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9:新居への希望

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「今日来たのはね、暇潰しの道具を渡しに来たのもだけど、新居の改築の希望を聞きにきたのよ」


一騒ぎした後、ソファーに腰を落ち着けてマーサが言った。マルクとニーファはお茶請けに早速、チビッ子達が作ったクッキーを食べている。形は不揃いだが、とても美味しい。チョコチップ入りやドライフルーツ、ナッツが入ったもの等、種類もたくさんあった。


「希望ねぇ……父様の持ってる家でしょ?俺達の希望で建てていいの?」

「いいわよー。どうせ、何年住むことになるか分からないんだし。材料の仕入れ先とか母様と一緒に造る趣味仲間にはもう声かけたから、あとはニー君達の希望聞いて図面引いて改築するだけよ」


日曜大工が趣味のマーサは趣味が高じて、家具等だけでなく、趣味が同じ昔からの付き合いの仲間達と家すら建てることができる。実際、既に何軒も新たに建てたり改築したりしている。下手な大工に頼むより余程安心できる腕前だ。


「んー。クリス先生にも聞いた方がいいけど、俺は風呂と台所が広い方がいいなぁ。ここの風呂、狭いし。二人で入るとみっちりなんだもん」

「え、あの狭い風呂に二人で入ってるのか?」

「うん。初日から一緒に入ってるよ。頭と背中を洗いっこしてる」

「あら、仲良しね」

「えへへー」


なんとなく気恥ずかしくなって、誤魔化すようにクッキーを口にいれる。バターの上品な風味が口の中に広がる。


「お風呂と台所は細かい要望ある?あと、それ以外は何かあるかしら?」

「えー?なんだろう……パッと思いつかないよ。……あ、台所には大きめの魔導冷蔵庫と魔導レンジ置きたいかも」

「大きめの魔導製品が置けるスペースね」

「あとは特にないなぁ。今夜にでもクリス先生にも聞いてみるけど、母様にお任せでいい気がする」

「了解。明日も野菜持って来るから、クリス君の希望も教えてよ。図面引いたら、クリス君が休みの日に見せに来るから」

「うん。ありがとう」

「ニーファ」

「うん?」

「俺はそろそろ役目に出なきゃいけないんだが、ついでに調査地に行って、本当に精霊がサァウーフルかを確かめてくる。俺の留守中に何事もなければ、3ヶ月くらいで帰ってくるから、結果はその時な」

「はい。お願いします」

「あぁ。でも何かあったらすぐに呼ぶんだぞ。急いで帰るから」

「うん。ありがとうマルク様」


お昼の準備があるからと、マーサ達は帰っていった。使ったグラス等を台所に持っていき、刺繍箱等は全てニーファの部屋に運び、整理する。
それが終わる頃、ちょうど昼を知らせる鐘がなった。

(一人だし、簡単なものでいいか)

今日の昼ご飯は素麺にすることにした。洗面台で手を洗って、台所に行く。
大きめの鍋にお湯を沸かして、沸騰したら素麺投入。吹き零れないように時折差し水をしつつ、菜箸で麺がくっつかないように静かに混ぜる。茹で上がったらすぐにザルにあげ、冷水で冷やす。
ざっと水をきってから器に移し、氷を何個か麺の上にのせた。
魔導冷蔵庫から実家から持ってきたマーサ特製のめんつゆを取り出し、すりおろした生姜、刻んだネギを薬味に用意すれば完成である。

静かな部屋に、ニーファが素麺を啜る音だけが響いていた。
いつも誰かと賑やかな食事をしてきたから、たった1人での食事はもしかしたら初めてかもしれない。
なんとなく、寂しいというか、静かすぎて落ち着かないというか……。ニーファは微妙な心境で1人で素麺を食べきった。




ーーーーーー
ニーファは大きなボールを使い、挽き肉をひたすら捏ねていた。卵、飴色になるまで炒めた玉ねぎのみじん切り、塩コショウ、パン粉、牛乳、ナツメグを入れたものをひたすら捏ねる。とにかく捏ねる。
色が白っぽくなり粘りけが出たら、小判型に成形する。捏ねまくった肉が全て小判型に丸められたら、下拵え完了である。
今夜はハンバーグだ。

日が暮れかかった時間帯にクリスが帰って来た。ニーファは晩ご飯の支度を終えて、早速今日持ってきてもらった裁縫道具と布を使って刺繍をしていた。それを中断して、帰宅したクリスを出迎える。


「おかえりなさい」

「ただいま」


右頬を差し出せば、自然な動きでキスをしてくれる。更に頭も撫でてくれた。ニーファに尻尾がついていたのならば、ブンブン高速で振っていただろう。


「ご飯できてますよ。温めますね」

「ありがとう。先に着替えてくるよ」

「はーい」


自室に向かうクリスの後ろ姿に胸キュンしながら、ニーファは上機嫌で台所に向かった。ハンバーグと野菜スープを温め、サラダをテーブルに運ぶ。今日は米かパンか悩んだが、最近米が多かったので結局パンを焼いた。パンは魔導レンジで軽く温める。
楽な甚平に着替えたクリスが居間に来る頃にはセッティングは完璧だった。


