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3:理不尽な怒り
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ロバートは妙にドスのきいた低い歌声で目が覚めた。ハルファが出ていってから1度も洗濯していない薄汚れたパジャマ姿のまま自室から出ると、ミケーネをおんぶ紐を使っておんぶしたアイディーがシーツを片手に抱え、片手にはハタキと箒、塵取りを持った状態で廊下を歩いていた。
今日は真っ赤なワンピースである。裾が膝丈なので、脛毛が生えた筋肉質な太い脚がしっかり見えている。朝から本当に萎える。
アイディーがにやぁと、まるで今から強請でもしますみたいな人の悪い笑顔でロバートに声をかけてきた。
「おはようさん。旦那様。シーツ回収させてくれ。あとそのきったねぇパジャマも。あ、朝飯はできてっぞ」
「……あぁ」
「この家ろくな食い物ねぇから、洗濯したら買い出ししてくるわ。請求書を届けてもらえばいいか?」
「……いちいち面倒だ。金を渡す」
「じゃあ領収証もらってくる。細かい内訳は俺の手書きでいいか?そこら辺の八百屋とかで毎回店の奴に全部書いてもらうのも、なんかわりぃからよぉ」
「……それで構わない」
「おう。坊っちゃん。洗濯して遊んだらお出かけだぜ」
「ぜー」
「はははっ!うりゃー」
「きゃーー」
アイディーが自分の背中のミケーネに話しかけ、その場で自分の身体をぐねぐね動かしてミケーネを揺すった。何故かミケーネが楽しそうに笑う。似合わない女装をした犯罪者としか思えない人相が悪い厳つい男がぐねぐね変な動きをするのは、見ていて素直に気持ちが悪い。でも何故かミケーネが笑っている。ロバートは勿論、ハルファが接する時でさえ、ミケーネはこんなに楽しそうに笑わなかった。いつも泣いているばかりだったのに。仮にちょっと笑っても、すぐに機嫌が悪くなってぐずることの方が多かった。
アイディーが何故か機嫌がいいミケーネをおんぶしたまま、ロバートの自室への入室許可を伺ってきたので、ロバートは頷いて、アイディーとミケーネを自室に入れた。
「あーちゃん」
「んー?また歌うか?坊っちゃん」
「うん」
「よっしゃ。いいぜー」
アイディーがロバートのベッドからシーツを外しながら、ドスのきいた低い声で歌い始めた。16歳の声じゃないだろうというくらいアイディーの声は低い。アイディーの歌が上手いか下手かなんて、ロバートにはよく分からない。ミケーネが泣いていないので、何故なのか全く分からないが、ミケーネは気に入っているらしい。
シーツ以外に薄いタオルケットも回収し、その場で着替えることを強要されたロバートがパジャマから比較的マシな服に着替えると、ロバートのパジャマも含めた布の山を両手で抱えてアイディーは出ていった。後で掃除をするからと掃除道具をロバートの部屋に置いて。
ロバートはなんとなく溜め息を吐いた。
ダイニング式の台所に併設されている食堂に行くと、洗濯を仕掛けたらしいアイディーがテーブルに朝食を並べた。
湯気の立つ味噌汁に白い炊いた米しかないが、温かな手作りの食事は少し久しぶりだ。
サンガレアは数千年前の土の神子がもたらしたという調味料や料理が多く、食文化が豊かで少々独特である。
アイディーの膝の上に座ったミケーネの前には小さなマグカップが2つしかない。ロバートは訝しく思って、ミケーネに話しかけているアイディーに声をかけた。
「おい」
「あ?」
「ミケーネの食事は」
