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第二部

その512 聖女アリスのバックアップ

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 ◇◆◇ アリスの場合 ◆◇◆

「せ、戦争っ!?」

 私は驚きの余り自分の声を制御出来なかった。
 咄嗟に口を塞ぎ、周囲を見る。幸い、誰も聞いていなかったみたいだけど、この胡散臭い笑みを浮かべている人は、一体何を考えているのか……。
 だけど戦争なんてそんな簡単にしていいものじゃない。
 私はミケラルドさんの目を覚まさせる前に、説得を試みた。
 じっとミケラルドさんを見、意を決して彼に耳打ちした。

「い、一体どこの国を襲うつもりですか……」

 そう言うと、ミケラルドさんは私に憐憫れんびんの目を向けてきた。
 まるで「そんな事もわからないのか?」と言いたげな目だ。
 だけど私は負けない。ここで引いては聖女として歩むと決めた意味がない。私は強い目を以てミケラルドさんにそれを訴えた。

「一体何を考えているんですかね」

 ミケラルドさんの目は些かも変わらなかった。

「戦争なんてそんな簡単にしていいものじゃないでしょう」

 どこかで聞いた事のある言葉だった。

「ミケラルドさんが言ったんじゃないですかっ」
「戦争をするんじゃなくて戦争が起こるんですよ」
「「へ?」」

 私と勇者エメリーさんはそんな疑問を口にした後見合い、またミケラルドさんを見た。

「魔族四天王不死王リッチが動き出しました」
「「っ!?」」

 あまりの驚きに、私たちは言葉を失った。
 そんな私たちの反応を見たミケラルドさんは流石なのでしょう。その回復を待ってくれた。しばらくすると、エメリーさんが言いました。

「不死王リッチが……リプトゥアへ……?」

 リプトゥア国? そうだった。ミケラルドさんはエメリーさんをリプトゥア国へ誘ってた。それはつまり、リプトゥア国で戦争が起きるという意味だったんだ。

「疲れ知らずの不死種や妖魔族ばかりですからね。人界と魔界を隔てるオリンダル高山を真っ直ぐ突っ切ってくるようです。各国との連携は既に済んでます。水面下で動かざるを得なかったのは、国民の心配を避けるためです。リプトゥア国は戦後処理も落ち着いていない状況。そのためリーガル国のブライアン王の主導ではありますが、軍の指揮を任されたのは私、という訳です」

 言いながら、ミケラルドさんは私を見た。

「そこで、不死種や妖魔族に対抗すべく【聖加護】の力を有した聖女アリスさんに相談をしにやって来たんですけど……――」

 今度はエメリーさんを見ながら、わざとらしく眉を八の字にした。

「――どうやらそのアリスさんは今日都合が悪いみたいなんです。悲しいですよね、エメリーさん」
「あ、え……あははは」

 エメリーさんが困ってます。

「ちょっとっ。だってそんな話だと思わないじゃないですかっ」
「でもあそこで『アーリスちゃん、戦争しーましょ♪』なんて言えないでしょう?」
「どこでも言いませんそんな台詞!」
「はて?」

 くっ、いつものミケラルドさんだ。
 ……いえ、少し変。今日のミケラルドさんはいつもと少しだけ違った。その目は真剣で、その心は……私にもわからなかった。いつも以上に。

「私としてももう少し時間を置きたかったんです。でも世界がそれを待ってくれない。だからこうして直接やって来ました」

 直接……? そうだった、私は何でいつも忘れてしまうんだろう。この人はミナジリ共和国の元首。一国のトップが私とエメリーさんに直接会いに来る異常。こんな事、法王クルス様ですらしない事。そんな私たちに直接会いに来る意味。その意味をミケラルドさんは濁して言った。

 ――もう少し時間を置きたかった、と。

 これが何を意味するのか、私とエメリーさんは薄々気付いていた。
 それは、私たちの年齢を考慮してくれたのだ。私とエメリーさんは十五歳。常日頃から戦いに身を置く世界にいる私たちですが、戦争となれば話が変わってきます。戦争とはすなわち力と力のぶつかり合い。多くの戦死者を出すでしょう。エメリーさんは既にリプトゥア国とミナジリ共和国の間に起きた戦争を経験していますが、あの戦争はあまりにも特殊。だけど、今回はそうもいかないという事なのだろう。
 ミケラルドさんは、さっと目を動かし、周囲の様子を探った後、聖騎士学校の本棟を指差した。

「ここではなんです。会議室を借りてるので、そこへ行きましょうか」

 確かに、女子寮の前で井戸端会議のようにする話題でもない。
 私たちはミケラルドさんと共に、聖騎士学校内にある会議室に向かった。
 その間、私たちの間に会話はなかった。私は勿論、エメリーさんにも何か思うところがあったのだろう。そしてミケラルドさんはそれを理解しているかのようにゆっくりと歩いてくれたのだった。
 会議室の椅子に腰かけた私たち。だけど、そこで話す事は何もなかった。
 その静寂の中で、私たちは黙って頭の中で情報を整理し、ミケラルドさんに何と答えるか。ただそれだけを考えていた。
 すると、ずっと黙っていたエメリーさんが最初に口を開いた。

「私は行きます」

 その言葉には、何か強い意思のようなものを感じた。
 ミケラルドさんは頷き、ただ一言だけエメリーさんに言った。

「ありがとうございます」

 しかし、その後ミケラルドさんは、私を見たり、私に話を振ったりするような事はしなかった。これはきっと、わたしからの答えを待ってくれたのだろう。普段は剽軽ひょうきんに感じるのに、何故彼はこういう時だけ……――。い、いえ、今考える事はそんな事じゃない。
 私はかぶりを振って雑念を追い出した。
 そして追い出すや否や、私はその場に立ち上がっていた。
 エメリーさんのように、私の答えも既に決まっていたのだから。

「行きましょう、リプトゥア国に」

 今、彼に必要なのは、私たちの協力。
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