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地獄のサンガレアからフリージアに無事生還してから半年。途中に年越しもあり、恐ろしく忙しい毎日を過ごしていたが、最近漸く落ち着いてきた。小隊長としての仕事にも慣れてきたし、地獄の日々のお陰でクインシーがかなり頼もしくなった為、クインシー班以外の部下達の指導も楽になった。
サンガレアからナイル達が戻ると、げっそりとしたダブリンと顔つきが明らかに違う部下達に出迎えられた。
ダブリンはダブリンでキャンバレイ副隊長にかなりしごかれていたらしい。他の部下達もどうやらターニャ副隊長から調教もとい熱烈な指導を受けたらしく、たった3ヶ月で見違える程変わっていた。特に慕われてもおらず、普通に嫌われていると思っていた部下達に、『やっと帰って来てくれた!』と涙ながらに出迎えられ、ナイル達は面食らった。相当ターニャ副隊長の鬼のしごきがキツかったらしい。サンガレアでの日々を思い出して、あの環境で育ったらそうもなるよな、とナイルは思った。普段は穏やかな性格をしているが、特に伴侶のフィリオ小隊長が暴走した時は躊躇なく拳を振るう人である。面倒見がすごくいいが、無駄に甘やかすことはしない。飴と鞭の使い方が非常に上手く、常々見習いたいと思っている。
ナイル小隊が担当していた違法薬物事件がディリオやクインシー達の活躍もあって無事に解決し、明日からジル中隊に所属してから初めての3連休である。正直かなり嬉しい。
季節はすっかり春めいていて、トリット領よりも暖かいフリージアは街のあちこちが花で溢れてとても華やかになっている。来週には『花祭り』という祭りがフリージアの街で行われる。去年は右も左も分からないまま、ひたすら街の警備で走り回っていたが、今年はもう少し要領よく職務をこなせそうだ。
連休明けからまた花祭り関係で忙しくなるが、だからこそ初の連休はゆっくり過ごしたい。
暖かく過ごしやすいから、のんびり昼寝をするのもいいし、巡回などの仕事か必要な買い出し以外で街に出たことがないから、街を観光がてらブラブラしてもいい。いっそ馬で街の郊外に出て、街の外に広がる葡萄畑を眺めに行くのもいいかもしれない。
明日からの素敵な休日に思いを馳せながら、ナイルは上機嫌にいつもより軽い足取りでディリオと共に自宅へと帰った。
ーーーーーー
ディリオが夕食を作っている間にシャツにアイロンをかけていると、玄関の呼び鈴が鳴った。アイロンを置いて急いで玄関に向かい、ドアを開けると、大きな箱を持った見覚えがある人物がいた。
「夜分にすいません。サンガレア商会フリージア支店の者です」
「こんばんは。いつもの荷物ですか?」
「こんばんは。えぇ。この時間ならご在宅かと思いまして」
「いつもすいません。わざわざありがとうございます」
「いえいえ。マーサ様からの大切なお荷物ですから」
「受け取らせていただきます」
「はい。受け取りのサインをお願いします」
「はい」
ナイルはサンガレア商会の者が差し出した紙にさっとサインをした。フリージアにはサンガレア商会の支店があり、以前は飛竜で届けてもらっていた荷物を今はフリージア支店経由で配送してもらっている。サンガレアからフリージアへ商品を輸送するついでだ。
「以前にもお伝えしましたが、手紙か何かをいただければ、こちらで支店に取りに行きますよ。毎回重い荷物ですし、不在の時も多いので」
「では、次からはそうさせていただきますね。今日はジル中隊長のお宅にもお届けものがありまして。この時間ならジル中隊長もご在宅ということなので、実はついでなんです。もしご不在ならジル中隊長に預けさせていただこうかと思っておりました」
「あ、なるほど」
「では失礼いたします」
