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26:新たな巨人現る

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ニルダは班長会議に出席していた。発言を求められれば、それなりに発言するが、基本的には他の班長達の意見を聴いているだけである。キチンと覚えておいた方がいいことやセベリノにも伝えた方がいいことを、会議資料の隅っこにメモをしながら、ニルダは真面目に班長達の間で飛び交う意見を聴いた。

会議が終わり、ゾロゾロと班長達が会議室から出ていくのを見送り、ニルダは最後に会議室を出た。班長達もニルダに怯える者が多いので、あまり近づかないようにしている。最後に会議室を出る者が灯りを消すことになっているので、ニルダは部屋の灯りを消してから会議室から出た。廊下に出たタイミングで、班長の1人であるブローデンに声をかけられた。ニルダと比較的歳が近く、確かまだ30歳だった筈だ。真面目を絵に描いたようなカッチリとした風貌の男で、班長内でも評価が高い人物である。ニルダも何度か合同で仕事をしたことがあるが、堅実で信用できる班長だと思っている。ニルダを見上げる顔が若干強ばっており、怯えているか緊張しているのだと分かる。他の班長とは、生真面目さは崩さないが、割とフランクに話したりしているところを見かけたことがあるので、やはりブローデンもニルダが怖いのだろう。ほんの少しだけ気持ちが凹む。
ニルダが無言でブローデンを見下ろすと、ブローデンが小さく深呼吸をしてから口を開いた。


「ニルダ班長」

「なんだ」

「私の班にこの春から入った者がおります。元々は別の町の警邏隊に所属していた男です。ガランドラに家族と共に引っ越したので、此方の警邏隊に入隊しました」

「そうか」

「その……アベラルド・ガードナーという男なのですが……ニルダ班長と話がしたいと申しておりまして」

「何故」

「アドラルドの奥方は『幸福の導き手』です。アべラルドが言うには、奥方の友達になってもらえないかと。この街には誰も知り合いがいないそうですから」

「やめた方がいい」

「……その、理由を伺っても?」

「怯える」

「……あぁ。……あの、アべラルドと会ってみてはもらえませんか?その、とても強く頼み込まれまして。奥方に会っていただくかは、アドラルドが判断するかと思います。ニルダ班長にお時間をとっていただくことになり申し訳ないのですが……多分、少なくともアドラルドは、その、えっと……貴方に怯えないかと……」

「何故」

「会えば分かります」


ニルダは眉間に軽く皺を寄せて考えた。怯えられるのが目に見えている気がするが、ここまで頼まれて断るのも、なんだかブローデンに悪い気がする。凹むことになったらセベリノに慰めてもらえばいいかと、ニルダは軽く頷いた。ブローデンがほっとしたような顔で、今日の勤務時間終了後にニルダ班の部屋に向かわせると言って、礼を言いながら頭を下げ、去っていった。
セベリノにも伝えておくかと思いながら、ニルダは訓練場へと足を向けた。これから昼休憩である。セベリノは先に訓練場の隅っこのいつもの木陰にいる筈だ。セベリノに早く会いたい。職場でも家でもずっと一緒だが、数日前にセックスをして以来、セベリノが前よりも可愛くて、少しでも長く2人で過ごしたいと思ってしまう。寝不足になるのが目に見えているので、セックスは2人とも休みの前の日だけと決めた。ニルダは別に毎晩でも問題ないが、頭脳労働が多いセベリノが大変だから、我慢する。キスやちょっとした触れ合いくらいはするが。
ニルダは軽い足取りでセベリノの元へと向かった。

木陰に座って書類を眺めながらニルダを待っていてくれたセベリノと一緒に弁当を食べながら、ニルダは端的に先程の話をした。セベリノはサンドイッチを咀嚼しながら、考えるように小首を傾げ、しっかり口の中のものを飲み込んでから、口を開いた。


