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王都ルミエラ編
18話 わたしかわいいんですってよ!!!
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「ひっでー‼ もてあそんだの⁉ 俺の純情な気持ち踏みにじるの⁉」
「は? あなたが純情だったことがこれまで一度でもあったとでも? もてあそんだどころか、そもそもあなたはただのお隣さんですが????」
「こんなに分かり合ってるのに‼」
「わたしアベルさんのことなにも知りません」
「知ってるじゃん」
にっこーと笑いながら、わたしの顔を覗き込んでアベルが言いました。
「知ってるじゃん、俺のこと。ソノコは」
感情が読めない飴色のその目をまともに見返してわたしは言います。
「『アベル・メルシエ』さんです」
「大正解」
うれしそうにアベルは笑顔を深めました。バレてますね。『ジル・ラヴァンディエ』を知っていることバレてます。まあいいんですけど。その方が気が楽ですし。
「ざんねーん。いっしょに住めたら、ソノコともっと相互理解し合えるかなーって思ったのに」
「べつにわたしアベルさんのこと理解したくないですし」
「ひっでー、もっと俺に興味持ってよ!」
「無理です。それに、わたしのことなんでも知ってるって言ってたじゃないですか。もう十分ですよ」
にやあ、とアベルが笑います。こわいこわいちょうこわい。なにそれやめて。
「知ってるよ? ――だから、もらったパンも食べたじゃん?」
テーブルに腕を着いて首を傾げて言います。こっわ。めっちゃこっわ。今すぐ吐き出せと言いたい気分です。不用意に餌付けしたわたしがバカでした。元いたところに返してきなさい過去のわたし。手遅れ感しかなくて当分夢でうなされそう。
「――でもさー、ソノコの気持ちと、考えてることはわかんない。いっつも意味わかんない発言するし。こんなにかっこいい俺がそばにいるのにぜんぜんなびいてくんないし。変な計算するし。ときどき夜ひとりで泣いてるし。俺に隠してること、たくさんあるし」
隠してることがあるのはお互い様じゃないでしょうか。そもそも、群馬のこと話したってしかたないでしょうに。
ため息をついてそっぽを向きました。
――まあ、見透かされるのがこわかったんですよ。
「ソノコ……君いったい誰?」
リシャールと同じ質問すんなし。アイデンティティについて考えてまうわ。わたしは最初からぜんぶ説明しているのに、これ以上なにが必要だっていうんでしょうか。わたしは意味もわからずここにいて、必死で生きてる。それだけ。
いやあ、わかりますよ。アベルはそれも承知しているんでしょう。その上でわたしに尋ねているんでしょう。わたしはそれに対する答えを持ちません。いつか答えられるかどうかもわからない。
ので、言いました。今のわたしのそれなりの誠意で。
「わたしは園子。それ以外の誰でもありません」
アベルは少し考えて、「うん、そうだろうね」と言いました。どこまで読まれているのかわからなくて怖い。
わたしはね、ここにいても、群馬県前橋市大手町3丁目の2DK住みの三田園子なんです。
今日は公衆浴場には行きませんでした。開いているの日中だけなので、あさイチで仕事前に行くか、昼に時間を作るかなんですよね。わたしのここでの少ない楽しみのひとつです。朝に行こうと、アベルを追い払って早めに寝ました。誰が泣くか!