「ありがとうございました」
サンガレア商会の者が愛想よく笑ってから背を向けて歩いていくのを眺めて、ナイルは玄関のドアを閉めた。とりあえず足元に置いていた大きな箱を持ち上げて居間へと運ぶ。それなりに重い。
フリージアはサンガレア程ではないが、売っている食材が種類豊富で質もいい。サンガレア商会支店があるから、調味料その他、料理に便利なアイテムも米もいつでも購入できる。フリージアに来てからはディリオの実家からの支援物資の量は格段に減っていた。今では主にマーサ様が作った瓶詰めの保存食とエロ本の新刊、試作品の卑猥物が殆んどである。殆んどエロ本と試作品の為の配送と言ってしまっても過言ではない気がするナイルである。
ナイルは居間に大きな箱を置くと、台所へと向かった。台所ではディリオがご機嫌に鍋を振るっていた。
「ディリオ」
「あ、小隊長。誰でした?」
「サンガレア商会の人。いつものマーサ様からの荷物」
「あぁ。ちょっと久しぶりですね」
「あぁ。次からは手紙出してもらって支店に取りに行くようにしたぞ」
「それがいいですねー。帰れない時もあるし」
「あぁ」
「あ、そこに立ってるついでに魔導冷蔵庫からマヨネーズ取ってください。そろそろ芋が冷えてるんで」
「芋のサラダか?」
「えぇ。あとは鶏肉と野菜のピリ辛炒めと豆のスープ、今夜はデザートに苺まで出しちゃいますよ」
「苺か。もうそんな季節か」
「早いですよねー。よっと、出来た。あとはサラダの味付けしたら完成ですよ」
「手伝いは?」
「あ、じゃあ皿出してください」
「分かった」
食器棚から2人分の皿を出してディリオに渡す。ディリオが手際よく盛りつけ、完成した皿から食堂のテーブルへと運んでいく。
今日の夕食も安定の美味しさで、デザートの苺まできっちり楽しんだ。そういえば、随分と意識をしていなかったが、気づけばナイルは以前に比べると格段に量を食べられるようになっていた。今夜も普通の成人男性より気持ち少ないくらいの量を食べきっている。普通の女性が食べるくらいの量だろうか。トリット領にいた頃、特にディリオと出会う前に比べたら劇的な変化である。そういえば窶れていた時期が長い顔も多少ふっくらしたし、よくよく思い出せば最近自分の浮いた肋というものを見ていない。実はズボンやシャツの腕や胸のあたりがキツくなってきたので、現在新しいサイズの軍服を申請して、届くのを待っている状態である。筋肉と脂肪がついた証拠だ。着実な前進が改めて分かり、なんとも嬉しくなる。
ナイルはディリオが片付けをしている間に風呂に入りながら、自分の肉付きがよくなった身体を見下ろして、1人にやけた。
ディリオも風呂から上がると、居間に置きっぱなしだったマーサ様からの荷物を2人で開封することになった。いつもはディリオが1人で開けて分別して収納しているが、たまにはナイルも一緒でもよかろうと気まぐれを起こしたからだ。
今度はどんな新作が入っているのか、内心ワクワクしながら箱を開けるディリオを見守る。
箱の中には大きめの瓶詰めの保存食がいくつも入っており、沢山の本や2つの袋も入っていた。
「あ、やったー。塩漬け茸もある。そろそろ切れそうだったんですよね」
「旨いよな」
「えぇ。これは小隊長用ですね。柚子のジャムです。冬に作ったやつですね。あ、塩漬けキャベツも酢漬けのキャベツも両方ある。よっしゃ。普通に生で食べても旨いけど、塩漬けにしても酢漬けにしても旨いんですよねー。明日のお昼は塩漬けキャベツを刻んで鶏ひき肉と皮で包んでスープ餃子にします?休みだから皮を作る余裕ありますし」
「いいな」
「お、干し肉もある。猪と鹿と牛か。おやつですね。あ、干し芋もある」
「酒の肴にしてもいいな」
