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14:気づかぬうちの変化

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セベリノは腹巻きを着けて、ふへっとだらしなく笑った。ニルダ手製の腹巻きはとても温かい。
数日前の2人だけのパーティーの時にニルダから貰って、セベリノは嬉しくて、それから毎日ニルダ作の腹巻きばかりを使っている。明後日は2人とも仕事が休みなので、一緒に手芸屋に行く予定だ。
セベリノはズボンを穿きながら、ふと思い出した。そういえば、パーティーの買い出しの時にマヌエルを見かけたのだった。可愛い赤ん坊を抱っこして、美人な嫁と手を繋ぎ、とても幸せそうな顔で笑っていた。そんなマヌエルを見た瞬間、ぎゅっと心が痛くなった。しかし、折角これからニルダと初めてパーティーをするのに暗い顔をしてはいけないと、必死で取り繕って家に帰った。ニルダと家に帰ると、なんだかほっとした。
ニルダがセッティングしてくれた居間は華やかでパーティーっぽさ満載だったし、お高い肉も酒も素直に美味しかった。ニルダが機嫌よさそうに鋭すぎる目を細めながらセベリノの料理を食べてくれるのを眺めていると、心の痛みがじわじわと和らいでいき、ニルダから手製の腹巻きを貰った後は、嬉し過ぎてマヌエルのことをスッカリ忘れていた。
セベリノは制服の上着を羽織りながら、首を傾げた。いつもだったら、数日はうじうじと凹む光景を見たのに、先日は不思議と早く立ち直れた。今、あの光景を思い出しても、そこまで心にダメージがこない。今の今まで忘れていたくらいである。
セベリノは通勤用の鞄を手に取って自室を出て、トントンと階段を下りながら、間違いなくニルダのお陰だなぁと思った。特に最近、ニルダにものすごく甘やかされている気がする。昨夜もニルダに頭を洗ってもらった。ニルダの優しい手つきが気持ちよくて、最高にリラックスできる時間だった。頭を撫でてもらえることも増えた気がする。

居間でニルダと合流して、家を出て警邏隊の詰所に向かいながら、セベリノはチラッと隣を歩くニルダを見上げた。元々そんなに怖いと思っていなかったが、今は完全にニルダの顔に慣れきっており、3割増しで怖くなるニルダの笑顔を見ると、なんだか嬉しくなる。
セベリノが見ていることに気づいたのか、ニルダが歩きながらセベリノを見下ろしてきた。


「なんだ」

「今日の晩飯、何がいいですか?」

「豚。甘辛いやつ」

「豚肉の煮物ですね。いいですよ。弁当のメインが鶏肉だし、夜は豚肉の方がいいですね。昼前の会議、長引かないといいですね」

「あぁ。先に」

「ん?長引いても待ってますよ。1人で食べるの嫌ですもん」

「そうか」

「はい。まぁ、待ってる間に書類を捌いておきますよ。休憩時間をズラすって事でいいでしょ」

「あぁ」


ポツポツと話しながら歩いていると、警邏隊の詰所が見えてきた。今日も1日キリキリと働いてやろうではないか。明後日という楽しみもある。セベリノは機嫌よくゆるく笑って、ニルダと一緒に警邏隊の詰所の門を通り抜けた。







-------
セベリノは真剣な顔で色とりどりの毛糸玉の山を見つめていた。ニルダに一番似合う色合いのものを、なんとしてでも見つけたい。ニルダは私服は暗い地味な色合いのものばかりで、パンツは白か灰色だ。服もパンツも、柄物は持っていない。
ニルダに好きな色を聞いたが、『特にない』と言われてしまった。色の選択肢の自由度が上がってしまった分、セベリノのセンスが物を言う事態になってしまった。ニルダの為に作るマフラーである。どうせなら、ニルダによく似合う色にしたい。冬の始めに、ニルダにマフラーを買ったが、あれは非常に無難な色の選択だった。ニルダの仕事用のマフラーが古くなっていたので、似たようなものを買っただけである。
かれこれ小半時以上悩んでいる。良さそうな色を見つけたら、横に立っているニルダの顔の横に毛糸玉を持っていって、肌の色味や本人の雰囲気との相性を確認してみるが、これ!という色が中々見つからない。あまりニルダを待たせたくないが、妥協はしたくない。うんうん唸りながら毛糸玉を物色するセベリノを見かねてか、店員が恐る恐ると言った様子で声をかけてきた。ニルダに怯えているのが丸分かりな店員が、他にも毛糸玉はあると教えてくれた。セベリノ達は、店員の案内で、別の毛糸玉が置いてあるコーナーに向かった。

