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42:苦言
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バージルが訓練を終えて訓練場から出ると、団長補佐をしているグリードに呼ばれた。グリードは仲がいい先輩である。バージルが入団した頃から可愛がってもらっている。いつも穏やかな表情をしていることが多いグリードが、今はなにやら難しい顔をしている。グリードと共に人がいない小会議室に入ると、グリードがなんとも言いにくそうに口を開いた。
「バージル。単刀直入に言わせてもらう。ターナー課長とは別れろ」
「……理由を伺ってもいいですか」
「団長がかなりご立腹でな。『当てつけか』と。お前は唯でさえ団長に目をつけられているんだ。これ以上不興を買うのはよくない」
バージルは眉間に深い皺を寄せた。白銀騎士団の現団長は、バージルの結婚を世話した元直属の上司である。団長がそれはそれは可愛がっていた姪が、バージルの嫁になった。離婚に伴い、団長との間でも、かなり揉めた。曰く、『お前にも非がある』『一度の浮気くらい許す度量を持て』『男として器が小さい』『姪がどれだけ傷ついたことか』『離婚など姪や家の名に傷がつく』『俺の顔を潰す気か』。その他諸々、可愛がっていた姪の今後や自分のプライドや外聞を気にするようなことを色々と言われた。自分の姪を庇うだけで、裏切られたバージルを気遣う言葉はなかった。それまでは心底尊敬していた男なのだが、一気に冷めた。
バージルは努めて冷静な声を出した。
「グリード補佐官。お言葉ですが、団長に俺の私生活について口を出す権利はないと思います。それに、当てつけなどではありません。当てつけのつもりならば、もっと早くに男と派手にどうこうなっています。それこそ、白銀騎士団の名を地に落とす勢いで」
「心証というものがあるだろう。お前は非常に能力が高い。本来ならば今頃小隊長をやっている筈だったんだ。俺もそうだが、団長もお前に期待していた。大きな声では言えないが、団長が大人げないというのも確かにある。だが、お前も少しは歩み寄る姿勢を見せてくれないか?このままだと、本当に一生ヒラ団員のままだぞ。出世できるだけの能力が十分過ぎる程あるのに、それを無駄にする気か」
「構いません。子供ができたので、むしろヒラ団員の方が都合がいいです。休みが取りやすいですから。出世に興味はありません。そもそも、俺から団長に歩み寄る必要性を感じません」
「……お前も思うところは当然あるのだろうが、そろそろ水に流すとか、大人の対応をだな……」
「嫌です」
「即答するな。……そんなにターナー課長に惚れ込んでいるのか」
「俺の家族です」
「何もお前が養子になる形で、養子縁組までしなくてよかっただろう」
「俺の実家とは完全に絶縁状態になりました。親に勘当をしてもらいまして。今後一切実家の家名を名乗らないと宣言したので、アルフレッドの家の養子になりました」
「やることが極端過ぎる。お前なぁ。昔から思い切りがいいところはあったし、それはお前の美点でもあるが、同時に欠点だぞ。俺としては、お前に小隊長をやってもらいたい。お前は本当に騎士として優れている。今後の騎士団の大事な担い手だ。あくまで俺個人の意見だが、ゆくゆくは団長の座についてもおかしくないと思っている。まぁ、今のままでは無理な話なんだが」
「お言葉は素直に嬉しいのですが、少々買いかぶり過ぎです。白銀騎士団の騎士として働くことに誇りを感じています。しかし、同時に家族も大事にしたい。自分の家族すら大事にできない者が誰かを守れる筈がない」
「……俺にも嫁や子供がいる。お前の言いたいことは分からないでもない。しかしだな、団長の不興を除いたとしても、男と婚姻のような状態にあるということは、一生お前の不名誉なレッテルになる。既に噂をされているのには気づいているだろう。『男が好きだなんて気持ちが悪い』と」
言いにくそうにそう言うグリードを見ながら、バージルは右眉を上げた。アルフレッドが女の身体になり、バージルが種馬になることを決めた後から、騎士団内で面白おかしく噂をされていた。セドリックが生まれてからもそうで、最近家名が変わってからは、露骨に噂話がバージルの耳にも入るようになった。『男が好きとは気持ちが悪い。俺達も尻を狙われるかもしれない』というような内容が殆どだ。下らないので聞き流している。
同性同士で恋愛をしたり、結婚状態になる者達も確かに存在するのだが、それは極少数で、一般的には同性愛に対して忌避感を抱いている者が多い。単純に同性同士が気持ちが悪いと感じるのと、子供ができない生産性のない関係だからだろう。魔法使いは割とゆるく、同性愛に対して寛容だと聞くが、騎士は保守的な考えの者が多い。男は女と結婚をして、子供をもつことが普通だとされている。
バージルはグリードに気づかれないように、溜め息を噛み殺した。
「噂など、俺は気にしません。騎士団の風紀を乱しているというのであれば謝罪しますが、だからといって、それが俺の家族を捨てる理由にはなりません」