「あぁ。今朝はとりあえずカボチャとか野菜のポタージュと蜂蜜入りの温けぇ牛乳。坊っちゃん、食うことに興味ねぇんだろ?実際昨日の夜も殆んど食わなかったし。好き嫌い以前の問題だからよぉ。色々試行錯誤しようにも、この家本当にろくな材料ねぇし。まずは買い出し行ってからだな。飲み物は普通に飲むんだろ?スープなら嫌がらずに飲むかと思ってよ。カボチャが少しだけでも残っててよかったぜ。チビッ子は甘いカボチャが好きだからよ」
「……そうか」
「ほれ、坊っちゃん。これ飲んだら着替えて外だぜ。ソフトクリーム食おうぜ」
「そふ?」
「ソフトクリーム。冷たくて甘くてマジでちょー旨い」
「……おい」
「あ?」
「まさかその格好でミケーネを連れて買い出しに行くつもりなのか?」
「当たり前じゃん。俺は絶賛勤務中だ。服務規定は守るし、家政夫兼子守りなんだから坊っちゃん放置して出かける訳ねぇだろ」
「……ぐぅ……」
話し方はガラが悪いが、言っていることはまともだ。そもそも女装で勤務なんて馬鹿みたいな条件を雇用契約書に書いたロバートが悪い。本当に馬鹿すぎる。
ロバートは溜め息を吐いて味噌汁が注がれた食器を手に取った。1口飲んでみれば、素直に美味い。米も絶妙な炊き加減だし、なんだか意味もなく悔しくなる。ミケーネを見れば、アイディーの膝の上で小さなマグカップを両手で持ってスープを飲んでいた。嫌がってぐずぐずしたりしていない。
アイディーにとっては理不尽なものだと頭では分かっているが、ロバートは腹が立ってきた。何故ポッと出のアイディーにこんなにミケーネが懐いているのだ。ミケーネにいつも必死で食べさせようとしていたハルファが本当に可哀想になるくらい、ミケーネが素直にスープを飲んでいる。どうしてもイライラする。アイディーにも、ミケーネにも。
そもそも何故アイディーは見た目が凶悪なくせにミケーネに懐かれるのだ。絶対に子供に泣かれる容姿だろう。それに子供の扱いに慣れすぎている気がする。本当に16歳なのか怪しい。実は年齢も経歴も詐称しているのではないだろうか。
ロバートはイライラとした感情のまま、アイディーに話しかけた。
「……おい」
「あ?」
「何故そんなに子供の相手に慣れているんだ。実は16なんかじゃないんだろ」
「普通にピチピチの16歳だっつーの。小学校に上がった位から近所の家の子守りやってたんだよ。小遣い稼ぎに。俺ん家ぶっちゃけ貧乏だったしよ。学校が終わった後とか休みの日はいつも弟連れて子守りやってた。首がすわってねぇ赤ん坊の世話もできるぜ。俺。子守りやってっ時にそん家の爺さんとかに色々教えてもらったんだよ。小せぇ子供の世話の仕方とか離乳食の作り方とかよ。坊っちゃんは離乳食って歳じゃねぇけど、そんなノリのもんから食わせていくのがいいんじゃね?普通のもん無理矢理食わすより、単純に食うことに慣れさせた方が多分いい。飯っつーより、遊びみてぇな感覚でよ。必要な栄養は野菜ジュースとか、ポタージュスープみてぇな飲み物感覚のもんでとらせりゃいい。ミルクセーキとか甘くした豆乳とかよ。そんなんで補ってくしかねぇだろ」
「…………」
ガラが悪いくせに、ものすごくまともなことを言っているアイディーに本当にイラッとするが、同時に、目の前の少年……多分少年が苦労してきたことはなんとなく察した。
ロバートは裕福な家で育った。家政夫がいたから家事なんてしたことがないし、子供の頃に小遣い稼ぎの為に働いたことなんてない。アイディーは多分間違いなく、子守り以外に家事もしていたのだろう。さっきチラッと覗いた台所は、相当荒れていたのにもうキレイになっていた。食堂もかなり散らかって汚れていたのに、すっかりキレイになっている。料理も正直かなり美味いし、家事をすることき慣れているようである。小さな子供の相手も慣れた風で、実際にできている。ハルファもロバートも小さな子供と接した経験なんて殆んど無いに等しかった。経験の差が如実に現れているのだろうか。それにしたって腹が立つ。ハルファもロバートも、自分達なりに頑張っていたのに。
