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1:抽選に当選したそうです

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 ロルフは、萎縮して挙動不審に目を泳がせ、だらだらと嫌な汗をかいていた。目の前には、厳つい顔立ちの巨漢が椅子に座っている。
 巨漢の隣に座っている優しそうな顔立ちの神官が、おっとりと笑って、口を開いた。


「おめでとうございます。キリリク村のロルフ殿。貴方は、見事に抽選に当たりました。貴方は、勇者様のお婿さんになります。勇者様が貴方の籍に入ることになりますので、勇者様が貴方のお嫁さんということになりますね」

「あ、あ、あの……抽選とやらに応募した覚えはないのですが……」

「国民全員が抽選対象ですので」

「あ、はい」

「勇者様のお婿さんとして、これから愛ある日々をお過ごしください」

「は、はぁ……」

「結婚式は……そうですねぇ。準備もありますから、再来月くらいにしましょうか」

「は、はぁ……あ、あの……」

「なんでしょう?」

「きょっ、拒否権とかは……?」

「ありませんよ。決定事項です」

「あ、はい」


 優しそうな神官にキッパリ言い切られて、ロルフは益々萎縮して縮こまった。

 ロルフは、国の端っこのド田舎の村に住む、平凡な農夫である。狩りの時期には、他の村人と協力して狩りをすることもあるが、基本的には、一年中、畑を耕したり、飼っている牛や山羊、鶏の世話をしている。

 8年前に、魔王が突然現れ、世界中で魔物が暴れ回るようになった。5年前に、神託で選ばれた勇者によって、魔王が倒され、世界は平和になった。
 ロルフの村も、魔物の被害にあった。7年前に、魔物の群れに襲撃されて、ロルフの両親と唯一の兄妹だった妹が亡くなった。当時、18歳だったロルフは、悲しみにくれつつ、生き延びた村人達と共に、村のために、唯々、日々を頑張って生きてきた。村人の多くが亡くなり、孤児も多かったから、生き残った者達全員で協力し合いながら、なんとか生き抜いてきた。魔王が討伐されてからは、魔物による被害も無くなり、今では、孤児になってしまった子供達も大きくなって、村は、昔のような活気が戻りつつある。

 ロルフは地味な薄茶色の髪と瞳をした地味な顔立ちの男である。特徴らしい特徴といえば、垂れ目なことと、頬にソバカスがあるくらいだ。歳は25になるが、結婚どころか、恋人すらできたことがない。そんな余裕なんて無かった。ただ、生きるのに必死だった。
 いきなり、勇者様がロルフの嫁になると言われても、混乱しかない。というか、意味が分からない。勇者様は男だ。ロルフも男だ。男同士で結婚する意味が分からないし、そもそも、抽選で当たったというのも意味が分からない。分からないことだらけで、ロルフは、いい加減疲れてきた。

 大した説明もないまま、優しそうな神官が、『それでは、後はお若いお2人で』と言って、にこやかな笑みを浮かべて、ロルフの家から出ていった。
 ロルフは、目の前の勇者様に、かなり萎縮しながらも、重い沈黙に耐えきれず、恐る恐る、勇者様に声をかけてみた。