「美味しそうだね」

「えへへー。パンも焼きました」

「それは楽しみだ。いただきます」

「いただきます」


ハンバーグはふわふわ肉汁ジューシー、野菜スープは野菜の甘味が引き立っている。我ながら良くできたものだ。
クリスも美味しそうに食べてくれている。


「美味しいよ」

「ありがとうございます!」

「スープまだある?」

「ありますよ。少しですけど」

「もらっていいかな?」

「はい。注いできますね」


ハンバーグもだが、スープもお気に召してもらえたようだ。鼻歌まじりにスープをよそい、クリスの元へ運ぶ。


「ありがとう」

「いえ。あ、そうだ。今日、母様とマルク様が来たんですよ」

「そうなんだ」

「はい。それで改築する新居の希望を聞かれたんです」

「希望というと……?」

「俺は台所と風呂場は広い方がいいと言ったんですけど、クリス先生は何かありますか?」

「んー……風呂場は俺も広い方がいいかなぁ。前のアパートよりも広いけど、ここも結構風呂場が狭いし」

「二人で入って、ゆとりがある位がいいですよね」

「そうだね。……あぁ、あとできたら書斎が欲しいかな。授業で使う資料と研究用の書籍と娯楽小説でアパートいっぱいなんだよね」

「書斎は確かに欲しいですね。俺も結構量があるし」

「一緒にする?分けてもらう?」

「んー……部屋の大きさ次第で変わりますよね」

「小さかったら分けて、大きな一部屋だったら一緒にするかい?こう……テリトリー決めといて」

「そうですね。明日、母様に言ってみます。他にはないですか?」

「他にねぇ……実際、改築前の家を見てみないと分からないなぁ」

「あー、確かに。クリス先生が休みの日に図面見せに来てくれるそうなんですけど、その時に実際の家を見に行きますか?」

「そうだね。そうしよう」

「じゃあ、とりあえずの希望は風呂場と台所と書斎で、あとは現物見て考えるってことでいいですか?明日も母様来てくれるから、その時に伝えておきます」

「うん。お願いするよ」

「あ、デザートにババロア作ったんですけど、食べます?」

「いただくよ」

「はーい。持ってきます」


デザートのババロアもクリスに好評だった。2人で食事をした後は、洗い物を片付けてから、2人で風呂に入った。
狭い洗い場で、半ば抱きつくような距離感でお互いの背中を洗ったり、髪を洗う。浴槽に浸かるのは流石に2人1度には浸かれないので、交代で浸かる。
クリスが浸かる時に、ニーファは浴槽の外からクリスの肩や首をマッサージした。クリスから気持ち良さそうな吐息がもれる。
反対に、ニーファが浸かる時には、クリスが髪に手入れ用の香油を塗ってくれる。髪が濡れたまま着けた方が香りがいいのだ。ついでに頭皮マッサージもしてくれる。

(しあわせー)

この入浴タイムが今のところ1番好きかもしれない。
クリスの意外とひき締まった身体も見れるし、触れるし。


「そろそろ上がるかい?」

「はーい」


風呂場から出て、狭い脱衣場で先にクリスが着替えてパパっとドライヤーを使う。ニーファは髪が長いからその分どうしても時間がかかる。ニーファはクリスが出た後に着替えて、のんびり髪を丁寧に乾かす。クリスは髪が好きっぽいから雑には扱えない。ニーファは時間をかけて髪を乾かし、手入れをした。

脱衣場から居間に戻ると、クリスは冷たいエールを飲んでいた。


「クリス先生。1口ください」

「いいよ。はい」

「ありがとうございます」


飲みかけのエールを口に含むと爽やかな苦味が口に広がった。ニーファは1口だけ飲んで、クリスに手渡した。


「これ飲み終わったら、少し早いけど寝ようか。明日から暫く忙しくなるし」

「あー。夏休み明けですもんね。添削しなきゃいけない宿題の山がどっさりですよねー」

「ついでに夏休み明けのテストもあるしね」


クリスが肩を竦めた。
クリスがグッとコップのエールを飲み干す。ニーファはなんとなく、上下するクリスの喉の動きを眺めてた。


「……ふぅ。じゃあ、寝ようか」

「はい」


2人でクリスの部屋に行き、ベッドに潜り込む。シーツもタオルケットも日に干していたので、ふわふわである。
クリスがニーファの髪を撫でながら、頬にキスをした。


「おやすみ。ニーファ君」

「おやすみなさい」


こうして新学期初日の1日は終わった。
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