上 下
22 / 61

22

しおりを挟む
「ナイルの班だけが事実上、ガーゴイル中隊でキチンと国軍の職務を行っていたからな。ついでに派手にやり過ぎたとはいえ、馬鹿な領主家と問題だらけの軍人共を一掃しちまったしよ。まぁ、そこら辺が評価された。正式な就任はここが落ち着いてフリージア領に戻ってからだな。トリット領の新しい領主になる貴族と、まぁ必要か微妙だがここに駐屯する中隊が決まって移動してくるまではここを動けん。まぁ、どんだけ早くても1ヶ月後ってとこだな。ちょうど今度うちの中隊の小隊長が1人、中隊長に昇格することになってるからな。まぁ、その穴埋めみてぇなもんだ。最初は旧ナイル班と旧ガーゴイル中隊の更迭されなかった残りの奴らをまとめろ。そいつらがある程度マシになったら新人入れてやっからよ。お前らの最初の仕事は問題児共の矯正と実力の底上げだ。うちは小隊長の半数が俺と同じ叩き上げでな。中隊としては国軍で1位2位を争う練度と実力を持っている。せめて足を引っ張らねぇレベルにまではしろよ。あ、ちなみに1年でな」


ジル中隊長の言葉にナイルは頬がひきつった。唯一仕事をまともにして、訓練もそれなりにしていたナイル班の面子でさえ、ディリオ曰く見所があるのはナイルとクインシーくらいなのだ。それを実力者揃いのジル中隊の足を引っ張らないレベルにまで、たった1年で鍛えなければならないなんて無茶だ。無謀だ。無理だ。ナイル班だけなら、もしかしたらなんとかなるかもしれないが、犯罪に手を染めていなくても軍で問題を既に1度は起こしており、尚且つ仕事もせずに怠惰に過ごしていた連中まで面倒をみなくてはならないなんてキツいにも程がある。でも断ることは多分できない。
チラッと隣のディリオを見ると、ディリオの顔もひきつっていた。ディリオの反対側に立つクインシーの顔は真っ青通り越して真っ白になっている。
そんな3人の反応を気にせず、ジル中隊長がニヤニヤしながら話を続けた。


「3人とも資料を読んだが、まぁそれなりにやらかしてここに飛ばされてたみたいだな。クインシーだけは上官を殴ったとだけしか理由が書いてなかったが、何で殴ったんだ?」

「え、あ。と、当時の班長からちんこ咥えろって命令されて股間を全力で殴りました!」

「ぶははははっ!お前ら全員男絡みで左遷されてんのかよっ!」

「えー。クインシー。お前も下半身関係の理由だったわけ?」

「うっす。でも、ちんこ食いちぎった班長や金たま潰した副班長に比べたら可愛いもんでしょ?」

「似たようなもんだろ」

「えぇー。絶対違うっすよぉ、班長ー」


ひとしきり大笑いしたジル中隊長にナイルは発言の許可を得て、話し始めた。


「お話は分かりました。小隊長就任の件、ありがたく受けさせていただきます」

「おう」

「ただ、クインシーは現場では十分な働きができますが、壊滅的に書類仕事ができません。補佐としてダブリン・ナザールを副班長に推薦いたします」

「ほう。そいつは書類仕事ができんのか?」

「はい。剣の方はまるで全然ダメですが、書類仕事に関してはかなり適性があります。自分の補佐もさせておりましたので、ダブリンを副班長につければクインシーも班長としてなんとかなるかと思います」

「なるほど。じゃあ、そうしよう。他に何かあるか?」

「小隊の編成や班長の人事などはどうなりますか?」

「それは全部お前に任せる。まぁ、とりあえず好きにやってみろ」

「御意」

「次の領主と中隊が来たらすぐに異動だからな。そのつもりで準備しとけよ」

「御意」


ジル中隊長が退室を促したので、敬礼をしてから会議室から出た。会議室のドアを閉めて早足で廊下を歩き、屋外にある喫煙所に着いたところで、どっと疲れと衝撃が襲ってきた。
ナイルはのろのろと軍服のポケットから煙草と魔導ライターを取り出した。


「はんちょー。俺も1本くださぁい」

「俺もー」

「クインシーは兎も角、お前も煙草吸うのか?ディリオ」

「極々たまに貰い煙草するくらいですよ。でも、なんかもう今は煙草でも吸わないとやってられない。いやもうマジで」

「本当それっすよー。副班長。俺が班長ってマジヤバくないですかぁ?つーか、無茶振りにも程があるっしょー。さっきの話」

「ほんとになぁ……」


ディリオとクインシーが揃って溜め息を吐いた。ナイルも思いっきり溜め息を吐きたい。ナイルは2人に煙草を1本ずつ分けてやり、ついでに魔導ライターも貸してやった。自身も煙草を咥え、すぐに火をつける。深く煙を吸い込んで、肺の奥から溜め息と共に盛大に吐き出した。派手にやらかした自覚はあるが、正直こんな無茶振りをされるとは予想もしていなかった。残っている旧ガーゴイル中隊の中でも一応知っている面子の顔を思い出して、また煙と共に溜め息を吐く。そいつらは兎に角やる気がない。まるでない。何のやる気もなさ過ぎて犯罪にも手を出さなかったのだろう。多分。そいつらをどうやって鍛えてまとめあげればいいのか。早くも頭と胃が痛い。

