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第一部

◆その330 法王国にて

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「くぁあああああ~~~っ! 美味いっ!」

 提供されたエールを一気に飲み干し、嬉しそうにジョッキを掲げる男の名はハン。ランクAパーティ【緋焔】の遊撃担当のお調子者である。

「あぁあああああ~~……疲れたぁ……」

 その対面に座り、テーブルに突っ伏す女の名前はキッカ。同パーティの支援のかなめであり、パーティのムードメーカーである。

「二日で法王国とは、緋焔の新記録だな」

 腕を組み淡々と言うも、顔には確かな疲労がある男はラッツ。パーティリーダーであり、真面目、実直、しかし熱い魂を持った剛の者である。
 そんなラッツが、中空を見ながらかつてのホームタウンを思い出す。

「……今頃、リプトゥア国軍はミナジリ共和国に向かってる頃だろう」
「そんな事気にしてんの? 私たちは戦争を回避した。だったら結果だけ知ってればいいのよ。それより、冒険者ギルドに来たんだからやる事があるでしょう」

 キッカのげんにラッツが真面目な表情で返す。

「拠点移動報告だな」
「違うわよ! お風呂! おーふーろー!」 ただでさえ走りっぱなしでこの蒸し暑さ、こんな時くらいお風呂に行かせなさい!」

 バシバシとテーブルを叩くキッカに、困り顔のラッツ。
 キッカは自分の臭いをすんすんと嗅ぎ、目をしかめ一つ嘔吐えずいて見せる。

「何だよ、折角の法王国なんだぜ? まずはエールだろ?」

 つまみのポークチョップを口に運び、美味そうに咀嚼するハンを、キッカがじとりと睨む。

「アンタはそれでいいかもしれないけど、私は違うの。そりゃいつもの流れならそうよ。でも今回は走りっぱなしで汗だくなの! ラッツリーダー!」
「何だ?」
「私は、お風呂を、所望するわ!」
「わかった、拠点移動報告は済ませておく。部屋番号がわかったら【ギルド伝言】を使う」

 ギルド伝言――パーティ登録をした者が利用出来る冒険者ギルドのサービスで、主にパーティメンバーとの合流の際に用いられるものである。
 それを聞いたキッカは喜び、パチンと指を鳴らした。

「おっけ~、それが聞きたかったのよ♪」

 パーティでの行動時、求められるのはチームワーク。しかし、当然そのチームワークこそが弊害を起こす事もある。キッカはチームワークを尊重しつつも、自分の意見を押し通したと言える。
 鼻歌交じりに小さな果実を一つ頬張ったキッカは、そのまま二人に背を向け、大衆浴場へと向かったのだった。
 キッカの背を見送ったハンがラッツに向く。

「なぁラッツ」
「何だ?」
「おかしくないか?」
「確かにおかしいな」
「アイツ、ここに着く前に『キンキンに冷えた蜂蜜酒ミードとポークチョップが食べたい』とか言ってたよな?」
「言ってたな」
「女って怖いな」
「それは女性に対して失礼だ」
「キッカって怖いな」

 言い直したハンに、すんと鼻息を吐いたラッツ。

「それが正解だ」

 チームワークとは、多少の妥協が必要なものなのかもしれない。

 ◇◆◇ ◆◇◆

 大衆浴場までやってきたキッカ。
 各国共に風呂に入る文化はあれど、湯舟に浸かる事の出来る国は法王国とミナジリ共和国のみである。予めその情報を仕入れていたキッカは、顔を綻ばせながら湯舟へと向かった。

「あぁ~~~……最高ぉお~~~……」

 とても年頃の女が人前で出す声ではなかったが、キッカはそれを気にする事はなかった。身体の芯まで温まり、ほんのりと汗をかき、満足気なキッカがふと横を向く。
 すると、そこには黒髪の女が湯舟に浸かりながら何かブツブツと言いながら、指折り、、、をしていた。
 ブツブツと一つ一つを確認をするように呟く女に、小首を傾げるキッカ。

(もう夜だってのに、こんな若い子が一人でお風呂? 男湯に誰か知り合いでもいるのかしら?)

 それが気になったのか、すいーと泳ぐように近付いたキッカは、隣にいる女の独り言に耳を傾けた。

「レベル8は全員が盾を装備してるって言ってた。なら9はそれの強化版って事かな。10は何? ……わからない。でも、きっと私の想像以上の事をしてくる。だとしたら私がそれを上回ればいいんだ。魔力操作も着実に成長してる。後やる事は何?」

 その中にキッカが気になる言葉があった。

「ねぇ」
「ひゃいっ!?」

 思わず声を掛けたキッカの声に驚き、ざばんと立ち上がった女。
 キッカを見下ろす女と、女を見上げ困り顔のキッカ。

「あ、あははは……そんなに驚かすつもりじゃなかったんだけどね」
「へ……あ、何ですか?」

 静かに湯舟に戻る女がキッカに聞く。

「アナタ、冒険者?」
「え……そうですけど?」
「よかった、魔力がどうのって言ってたからそうなのかなって思ってね。実は、私たちのパーティは今日法王国に着いたばかりで、ここら辺の事あんまり知らないの。ただ汗流しに来たんじゃリーダーに悪いからさ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「何でしょう?」
「ランクSの【オリハルコンズ】ってパーティ知らない? ちょっと用があるんだよね」

 その言葉を聞き、途端に警戒の色を強める女。

「オ、オリハルコンズに何の用ですかっ?」
「別に怪しい者じゃないわよ。私たちはリプトゥア国ではちょっと名の知れたパーティだったんだけど、ある依頼でオリハルコンズの片割れの聖女に合わなくちゃいけないのよ」

 それは、キッカならではの判断だった。
 相手は女と言えども少女と言えた。だからこそ、依頼の詳細を話した。
 話した理由は、当然少女の反応を見ての事。

「聖女……に?」
「そ、聖女アリス。有名でしょ? 知ってる?」

 それを聞き、戸惑った少女だったが、屈託のないキッカの微笑みを見てこう返すのだった。

「わ、私がそのアリスです……けど」
「は? はぁあああっ!?」

 後に緋焔のムードメーカー、キッカは語る。
『最初から私はあの子が聖女だって睨んでたんだから!』と。
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