「あ、あのー……」

「……なんだ」

「あ、いえ、あの、えっと、その……じっ、事情がサッパリ分からないのですが!? えっと、えっと、な、何がどうして、こうなったんですか?」

「……知らん」

「えっ!?」

「国王陛下から、姫君達の誰かと結婚しろと言われたが断った。そうしたら、俺の伴侶を抽選で選ぶとか言い出した」

「な、何故に?」

「知らん。不興を買ったんだろう」

「え、えぇぇぇぇ……」

「国王陛下としては、勇者に選ばれた俺に、他国に行かれては困るのだろう」

「はぁ……そんなもんなんですか」

「多分」

「は、はぁ……」

「今日から此処で世話になる」

「今日からっ!?」

「王命だから仕方がない」

「え、えぇ……」

「俺の名はガルバーンだ。ガルで構わん」

「は、はぁ……えっと、ロルフです。よろしくお願いします?」

「あぁ」


 ロルフは混乱しながらも、よくよくガルバーンを眺めた。短く刈り込んだ黒髪に、少し鷲鼻気味な上に三白眼な厳つい顔立ち、深い緑色の瞳は、落ち着いた色をしていた。右頬と、左側の額から顎に向かって縦に長い傷痕がある。素直に怖い顔をしている。身体つきは、座っていても、背が高くて筋骨隆々なのが分かる。この強面の巨漢が、ロルフの嫁になる。ロルフは、その事実に、口から魂が出ちゃいそうな心境になった。
 あまりにもあんまりだ。ロルフは、普通に平凡な女と結婚して、普通に子供をつくって、普通に温かい家庭を持ちたいと夢みていた。その夢が、見事に砕け散った。

 ガルバーンが、何を考えているのか分からない無表情で、口を開いた。


「己の不運を呪え。婿殿」

「……は、はい……」


 ロルフは、反応に困って、曖昧な笑みを浮かべた。本当に、これはどうしたらいいものか。
 唯一、分かるのは、目の前の厳つい巨漢が、ロルフの嫁になるのは決定事項だということだけだ。
 ロルフは、思わず泣きたくなるのをぐっと堪え、か細い声で、改めて、『よろしくお願いします』と呟いた。





ーーーーーー
 秋の風が気持ちいい、よく晴れた日。
 ロルフとガルバーンの結婚式が行われた。結婚式は、質素なもので、参列した村人達も、どこか困惑した様子を隠しきれていなかった。勇者側の参列者はおらず、結婚式を執り行った優しそうな神官だけがいた。優しそうな神官に促されて、永遠の愛を誓う言葉を口にして、ロルフはガルバーンと夫婦になった。なってしまった。
 国教で、原則的に離婚は認められていないので、これでロルフは一生ガルバーンと夫婦として暮らすことになった。泣きたい。
 村の女達が協力して作ってくれた婚礼衣装に身を包んだロルフは、同じく婚礼衣装に身を包んだガルバーンと並んで、なんとも言えない雰囲気の中、結婚式を終えた。

 ロルフの家は、村の中心部から離れた位置にある、小さめの二階建ての一軒家だ。家のすぐ隣には、飼っている牛や山羊、鶏が住んでいる小屋と、農作業等で使うものが置いてある小屋がある。家の近くには、広い畑があり、少し歩けば、森がある。

 実に微妙な空気の結婚式を終えると、ロルフは、ガルバーンと共に、婚礼衣装を着たまま、家に帰った。
 ガルバーンは、いきなりやって来たその日から、ロルフの家で暮らしている。ガルバーンには、元々は両親の部屋だったところを使ってもらっている。一番ベッドが大きいからという理由である。

 自室で肩が凝る婚礼衣装を脱ぎ、楽な寝間着に着替えると、ロルフは、台所に行き、亡くなった母に習った香草茶を淹れた。気持ちが落ち着いて、よく眠れるようになるというお茶だ。
 ガルバーンも寝間着に着替えて、台所にやって来たので、ロルフは、なんとなく萎縮しながら、おずおずとガルバーンに香草茶を勧めた。
 台所で立ったまま、香草茶を飲み始める。ふわっと優しい匂いがする香草茶を一口飲むと、なんだか少しだけ、ほっとした。
 今夜は初夜になるが、男同士で初夜もクソもない。今は収穫期で、忙しい時期だ。明日も朝早くから、やる事がいっぱいある。

 ロルフは香草茶を飲み終えると、おずおずと、ガルバーンに『おやすみなさい』と言ってから、自分の部屋に戻った。

 ロルフとガルバーンの夫婦生活は、なんとも言えないどんよりとした感じで始まった。

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