「……どうあっても別れないと?」
「はい。既に家族ですから」
「頑固者め。そこもお前の美徳だが欠点だぞ」
「俺の評判なんてどうでもいい。ただ、俺にとって大事な者を守れたらそれでいいです。俺が一番大事なのは家族です」
グリードが大きな溜め息を吐いた。グリードがガシガシと自分の頭を掻き、入団したての頃のように、パシッと軽い力でバージルの頭を叩いた。
「守りたいものがあるのなら、まずは自分を守れ。自分を守れない奴には、誰かを守ることなんてできない。好奇の目も、嫌悪の目も、この先ずっとお前に付きまとうことになる。本当にそれでいいのか」
「そんなもので俺は揺らがない」
「はぁー。……全く。バージル」
「はい」
「お前を嫌悪している者は確かにいる。だがな、お前を心配している者もいる。それを忘れるな。1人で突っ走るな。周りを頼れ。お前は自分と家族だけで生きているわけじゃない」
「……はい」
「つまらんことを言って悪かったな」
「いえ……その、気にかけてくださり、ありがとうございます」
「正直に言えば、俺も男同士は気持ち悪いと思う。しかし、お前はお前が選んだ道を行くのだろう。お前のこうと決めた時のブレなさ加減は見ていて清々しい。バージル。守ると決めたのなら、守ってみせろ。お前がブレない限り、いつかは周囲の理解も得られるかもしれない」
「はい」
「とはいえ、俺はお前の出世を諦めない。使える人材は使ってなんぼだ。団長も結構な歳になっている。そう遠くないうちに引退されるだろう。バージル。今のうちに爪を研いでおけ。お前が進む道を胸を張って堂々と示してみろ」
「……はいっ!」
「……今度、お前の子供に会わせてくれ。まだ半年くらいだろう。可愛い盛りだ。うちの子供達にも会わせてやりたい。1番下の子はまだ5歳なんだ」
グリードが苦笑して、バージルの肩をポンポンと優しく叩いた。
バージルはグリードに敬礼をしてから小会議室を出た。グリードはバージルを心配してくれたのだろう。離婚した時も随分と気にかけてくれて、飲みに連れて行ったりしてくれた。
アルフレッドの種馬になることも、一緒に暮らして子育てをすることも、バージルは誰にも相談しなかった。アルフレッドの種馬になると決めた時は、子供が生まれた後は普通に別々に暮らすのだろうと思っていた。今はアルフレッドと別に暮らす気など毛頭ない。男同士への世間の目が厳しいことは知っている。しかし、それを気にしたことはない。アルフレッドもセドリックもバージルの家族であり、守りたいと願うものだ。彼らだけ側にいてくれたらいいと思っていた。とはいえ、どうやら自分には彼ら以外に気にかけてくれる人がいるようである。それは素直に嬉しいし、ありがたいことだ。
バージルは足取り軽く、仕事に戻った。
「バージル。単刀直入に言わせてもらう。ターナー課長とは別れろ」
「……理由を伺ってもいいですか」
「団長がかなりご立腹でな。『当てつけか』と。お前は唯でさえ団長に目をつけられているんだ。これ以上不興を買うのはよくない」
バージルは眉間に深い皺を寄せた。白銀騎士団の現団長は、バージルの結婚を世話した元直属の上司である。団長がそれはそれは可愛がっていた姪が、バージルの嫁になった。離婚に伴い、団長との間でも、かなり揉めた。曰く、『お前にも非がある』『一度の浮気くらい許す度量を持て』『男として器が小さい』『姪がどれだけ傷ついたことか』『離婚など姪や家の名に傷がつく』『俺の顔を潰す気か』。その他諸々、可愛がっていた姪の今後や自分のプライドや外聞を気にするようなことを色々と言われた。自分の姪を庇うだけで、裏切られたバージルを気遣う言葉はなかった。それまでは心底尊敬していた男なのだが、一気に冷めた。
バージルは努めて冷静な声を出した。
「グリード補佐官。お言葉ですが、団長に俺の私生活について口を出す権利はないと思います。それに、当てつけなどではありません。当てつけのつもりならば、もっと早くに男と派手にどうこうなっています。それこそ、白銀騎士団の名を地に落とす勢いで」
「心証というものがあるだろう。お前は非常に能力が高い。本来ならば今頃小隊長をやっている筈だったんだ。俺もそうだが、団長もお前に期待していた。大きな声では言えないが、団長が大人げないというのも確かにある。だが、お前も少しは歩み寄る姿勢を見せてくれないか?このままだと、本当に一生ヒラ団員のままだぞ。出世できるだけの能力が十分過ぎる程あるのに、それを無駄にする気か」
「構いません。子供ができたので、むしろヒラ団員の方が都合がいいです。休みが取りやすいですから。出世に興味はありません。そもそも、俺から団長に歩み寄る必要性を感じません」
「……お前も思うところは当然あるのだろうが、そろそろ水に流すとか、大人の対応をだな……」
「嫌です」
「即答するな。……そんなにターナー課長に惚れ込んでいるのか」
「俺の家族です」
「何もお前が養子になる形で、養子縁組までしなくてよかっただろう」