「いいですねー。なんかもう随分と長いこと酒を飲んでませんよね。最後に飲んだのって、いつでしたっけ?」
「……去年か?サンガレアから帰って来てから1度ジル中隊長のお宅にお呼ばれした時に飲ませてもらったよな」
「あー。ありましたね。そん時に貰った蒸留酒、まだ未開封で台所の戸棚に入れっぱなしですよ」
「マジか」
「あれ?うわ、めっずらしいー。これ酒だ」
「マジか」
「ほら。あ、折角だし飲んじゃいます?なんたって明日から3連休!干し肉もありますし!」
「いいな。グラス持ってくる」
「はい。あ、ついでに蒸留酒も出してきます?俺も貰ったまんまのワイン飲みたいです」
「ワインってフリージアのか?」
「えぇ。ジルさんに貰った年代物です」
「ちょっとくれ」
「いいですよ。どうせ1人じゃ1本飲めないし。開けたら美味しいうちに飲みきった方がいいですもんね」
ナイルはディリオとウキウキと台所へ向かった。マーサ様から送られてきた酒がどんな酒なのか分からないので、マーサ様からの酒用のグラス2つと蒸留酒用のグラス、ワイングラスを2つ用意した。ちなみにマーサ様からの酒用のグラスとワイングラスはターニャ副隊長から貰ったものだ。ナイルとディリオの出世祝いということで、上等な揃いのグラスである。実は使うのは初めてだ。
ナイルがいそいそとお盆にグラスをのせて運び、ディリオが蒸留酒とワインの瓶を居間に運んだ。マーサ様から送られてきた大きな箱は中身が出しっぱなしだが、なんなら明日の朝に整理して収納すればいい。マーサ様手製の酢漬けのキャベツが酒に合うのは既に経験済みだ。以前、年越しをサンガレアで過ごした時に美味しくいただいた。干し肉もマーサ様達の手作りで、これもかなり美味いし酒に合う。
ナイルは上機嫌で、まずはマーサ様から送られてきたばかりの酒の瓶を開けた。匂いを嗅ぐと、ふわっと柑橘系のいい香りと酒精の匂いがする。透明で繊細な模様が刻まれた硝子のグラスに酒を注ぐと、淡いオレンジ色をしていた。柑橘系の酒らしい。甘い匂いはしないから果実酒ではなさそうな気がする。そもそも甘いものが苦手なディリオに甘い酒を送ってくるとは思えない。もしかしたらナイル用かもしれないが、どうだろう。
とりあえず2つのグラスに半分ずつ酒を注ぎ、備え付けの大きなソファーに並んで座って乾杯をする。
「3連休にかんぱーい」
「乾杯」
カチンとグラスを軽くぶつけて、酒を口に含む。鼻を柑橘系の爽やかな香りが抜け、舌に辛口のスッキリとした飲みやすい味が広がる。酒精はそこまでキツくない。甘味はないが、爽やかな飲みやすさから、食前酒にしても良さそうだ。端的に美味い。
「あ、うまーい」
「あぁ。味も香りもいいな」
「俺は初めて飲む酒です。小隊長、これが何か知ってます?」
「いや、俺も多分初めて飲むやつだな」
「ラベル……『艶』なんて、ちょっと飲んだ感じとイメージ違う名前ですね」
「ふーん。あ、干し肉も旨い。肉と合うな。この酒」
「小隊長って基本肉食えないのに干し肉は意外と食えますよね」
「食えないと思っていたがマーサ様が作ったやつを試したら意外と食えた」
「脂感がないからですかね。あと香辛料も使ってるし」
「かもな。でもマーサ様が作ったやつ以外はまだ食ったことがない」
「あ、それマズイですよ。小隊長」
「何がだ?」
「ばあ様の干し肉を基準にしたら、そこら辺で売ってる並みの干し肉じゃ満足できませんよ」
「マジか」
「マジっす。あ、折角だし干し肉の食べ比べします?」
「あぁ」
「こっちが猪でー、こっちが鹿でー、こっちが牛ー」
「鹿旨い」
「猪も癖が少しありますけど旨いですよ。牛も安定の旨さです」
「食べ比べてみると、なんか風味とか結構違うな」
「そうですねー。俺は猪が1番好きです」
「俺は鹿だな」
「あーー。この酒、本当に干し肉に合うー」