ロバートはどうしてもアイディーに対する理不尽な怒りを静めることができなかった。
大人げないとは分かっていたが、朝食を食べた後は自室に引きこもった。そうでもしないと、本当にアイディーとミケーネに当たってしまいそうで。部屋に置きっぱなしの掃除道具を廊下に出して部屋の鍵をかけ、ロバートはシーツがないベッドにどがっと座った。本当に腹立たしい。ロバートはふて寝をすることにした。ハルファが出ていってから、毎日夜泣きするミケーネの世話で、ずっとまともに寝ていない。ロバートはすぐに深い眠りに落ちた。
ーーーーーー
ロバートが目覚めたのは夕方になってからだった。久しぶりにぐっすりと寝た気がする。身体が軽いし、なんだか気分もいい。のろのろと起き上がってベッドの上で伸びをして、無精髭が生えている顎を撫でた。そういえば、余裕がなくて最近全然髭を剃っていない。髭がかなり伸びている。背中の中程まである髪もボサボサで、自分の髪を1房指で摘まんで目の前に持ってきて観察してみれば、枝毛があった。白髪も1本だけあった。まだ目立つ程ではないが、肉体年齢が30を越えたあたりから急に白髪が増えた。それ以前は全然なかったのに。ロバートは肉体年齢が今年で31歳だ。最近は肌もなんだか張りが衰えている気がするし、なんとなく乾燥しているような感じがする。まだまだ若いが、それでも肉体年齢が20代半ばの期間が100年以上だったから、加齢に伴い身体が変化していくということになんだか戸惑ってしまう。
少しの間、ベッドに座ってぼーっとしていると、アイディーの低い声とミケーネの子供らしい高い声が聞こえてきた。
部屋のドアをノックされたので、ロバートはのろのろと立ち上がり、ドアの鍵を外して、ドアを開いた。
ミケーネを片手で抱っこしたアイディーが、ロバートの顔を見るとにやぁと笑った。
「ちっとはマシな顔になったな。旦那様。晩飯できてるぜ」
「ぜー」
「真似っこ好きだな、坊っちゃん。うりゃ」
「きゃーー」
アイディーが今から誰かを絞めてきますみたいな凶悪な顔で笑いながら、ミケーネの腹を擽ると、ミケーネが楽しそうにきゃーきゃー言いながら、身体をくねらせた。
ロバートはぼんやりその様子を眺めて、アイディーに促されて1階の食堂に移動した。
アイディーが用意した夕食は豪華ではなく、むしろ素朴で質素な感じの料理ばかりだったが、本当に美味しかった。ミケーネも小さなカップのスープを飲み、小さな猫の顔のような形をしたおにぎりを食べ、花の形に切られた林檎を食べていた。アイディーのゴツい手から作られたとはとても思えない可愛らしいものを、ミケーネはアイディーと遊びながら、ぐずることなく食べていた。
ミケーネの風呂もアイディーが入れ、その後でロバートは久しぶりにキレイに掃除されている風呂でのんびり湯船に浸かった。
温かく、小さな子供が使っても大丈夫な保湿作用がある入浴剤入りのお湯に浸かりながら、ロバートは浴槽の縁に後頭部を預けた。
アイディーは見た目は色んな意味で凶悪だが、頗る有能な家政婦らしい。たった1日と少しで荒れていた家がキレイになり、ミケーネが懐き、食事も美味しい。
アイディーがいれば、ミケーネは笑って元気に育ってくれるのだろうか。
アイディーが有能な奴であればある程、ロバートはやはりどうしてもアイディーに対して理不尽な怒りを抱いてしまう。嫉妬とも言っていいかもしれない。ミケーネを楽しそうに笑わせてやることなんて、自分やハルファにはできなかったのに、と。