「俺の実家とは完全に絶縁状態になりました。親に勘当をしてもらいまして。今後一切実家の家名を名乗らないと宣言したので、アルフレッドの家の養子になりました」
「やることが極端過ぎる。お前なぁ。昔から思い切りがいいところはあったし、それはお前の美点でもあるが、同時に欠点だぞ。俺としては、お前に小隊長をやってもらいたい。お前は本当に騎士として優れている。今後の騎士団の大事な担い手だ。あくまで俺個人の意見だが、ゆくゆくは団長の座についてもおかしくないと思っている。まぁ、今のままでは無理な話なんだが」
「お言葉は素直に嬉しいのですが、少々買いかぶり過ぎです。白銀騎士団の騎士として働くことに誇りを感じています。しかし、同時に家族も大事にしたい。自分の家族すら大事にできない者が誰かを守れる筈がない」
「……俺にも嫁や子供がいる。お前の言いたいことは分からないでもない。しかしだな、団長の不興を除いたとしても、男と婚姻のような状態にあるということは、一生お前の不名誉なレッテルになる。既に噂をされているのには気づいているだろう。『男が好きだなんて気持ちが悪い』と」
言いにくそうにそう言うグリードを見ながら、バージルは右眉を上げた。アルフレッドが女の身体になり、バージルが種馬になることを決めた後から、騎士団内で面白おかしく噂をされていた。セドリックが生まれてからもそうで、最近家名が変わってからは、露骨に噂話がバージルの耳にも入るようになった。『男が好きとは気持ちが悪い。俺達も尻を狙われるかもしれない』というような内容が殆どだ。下らないので聞き流している。
同性同士で恋愛をしたり、結婚状態になる者達も確かに存在するのだが、それは極少数で、一般的には同性愛に対して忌避感を抱いている者が多い。単純に同性同士が気持ちが悪いと感じるのと、子供ができない生産性のない関係だからだろう。魔法使いは割とゆるく、同性愛に対して寛容だと聞くが、騎士は保守的な考えの者が多い。男は女と結婚をして、子供をもつことが普通だとされている。
バージルはグリードに気づかれないように、溜め息を噛み殺した。
「噂など、俺は気にしません。騎士団の風紀を乱しているというのであれば謝罪しますが、だからといって、それが俺の家族を捨てる理由にはなりません」
「……どうあっても別れないと?」
「はい。既に家族ですから」
「頑固者め。そこもお前の美徳だが欠点だぞ」
「俺の評判なんてどうでもいい。ただ、俺にとって大事な者を守れたらそれでいいです。俺が一番大事なのは家族です」
グリードが大きな溜め息を吐いた。グリードがガシガシと自分の頭を掻き、入団したての頃のように、パシッと軽い力でバージルの頭を叩いた。
「守りたいものがあるのなら、まずは自分を守れ。自分を守れない奴には、誰かを守ることなんてできない。好奇の目も、嫌悪の目も、この先ずっとお前に付きまとうことになる。本当にそれでいいのか」
「そんなもので俺は揺らがない」
「はぁー。……全く。バージル」
「はい」
「お前を嫌悪している者は確かにいる。だがな、お前を心配している者もいる。それを忘れるな。1人で突っ走るな。周りを頼れ。お前は自分と家族だけで生きているわけじゃない」
「……はい」
「つまらんことを言って悪かったな」
「いえ……その、気にかけてくださり、ありがとうございます」
「正直に言えば、俺も男同士は気持ち悪いと思う。しかし、お前はお前が選んだ道を行くのだろう。お前のこうと決めた時のブレなさ加減は見ていて清々しい。バージル。守ると決めたのなら、守ってみせろ。お前がブレない限り、いつかは周囲の理解も得られるかもしれない」
「はい」
「とはいえ、俺はお前の出世を諦めない。使える人材は使ってなんぼだ。団長も結構な歳になっている。そう遠くないうちに引退されるだろう。バージル。今のうちに爪を研いでおけ。お前が進む道を胸を張って堂々と示してみろ」
「……はいっ!」
「……今度、お前の子供に会わせてくれ。まだ半年くらいだろう。可愛い盛りだ。うちの子供達にも会わせてやりたい。1番下の子はまだ5歳なんだ」
グリードが苦笑して、バージルの肩をポンポンと優しく叩いた。
バージルはグリードに敬礼をしてから小会議室を出た。グリードはバージルを心配してくれたのだろう。離婚した時も随分と気にかけてくれて、飲みに連れて行ったりしてくれた。
アルフレッドの種馬になることも、一緒に暮らして子育てをすることも、バージルは誰にも相談しなかった。アルフレッドの種馬になると決めた時は、子供が生まれた後は普通に別々に暮らすのだろうと思っていた。今はアルフレッドと別に暮らす気など毛頭ない。男同士への世間の目が厳しいことは知っている。しかし、それを気にしたことはない。アルフレッドもセドリックもバージルの家族であり、守りたいと願うものだ。彼らだけ側にいてくれたらいいと思っていた。とはいえ、どうやら自分には彼ら以外に気にかけてくれる人がいるようである。それは素直に嬉しいし、ありがたいことだ。
バージルは足取り軽く、仕事に戻った。
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