セベリノは、目に飛び込んできた色に小さく歓声を上げた。見つけたかもしれない。その毛糸玉は、不思議なことに単色ではなく、落ち着いた感じの青色、淡い緑色、灰色がかった深い色合いの青色の、3色のマーブル模様のようなものだった。店員に断ってその毛糸玉を手に取り、ニルダの顔の横に持っていけば、色の相性はかなりいい気がする。全体的に落ち着いているが、淡い緑色がいい感じにアクセントになっている。ニルダにすごく似合うと思う。値段は少し高いが、セベリノは即決でこの不思議な毛糸玉を買うことにした。

帰宅したら、早速編み物教室の始まりである。
セベリノはニルダに教えてもらいながら、真剣に編み物に挑戦し始めた。店員の勧めで、まずは安い単色の毛糸で編み方を練習することにした。色はセベリノの腹巻きに近い緑色である。セベリノは手先がそんなに器用な方じゃない。小さな頃から、本を読んだり、特に目的もなく街を歩いたりすることが好きだった。友達とダラダラ喋ったり、買い食いしたりするのも好きだった。こういう物作り的なことをした経験は殆どない。初等学校の課題で、ちょっとした本立てを作ったことがあるだけだ。上手くできたらセベリノと同じく本が好きな母にあげようと思っていたが、中々に不細工な出来栄えで、セベリノは母に見せることなく、こっそりと自分の部屋に隠した。
中々上手くできないセベリノに、ニルダは実に根気よく教えてくれた。朝の鍛錬もそうだが、ニルダはとても辛抱強く指導してくれる。頭を使うことしかできないセベリノに呆れたり、出来ないと早々と諦めたりせずに、気長に付き合ってくれる。本当にありがたいし、すごく嬉しい。座学は非常に優秀だったが、実技が本当に散々で、セベリノが警邏隊の入隊試験に通ったのも、新人教育期間の試験に通ったのも、奇跡だと言われた。まぁ、ぶっちゃけ、頭の方を期待しての採用だった。脳筋ばかりじゃ組織は動かせない。

セベリノは、ニルダと比べて出来ないことの方がずっと多い。
掃除は好きだから暇さえあれば掃除をしている。料理はそこまで上手という訳ではないが、毎日頑張っている。計算は得意で、記憶力もいい方だから、安くて物がいい店の、更に安売りの日を全て覚えて、普段はできるだけ節約した家計のやりくりをしている。セベリノがニルダの為に出来るのは、たったそれだけだ。
本当はもっとニルダの為に何かしたい。仕事でももっとニルダの役に立ちたいし、家でもニルダが喜ぶようなことがしたい。ニルダには、本当に心の底から感謝している。ニルダはセベリノの恩人である。ニルダのお陰で、なんだか以前よりもずっと楽に息ができるようになってきた。マヌエルのことはまだ好きだと思うし、男の身体に興奮するのは変わらない。それでも、悩んだり、苦しくなったりすることが減ってきた。
セベリノはニルダに恩返しがしたい。ニルダとは死ぬまで離婚する気はない。ニルダと『本当の夫婦』にはなれないが、セベリノができる限りのことをして、少しでもニルダが幸せに過ごせるようにしたい。ニルダに笑っていてほしい。

ニルダに喜んでもらえる物が作りたくて、セベリノはニルダに止められるまで、黙々と真剣に編み物に取り組んだ。







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冬の寒さがピークを迎えた、とある夜。セベリノは下半身だけすっぽんぽんの状態でベッドの上に胡座をかき、手を組んで顎を乗せ、大きな溜め息を吐いた。


「ズリネタがない……」


以前は、吐き気がする程罪悪感を感じながらもマヌエルで抜くことが多かった。マヌエルの制服の高襟からチラリと見えるしっかりとした首筋や、手の甲に微かに血管が浮いているゴツい手を思い浮かべるだけで、3、4発は軽く抜けていた。それなのに、ここ最近どうにも調子よく抜けない。友達や職場の身近な人間では、絶対に抜かないと決めている。うっかり抜いてしまったら、気まず過ぎて死にたくなる。
セベリノはしょんぼりとしている自分のペニスを見下ろした。去年の年末の修羅場突入から全然抜いていない。修羅場中は忙し過ぎて、そんな余裕は無かった。余裕ができた今は、ズリネタが思いつかなくて、ペニスを弄っていても気持ちが盛り上がらず、いつも途中で止めてしまっている。溜まってはいるのだ。それもかなり。しかし、気持ちが盛り上がるズリネタが無い。マヌエルでも、何故かいまいち盛り上がらない。

セベリノはまた大きな溜め息を吐いて、背中からベッドに倒れ込んだ。ふにふにと萎えたペニスを手で揉めば、じわじわ気持ちいいのだが、テンションは上がらないし、興奮もしない。まさか自分は早くも枯れかけているのだろうか。どうせ死ぬまで童貞なのだから、枯れても問題はないのだが、なんだか男としての自信が無くなってしまいそうで、それは嫌だし怖い。
セベリノは唸りながら、必死でズリネタにできるものはないかと考えた。しかし、これ!というものが全然思い浮かばない。