ロバートは自分の大人げなさや狭量さにうんざりして、バシャバシャと雑に浴槽のお湯で顔を洗った。
今日は真っ赤なワンピースである。裾が膝丈なので、脛毛が生えた筋肉質な太い脚がしっかり見えている。朝から本当に萎える。
アイディーがにやぁと、まるで今から強請でもしますみたいな人の悪い笑顔でロバートに声をかけてきた。
「おはようさん。旦那様。シーツ回収させてくれ。あとそのきったねぇパジャマも。あ、朝飯はできてっぞ」
「……あぁ」
「この家ろくな食い物ねぇから、洗濯したら買い出ししてくるわ。請求書を届けてもらえばいいか?」
「……いちいち面倒だ。金を渡す」
「じゃあ領収証もらってくる。細かい内訳は俺の手書きでいいか?そこら辺の八百屋とかで毎回店の奴に全部書いてもらうのも、なんかわりぃからよぉ」
「……それで構わない」
「おう。坊っちゃん。洗濯して遊んだらお出かけだぜ」
「ぜー」
「はははっ!うりゃー」
「きゃーー」
アイディーが自分の背中のミケーネに話しかけ、その場で自分の身体をぐねぐね動かしてミケーネを揺すった。何故かミケーネが楽しそうに笑う。似合わない女装をした犯罪者としか思えない人相が悪い厳つい男がぐねぐね変な動きをするのは、見ていて素直に気持ちが悪い。でも何故かミケーネが笑っている。ロバートは勿論、ハルファが接する時でさえ、ミケーネはこんなに楽しそうに笑わなかった。いつも泣いているばかりだったのに。仮にちょっと笑っても、すぐに機嫌が悪くなってぐずることの方が多かった。
アイディーが何故か機嫌がいいミケーネをおんぶしたまま、ロバートの自室への入室許可を伺ってきたので、ロバートは頷いて、アイディーとミケーネを自室に入れた。
「あーちゃん」
「んー?また歌うか?坊っちゃん」
「うん」
「よっしゃ。いいぜー」
アイディーがロバートのベッドからシーツを外しながら、ドスのきいた低い声で歌い始めた。16歳の声じゃないだろうというくらいアイディーの声は低い。アイディーの歌が上手いか下手かなんて、ロバートにはよく分からない。ミケーネが泣いていないので、何故なのか全く分からないが、ミケーネは気に入っているらしい。
シーツ以外に薄いタオルケットも回収し、その場で着替えることを強要されたロバートがパジャマから比較的マシな服に着替えると、ロバートのパジャマも含めた布の山を両手で抱えてアイディーは出ていった。後で掃除をするからと掃除道具をロバートの部屋に置いて。
ロバートはなんとなく溜め息を吐いた。
ダイニング式の台所に併設されている食堂に行くと、洗濯を仕掛けたらしいアイディーがテーブルに朝食を並べた。
湯気の立つ味噌汁に白い炊いた米しかないが、温かな手作りの食事は少し久しぶりだ。
サンガレアは数千年前の土の神子がもたらしたという調味料や料理が多く、食文化が豊かで少々独特である。
アイディーの膝の上に座ったミケーネの前には小さなマグカップが2つしかない。ロバートは訝しく思って、ミケーネに話しかけているアイディーに声をかけた。
「おい」
「あ?」
「ミケーネの食事は」
「あぁ。今朝はとりあえずカボチャとか野菜のポタージュと蜂蜜入りの温けぇ牛乳。坊っちゃん、食うことに興味ねぇんだろ?実際昨日の夜も殆んど食わなかったし。好き嫌い以前の問題だからよぉ。色々試行錯誤しようにも、この家本当にろくな材料ねぇし。まずは買い出し行ってからだな。飲み物は普通に飲むんだろ?スープなら嫌がらずに飲むかと思ってよ。カボチャが少しだけでも残っててよかったぜ。チビッ子は甘いカボチャが好きだからよ」
「……そうか」