起きても、トイレ掃除をして着替えて、さくっと家を出ました。朝ごはんよりもお風呂! シャワー入るんです! べつにアベルに会いたくないからまこうとしたとか、そんなんじゃありません。
汗拭きタオルで体を拭いて、洗って固く絞りました。首にかけておけば昼までには乾きます。いつもそれしきです。ドライヤーなんてものはないので、髪も自然乾燥。最初のうちはごわつきが気になりましたけど、コンディショナーがない生活にも慣れました。洗いっぱなしで現場に向かいます。以前のように通行人の視線も気になりません。
こうやってわたしはここの生活に、この世界に、組み込まれていくのでしょうか。群馬に置いてきたすべてを忘れて。
結局、変わらないんですよ。生きるためにすることは。寝て起きて、ごはんたべて、仕事して、お風呂入って。その繰り返し。じゃあどっちに居ても同じかっていうと、それは別の話で。
いつだって気にかかっています。なろう小説みたいに割り切って異世界生活謳歌するとか、できるもんじゃありませんよ。それはまあ、わたしがわたしのままこうしてここに居るからでもあるんでしょうけども。帰ったらひさしぶりにグレⅡ二次書いてやろうとは思っています、はい。帰れたらですけど。せつないね。
アベルは今日は来ませんでした。オレリーちゃんに「ソノコ、またきて、あした! あしたきて!」と昨日言われたので、乾いた髪の毛をひとつにまとめてお昼にお店へ向かいました。
「ソノコ、きた!」
めちゃくちゃいい笑顔で迎えられました。「おにい、おにいいるから!」と手を引いてくれたテーブルにはトビくん。やだうれしい、プレゼントした服着てくれてる。ちょっとおっきい。「ひさしぶりー、元気だったー?」と声をかけたら、「うん、うん、ソノコは?」と聞いてくれる。「元気だよー、仕事も始めてねー」と、近況報告に花が咲きました。
「というわけでさあ、たぶん引っ越すことになるんだよねえ」
ぐちっぽい話になってしまいました。でもわたしこういう話できる人ここにトビくん以外いないんで。ありがとうトビくん。だいすきトビくん。トビくんはちょっと考えながら、「……まだ五カ月くらい先だよね? ヤニックさんとか、他の社員さんとかに、ソノコが困ってるって伝える。だいじょうぶ、ちゃんといいところ見つかる」と言ってくれて。じーんとしました。じーん。
「トビくんやさしい、ありがとう。いろんな人が親切にしてくれて、ルミエラっていいところだなあってつくづく思ってる」
「それは、ソノコだからだよ」
じっと目を見て言われました。やだイケメン。ショタイケメン。
「みんな、ソノコだから親切にするんだ。おれとか、ヤニックさんとかにはみんなしないよ。ソノコだからだ」
「おにいはね、ソノコをおにんぎょうさんってよぶのよ!」
片付け物を運びながらオレリーちゃんが言い捨てて行きました。「ばか、なに言うんだよ!」とトビくんが真っ赤になります。「なになに、なんで? わたしお人形さんみたい?」と身を乗り出して聞きました。ええ、もう本当に前のめりで。
「うん……前に、仕事でヤニックさんに百貨店連れて行ってもらったときに見た、お人形さんみたいだ」
「かわいい?」
「かわいい」
人前じゃなかったら抱きついていましたね、ええ。
また今度いっしょにごはん食べようね、と言ったら、「今度っていつ?」と聞いてくれて。かわいい。
「じゃあ来週の今日」
「わかった、約束」
握手して別れました。ほくほくで現場に戻って業務についたら、椅子の隣にアベルがしゃがんで「浮気反対」とつぶやきました。なに言ってんだこいつ。
「は? あなたが純情だったことがこれまで一度でもあったとでも? もてあそんだどころか、そもそもあなたはただのお隣さんですが????」
「こんなに分かり合ってるのに‼」
「わたしアベルさんのことなにも知りません」
「知ってるじゃん」
にっこーと笑いながら、わたしの顔を覗き込んでアベルが言いました。
「知ってるじゃん、俺のこと。ソノコは」
感情が読めない飴色のその目をまともに見返してわたしは言います。
「『アベル・メルシエ』さんです」
「大正解」
うれしそうにアベルは笑顔を深めました。バレてますね。『ジル・ラヴァンディエ』を知っていることバレてます。まあいいんですけど。その方が気が楽ですし。
「ざんねーん。いっしょに住めたら、ソノコともっと相互理解し合えるかなーって思ったのに」
「べつにわたしアベルさんのこと理解したくないですし」
「ひっでー、もっと俺に興味持ってよ!」
「無理です。それに、わたしのことなんでも知ってるって言ってたじゃないですか。もう十分ですよ」
にやあ、とアベルが笑います。こわいこわいちょうこわい。なにそれやめて。
「知ってるよ? ――だから、もらったパンも食べたじゃん?」
テーブルに腕を着いて首を傾げて言います。こっわ。めっちゃこっわ。今すぐ吐き出せと言いたい気分です。不用意に餌付けしたわたしがバカでした。元いたところに返してきなさい過去のわたし。手遅れ感しかなくて当分夢でうなされそう。
「――でもさー、ソノコの気持ちと、考えてることはわかんない。いっつも意味わかんない発言するし。こんなにかっこいい俺がそばにいるのにぜんぜんなびいてくんないし。変な計算するし。ときどき夜ひとりで泣いてるし。俺に隠してること、たくさんあるし」
隠してることがあるのはお互い様じゃないでしょうか。そもそも、群馬のこと話したってしかたないでしょうに。
ため息をついてそっぽを向きました。
――まあ、見透かされるのがこわかったんですよ。
「ソノコ……君いったい誰?」
リシャールと同じ質問すんなし。アイデンティティについて考えてまうわ。わたしは最初からぜんぶ説明しているのに、これ以上なにが必要だっていうんでしょうか。わたしは意味もわからずここにいて、必死で生きてる。それだけ。
いやあ、わかりますよ。アベルはそれも承知しているんでしょう。その上でわたしに尋ねているんでしょう。わたしはそれに対する答えを持ちません。いつか答えられるかどうかもわからない。
ので、言いました。今のわたしのそれなりの誠意で。
「わたしは園子。それ以外の誰でもありません」
アベルは少し考えて、「うん、そうだろうね」と言いました。どこまで読まれているのかわからなくて怖い。
わたしはね、ここにいても、群馬県前橋市大手町3丁目の2DK住みの三田園子なんです。
今日は公衆浴場には行きませんでした。開いているの日中だけなので、あさイチで仕事前に行くか、昼に時間を作るかなんですよね。わたしのここでの少ない楽しみのひとつです。朝に行こうと、アベルを追い払って早めに寝ました。誰が泣くか!