「もしかすると、『新たな巨人現る!』って噂になってる人かもですね。今年の新人で、やたらデカいおっさんがいるって聞いてます」

「デカいおっさん」

「40前後?だったかな?確か。俺も噂を聞いただけなんで、実際に見たことはないです」

「そうか」

「奥さんが『幸福の導き手』って珍しいですね。まぁ、俺もそうですけど」

「お茶会を勧める」

「なんです?お茶会って」

「ふたなりだけのお茶会」

「へぇー。『幸福の導き手』だけが参加するお茶会なんてあるんですね。まぁ此処って大きな街だし、それだけ『幸福の導き手』も他所より多いんでしょうね」

「あぁ」

「どんな人か楽しみですね」

「そうか」

「ニルダさんに怯えたら、帰ってよしよし撫で撫でしますね。あとイチャイチャしましょうよ。イチャイチャ。ちょっとだけ」

「明日も仕事」

「ちょっとイチャイチャするだけです。ニルダさんとイチャイチャしたいです」

「……ちょっとだけ」

「やった!!」


嬉しそうにはにかんで笑うセベリノは、『外』用ではなく『家』の顔をしている。今いる場所は、訓練の時以外は人気がないからだろう。唐突に、セベリノにキスがしたくなった。流石に職場でキスをするのはマズい。公私の区別はつけるべきだ。頭を撫でるのも、前にセベリノに怒られたので、今は職場ではしていない。
嬉しそうにニコニコ笑っているセベリノが大変可愛いので、頭を撫でてキスをしたい。
ニルダは眉間に深い皺を寄せ、その衝動を堪えた。
食べ終わった弁当箱を片付けてから立ち上がると、セベリノがつつっとニルダに身体を寄せ、背伸びをしてニルダの耳元で囁いた。


「帰ったらいっぱい撫でてキスしてください」


ニルダは今すぐ家に帰りたくなった。じんわりと赤く染まった照れ顔のセベリノが非常に可愛い。何故此処が職場なのかと、ニルダは奥歯をギリギリと噛み締めた。
セベリノがパァンと自分の頬を両手で軽く叩いた。パッと『家』の顔から『外』の顔に変わる。とても器用である。仕事の話をし始めたセベリノと共に、ニルダは班の部屋へと戻った。






-------
勤務時間終了後に班の部屋に現れた男を見て、ニルダはキョトンと目を丸くした。デカい。確かにデカいおっさんである。ニルダと目線が全く変わらない。顔立ちは厳つい方だが、目が丸っこくて、不思議と愛嬌がある。
向こうもニルダを見て驚いた顔をしていたが、ニッと笑って、ニルダに右手を差し出してきた。


「アベラルド・ガードナーだ。時間をとってくれてありがとう」

「……ニルダ・アルティオ」

「セベリノ・アルティオです」

「旦那はちっちゃいんだな。よろしく」

「ちっちゃくはないですけど、よろしくお願いします」


ニルダがアベラルドの手を握ると、ぎゅっと強く握られ、軽く上下に振られた。セベリノとも握手をして、アベラルドが何故かキラキラした目でニルダを見て話しかけてきた。


「やー!俺、自分と同じ背丈の奴と会うの初めてだわ!見下さなくていいっていいな。首が痛くならねぇ。警邏隊のドアってマジで低くないか?頭下げないとぶつけるよな」

「あぁ」


ニルダは目を白黒させながら、何故か楽しそうなアベラルドの言葉に頷いた。ニルダに怯えるどころ、とてもフレンドリーである。こんなにフレンドリーに話しかけられたことがないので、なんとも戸惑う。


「あ、やべ。すんません。普通にタメ口で喋ってた。俺よぉ。敬語とかすげぇ苦手なんすよ。それで怒られることも多いんだけどよ。一応敬語使った方がいいっすよね。班は違うけど上官だし」

「……職務中」

「ん?」

「仕事中は敬語の方がいいです。勤務時間外ならタメ口でいいそうですよ。ですよね。ニルダさん」

「あぁ」

「おっ。ありがてぇ。今って一応勤務時間外だし、周りに他人がいねぇから普通に喋っても大丈夫か?」

「あぁ」

「助かるわー。ちゃんと喋ろうとすっと肩が凝るしよぉ、舌を噛みそうになるんだよなぁ。あ、改めて、アベラルド・ガードナーだ。ルドって呼んでくれ。ニルダ班長は『幸福の導き手』なんだろ?やー。俺の奥さん以外で『幸福の導き手』見たの初めてだわ。やっぱガランドラはでけぇ街だな。春にこっちに引っ越したんだけどよ、前はパームルっていう小さな町に住んでたんだ。息子が2人いてよ、長男がすげぇ頭がよくて医者になりてぇって言うし、それなりにいい学校に行かせたくてよ。俺の奥さんも医者だし、2番目もデカい街に住みてぇって言うからよ。一番近くてデカい街の此処に引っ越したんだわ」

「そうか」

「子供達は学校で友達できるだろうけど、奥さんがなぁ。昔から人嫌いの気があってよ。奥さんも一応デカい病院で働き始めたんだけど、まぁ多分友達はできねぇわ。無理に友達をつくらなくてもいいかとは思うんだけど、やっぱなー。住み慣れた所から離れたし、知り合いなんていねぇ土地だし。ちっとは楽しく話せる相手がいた方がいいんじゃねぇかと思うのよ」

「あぁ」

「で、『幸福の導き手』なら、うちの奥さんも少しは人嫌いを発揮せずに仲良くなれるんじゃねぇかと思って」

「無理」

「あ?なんで?」

「怯える」

「なんで?ん?……あぁ。見た目にか?俺の奥さん、でけぇのは俺で慣れてっから、別にアンタ見ても怯えねぇよ。めちゃくちゃ肝っ玉据わってっし。うちの子達も平気だろうなぁ」

