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第二部

その541 勇者、聖女、賢者、そして四歳児

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「ここ、ですか?」

 エメリーの問いに答えるように、俺は賢者プリシラの部屋の扉を開けた。
 緊張を見せるエメリーとアリス。あれだけ姿を隠し生きて来た賢者プリシラが、この二人を前に姿を晒すリスク。彼女にそれがわからない訳がない。
 ならば、そのリスクを上回る何かがあるという事だ。

「やぁ」

 少し……痩せただろうか。
 顔に元気や余裕はある。しかし、初めて会った時より身体の機能が衰えている事はわかる。たった数日だというのに、この変わりよう……。
 余命が短いというのは明らかだ。
 ただ、二人がプリシラに会うのは初めてである。過去を知らなければ初対面こそが二人の過去となる。彼女たちは先日までのプリシラを知らないのだ。ならば、俺の気遣いは不要という事、か。

「お久しぶりです、プリシラさん」
「リプトゥア国で派手にやったって聞いたよ」
「ほんと大変でしたよ、何で応援に来てくれなかったんですか?」
「良い皮肉だね、笑えるよ」

 くすりと笑いながらプリシラが緊張する二人を見る。

「君たちが新たな勇者と聖女だね。どうか気を楽にしてほしい。今従者に椅子を用意させる」

 そう言うと、プリシラは俺を見た。

「……従者?」
「従者」

 先程の皮肉のお返しとばかりに、プリシラは満面の笑みを振りまいた。
 俺は渋面しぶづらを彼女に見せ【サイコキネシス】を発動した。部屋の端に揃えて置いてあった椅子を二脚、ベッドの近くへと移動させると、プリシラは二人に微笑みながら「掛けるといい」と言った。
 エメリーとアリスが見合い、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。

「エメリーに、アリスだね」
「「はい」」
「そう緊張しなくてもいい。でも、君たちの成長が未来を平和にするか地獄にするかを決めるんだ。気にせずにはいられない、だろう?」

 プリシラが言うと、二人はぐっと背筋せすじを伸ばした。
 俺は壁に寄りかかり、その様子を見守った。

「今の言葉で緊張したね。まぁ、今のはそこまで気にしなくてもいい。プレッシャーをかけただけさ」

 なら緊張しちゃうだろうに。

「安心してくれ、覚醒にはある程度の緊張状態が必要だからそうしただけさ。それでも、今すぐに覚醒すれば苦労はない。聖騎士学校に通い、ミケラルド・オード・ミナジリに付いていれば二人の覚醒はそう遠くない」
「ミケラルドさん、と?」

 エメリーが俺をちらりと見る。
 やはり、今回の戦争で覚醒出来なかった事を悔いているのはアリスだけではなかったという事か。気丈に振舞ってはいるが、エメリーも無意識に急いている。

「今はまだだが、彼の力はその内……魔王の首元に届き得る。彼の成長速度は世界的、魔族的に見ても異常と言える。ならば、近くでその実力を肌に感じるのは悪い事じゃない。いや、むしろそれが効率的だと言える。これが、今回のアドバイスその一だ」
「その一……」

 まるで「その二もあるのか……」という、アリスの悲しそうな表情が見える。

「今後世界は彼を中心に回るだろう。だから今の内に恩も売っておくといい」
「それがアドバイスその二ですか?」
「いや、これはお姉さんとの約束だ。研究結果で、彼が女性に弱いというのは証明されている」

 公式でもあるのだろうか。入試で出されたら嫌だなぁ。
 ところで、老衰間際のプリシラたんが言ってたお姉さんって誰の事?

「さて、アドバイスその二だけど……コホン」
「え?」

 プリシラは咳払いをして片目で俺を見た。
 あの咳払いは人払いをしているかのようだ。
 だが、一体誰を?

「あー、あー、うぅん。ちょっと喉が渇いたかな。どこかの従者が飲み物を取って来てくれると助かるんだけどなぁ~」

 これまでの流れから、俺は元首系従者である事が判明している。ついでに女性に弱いという証明もされている。だが、彼女の言い分は明らかにおかしい。
 何故なら、俺はいつでもどこでも飲み物を出せる存在なのだ。
 彼女もそれを理解しているはず。
【闇空間】からティーポットとカップを、お茶を、そして魔法でお湯を。最後にカップを用意し、お茶菓子までも出せるだろう。
 しかし、彼女は取って来て欲しいと表現した。

「……はぁ~」

 そう、俺は深い溜め息を吐く他なかった。
 そして、ティーポットとカップを、お茶を、そして魔法でお湯を入れ、近くのテーブルにそれらを置いてから部屋のドアに手をかけた。

「飲み物を取って来ます」

 精一杯の皮肉を込めて言うと、プリシラは――

「――美味しいのを頼むよ」
「美味しいですよ」

 賢者の部屋の時間軸は、どこかズレているようだが、賢者はそれを楽しんでいるようだった。部屋を出た俺は、【超聴覚】でも発動してやろうかとも考えたが、俺には有能なる耳がいる。そう、ラジーンという名の耳が。
 すると、【耳】が天井から降ってきた。

「どうしたの、ラジーン」
「い、一時プリシラ殿の警護を外れてもよろしいでしょうか……」
「何、その聞き方?」
「プリシラ殿がミケラルド様にこう言えと」
「……にゃろう……」

 ラジーンは俺の命令に絶対。
 だから、本来であればラジーンがプリシラの部屋から離れるはずがない。そして、部屋で発生した音も声も聞き漏らす事はないだろう。
 だからこそ、プリシラはラジーンを俺の下に向かわせたのだ。
 俺が命令すれば、ラジーンは聞き耳を立てるだろうが、プリシラは俺が命令それをしない事を理解しているからだ。
 命令の上書きをさせるなんて、中々狡猾じゃないか。
 どうやら賢者は勇者と聖女と三人で女子会をご所望のようだ。
 しかし、そこに四歳児はいられないというだけの話である。
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