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3話 深窓の令嬢、判定する。
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わっと声があがった。人数としては、女性の声の方が多いと感じた。イマは周囲を見回して、なにが起きるのかとどきどきしつつ演台へと目を戻す。司会の男性がにこやかに、メモを見ながら「それでは、始めますよ!」と宣言をした。
「――みなさん、飲み物は持っていますね? 前回同様、あなたのお気に入りの『ペペイン』の番号へ、そのコップを返却してください。もちろん、一杯だけでなくてもいいですよ! 全部の番号へ返却してもいいし、勝たせたい『推し』番号へたくさん返却したっていい」
――お気に入りペペインとは⁉
ペペインは、それ自体がお気に入りではないだろうか⁉
イマは聞いた内容が理解できず、しかしすばらしい出来事の幕開け予感に打ち震える。こんなにわくわくするのは人生で初めてで、動悸が激しくて心臓が口から出てきそうだと思った。
――先ほど、黒髪の青年から受け取った飲み物。このコップが鍵となるのはわかった。飲み残しを一気に干して、両手でしっかりと持った。
「では――審査番号一、南町内会代表、ノルベルト・ボート!」
名前が呼ばれると同時に、一部の女性たちが黄色い声をあげた。そして演台に上がってきたのは――
「――なん……ですって……?」
――なんと! 開拓時代のペペインと同じ、狩猟の服装をした男性だった! ベルトの締め方と、ベストの色が肖像画と同じだ!
彼は、演台の上を歩き回りしなを作ったり観客へ片目をつぶってみたりしていた。イマは首を振った。――違う。解釈違い。これはない。
しかし、一部の女性たちにはとても人気な人物のようだった。金髪で今どきの細面の男性で、イマにはどこがいいのか皆目見当も着かない。
次いで、二番目の男性。こちらはイブールが開拓民村から町へと昇格したころの、記念画のペペインを模した服装だ。惜しい。黒髪のかつらをかぶっているのにはとても好感が持てる。しかし、懐中時計は左手に持たなくては。それに線が細すぎる。ない。あの、スーツが小さくてぴっちぴちになっているのがいいのに。彼の体つきならば、子ども向けの上着がちょうどいいかもしれない。
そして三番目。もっとなかった。奥さんといっしょの肖像画に描かれている、少し気取った蝶ネクタイの服装と同じだ。ダメだ。この服装のときは前髪を上げるのは基本中の基本だろうに。せっかく落ち着いた茶色の髪なのだから、そこは似せるためにこだわってほしかった。愛が足りない。
「――以上、今年の『ペペイン』たちです! みなさん、投票先は決まりましたか⁉」
――なるほど。これはペペインに似た人を決める会なのか。町おこし事業としては当を得ている。すばらしい。発案者は叙勲されるべきだ。イマとしては金一封を町議会へ届けるのはやぶさかではない。……しかし、参加者がお粗末では、目も当てられない。
演台袖から運営担当者と思われる人物が走って司会者に近づき、なにごとか耳打ちした。司会者は少し驚いた顔をし、そして。
「――みなさん、驚いてください! ここで飛び入り参加者です! これは、町役場代表になるのかな? 特別に、審査番号四! 町づくり振興課係長、レネ・フランセン!」
観客がどよめいた。イマは呼ばれた名前に目を見開いた。観客の中から「レネー!」と男性の声があがる。演台に現れたのは先ほどの――
「――きゃあああああああああああああ⁉」
イマは思わず立ち上がった。周囲の視線が集まった。あれは、あの衣は……! もしかして、幻の……!
「コーゾ三号……‼」
イマが言うと、司会者がそれを拾って説明した。
「――お嬢さん、お目が高い! おっしゃる通り、身にまとっているのはかの有名な猛獣『コーゾ三号』の毛皮です! 町役場にて展示されている本物! 町役場職員特権! これはずるい!」
コーゾ三号はペペインによって討伐された熊だ。幾人も人を食い殺した伝説がある。ペペインは家でくつろぐとき、素肌にその毛皮をまとったと伝わっている。そのときの肖像画などは残されてはいないが、イマはベストに似た仕立てだと聞いていた。
なんと――ペペインが実際に着用していた物……!
