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3:アデラの見立て

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 朝食の後。仕事に行くと言って家から出ていくデニスをアデラに抱っこされたまま見送ると、アロルドは居間のソファーの上にそっと下ろされた。アデラを見上げれば、アデラがじっとアロルドを見つめていた。


「うーん。満月の夜に、月が出ている間だけ人間の姿に戻れるっていうのは、なんとなく分かったけど、肝心の魔法のとき方が私じゃ分からないわねぇ。本当に厄介で複雑な魔法ねぇ。才能の無駄遣いというか、なんというか……しょうがないから、助っ人をお願いするわね。あんまり頼みたくないのだけど、子犬の姿のままじゃコニーが可哀そうだもの。ご家族や大事な人だっているでしょう? きっと皆、今頃心配しているわ」


 アデラが困った顔をしているが、アロルドを心配しているのは、多分直属の部下達くらいのものだと思う。結果的に仕事を無断欠勤して二週間くらいだ。おそらく捜索されていると思う。

 アロルドは、意外と早く出世して、大佐として、いくつもの死地を生き抜いてきた。アロルドが考えた作戦で、劣勢だった戦況を何度もひっくり返したせいか、気づけば『救国の英雄』だなんて呼ばれていた。アロルドは、そんなに大した男じゃない。ただ、運がよかったのと、自分が死にたくないから、必死で知恵を振り絞っていただけだ。多くの部下を死なせた。アロルドの命令で、若い命が数えきれない程散っていった。アロルドは『救国の英雄』なんかじゃない。本当に『英雄』と呼ばれていいのは、国のため、家族のためにと死んでいった多くの者達だ。

 アロルドが苦い思いを噛みしめていると、アデラがやんわりとアロルドの背中を撫でた。アデラも、デニスと同じで、アロルドにとても優しく触れる。


「次の満月がいつなのか、今夜外に出て確認しておきましょうね。ごめんなさいね。ここ1年くらい、満月の夜にしか作れない魔法薬を作っていないから、ぱっと次の満月がいつなのか分からないの。手紙を書いて、助っ人に連絡するわ。私よりも『みる』のが上手い人だから、きっと魔法のとき方も分かる筈よ。ちょっと変わってるというか、まぁ、貴方に魔法をかけた魔女とは方向性の違う困ったちゃんだけど、貴方に危害をくわえることはないから、そこは安心してね。手紙を書いて彼に飛ばすから、お昼寝……じゃなくて、時間帯的に朝寝かしら? とにかく、まだ本調子じゃないだろうから、ゆっくり寝ていてね。お昼ご飯ができたら、起こしてあげる」

「わふ(了解した)」


 アロルドは、背中を撫でるアデラの優しい手つきに、なんとなくほっとしながら、大人しく目を閉じた。本当は、早く人間の姿に戻らなくてはいけない。だが、驚く程優しいデニスとアデラから離れたくないと思う自分がいる。だって、デニスは理想の青年で、この家は温かくて、すごく安心する。アロルドは、アデラに優しく撫でられながら、穏やかな眠りに落ちた。頻繁にみている地獄のような戦場の悪夢はみなかった。

 アデラに起こされて、久々にまともな食事にありつけた。柔らかく湯がいて解してある鶏肉は、驚く程美味しくて、一緒に混ぜてある野菜も素直に美味しかった。満腹になると、またアデラに促されて、居間のソファーの上で昼寝をした。

 日が暮れる頃に、デニスが帰ってきた。アロルドは、外から馬が歩いてくる音が聞こえてくると、ソファーから飛び降りて、たたたっと玄関に走った。玄関のドアが開くのを、今か今かと待っていると、玄関のドアが開き、デニスが家の中に入ってきた。


「わふっ! (デニス!)」

「あ、コニー。ただいまー。お出迎えしてくれたの? ありがとう」


 デニスが嬉しそうに、ふわっと笑った。優しい笑顔が眩しいと同時に、胸の奥がぽかぽかしてくる。デニスに優しく抱き上げられて、アロルドは嬉しくて、ぶんぶん尻尾を振りまくった。
 アロルドを抱っこしたデニスが、台所へと向かった。美味しそうな匂いがしている台所では、アデラが料理を作っていた。


「ただいま。姉さん」

「あら。おかえり。デニス。今日もお疲れ様。ご飯の時に詳しいお話はするけど、私では、その子の魔法のとき方までは分からなかったわ。助っ人を呼んだから、早ければ明日には来てくれると思うわ」