「……そうか」

「ニルダ班長って口数少ねぇの?」

「喋るのは苦手だ」

「なら、尚更いいな。うちの奥さんも子供達も、どっちかってぇと静かな方が好きだし。うるせぇのは俺1人で十分なんだろ」

「……そうか」

「セベリノ副班長もよかったら、俺と仲良くしてもらえるとありがてぇ。『幸福の導き手』の旦那仲間が欲しかったんだわ」

「あ、はい。じゃあ、よろしくお願いします。ちなみに、ルドさんはお幾つですか?」

「俺?39。奥さんは37。長男が15で次男が8歳。2人とも奥さんに似て可愛いんだぞ。奥さんは飛び切り美人だ。たまに怖いし、なんか壊れるけど」

「若干の不安を感じるんですけど。怖いし壊れるってなんですか」

「俺が絡むと暴走しがちなだけだ。奥さん、俺が大好きだから」

「惚気ですか」

「単なる事実だ。ニルダ班長とセベリノ副班長は幾つなんだ?」

「夏で33」

「秋で27です」

「おっ。ニルダ班長は割と歳がちけぇじゃん。いいねいいね。尚更うちの奥さんと仲良くなりそう。実際会った感じ、なんかいい人っぽいし、うちの奥さんと会ってみてくれねぇか?あ、なんならパーティーしようぜ。パーティー。なんだかんだでバタバタしてて、引っ越しパーティーをまだやってねぇんだよ。そっちの休みに合わせるからよ、家に来てくれねぇかな」

「あ、あぁ」

「よっしゃ!ありがとな!!2人の次の休みっていつ?」

「4日後です。いいんですか?お家にお邪魔して」

「おぅ!是非とも来てくれ!俺の家は第五地区だから、ちと遠いけどよ。奥さんの職場と子供達の学校が近い場所の家を借りたんだわ」

「そうか」

「明日の朝一で休み申請して、パーティーの準備をしとくわ!第五地区の総合病院は分かるだろ?あそこの近くだから、総合病院の前に来てもらえたら迎えに行くわ」

「あぁ」

「ははっ!奥さん達が喜ぶぜ!じゃあ、そういうことで!すぐに帰って奥さん達に報告してくるわ!よろしくなっ!」

「あぁ」


アベラルドが上機嫌にニコニコ笑って、軽い足取りで去っていった。ニルダは呆然としながら、アベラルドの大きな背中を見送った。アベラルドはニルダと背丈も横幅も殆ど変わらない巨漢で、カラッとしていて、なんだか気持ちのいい御仁だった。ニコニコと愛想よく笑っていたので、なんだか親しみやすい気がする。
隣のセベリノがニルダの袖を小さく摘んで、くいくいと引っ張ってきた。セベリノを見下ろせば、何故だかセベリノが拗ねたように、ちょっとだけ唇を尖らせていた。


「どうした」

「ニルダさんと同じ目線で話せるのが、ちょっと羨ましいだけです。とても気持ちのいい人でしたね。仲良くなるのはいいけど、好きになっちゃ嫌ですよ」

「既婚者」

「そうですけど。ニルダさん、あんなにフレンドリーに話しかけられることないじゃないですか。もしかしたら、なんかクラッときちゃったりとか」

「ない」

「即答ですか」

「お前がいる」

「あ、はい。……んんっ。すいません。つまらないことを言いました。あの人があぁも言うなら、ルドさんの奥さん達もニルダさんに怯えないかもですね。ふふっ。ニルダさん。お友達ができるチャンスかもしれませんよ。お土産をしっかり選ばないと。定番のお菓子とは別に、文房具とか追加で買いますか?文房具なら全員使うでしょうし、お揃いのやつとかにしたら喜ばれるんじゃないですかね。そんなに高くないから、お土産で持っていっても恐縮されないでしょうし」

「あぁ」

「今日の帰りに少しだけ文房具屋に寄ります?まだ開いてる時間ですけど」

「……明日に行く」

「ん?そうですか?」

「今日はイチャイチャ」

「あ、はい。……うへっ。じゃあ、帰りましょうか」

「あぁ」

「ニルダさん」

「なんだ」

「おんぶしてください」

「あぁ」

「あ、詰所を出てからでお願いします」

「あぁ」


照れたように嬉しそうに笑っているセベリノが大変可愛い。
もしかしたら人生初の友達ができちゃうかもしれない。少しでも喜んでもらえるような土産を用意したいし、当日はなんとか頑張って喋りたいと思う。
だがそれよりも先に、今日はセベリノをおんぶして帰り、イチャイチャするのがニルダの使命だ。
ニルダは詰所の門を出ると、セベリノをおんぶした。甘えるように肩に頬を擦りつけてくるセベリノが可愛くて、早く家に帰ってキスをしようと、ニルダは家路を急いだ。

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