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1:アルフレッドの受難の始まり

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アルフレッド・ターナーは額に青筋を浮かべて、目の前で正座をしている女を見下ろした。女は部下の男であった。今は女になっているが。金糸のような艶やかな髪、美人とは言えないが小動物のような印象を受ける愛嬌のある顔立ち、いつもキラキラと輝いている新緑のような瞳は今はじんわりと浮かんだ涙で濡れていた。アルフレッドは口元を引き攣らせながら、部下の元男に対して口を開いた。


「コーネリー」

「……はい」

「もう一度最初から説明してくれるか?」

「あー……あの、ですね。そのですね。……僕の愛しのダーリンであるシャフトさんの為に女体化する魔法をつくっちゃいました。で、その実験中に、運悪く課長にも魔法がかかっちゃった……みたいな?魔法を解くには出産するしかない……みたいな?」

「……コーネリー」

「……はい」

「このっ!馬鹿野郎!!さっさと魔法をとけ!!」

「うわぁぁぁぁん!無理なんですーー!人体魔法は専門外でぇ!女体化魔法がなんでできちゃったのか分かんなくてぇ!!」

「なんっで専門外に手を出しやがったんだ!この馬鹿!」

「だってぇ!シャフトさんが『男は無理』って言うからぇ!だったら女になっちゃえばいいじゃん?って思ってぇ!」

「そんな軽いノリで女になるな!」

「軽くないですぅ!僕は真剣に恋してますぅ!」

「お前の恋はどうでもいい!」

「酷い!」


部下の元男コーネリーが拗ねたように唇を尖らせた。アルフレッドは大きな溜め息を吐いて、自分の身体を見下ろした。確認するためにはだけたままのシャツの間から、乳房が見えている。特別大きくもなく、特別小さくもない。実に普通の大きさだ。微妙に垂れている気がする。少なくとも、若い女のような張りはない。下半身はまだ見てはいないが、股間を触ったら、長年の相棒の存在が無くなっていた。完全に女になっている。少しハスキーな柔らかい声も完全に女のそれで、アルフレッドは痛み始めた頭を抱えた。
アルフレッドは魔法省に勤める魔法使いだ。浄化魔法が専門で、研究職ではなく、各地で発生する瘴気と呼ばれる悪いものを浄化する仕事をしている。瘴気は放っておくと魔物を呼び寄せる。それに、人が瘴気に触れると最悪死ぬ。アルフレッドは18歳で魔法省に就職してから15年以上、瘴気の浄化を専門にやっている。人体魔法は完全に専門外だ。そもそも、人体魔法は複雑でかなり難易度が高い。まだ19歳のコーネリーが、専門外である筈の人体魔法を研究し、女体化魔法なんてふざけたものを開発できたのが不思議でならない。


「コーネリー。お前、どうやってこの魔法をつくったんだ」

「あー。実家の蔵で古い文献を見つけたんですよ。そこに、男に女性器をつける魔法が載ってて。他にもエロい方面に特化した魔法がしこたま載ってたんですけど、その魔法書に載ってた魔法を色々弄ってみました。やー。専門外でも意外とできちゃうんですねぇ。僕って天才かも?」

「とりあえず殴っていいか」

「暴力反対。そのー。ちょっと言いにくいんですけど、出産を主軸にした魔法なんですよぉ。で、僕も何で成功したのか分かんなくてぇ。正規の方法による魔法の解除じゃないと、多分かなり危険な気がします」

「……何で成功しやがったんだ」

「愛の力ですね」

「本当に殴りたい」

「勘弁してください」


アルフレッドは大きな溜め息を吐いて、苛立ちをぶつける為に、コーネリーの両方の蟀谷を拳で強くぐりぐりと押した。3日後には浄化の仕事で遠方に行かなければいけない。ただ瘴気を浄化すればいいという話ではなく、場合によっては瘴気に引き寄せられた魔物との戦闘もある。それなりに危険な仕事なのだ。『いたいいたい』と喚いているコーネリーも次の仕事に同行する。考えなしな馬鹿に、本当に頭が痛くなってくる。
アルフレッドは気が済むまでコーネリーの頭をぐりぐりすると、ぱっしんぱっしんと軽くコーネリーの頭を叩きながら、疲れた溜め息を吐いた。