「とりあえず2杯目いくか」
「そうですね」
ナイルとディリオはにんまり笑って顔を見合わせて、いそいそと美味い酒を注ぎ分けた。
サンガレアからナイル達が戻ると、げっそりとしたダブリンと顔つきが明らかに違う部下達に出迎えられた。
ダブリンはダブリンでキャンバレイ副隊長にかなりしごかれていたらしい。他の部下達もどうやらターニャ副隊長から調教もとい熱烈な指導を受けたらしく、たった3ヶ月で見違える程変わっていた。特に慕われてもおらず、普通に嫌われていると思っていた部下達に、『やっと帰って来てくれた!』と涙ながらに出迎えられ、ナイル達は面食らった。相当ターニャ副隊長の鬼のしごきがキツかったらしい。サンガレアでの日々を思い出して、あの環境で育ったらそうもなるよな、とナイルは思った。普段は穏やかな性格をしているが、特に伴侶のフィリオ小隊長が暴走した時は躊躇なく拳を振るう人である。面倒見がすごくいいが、無駄に甘やかすことはしない。飴と鞭の使い方が非常に上手く、常々見習いたいと思っている。
ナイル小隊が担当していた違法薬物事件がディリオやクインシー達の活躍もあって無事に解決し、明日からジル中隊に所属してから初めての3連休である。正直かなり嬉しい。
季節はすっかり春めいていて、トリット領よりも暖かいフリージアは街のあちこちが花で溢れてとても華やかになっている。来週には『花祭り』という祭りがフリージアの街で行われる。去年は右も左も分からないまま、ひたすら街の警備で走り回っていたが、今年はもう少し要領よく職務をこなせそうだ。
連休明けからまた花祭り関係で忙しくなるが、だからこそ初の連休はゆっくり過ごしたい。
暖かく過ごしやすいから、のんびり昼寝をするのもいいし、巡回などの仕事か必要な買い出し以外で街に出たことがないから、街を観光がてらブラブラしてもいい。いっそ馬で街の郊外に出て、街の外に広がる葡萄畑を眺めに行くのもいいかもしれない。
明日からの素敵な休日に思いを馳せながら、ナイルは上機嫌にいつもより軽い足取りでディリオと共に自宅へと帰った。
ーーーーーー
ディリオが夕食を作っている間にシャツにアイロンをかけていると、玄関の呼び鈴が鳴った。アイロンを置いて急いで玄関に向かい、ドアを開けると、大きな箱を持った見覚えがある人物がいた。
「夜分にすいません。サンガレア商会フリージア支店の者です」
「こんばんは。いつもの荷物ですか?」
「こんばんは。えぇ。この時間ならご在宅かと思いまして」
「いつもすいません。わざわざありがとうございます」
「いえいえ。マーサ様からの大切なお荷物ですから」
「受け取らせていただきます」
「はい。受け取りのサインをお願いします」
「はい」
ナイルはサンガレア商会の者が差し出した紙にさっとサインをした。フリージアにはサンガレア商会の支店があり、以前は飛竜で届けてもらっていた荷物を今はフリージア支店経由で配送してもらっている。サンガレアからフリージアへ商品を輸送するついでだ。
「以前にもお伝えしましたが、手紙か何かをいただければ、こちらで支店に取りに行きますよ。毎回重い荷物ですし、不在の時も多いので」
「では、次からはそうさせていただきますね。今日はジル中隊長のお宅にもお届けものがありまして。この時間ならジル中隊長もご在宅ということなので、実はついでなんです。もしご不在ならジル中隊長に預けさせていただこうかと思っておりました」
「あ、なるほど」
「では失礼いたします」
「ありがとうございました」
サンガレア商会の者が愛想よく笑ってから背を向けて歩いていくのを眺めて、ナイルは玄関のドアを閉めた。とりあえず足元に置いていた大きな箱を持ち上げて居間へと運ぶ。それなりに重い。