起きても、トイレ掃除をして着替えて、さくっと家を出ました。朝ごはんよりもお風呂! シャワー入るんです! べつにアベルに会いたくないからまこうとしたとか、そんなんじゃありません。
汗拭きタオルで体を拭いて、洗って固く絞りました。首にかけておけば昼までには乾きます。いつもそれしきです。ドライヤーなんてものはないので、髪も自然乾燥。最初のうちはごわつきが気になりましたけど、コンディショナーがない生活にも慣れました。洗いっぱなしで現場に向かいます。以前のように通行人の視線も気になりません。
こうやってわたしはここの生活に、この世界に、組み込まれていくのでしょうか。群馬に置いてきたすべてを忘れて。
結局、変わらないんですよ。生きるためにすることは。寝て起きて、ごはんたべて、仕事して、お風呂入って。その繰り返し。じゃあどっちに居ても同じかっていうと、それは別の話で。
いつだって気にかかっています。なろう小説みたいに割り切って異世界生活謳歌するとか、できるもんじゃありませんよ。それはまあ、わたしがわたしのままこうしてここに居るからでもあるんでしょうけども。帰ったらひさしぶりにグレⅡ二次書いてやろうとは思っています、はい。帰れたらですけど。せつないね。
アベルは今日は来ませんでした。オレリーちゃんに「ソノコ、またきて、あした! あしたきて!」と昨日言われたので、乾いた髪の毛をひとつにまとめてお昼にお店へ向かいました。
「ソノコ、きた!」
めちゃくちゃいい笑顔で迎えられました。「おにい、おにいいるから!」と手を引いてくれたテーブルにはトビくん。やだうれしい、プレゼントした服着てくれてる。ちょっとおっきい。「ひさしぶりー、元気だったー?」と声をかけたら、「うん、うん、ソノコは?」と聞いてくれる。「元気だよー、仕事も始めてねー」と、近況報告に花が咲きました。
「というわけでさあ、たぶん引っ越すことになるんだよねえ」
ぐちっぽい話になってしまいました。でもわたしこういう話できる人ここにトビくん以外いないんで。ありがとうトビくん。だいすきトビくん。トビくんはちょっと考えながら、「……まだ五カ月くらい先だよね? ヤニックさんとか、他の社員さんとかに、ソノコが困ってるって伝える。だいじょうぶ、ちゃんといいところ見つかる」と言ってくれて。じーんとしました。じーん。
「トビくんやさしい、ありがとう。いろんな人が親切にしてくれて、ルミエラっていいところだなあってつくづく思ってる」
「それは、ソノコだからだよ」
じっと目を見て言われました。やだイケメン。ショタイケメン。
「みんな、ソノコだから親切にするんだ。おれとか、ヤニックさんとかにはみんなしないよ。ソノコだからだ」
「おにいはね、ソノコをおにんぎょうさんってよぶのよ!」
片付け物を運びながらオレリーちゃんが言い捨てて行きました。「ばか、なに言うんだよ!」とトビくんが真っ赤になります。「なになに、なんで? わたしお人形さんみたい?」と身を乗り出して聞きました。ええ、もう本当に前のめりで。
「うん……前に、仕事でヤニックさんに百貨店連れて行ってもらったときに見た、お人形さんみたいだ」
「かわいい?」
「かわいい」
人前じゃなかったら抱きついていましたね、ええ。
また今度いっしょにごはん食べようね、と言ったら、「今度っていつ?」と聞いてくれて。かわいい。
「じゃあ来週の今日」
「わかった、約束」
握手して別れました。ほくほくで現場に戻って業務についたら、椅子の隣にアベルがしゃがんで「浮気反対」とつぶやきました。なに言ってんだこいつ。
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