「ほれ、坊っちゃん。これ飲んだら着替えて外だぜ。ソフトクリーム食おうぜ」
「そふ?」
「ソフトクリーム。冷たくて甘くてマジでちょー旨い」
「……おい」
「あ?」
「まさかその格好でミケーネを連れて買い出しに行くつもりなのか?」
「当たり前じゃん。俺は絶賛勤務中だ。服務規定は守るし、家政夫兼子守りなんだから坊っちゃん放置して出かける訳ねぇだろ」
「……ぐぅ……」
話し方はガラが悪いが、言っていることはまともだ。そもそも女装で勤務なんて馬鹿みたいな条件を雇用契約書に書いたロバートが悪い。本当に馬鹿すぎる。
ロバートは溜め息を吐いて味噌汁が注がれた食器を手に取った。1口飲んでみれば、素直に美味い。米も絶妙な炊き加減だし、なんだか意味もなく悔しくなる。ミケーネを見れば、アイディーの膝の上で小さなマグカップを両手で持ってスープを飲んでいた。嫌がってぐずぐずしたりしていない。
アイディーにとっては理不尽なものだと頭では分かっているが、ロバートは腹が立ってきた。何故ポッと出のアイディーにこんなにミケーネが懐いているのだ。ミケーネにいつも必死で食べさせようとしていたハルファが本当に可哀想になるくらい、ミケーネが素直にスープを飲んでいる。どうしてもイライラする。アイディーにも、ミケーネにも。
そもそも何故アイディーは見た目が凶悪なくせにミケーネに懐かれるのだ。絶対に子供に泣かれる容姿だろう。それに子供の扱いに慣れすぎている気がする。本当に16歳なのか怪しい。実は年齢も経歴も詐称しているのではないだろうか。
ロバートはイライラとした感情のまま、アイディーに話しかけた。
「……おい」
「あ?」
「何故そんなに子供の相手に慣れているんだ。実は16なんかじゃないんだろ」
「普通にピチピチの16歳だっつーの。小学校に上がった位から近所の家の子守りやってたんだよ。小遣い稼ぎに。俺ん家ぶっちゃけ貧乏だったしよ。学校が終わった後とか休みの日はいつも弟連れて子守りやってた。首がすわってねぇ赤ん坊の世話もできるぜ。俺。子守りやってっ時にそん家の爺さんとかに色々教えてもらったんだよ。小せぇ子供の世話の仕方とか離乳食の作り方とかよ。坊っちゃんは離乳食って歳じゃねぇけど、そんなノリのもんから食わせていくのがいいんじゃね?普通のもん無理矢理食わすより、単純に食うことに慣れさせた方が多分いい。飯っつーより、遊びみてぇな感覚でよ。必要な栄養は野菜ジュースとか、ポタージュスープみてぇな飲み物感覚のもんでとらせりゃいい。ミルクセーキとか甘くした豆乳とかよ。そんなんで補ってくしかねぇだろ」
「…………」
ガラが悪いくせに、ものすごくまともなことを言っているアイディーに本当にイラッとするが、同時に、目の前の少年……多分少年が苦労してきたことはなんとなく察した。
ロバートは裕福な家で育った。家政夫がいたから家事なんてしたことがないし、子供の頃に小遣い稼ぎの為に働いたことなんてない。アイディーは多分間違いなく、子守り以外に家事もしていたのだろう。さっきチラッと覗いた台所は、相当荒れていたのにもうキレイになっていた。食堂もかなり散らかって汚れていたのに、すっかりキレイになっている。料理も正直かなり美味いし、家事をすることき慣れているようである。小さな子供の相手も慣れた風で、実際にできている。ハルファもロバートも小さな子供と接した経験なんて殆んど無いに等しかった。経験の差が如実に現れているのだろうか。それにしたって腹が立つ。ハルファもロバートも、自分達なりに頑張っていたのに。
ロバートはどうしてもアイディーに対する理不尽な怒りを静めることができなかった。