フリージアはサンガレア程ではないが、売っている食材が種類豊富で質もいい。サンガレア商会支店があるから、調味料その他、料理に便利なアイテムも米もいつでも購入できる。フリージアに来てからはディリオの実家からの支援物資の量は格段に減っていた。今では主にマーサ様が作った瓶詰めの保存食とエロ本の新刊、試作品の卑猥物が殆んどである。殆んどエロ本と試作品の為の配送と言ってしまっても過言ではない気がするナイルである。
ナイルは居間に大きな箱を置くと、台所へと向かった。台所ではディリオがご機嫌に鍋を振るっていた。
「ディリオ」
「あ、小隊長。誰でした?」
「サンガレア商会の人。いつものマーサ様からの荷物」
「あぁ。ちょっと久しぶりですね」
「あぁ。次からは手紙出してもらって支店に取りに行くようにしたぞ」
「それがいいですねー。帰れない時もあるし」
「あぁ」
「あ、そこに立ってるついでに魔導冷蔵庫からマヨネーズ取ってください。そろそろ芋が冷えてるんで」
「芋のサラダか?」
「えぇ。あとは鶏肉と野菜のピリ辛炒めと豆のスープ、今夜はデザートに苺まで出しちゃいますよ」
「苺か。もうそんな季節か」
「早いですよねー。よっと、出来た。あとはサラダの味付けしたら完成ですよ」
「手伝いは?」
「あ、じゃあ皿出してください」
「分かった」
食器棚から2人分の皿を出してディリオに渡す。ディリオが手際よく盛りつけ、完成した皿から食堂のテーブルへと運んでいく。
今日の夕食も安定の美味しさで、デザートの苺まできっちり楽しんだ。そういえば、随分と意識をしていなかったが、気づけばナイルは以前に比べると格段に量を食べられるようになっていた。今夜も普通の成人男性より気持ち少ないくらいの量を食べきっている。普通の女性が食べるくらいの量だろうか。トリット領にいた頃、特にディリオと出会う前に比べたら劇的な変化である。そういえば窶れていた時期が長い顔も多少ふっくらしたし、よくよく思い出せば最近自分の浮いた肋というものを見ていない。実はズボンやシャツの腕や胸のあたりがキツくなってきたので、現在新しいサイズの軍服を申請して、届くのを待っている状態である。筋肉と脂肪がついた証拠だ。着実な前進が改めて分かり、なんとも嬉しくなる。
ナイルはディリオが片付けをしている間に風呂に入りながら、自分の肉付きがよくなった身体を見下ろして、1人にやけた。
ディリオも風呂から上がると、居間に置きっぱなしだったマーサ様からの荷物を2人で開封することになった。いつもはディリオが1人で開けて分別して収納しているが、たまにはナイルも一緒でもよかろうと気まぐれを起こしたからだ。
今度はどんな新作が入っているのか、内心ワクワクしながら箱を開けるディリオを見守る。
箱の中には大きめの瓶詰めの保存食がいくつも入っており、沢山の本や2つの袋も入っていた。
「あ、やったー。塩漬け茸もある。そろそろ切れそうだったんですよね」
「旨いよな」
「えぇ。これは小隊長用ですね。柚子のジャムです。冬に作ったやつですね。あ、塩漬けキャベツも酢漬けのキャベツも両方ある。よっしゃ。普通に生で食べても旨いけど、塩漬けにしても酢漬けにしても旨いんですよねー。明日のお昼は塩漬けキャベツを刻んで鶏ひき肉と皮で包んでスープ餃子にします?休みだから皮を作る余裕ありますし」
「いいな」
「お、干し肉もある。猪と鹿と牛か。おやつですね。あ、干し芋もある」
「酒の肴にしてもいいな」
「いいですねー。なんかもう随分と長いこと酒を飲んでませんよね。最後に飲んだのって、いつでしたっけ?」
「……去年か?サンガレアから帰って来てから1度ジル中隊長のお宅にお呼ばれした時に飲ませてもらったよな」
「あー。ありましたね。そん時に貰った蒸留酒、まだ未開封で台所の戸棚に入れっぱなしですよ」