お通夜ムードで3人で煙草を吸っていると、金髪の小柄な人物が勢いよく走ってきた。


「ディーーーーー!!」


今日も元気よく笑顔で叫ぶフィリオ小隊長である。隣のディリオが露骨に嫌そうな顔をした。フィリオ小隊長は煙草片手に一応敬礼する3人に笑顔で近寄り、敬礼しているディリオの肩をバンバン叩いた。


「ディー!聞いたか!?今度からパパとおんなじ職場だぞ!やったな!」

「……よくねぇよ。クソ親父」

「親父じゃなくてパパと呼びなさい」

「嫌」

「もぉー!なんでだよぉー!ちょっと前まで『パパ好きー!』って俺の後ろくっついて回ってたのにぃ!」

「それ何十年前の話?」

「え?お前が小学校に上がるくらいかな?」

「マジでいつの話だよ」

「まぁまぁ。ディーも嬉しいだろう?パパとずっと一緒だぞ!当然俺ん家に住むだろ?家でも職場でも一緒にいられるぞ!」

「いや一緒には住まねぇから」

「え?何で?」

「むしろ何で一緒に住むと思ったんだよ」

「むしろ何で一緒に住まないんだよ。当たり前だけどターニャだっているんだぞ!親子3人で一緒に暮らすって初めてじゃないかっ!」

「それでも嫌」

「えぇー!なんでだよぉ!お前の反抗期長過ぎじゃないっ!?」

「うっせぇ。うっぜぇ」

「酷いぃ!」


ポンポン言い合う親子からクインシーと共に1歩離れて煙草の続きを吸う。ギャーギャー騒ぐ親子の声を聞き流しながら空を見上げれば、今日は憎々しい程雲1つない青空である。疲れた目に太陽が眩しすぎる。
煙草を1本吸い終わって、灰皿に火を消した煙草を放り込んだタイミングで、ギャーギャー騒いでいたディリオがナイルに近寄って、ナイルの肩をポンと叩いた。


「俺、班長と住むから。邪魔すんなよ。親父」

「「は?」」


ナイルは突然のディリオの言葉に目を丸くして、思わずディリオの無駄に美しい顔を見上げた。フィリオ小隊長はポカンとした後、何故か嬉しそうに顔を輝かせた。


「ディー!やっと生身の人間に興味を持ったのかっ!!」

「え?」

「ちげぇし」

「やー!よかったぁ!俺、お前がいつ女の子の人形持ってきて『俺の嫁』とか言い出すんじゃないかって気が気じゃなかったんだよなぁ!そっかぁ!ナイル班長と恋人になったのかぁ!予想外に男の子だったけど、まぁいいよな!2次元?とかいうのよりも!なんたって現実だしな!」

「は?は?」

「恋人じゃねぇよ、クソ親父」

「ん?ディーの片思い?」

「違います」

「じゃあ両思い?」

「ちげぇし。そういうんじゃねぇの」

「じゃあ何で一緒に住むのさ」

「色々事情があんのよ。あと単純にクソ親父と一緒に住みたくない」

「酷いっ!パパ泣いちゃう!ターニャに言いつけてやるんだからっ!」

「クッソうぜぇなぁ……」


ナイルは手を伸ばして、遠い目をするディリオの顔面を無言で片手でわし掴んだ。


「うおっ!何です?班長」

「いつ・俺と・お前が・一緒に住むことになった?」

「え?今ですよ」

「……とりあえず理由を言え、ド阿呆」

「主に班長の食事と睡眠の為ですね。あと俺、親父と一緒に住むの本気で嫌なんで」

「反抗期かよ」

「違いますよ?」


なんとなく納得できてしまう理由に、ナイルはディリオの顔から手を離した。ディリオはナイルの食事と睡眠の為に、サンガレアの実家までナイルを連れていったくらいだ。ナイルの食事と睡眠の為なら多分一緒に住むくらいのことはやる。おそらく住むことになる国軍の官舎は単身用と家族用があり、家族用の官舎に住めば、ディリオと暮らしても然程窮屈な思いはしないだろう。これからナイル自身も更に鍛えなければならない。身体作りも重要な課題である。それ故、キチンとした食事と十分な睡眠は必須事項だ。ディリオがジル中隊に異動してもナイルの面倒をみてくれるのならば、それに甘えた方がいい気がする。