「助っ人って、もしかしてクリストフさん?」

「えぇ。あんまり彼を家に呼びたくないのだけど、コニーの為だもの」

「クリストフさん、僕は好きだよ。面白くて優しいよね」

「そうね。私も嫌いではないわ。……口説いてこなければ、本当にいい人なのに」

「クリストフさんの片想い歴長いよねぇ。本当に一途な人だよねー」

「そうかもね。さっ。晩ご飯ができたから、手を洗ってらっしゃい」

「うん。コニーは居間のソファーで待っていようか。居間が一番暖かいからね」

「わふっ(このままがいいのだが)」


 アロルドは、居間に移動したデニスに、そっとソファーの上に下ろされた。アロルドがそわそわしていると、コートを脱いだデニスがすぐに居間に戻ってきた。アロルドの背中をやんわりと撫でて、デニスがおっとりと優しく微笑んだ。


「すぐにご飯を食べられるようにするから、ちょっと待っててね」

「わふっ(了解した)」


 デニスの手の温もりが離れたのは寂しいが、空腹ではある。それもものすごく。二週間近く、まともな食事にありつけなかったからだろう。デニスとアデラが、美味しそうな匂いを漂わせている皿を居間のテーブルの上に並べ始めた。すぐに準備が終わったのか、デニスがソファーのところに来て、ふわっと優しくアロルドの身体を抱き上げた。そのままデニスに抱っこされて移動して、テーブルの上にそっと下ろされる。テーブルの上には、深皿が二つ並んでいて、片方はほんのり湯気が立つミルク、片方は刻んだ野菜が混ざった解してある肉だった。美味しそうな匂いに、今にも涎が出てしまいそうだ。

 アロルドは、デニスとアデラが食前の祈りを口にすると、がふがふとがっついて食べ始めた。柔らかく煮てある肉も野菜も美味しいし、ミルクも程よい温かさで美味しい。アデラは間違いなく料理上手である。ちらっとデニス達が食べているものを見れば、爽やかな香草の香りがする豚肉のソテーだった。他にも、芋のサラダとごろごろ野菜のスープもある。そっちも食べてみたいのだが、アロルドは、今は子犬の姿だ。犬を飼ったことはないが、部下に犬好きの者がいて、犬に人間と同じものを食べさせるのはあまりよくないし、犬には絶対に食べさせたらいけないものもあると、ちらっと聞いた覚えがある。デニスに少し分けてもらえないか、おねだりがしたいが、ここはぐっと我慢である。デニスを困らせるのは本意ではない。

 アロルドは、がつがつと自分の分の食事を食べながら、デニスとアデラの会話に耳を立てた。


「あのね、満月の夜、月が出ている間だけは人間の姿に戻れるみたいなのよ。晩ご飯の後片付けが終わる頃には月も見えるでしょうし、次の満月がいつなのか、確認してみるわ」

「僕も一緒に外に出るよ。家の周りには姉さんの魔法がかかってるから危ないことはないだろうけど、念の為」

「あら。そう? じゃあ、一緒に後片付けをして、一緒に月を見ましょうか。コニーも一緒に見る?」

「わふっ! (勿論、ご一緒するとも!)」

「ふふっ。コニーも一緒がいいんですって」

「じゃあ、コニーは僕が抱っこしておくね」

「えぇ。お願いね。あ、お風呂はどうしようかしら。コニー。今日もお風呂に入りたい? お風呂に入るなら、デニスと一緒なのだけど」

「わふんっ!! (是非とも!!)」

「あら。今日もお風呂に入りたいみたいね。デニス。よろしくね」

「うん。昨日は石鹸を使わなかったんだけど、今日はどうしよう」

「うーん。私が作った石鹸は人間用だものね。使わない方が無難かしら。うろ覚えだけど、犬用の石鹸も街で売ってるらしいし、人間用のは犬には合わないのかも。明日はお休みでしょう? 明後日にでも、仕事のついでにコニー用の石鹸を買ってきてくれる?」

「うん。いいよ。コニー。明日までは、お湯だけで我慢してね。ごめんね」

「わふわふ(気にすることはない)」


 デニスと一緒に風呂に入れるというだけで、踊りだしたいくらい嬉しいのだから、石鹸が無いことくらい些事でしかない。
 アロルドは、デニスとの入浴が楽しみ過ぎて、うっきうきしながら、温かくて優しい味わいの美味しい夕食を食べきった。


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