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41:山の中

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 ロルフは、ぜぇ、ぜぇ、と荒い息を吐きながら、どさっと木の下に腰を下ろした。

 季節はもう夏の終わりが近づいており、ガルバーンの故郷であるダルバ村まで、あと1ヶ月程だ。今は、馬に乗っては進めない山中を歩いて進んでいる。山は、ロルフが思っていたよりも、ずっと大変な場所だった。傾斜がある所を登ったり下りたりするのが、ここまで大変だとは予想外である。山は、森がたかーく盛り上がったような感じで、初めて山を見た時には、とても大はしゃぎしたが、実際に山に登り始めてからは、口には出さないが、しんどいの一言である。もういくつもの山を越えてきた。途中で、海を見たり、大きな川を渡るのに船というものに乗ったり、王都に寄ったりした。

 王都では、ドルーガの家に泊めてもらった。ドルーガの家は、びっくりする程大きくて、ドルーガ自身も美しいが、お嫁さんもすっごく美しくて、小さな子供もすっごく可愛くて、ロルフは思わず萎縮してしまった。住む世界が、全然違う。遠目に見えた王城も、なんだかキラキラしていて、まるで違う世界に迷い込んでしまったかのように感じた。ドルーガが、笑顔で出迎えてくれて、ガルバーンがずっと側にいてくれたから、なんとかなったが、そうじゃなかったら、多分逃げ出していたと思う。場違い感が凄過ぎて。

 ドルーガの家に、ガルバーンと一緒に魔王討伐の旅に行ったという人達がいっぱい来た。『手紙くらい書けや薄情者ー!』『お前、お婿さんを困らせてねぇだろうなぁ!』『一勝負するぞー!』等と、すごく賑やかな人達だった。ガルバーンには、いっぱい一緒に闘ってくれる仲間がいた。その事が、すごく嬉しくて堪らなかった。ロルフは、ガルバーンに『お婿さんだ』と紹介されて、逞しくも凛々しい面子にビビりまくりながらも、ガルバーンのお婿さんとして、ちゃんと挨拶した。ドルーガの家に泊まっている間は、毎日のように誰か彼か来て、宴会になっていた。ガルバーンが楽しそうで、嬉しそうで、ロルフも嬉しかった。王都を出る時には、ガルバーンは、見送りに来てくれた人達から、絶対に定期的に手紙を書くことを約束させられていた。ガルバーンは渋い顔をしていたが、ロルフは、ガルバーンのことを好きでいてくれる人達がいることが本当に嬉しくて、ガルバーンの代わりに頷いておいた。ロルフの『好き』と、彼らの『好き』は、種類が違うので、嫉妬の感情は特に湧いてこなかった。ただ、色んなすごい人に好かれるガルバーンが、誇らしかった。それは、ガルバーンが頑張った証拠だからだ。王都で見たきらびやかな人達の笑顔も、ガルバーンと、ガルバーンの仲間達が守ったものだ。ガルバーンとその仲間達は、皆、『笑顔の導き手』なのである。

 王都を旅立った後は、暫くは平地だったが、その後は、ずっと山を登ったり下ったりしている。途中にある街や村で、食料等を補給しながら旅をして、漸く、ダルバ村まであと少しという所にまで来た。旅はとても大変だが、新鮮なものばかりで、面白い。ガルバーンがいてくれるから、安心して、旅を楽しめている。

 まだ日が暮れる前だが、今日はもう休むことになった。傾斜がキツい道なき道を歩いてきたので、かなり疲れている。体力には自信があったが、山を舐めていた。山ってすごい。本当に。

 ロルフが荒い息を整えていると、ガルバーンが、オルフに括り付けていた鞄の中から、木のコップを取り出して、近くを流れる小川に向かった。ガルバーンが汲んでくれた水を飲んで、ロルフは、漸く荒かった息が整った。


