」

「いや……俺は当たり前のことをしているだけだ」

「貴方には当たり前のことかもしれないけどね、あたしは貴方に感謝してるのよ。ありがとう。馬鹿兄の側にいてくれて。甥っ子もできて嬉しいわ」

「抱っこをしてもらってもいいだろうか」

「勿論よ。むしろ、させてちょうだい」


セドリックを抱っこしたバージルが椅子から立ち上がり、ミディアの前に移動して、セドリックをミディアに受け渡した。セドリックを抱っこしたミディアが、今日初めて柔らかく笑った。


「ふふっ。可愛いわ。見て。ポール」

「バージルに似ているね。でも、髪の色も目の色も君達兄妹にそっくりだ」


ポールも柔らかく笑い、アルフレッドの方を見た。


「アル。ミディアも義母さんも本当に心配していたんだ。ちゃんと反省してくれよ」

「悪かったよ。ポール。ミディアを宥めてくれてありがとな。子供達は?」

「今は3人とも僕の両親と出かけているんだ。予定では明後日に到着する筈だっただろう?小さな従兄に美味しいものを食べさせたいからと、川に魚釣りに行ってるんだ」

「お。マジか。ありがとう。3人とも随分と大きくなってるんじゃないか?」

「最後に帰ってきたのはもう4年以上前ですものね?馬鹿兄。そりゃ大きくもなるわよ」

「悪かったって。ミディア。機嫌直せよ。土産も持ってきてるんだ。お前が好きなチーズと焼き菓子。あと酒と、子供達に本とか玩具」

「あら。ありがと。ご飯はうちで食べなさいよ。家には何もないでしょ」

「助かる」

「あたしはキッシュ食べたい」

「俺が作るのかよ」

「一緒に作ればいいでしょ」

「分かったよ。他には?」

「茸のスープがいいわ。あと、豚肉の煮込み。材料は多分あるし」

「了解。デザートに林檎も焼いてやるよ。シナモン多めで、生クリーム付き」

「分かってるじゃない」


ミディアが右の口角だけを上げて笑った。アルフレッドが改めて事情を説明していると、オリビアとポールの両親、甥っ子たちが帰ってきた。一緒にお茶をしてから、アルフレッドはミディアと一緒に台所で夕食を作り始めた。
野菜を刻みながら、ミディアが肉の下焼きをしているアルフレッドに声をかけた。


「お兄ちゃん」

「んー?」

「今、寂しくない?」

「寂しいなんて思う暇もねぇよ」

「そう。ならいいわ」


ミディアが嬉しそうに笑った。


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