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第一部

その396 真・世界協定4

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「「こ、これは……!」」

 法王クルス、ブライアン王、ローディ族長、ウェイド王たちと、付き人四人が驚きを示したのは、ニヒヒと笑うナタリーちゃん……ではなく、ナタリーが運んで来たアレに対してだ。

「このように、予め文字の凸版とつばんを用意しておき、それを連ねた後、塗料を塗り、紙に対し圧力を掛ける事で……! はい、完成です。これはこの【活版印刷機かっぱんいんさつき】で刷った活版印刷機の説明書です。どうぞご覧ください」

 その場で実際に刷ったモノを渡し、見比べる。
 たったそれだけで彼等は理解するはずだ。活版印刷機コレがどれだけ革新的なものなのか。
 いち早くそれに気づいたのが元あるじのブライアン王だった。

「これは凄いな、いんのように決まった文字を写すのか。ある時期を境にクロード新聞の文字が無機質になったのはこれが原因か。代書屋を雇う必要がなく、同じ文章を何枚も写せるのか」
「これがあれば、教科書のコストを抑えられますし、知識を広める事が容易になります。また、代書屋との住み分けも出来るので、彼等の職を奪う事にもならないかと」
「定型文の紙を予め刷っておき、肉筆が必要な場合は都度記入すればいいという訳だな」
「えぇ、こちらは冒険者ギルドの依頼票を模して刷ったものです。モンスター名、討伐数、報酬の箇所を空欄にしておき、定型文で刷っておけば――」
「――おぉ、素晴らしい! 簡易的な公文書にも使えるではないか」

 皆が唸り、ちらちらと活版印刷機を見始める。
 先人の知恵と言えど、住んでいた地球ふるさとを認められているのだ。俺としても嬉しい。だからこそ、この技術は悪用出来ない。
 皆のため、世界のために使うべきだ。

「こちらが設計図です。また、各国に一機ずつ用意しておりますので、後日ミケラルド商店よりお届けにあがります」
「「何とっ!?」」
「勿論、無料タダという訳にはいきません。お代は頂きますのであしからず。また、リプトゥア国にも後日足を運んで説明致しますので、仲間外れはないかと」

 一気に落胆を見せる王たち。まったく現金な王たちだ。
 だが、欲しがらないはずはない。法王クルスが活版印刷機にポンと手を置き言う。

「各国平等という事ならありがたい。だが、その見返りは何だ?」
「ただ一つ、ただ一つだけお約束頂きたいだけです」
「何とも怖そうな一つだな」
「子供たちの未来を今以上にお考え頂きたい」
「それは……勿論だが、具体的には?」
「今でなくてもいい。ですが近い将来、教育という事業のレベルを一段階上げて頂きたい。コレにはそれだけの力があるはずです」

 すると、皆が黙り込み俯いてしまった。
 途方に暮れている訳ではない。
 俺との約束が果たせるかどうかを熟考しているのだ。

「正直、かなり難しい内容だと思います。今現在、子供の読み書きを教えるのは親だと聞きます。しかし、他の教育というと教育を受けていない親が教えられるはずもない。しかも、その子供たちの多くは一家の【労働力】でもあります。子供を労働の現場から離すためには世帯収入の増加が必要ですし、教育の重要性を、教育を受けていない民に伝え、理解させなければならない。単純に知識を向上させるだけで問題は山積みです。これは世界が協力して行わなければなりません。今現在、貴族が受けている教育レベルを国民に合わせ、貴族には更なる知識を。ゆくゆくは、全ての国民が一定以上の教育を受けられる世界に変える。これがどれだけ大変な事かは、皆まで言うつもりはありません。ですが、お約束頂きたい。そこを目指し、歩むというお約束を頂きたい。私は、教育に関する施策を広く共有していきたいと考えています。百年先、子供たちが安全に暮らし、安心して無数の選択肢の中から職を選べるような、そんな世界を目指すと……お約束頂きたい」

 王たちも付き人たちも、いつの間にか俺を見ていた。
 語ればそれは夢物語。だから、【約束】などという曖昧なものでしか先を見る事が出来ない。だが、ここにいる王たちは、数歩先を見る事の出来る賢人たちだ。ならばこそ、知識とアイディアの塊であるこの活版印刷機を彼等に託したのだ。
 法王クルスが目を伏せ、しばらくののち、また俺を見た。
 そして、すんと鼻息を吐いたところで、彼は両の肩をすくめて言った。

「……と、子供の王が言っているが?」

 だよな、俺でもそう言うわ。
 法王クルスの言葉に皆が失笑する。
 まぁ、俺も法王クルスも、それだけでは止まらないよな。

「だが、外見で判断すべきではない。そういう教育を……我々は受けているのだろうな」

 これは俺じゃ言えない言い回しだ。

「なるほど、民の教養が向上すればそれは世界の富に繋がる」

 くすりと笑うウェイド王が言う。

「それが完遂される頃には……私とクルス殿はあちらの世界、、、、、、なのではないか?」

 ブライアン王が皮肉たっぷりで、しかしとても良い笑顔を向けて言う。

「いやいや、私の寿命は後百年持つかどうか。残っているとしたらミケラルド殿とウェイド王でしょう」

 ローディ族長もニヤリとそれに乗る。
 その後、法王クルスが一歩前に出て、俺に手を差し出した。

「いいだろう、ミック。この【口約束】、どんな強固な盟約よりも固く結ぼう」

 四か国の王がニヤリと笑い、約束を受け入れた時、俺はその手を取った。
 固く交わされた握手と共に、彼等に笑い返すのだった。
【真・世界協定】がこの先、上手く働くのかはわからない。
 だが、この時この場で交わした約束は、決して無意味ではなかったはずだ。
 ……ここで「俺たちの冒険はまだまだこれからだ!」とか打ち切り感満載になれれば、とても嬉しいミケラルド君だった。
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