「ふぅ。ありがとうございます。ガル」

「足を見せてみろ」

「え? あ、はい」


 ガルバーンの唐突な言葉にきょとんとしながら、ロルフは旅用のブーツと靴下を脱いだ。足の裏には豆ができていて、豆が潰れて、皮がべろんとなっている。地味に痛いが、そろそろ痛みに慣れてきている。平地を歩くのと、傾斜がある所を歩くのは、少し勝手が違うようで、ロルフは初めて足の裏に豆ができた。
 ロルフの足の裏を見たガルバーンが、眉間に深い皺を寄せた。


「また酷くなっているな」

「大丈夫です。慣れてきました」

「薬を塗る」

「大丈夫ですよー。汗で流れちゃうだろうし」

「む。……包帯を巻いたら、汗で湿って逆効果か」

「多分」

「痛かったら我慢するな。おぶる」

「大丈夫です! ガルと一緒に歩きたいんで!」

「む。……いよいよキツくなったら正直に言え。おぶる」

「豆の中に豆ができたりして、じわじわ皮が硬くなってきてるから、多分、そのうち豆もできなくなりますよ」

「そうだろうが痛いだろう」

「大丈夫です」


 ロルフがへらっと笑うと、ガルバーンが眉間に皺を寄せて、むぅと唸った。ダルバ村までの間で、一番キツい山を登っている最中だ。きっと、山を下りる頃には、豆が胼胝になっているだろう。

 ロルフは、心配そうなガルバーンの唇に触れるだけのキスをしてから、靴下を穿いて、ブーツを履いた。小川で携帯用の鍋に水を汲み、ガルバーンが起こしてくれた火にかける。山の麓の町で手に入れた干し肉や乾燥させた野菜を鍋に入れて、塩を入れてひと煮立ちすればスープの出来上がりだ。保存がきくようにカチカチに焼き固められているパンを薄く切って、火で炙れば、夕食の完成である。

 ロルフは、質素な夕食を食べながら、ガルバーンに話しかけた。


「ガル。今日は水浴びできますね」

「あぁ」

「舐め合いっこは流石に無理かなぁ」

「山の川で石鹸を使うのはよくない」

「ですよねぇ。次の町まで我慢します」

「ん。あと二つ山を越えたら、町がある。そこで3日休んでから、ダルバ村がある山に登る。麓の町からは1日もかからない」

「わぁ! いよいよ近くなってきましたね! 王都で買ったお土産を気に入ってもらえるといいんですけど」

「大丈夫だろう。多分」


 夕食を食べ終えると、小川で使った鍋類を洗い、先にロルフが水浴びを始めた。疲れと暑さで火照った身体に、ひんやりとした小川の水が心地よい。ガルバーンは、すぐ近くで周囲を警戒してくれている。ガルバーンのお陰か、道中、山賊や物取りに出くわしたり、獣に襲われることは無かった。

 ロルフは、手早く身体を水で洗い、小川から出た。手拭いで身体を拭いて、服を着たら、ガルバーンと交代である。ガルバーンから剣を預かった。ガルバーンの剣は、とても重くて、使い込まれているのが分かる。ガルバーンの生命を守ってくれていた剣だ。ロルフは、剣をしっかり抱きしめて、服を脱いで水浴びを始めたガルバーンを眺めた。夕日に照らされたガルバーンの身体は、傷痕だらけだが、野生の獣のような美しさがあった。ちょっとムラッとしてしまうが、ここはぐっと我慢である。流石に、人気が無いとはいえ、山の中でいやらしいことをする勇気は無い。それに、石鹸で身体を洗えていないので、自分がガルバーンを舐める分には然程気にならないが、ガルバーンに舐められるのは抵抗がある。山を下りて麓の町か村に着くまで、舐め合いっこもおあずけである。

 ガルバーンの水浴びが終わると、ロルフは、ガルバーンと一緒に手早く小さめの天幕を組み立てた。獣避けも兼ねている火の番は、交代交代でやる。一緒に寝たいが、山の中は、それなりに危険が多いので、仕方がない。

 ロルフは、ガルバーンの唇におやすみのキスをしてから、天幕に入り、ガルバーンに起こされるまで、夢もみない程、深い眠りに落ちた。

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