「マジか」
「あれ?うわ、めっずらしいー。これ酒だ」
「マジか」
「ほら。あ、折角だし飲んじゃいます?なんたって明日から3連休!干し肉もありますし!」
「いいな。グラス持ってくる」
「はい。あ、ついでに蒸留酒も出してきます?俺も貰ったまんまのワイン飲みたいです」
「ワインってフリージアのか?」
「えぇ。ジルさんに貰った年代物です」
「ちょっとくれ」
「いいですよ。どうせ1人じゃ1本飲めないし。開けたら美味しいうちに飲みきった方がいいですもんね」
ナイルはディリオとウキウキと台所へ向かった。マーサ様から送られてきた酒がどんな酒なのか分からないので、マーサ様からの酒用のグラス2つと蒸留酒用のグラス、ワイングラスを2つ用意した。ちなみにマーサ様からの酒用のグラスとワイングラスはターニャ副隊長から貰ったものだ。ナイルとディリオの出世祝いということで、上等な揃いのグラスである。実は使うのは初めてだ。
ナイルがいそいそとお盆にグラスをのせて運び、ディリオが蒸留酒とワインの瓶を居間に運んだ。マーサ様から送られてきた大きな箱は中身が出しっぱなしだが、なんなら明日の朝に整理して収納すればいい。マーサ様手製の酢漬けのキャベツが酒に合うのは既に経験済みだ。以前、年越しをサンガレアで過ごした時に美味しくいただいた。干し肉もマーサ様達の手作りで、これもかなり美味いし酒に合う。
ナイルは上機嫌で、まずはマーサ様から送られてきたばかりの酒の瓶を開けた。匂いを嗅ぐと、ふわっと柑橘系のいい香りと酒精の匂いがする。透明で繊細な模様が刻まれた硝子のグラスに酒を注ぐと、淡いオレンジ色をしていた。柑橘系の酒らしい。甘い匂いはしないから果実酒ではなさそうな気がする。そもそも甘いものが苦手なディリオに甘い酒を送ってくるとは思えない。もしかしたらナイル用かもしれないが、どうだろう。
とりあえず2つのグラスに半分ずつ酒を注ぎ、備え付けの大きなソファーに並んで座って乾杯をする。
「3連休にかんぱーい」
「乾杯」
カチンとグラスを軽くぶつけて、酒を口に含む。鼻を柑橘系の爽やかな香りが抜け、舌に辛口のスッキリとした飲みやすい味が広がる。酒精はそこまでキツくない。甘味はないが、爽やかな飲みやすさから、食前酒にしても良さそうだ。端的に美味い。
「あ、うまーい」
「あぁ。味も香りもいいな」
「俺は初めて飲む酒です。小隊長、これが何か知ってます?」
「いや、俺も多分初めて飲むやつだな」
「ラベル……『艶』なんて、ちょっと飲んだ感じとイメージ違う名前ですね」
「ふーん。あ、干し肉も旨い。肉と合うな。この酒」
「小隊長って基本肉食えないのに干し肉は意外と食えますよね」
「食えないと思っていたがマーサ様が作ったやつを試したら意外と食えた」
「脂感がないからですかね。あと香辛料も使ってるし」
「かもな。でもマーサ様が作ったやつ以外はまだ食ったことがない」
「あ、それマズイですよ。小隊長」
「何がだ?」
「ばあ様の干し肉を基準にしたら、そこら辺で売ってる並みの干し肉じゃ満足できませんよ」
「マジか」
「マジっす。あ、折角だし干し肉の食べ比べします?」
「あぁ」
「こっちが猪でー、こっちが鹿でー、こっちが牛ー」
「鹿旨い」
「猪も癖が少しありますけど旨いですよ。牛も安定の旨さです」
「食べ比べてみると、なんか風味とか結構違うな」
「そうですねー。俺は猪が1番好きです」
「俺は鹿だな」
「あーー。この酒、本当に干し肉に合うー」
「とりあえず2杯目いくか」
「そうですね」
ナイルとディリオはにんまり笑って顔を見合わせて、いそいそと美味い酒を注ぎ分けた。
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