「生のちんこでも見たら興奮するか……?」


他人のペニスを見ようと思えば、職場のトイレで見れなくもない。普段は全力で見ないようにしているだけだ。ズリネタにする為だけに他人のペニスを覗き見るのも正直どうかと思う。覗き魔の変態じゃあるまいし。
男同士でくんずほくれつしているエロ本が存在すれば楽なのだろうが、そんなものは無い。女体のいやらしいエロ本はあっても、男単体のいやらしいエロ本は無い。あんまりだ。

セベリノは暫く自分のペニスをむにむにと揉んでいたが、今夜も諦めてパンツと腹巻きとズボンを穿いた。
なんだか本当に男として駄目になっているんじゃないかというような気がしてくる。惚れている男でも抜けないのだ。
セベリノはずーんっと凹みながら、ペニスを触った手を洗うべく、部屋を出て、一階の脱衣場にある洗面台へと向かった。

石鹸でしっかりと手を洗い、脱衣場から出ると、居間の方から小さな物音が聞こえた。ニルダが寝酒を飲んでいるのだろう。このまま自室に戻っても、男としての自信云々で、全力で暗いことを考えてしまう気がする。いっそ寝酒を飲んで寝てしまうのがいいかもしれない。
セベリノはペタペタとスリッパを鳴らしながら、居間へと向かった。

居間を覗き込めば、こちらに背を向けてソファーに座っているニルダの姿があった。居間の入り口から、セベリノはニルダの名前を呼んだ。


「ニルダさん」

「なんだ」

「寝酒飲んでるなら俺も飲みたいです」

「あぁ」


ニルダがソファーに座ったまま、上半身を捻ってセベリノの方を見て頷いてくれた。セベリノは先に台所へ向かって自分用のグラスを手に取ると、すぐに居間に行った。いつも通りニルダの対面に座ろうとしたが、なんとなく、セベリノはニルダの隣に腰を下ろした。セベリノが手にしているグラスにニルダが酒を注いでくれたので、礼を言ってからグラスに口をつける。ニルダが好きなキツい蒸留酒が喉を焼く。キツい蒸留酒は、正直あんまり美味しいとは思わないが、酔って余計なことを考えずに寝れたらそれでいい。
ぐいっとグラスを傾けて一気飲みしようとしたセベリノの手をニルダが掴んだ。


「やめろ。吐く」

「……吐くと思います?」

「吐く」

「んー……でも、手っ取り早く酔いたい気分なんですよねぇ」

「話せ」

「えー……やー……あの、下ネタになっちゃうんで……」

「いい」


蒸留酒が注がれたグラスをニルダに取り上げられた。まぁ、これだけキツい酒だと、吐くか寝落ちるかの二択で、吐く方が確率が高い。というか、吐いてから寝落ちる。寝酒作戦は頓挫した。
でも、ニルダがセベリノの話を聞いてくれるのなら、酒に頼るよりもそっちの方がいいかもしれない。ニルダは優しくて、セベリノを否定しないでくれる。ニルダの優しさに甘え過ぎな気がするが、今はどうしても甘えたい気分だ。
セベリノはスリッパを脱いでソファーの上でお山座りをして、ボソボソと話し始めた。


「俺の男としての自信の危機かもしれないんです」

「何故」

「……なんか最近オナニーが出来ないんですよ。ズリネタがなんか思いつかなくて」

「エロ本」

「女の描写がある時点で萎えます」

「そこら辺の男」

「職場の奴らは流石に良心が痛むんですよ」

「……惚れてる男」

「何故か最近いまいち興奮しないんです……」

「擦って出す」

「んー。なんか、それもちょっと……」

「勃たないのか」

「勃ちはしますよ。するんですけど、気持ちが盛り上がらなくて途中でなんかね……はは……もしかしてマジで不能への道を歩んでる……?俺」


自分で言っていて、なんだか本当にそんな気がしてきた。セベリノは自分の膝に顔を埋めた。ヤバい。ちょっと久しぶりにものすごく落ち込みそうな感じがしてきた。使えるけど使わないと、使えなくて使わないとでは、全然違う。唯でさえ、セベリノは『普通』ではなく、人間としての価値は紙屑以下だ。それが更に下がり、もういっそチンカスレベルになるかもしれない。
じわぁっと目の奥が熱くなってきた。あ、これは本当にヤバいやつかもしれない。今すぐ部屋に戻りたいが、今ちょっとでも動いたら、絶対泣いちゃうやつだ。どんどん気持ちが落ち込んでいく感じがする。

ヤバい、ヤバい、とセベリノが焦っていると、ポンッと頭に温かいものが触れた。ニルダの手である。セベリノはピクッと小さく身体を震わせた。


「いるか」

「……何をですか」

「ズリネタ」

「……は?」


セベリノは思わず膝から顔を上げ、隣のニルダへ顔ごと視線を向けた。そして、ぽかんと間抜けに口を開けた。
何故だか、ニルダが寝間着のシャツのボタンを外し始めていた。


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