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30:穏やかな妊婦生活

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アルフレッドはコーネリーと並んで庭にあるベンチに座り、涼んでいた。夏に入る頃にバージルが庭にベンチと大きなパラソルを設置してくれた。今は夏の終わりが近づいているが、昼間はまだまだ暑く、室内にいるよりも外の日陰にいる方が、風がある分まだ涼しい。コーネリーは天気がいい日は散歩がてらアルフレッドが暮らすバージルの家にやって来る。
お互いにかなり腹が大きくなった。コーネリーはそろそろ臨月に入る。どこが痛いやらトイレが近くて面倒やら腹が邪魔でしんどいやら愚痴を溢しあい、経験者から聞いた出産後の子育てに関する情報を共有する。世間話やコーネリーの相手の惚気を聞いたりして、1時間程コーネリーが休憩してから帰るのが日課になっている。
コーネリーが、オリビアが淹れてくれた少し温いレモン水を飲みながら、にこーっと笑って口を開いた。


「課長。明日、バージル班長が帰って来るんでしょう?」

「予定通りならな」

「ぶっちゃけ、今も一緒に寝てるんですか?あ、僕はクラークさんが泊まる日は一緒に寝てますよ。えへっ。本番は流石にもうしませんけどー。触りっこくらいなら普通にしててー」

「……ただ単に惰性が続いているだけだ」

「あ、一緒に寝てるんですね。やることもやっていると」

「いやだって。あいつ花街行かねぇし。行けよって言ってんのに」

「え?バージル班長が花街に行ってもいいんですか?」

「……別に。本番は妊娠分かってからしてねぇし。むっつり野郎の体力精力お化けには絶対物足りないだろうが」

「課長。課長」

「あ?」

「眉間の皺やべぇですよ」


アルフレッドは自分の眉間を指先でぐりぐりと広げるように押した。
バージルの家に引っ越した後、バージルが仕事で不在の時以外は、毎日バージルと一緒に寝ている。夜中に異変が起きた時にすぐに対処できるようにとのことで、引っ越した初日にバージルが言い出した。別の部屋で寝ていると、自力で動けなかったり、声を出すこともできなくなったりした場合に、気づくのが遅くなるからと。バージルが不在の時は、オリビアと寝ている。バージルがオリビアに頼んだ。ちょっとやり過ぎというか、正直そこまでしなくてもいいと思うのだが、ただでさえリスクが高い高齢出産だし、初産だし、そもそもアルフレッドは男だからということで、オリビアもバージルの頼みを即答で了承した。
バージルは仕事で不在の時の方が多い。バージルは白銀騎士団では中堅あたりの立場におり、実力も経験も体力も指揮能力もあるということで、浄化課の護衛と魔物の討伐を主に、忙しく働いている。バージルは任務から帰ってくると、必ずアルフレッドと触れ合う。本番はしないし、触れる前もしつこい程アルフレッドの体調を確認する。アルフレッドの体調次第では、魔物との戦闘があった任務の直後でも、何もしない。ただ、一緒に寝るだけだ。アルフレッドが花街に行って来いと言っても、絶対に行かない。素直に行かれたら行かれたで、若干、ほんのり、極々僅かに、複雑な気になる気もしないではないが、男盛りで体力も精力も有り余っているバージルに我慢させるのはどうかと思う。ということで、自分の体調が最優先ではあるが、アルフレッドはバージルと割と積極的に触れ合っている。バージルが頑として花街に行かないので仕方がない。

ニヤニヤしているコーネリーの頬を摘まんで引っ張っていると、オリビアが家の中からやって来た。アルフレッドの帽子と自分の外出用の鞄を持っている。
オリビアがアルフレッド達を見て、微笑ましそうに笑った。


「あらあら。貴方達、本当に仲良しね。そろそろ出ましょうか。遠くに黒い雲が見えるし、雲の流れが速いから、もしかしたら雨が降るかもしれないわ」

「はぁーい。オリビアさん。レモン水、ご馳走様でした!」

「お袋。帽子ありがとう。コーネリー。少し急ぐぞ。降られたらかなわん」

「急がなくても大丈夫よ。アル。帰るまでは降らないわ」

「うん」


アルフレッドは大きく重い腹に手を添えて、どっこいしょとベンチから立ち上がった。オリビアから受け取った帽子を被り、自分の帽子を被って立ち上がったコーネリーとオリビアと一緒に家を出る。コーネリーが来た時は、帰りは必ずオリビアと一緒にコーネリーを家まで送る。コーネリーの家は、バージルの家から、のんびり歩いて片道小半時程の距離なので、散歩にはちょうどいい。街中なので、ついでに近くで買い物もできる。
3人で喋りながらのんびり歩き、コーネリーが家の中に入るのを見守ってから、オリビアと買い物をして、家に帰った。