イマは周囲を見回した。多くの視線が自分に集中していた。そして、急ごしらえで『四番』と書かれた紙を掲げた窓口を見るや、そちらへと駆け寄った。文句なしの優勝。最高。
イマがコップを返却したのを見届けた人々は、おもむろにそれに続いた。男性は四番に行く人が多かった。女性は一番だった。イマはお金の使い方がいまいちわからず、追撃票のために飲み物の屋台にて「これで足りるかしら?」と紙幣を出してみた。コップを渡されて「すみません、お代要らないです、勘弁してください。そんなのにお釣り出せません」と言われた。しかたがないので二票でがまんした。
優勝は、一番だった。解釈違い。コーゾ三号は二位だった。くやしくて今晩は涙で枕を濡らしそうだ。
「――あの、お嬢さん」
声をかけられ振り向くと――コーゾ三号がそこにいた。イマはすぐさま地に膝を着き、拝み伏した。
「――みなさん、飲み物は持っていますね? 前回同様、あなたのお気に入りの『ペペイン』の番号へ、そのコップを返却してください。もちろん、一杯だけでなくてもいいですよ! 全部の番号へ返却してもいいし、勝たせたい『推し』番号へたくさん返却したっていい」
――お気に入りペペインとは⁉
ペペインは、それ自体がお気に入りではないだろうか⁉
イマは聞いた内容が理解できず、しかしすばらしい出来事の幕開け予感に打ち震える。こんなにわくわくするのは人生で初めてで、動悸が激しくて心臓が口から出てきそうだと思った。
――先ほど、黒髪の青年から受け取った飲み物。このコップが鍵となるのはわかった。飲み残しを一気に干して、両手でしっかりと持った。
「では――審査番号一、南町内会代表、ノルベルト・ボート!」
名前が呼ばれると同時に、一部の女性たちが黄色い声をあげた。そして演台に上がってきたのは――
「――なん……ですって……?」
――なんと! 開拓時代のペペインと同じ、狩猟の服装をした男性だった! ベルトの締め方と、ベストの色が肖像画と同じだ!
彼は、演台の上を歩き回りしなを作ったり観客へ片目をつぶってみたりしていた。イマは首を振った。――違う。解釈違い。これはない。
しかし、一部の女性たちにはとても人気な人物のようだった。金髪で今どきの細面の男性で、イマにはどこがいいのか皆目見当も着かない。
次いで、二番目の男性。こちらはイブールが開拓民村から町へと昇格したころの、記念画のペペインを模した服装だ。惜しい。黒髪のかつらをかぶっているのにはとても好感が持てる。しかし、懐中時計は左手に持たなくては。それに線が細すぎる。ない。あの、スーツが小さくてぴっちぴちになっているのがいいのに。彼の体つきならば、子ども向けの上着がちょうどいいかもしれない。
そして三番目。もっとなかった。奥さんといっしょの肖像画に描かれている、少し気取った蝶ネクタイの服装と同じだ。ダメだ。この服装のときは前髪を上げるのは基本中の基本だろうに。せっかく落ち着いた茶色の髪なのだから、そこは似せるためにこだわってほしかった。愛が足りない。
「――以上、今年の『ペペイン』たちです! みなさん、投票先は決まりましたか⁉」
――なるほど。これはペペインに似た人を決める会なのか。町おこし事業としては当を得ている。すばらしい。発案者は叙勲されるべきだ。イマとしては金一封を町議会へ届けるのはやぶさかではない。……しかし、参加者がお粗末では、目も当てられない。
演台袖から運営担当者と思われる人物が走って司会者に近づき、なにごとか耳打ちした。司会者は少し驚いた顔をし、そして。
「――みなさん、驚いてください! ここで飛び入り参加者です! これは、町役場代表になるのかな? 特別に、審査番号四! 町づくり振興課係長、レネ・フランセン!」
観客がどよめいた。イマは呼ばれた名前に目を見開いた。観客の中から「レネー!」と男性の声があがる。演台に現れたのは先ほどの――
「――きゃあああああああああああああ⁉」
イマは思わず立ち上がった。周囲の視線が集まった。あれは、あの衣は……! もしかして、幻の……!
「コーゾ三号……‼」
イマが言うと、司会者がそれを拾って説明した。
「――お嬢さん、お目が高い! おっしゃる通り、身にまとっているのはかの有名な猛獣『コーゾ三号』の毛皮です! 町役場にて展示されている本物! 町役場職員特権! これはずるい!」
コーゾ三号はペペインによって討伐された熊だ。幾人も人を食い殺した伝説がある。ペペインは家でくつろぐとき、素肌にその毛皮をまとったと伝わっている。そのときの肖像画などは残されてはいないが、イマはベストに似た仕立てだと聞いていた。
なんと――ペペインが実際に着用していた物……!
イマは周囲を見回した。多くの視線が自分に集中していた。そして、急ごしらえで『四番』と書かれた紙を掲げた窓口を見るや、そちらへと駆け寄った。文句なしの優勝。最高。
イマがコップを返却したのを見届けた人々は、おもむろにそれに続いた。男性は四番に行く人が多かった。女性は一番だった。イマはお金の使い方がいまいちわからず、追撃票のために飲み物の屋台にて「これで足りるかしら?」と紙幣を出してみた。コップを渡されて「すみません、お代要らないです、勘弁してください。そんなのにお釣り出せません」と言われた。しかたがないので二票でがまんした。
優勝は、一番だった。解釈違い。コーゾ三号は二位だった。くやしくて今晩は涙で枕を濡らしそうだ。
「――あの、お嬢さん」
声をかけられ振り向くと――コーゾ三号がそこにいた。イマはすぐさま地に膝を着き、拝み伏した。
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