「とりあえず早いうちにフリージアの家族用の官舎申請します?単身用に2人暮らしはキツいですし」

「あぁ」

「家賃と生活費は折半でいいですよね」

「当然だ」

「じゃあ、そういうことで」

「分かった」


淡々と一緒に暮らすことを決定した2人に、ポカンとしていたフィリオ小隊長とクインシーが騒ぎだした。


「ディー!やっぱり恋人なんじゃないの!?」

「マジっすか!班長!副班長!」

「ちげぇって言ってるだろ。そろそろマジでどっか行けよ!クソ親父っ!」

「パパって呼びなさいっ!」


また親子がギャーギャー騒ぎだした。
結局、フィリオ小隊長を探しに来たターニャ副隊長が取っ組み合いにまで発展した2人の腹を殴って大人しくさせ、腹を殴られてぐったりしたフィリオ小隊長の首根っこを掴んで引きずって回収していった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーの悪役モブに転生しました〜処刑は嫌なので真面目に生きてたら何故か公爵令息様に溺愛されてます〜

百日紅
BL
目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でしたーー。 最後は処刑される運命の悪役モブ“サミール”に転生した主人公。 死亡ルートを回避するため学園の隅で日陰者ライフを送っていたのに、何故か攻略キャラの一人“ギルバート”に好意を寄せられる。 ※毎日18:30投稿予定

貴公子、淫獄に堕つ

桃山夜舟
BL
美貌の貴公子が、なりゆきで邪教の社に神子として潜入することになり、やたらデカいイケメン宮司や信徒、人外などを相手に連日連夜の淫らな祭祀で快楽漬けになる話。 なんちゃって平安王朝風の異世界です。 輪姦/淫紋/結腸責/異種姦/触手/スライム/マッサージ/鬼/獣姦/衆人環視/青姦/尿道責/母乳/搾乳/羞恥/露出/苗床/産卵/など。 快楽漬けなので、痛みや暴力はありません。 ※はR-18描写ありです(ほとんどですが)。 2024.3.23 完結しました。ありがとうございました! 後日談やスピンオフなど書くかもしれません。

【完結】転生してどエロく嫁をカスタマイズした結果

そば太郎
BL
『転生してどエロい嫁をカスタマイズした 』 の続編 俺は神様のペットに殺させてしまって、そのお詫びに、どエロい嫁をカスタマイズしたい!と、欲望のままお願いしたら、雄っぱいむちむちのどエロい、嫁が出来た♡ 調教や開発を頑張って今では、雄っぱいからミルクが出るけしからんボディのフェロモンやばすぎな嫁に、なってきた♡ 愛するガチムチの嫁をもっともっと淫乱にさせたい♡ そんな嫁と俺との物語♡ 1章完結済! 章が、追加される事に更にド変態の道になっていきます。2章から注意書きが入る予定なので、キーワード確認してください! ※主人公以外の絡みあり、しかし、嫁は主人公一筋♡ ※文書能力スキルが保持してないため、すみません

エロゲーの悪役に転生したはずなのに気付けば攻略対象者になっていた

柚木ハルカ
BL
【1月18日に書籍化】 俺は前世で大好きだった、エロゲーの悪役ザガンに転生していた。ゲームでは幼少期から悲惨な人生を辿り、虐殺するようになるザガン。だがゲームとは違う人生を送ったところ、街で主人公のリュカとよく遭遇するようになった。なんだか攻略対象者と認識されているような……俺は女じゃないんだが? *はR18 ※第10回BL小説大賞で、読者賞いただきました。応援ありがとうございました。

【完結】聖女が世界を呪う時

リオール
恋愛
【聖女が世界を呪う時】 国にいいように使われている聖女が、突如いわれなき罪で処刑を言い渡される その時聖女は終わりを与える神に感謝し、自分に冷たい世界を呪う ※約一万文字のショートショートです ※他サイトでも掲載中

【BL】貴様の手の甲に誓いの口づけを

三崎こはく
BL
 騎士イシュメルは魔王を憎んでいた。  魔王城の捕虜となり、恩情で生かされた後も、幾度となく魔王を殺そうとした。どのような卑劣な手段を使っても、魔王を殺すことが正義だと信じて疑わなかった。  そして命を賭けた決闘の前夜、イシュメルが魔王の寝室で見た光景は―― ※CP外エロ有(無理やり、監禁描写注意) ※表紙は岡保佐優様に描いていただきました♪

小金井は八王子に恋してる

まさみ
BL
秋葉の路上でザクを壊され悲嘆に暮れるニート青年・八王子 東。彼をオタク狩りから救ったのは見るからに軽薄でナンパな青年・小金井リュウ。 「へー八王子っていうんだ。ヘンな名前。これもらっとくね」 免許証をとりあげた上助けた恩に着せアパートに転がりこんできた小金井と、人の目をまともに見れない卑屈で対人恐怖症気味の八王子のぬるーい東京近郊同居ライフ。 同居/モラトリアム/日常/ライト/コメディ 表紙:いぬいぬのふわ様

夢で逢えたら

相沢蒼依
BL
※陵辱ものです。途中からけしからん表現が多々出てきますので、閲覧の際はご注意ください。 高橋健吾は優しくて、とても卑怯なヤツだった。 ネットで言葉巧みに騙し、関係を持っては捨てていった。 そんな因果がもとで、本社から出張中に支店で勤める社員に逆恨みされ、刃物によってめった刺しにされてしまう。 死んだと思ったのも束の間、意外な展開が彼を待ち受けていた。

処理中です...