「3日後のキマーンヌ地方での仕事は今更変更できん。まずは魔法がちゃんと使えるかの確認と身体能力の確認をするぞ」

「えぇぇぇぇ!!今からシャフトさんにプロポーズをしに行くんですけどぉ!!」

「後にしろ。脳みそお花畑野郎。まずは仕事が最優先だ」

「課長。そんなんだから未だに結婚できないんですよ」

「なんか言ったか?この恋愛脳」


アルフレッドはコーネリーの柔らかい頬を両手で摘んで、ぎりぎりと強く引っ張った。何はともあれ仕事は待っていてくれない。まずは上司に報告をして、それから自分達の身体の能力を確認し、場合によっては護衛の手配をしなければ。アルフレッドは外したままだったシャツのボタンを留め直し、コーネリーの首根っこを掴んで上司の部屋へと移動した。





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アルフレッドは大きな溜め息を吐き、じとっとした目で隣を見た。すぐ隣では、コーネリーがえぐえぐと泣いている。愛しのシャフトとやらにフラれたらしい。もう3日も前のことなのに、心底うっとおしい。


「コーネリー。いい加減泣き止め。うっとおしい」

「酷いっ!課長の鬼っ!うわぁぁぁぁん!課長には僕の心なんて分からないんだぁ!」

「分かるか。馬鹿野郎」

「うっ。うっ。恋人がいたなんて聞いてない。うぅ……純情を弄ばれた……」

「お前の一方的な片思いだろうが」

「うわぁぁぁぁん!もっと優しくしてくださいよぉぉぉぉ!!」

「心底面倒くさい」

「酷い」


アルフレッドはコーネリー以外に2人の部下を連れ、現在キマーンヌ地方へ移動中である。魔法をかけている特別な馬車は揺れることなく快適に進んでいる。女の身体になって時間が許す限り検証したのだが、魔法を使うには何の問題もなかった。しかし、体力や筋力が落ちていた。上司の判断もあって、今回の仕事は護衛を増やした。一応いつも魔物との戦闘が専門の白銀騎士団から騎士を派遣してもらっているが、今回は弱体化しているアルフレッドとコーネリーの為に人員を増やしてもらった。アルフレッドは騎士団の人間から、とても嫌味を言われた。『監督不行き届きだ』と。まったくもってその通りなので、アルフレッドは反論したいのをぐっと堪えて、騎士団の者に頭を下げた。
今は間に合わせの魔法省の制服を着ている。魔法省には数少ないが女の魔法使いもいるので、倉庫を探せば見つかった。かなり古くて微妙に黄ばんでいる上に、サイズが合っていないが。具体的に言うと、胸や尻のあたりが。前の制服の使用者は豊満な肢体の持ち主だったようだ。ブーツだけは合うものを買いに行き、なんとかキマーンヌ地方へ向けて出発することができた。

馬車の向かい側に座っているキルアとクインが、べそべそ泣いているコーネリーをおざなりに慰めている。キルアは書類を読みながら、クインは趣味の編み物をしながらなので、本当におざなりである。
アルフレッドはまた溜め息を吐きながら、馬車の窓から外を見た。宿屋は風紀の問題上、男女別に分かれることになり、余計な金がかかるようになった為、経理課からも嫌味を言われた。アルフレッドは別に見られてもまるで気にしないが、着替えやトイレ等にも気を使わなくてはいけなくなった。なんかもう色々面倒くさい。
窓ガラスに、ぼんやりと自分の顔が映っている。疲れた顔をした女の顔だ。いつも適当に自分で切っている灰色の髪はぼさぼさで、深い蒼の瞳はどんよりとしている。少し鷲鼻気味な以外、特に特徴のない平凡な顔だ。アルフレッドは今年で35歳になる。浄化魔法だけはそれなりに優れていて、意外と早く出世し、昨年から浄化課の課長に就任した。結婚はしていない。恋人がいたこともあるが、アルフレッドは年がら年中、浄化の為に国の各地を飛び回る生活をしており、長続きしたためしがない。
アルフレッドはぐずぐず煩いコーネリーの頭を軽く叩いて、また一つ溜め息を吐いた。


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