家に帰ると、初老の女が出迎えてくれた。家政婦として来てくれているマルタだ。背が低く、ふくよかな体型のおっとりした雰囲気の女性で、バージルが結婚していた頃からの付き合いらしい。離婚の際のごたごたで、疲れて酒に逃げそうになっていたバージルを叱り飛ばして、一緒に色々と動いてくれた、とても面倒見のいい頼れる女性だ。バージルがとても信頼しているし、アルフレッドも何かと頼っている。オリビアと気が合うようで、家事の合間に2人でお喋りを楽しみながら一緒に産着やおむつを縫ったりしている。オリビアも居てくれるし、よほど体調が悪い時以外はアルフレッドが料理をしているので、マルタは毎日午前のお茶の時間くらいに来て、日が暮れる少し前に帰っていく。
乳母はマルタの2番目の娘がしてくれることになった。少し前に2人目の子供を産んでおり、乳の出が良く、上の子がもう10歳で然程手がかからないからと引き受けてくれた。バージルとアルフレッドの仕事が重なってどちらも不在の時は、子供はマルタの家で預かってくれることになった。マルタは夫と2番目の娘一家と一緒に暮らしており、小さな子供に必要なものは全て家にあるし、1人増えても全然大丈夫だから任せなさいと胸を叩いて言ってくれたので、甘えさせてもらうことにした。勿論、その分給料は上乗せする。

オリビアが荷物を居間のテーブルの上に置いて、マルタに話しかけた。


「マルタちゃん。そろそろ帰った方がいいわ。多分、もう少ししたら雨が降るから。思っていたよりも雲の流れが速いから、帰ってすぐに洗濯物を取り込んだ方がいいわ。うちの洗濯物は私が取り込むから」

「あら。じゃあ、今日は失礼しようかしら。教えてくれてありがとう。オリビアちゃん。助かるわ。もうね、赤ちゃんがいると洗濯物が多くてねぇ。アルフレッドさん。帰らせてもらいますね」

「今日もありがとう。マルタさん。家まで送って行こうか?」

「大丈夫ですよ。送ってもらったら、今度はアルフレッドさんの帰りの心配をしなきゃいけないじゃない。お気持ちだけね、いただいておきますよ」

「明日、もし雨が激しかったら来なくていいから。通勤が心配だし。お孫ちゃんの相手をしてやってよ」

「あら。明日は旦那様がお帰りじゃないですか」

「俺もお袋もいるし。つーか、あいつ自分の洗濯は自分でやるし」

「自分のどころか、私たちの洗濯物までやってくれるのよねぇ。疲れているのだから休んでもらいたいのだけど」

「何度言っても聞かねぇから俺は諦めた。やりたいならやらせとけばいいだろ」

「まぁ。洗濯や掃除が好きみたいだものね」

「昔からそうなのよ。お仕事に余裕がある時はいつもご自分で掃除も洗濯もなさっていて。料理は本当に絶望的にダメだから私がしているけど、旦那様が休みで家にいる日は、私は殆どすることがないのよ」

「マルタさん。バージルってそんなに料理がダメなのか?」

「人間が食べていい代物ではないわねぇ。家政婦として初めて来たときにね、バージルさんが気を使って軽食と珈琲を手ずから用意してくれたのよ。気持ちは嬉しかったけど、正直思い出したくない物体だったわねぇ」

「逆に気になってくる」

「好奇心は猫を殺すのよ。絶対に旦那様を台所に立たせたらダメよ。食材が可哀想になるどころじゃないもの」

「マジかー。やめとこ」

「じゃあ、私はこれで。明日は雨の具合を見てから来ますね」

「うん。気をつけて帰って」

「ありがとうございます」


アルフレッドはオリビアと一緒にマルタを見送り、狭い庭に干していた洗濯物を取り込んだ。オリビアが洗濯物を畳んでいる間に、台所で夕食を作る。オリビアも一応料理ができるが、あまり得意ではない。父が病気で倒れるまではずっと父が料理をしていて、オリビアが自分で本格的に料理をするようになったのは、父が亡くなってからだ。手先は器用だから下拵えは何の問題もないが、味付けと火加減が未だに今一つである。気分転換にもなるし、料理は割と好きだから、アルフレッドが食事を作っている。

オリビアと出来上がった夕食を食べて、オリビアが皿等を洗ってくれている間に、風呂の湯を溜めて、先に風呂に入る。ベッドに寝転がって本を読んでいると、風呂から出たオリビアがホットミルクを両手に持って部屋に来た。ベッドに並んで座って、ホットミルクを飲みながらオリビアとお喋りをする。寝る時間になったら灯りを消して、横を向いて寝転がり、目を閉じる。夜中に内側から腹を蹴られて目が覚めることが結構よくある。腹の子供は順調に育っており、中々に元気だ。昼間よりも何故か夜の方が活発に動き、腹を蹴りまくってくる。これだけやんちゃなら男の子だな、とオリビアと話している。女の子でも全然いいが。元気に生まれてくれたら、それだけでいい。
アルフレッドは大きな欠伸をして、内側からぽこんと蹴って来る腹を撫でながら、眠りに落ちた。
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