大人げないとは分かっていたが、朝食を食べた後は自室に引きこもった。そうでもしないと、本当にアイディーとミケーネに当たってしまいそうで。部屋に置きっぱなしの掃除道具を廊下に出して部屋の鍵をかけ、ロバートはシーツがないベッドにどがっと座った。本当に腹立たしい。ロバートはふて寝をすることにした。ハルファが出ていってから、毎日夜泣きするミケーネの世話で、ずっとまともに寝ていない。ロバートはすぐに深い眠りに落ちた。
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ロバートが目覚めたのは夕方になってからだった。久しぶりにぐっすりと寝た気がする。身体が軽いし、なんだか気分もいい。のろのろと起き上がってベッドの上で伸びをして、無精髭が生えている顎を撫でた。そういえば、余裕がなくて最近全然髭を剃っていない。髭がかなり伸びている。背中の中程まである髪もボサボサで、自分の髪を1房指で摘まんで目の前に持ってきて観察してみれば、枝毛があった。白髪も1本だけあった。まだ目立つ程ではないが、肉体年齢が30を越えたあたりから急に白髪が増えた。それ以前は全然なかったのに。ロバートは肉体年齢が今年で31歳だ。最近は肌もなんだか張りが衰えている気がするし、なんとなく乾燥しているような感じがする。まだまだ若いが、それでも肉体年齢が20代半ばの期間が100年以上だったから、加齢に伴い身体が変化していくということになんだか戸惑ってしまう。
少しの間、ベッドに座ってぼーっとしていると、アイディーの低い声とミケーネの子供らしい高い声が聞こえてきた。
部屋のドアをノックされたので、ロバートはのろのろと立ち上がり、ドアの鍵を外して、ドアを開いた。
ミケーネを片手で抱っこしたアイディーが、ロバートの顔を見るとにやぁと笑った。
「ちっとはマシな顔になったな。旦那様。晩飯できてるぜ」
「ぜー」
「真似っこ好きだな、坊っちゃん。うりゃ」
「きゃーー」
アイディーが今から誰かを絞めてきますみたいな凶悪な顔で笑いながら、ミケーネの腹を擽ると、ミケーネが楽しそうにきゃーきゃー言いながら、身体をくねらせた。
ロバートはぼんやりその様子を眺めて、アイディーに促されて1階の食堂に移動した。
アイディーが用意した夕食は豪華ではなく、むしろ素朴で質素な感じの料理ばかりだったが、本当に美味しかった。ミケーネも小さなカップのスープを飲み、小さな猫の顔のような形をしたおにぎりを食べ、花の形に切られた林檎を食べていた。アイディーのゴツい手から作られたとはとても思えない可愛らしいものを、ミケーネはアイディーと遊びながら、ぐずることなく食べていた。
ミケーネの風呂もアイディーが入れ、その後でロバートは久しぶりにキレイに掃除されている風呂でのんびり湯船に浸かった。
温かく、小さな子供が使っても大丈夫な保湿作用がある入浴剤入りのお湯に浸かりながら、ロバートは浴槽の縁に後頭部を預けた。
アイディーは見た目は色んな意味で凶悪だが、頗る有能な家政婦らしい。たった1日と少しで荒れていた家がキレイになり、ミケーネが懐き、食事も美味しい。
アイディーがいれば、ミケーネは笑って元気に育ってくれるのだろうか。
アイディーが有能な奴であればある程、ロバートはやはりどうしてもアイディーに対して理不尽な怒りを抱いてしまう。嫉妬とも言っていいかもしれない。ミケーネを楽しそうに笑わせてやることなんて、自分やハルファにはできなかったのに、と。
ロバートは自分の大人げなさや狭量さにうんざりして、バシャバシャと雑に浴槽のお湯で顔を洗った。
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