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第一部

その249 三日目

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 ◇◆◇ ナタリーの場合 ◆◇◆

 ミナジリ領がミナジリ共和国になって三日目の早朝。
 私は思わぬ物音で目を覚ました。

「ひゃっ!?」

 ゴトンという大きな音。
 聞こえたのは隣の部屋から。
 まだ日も差していない薄暗い中、私は恐る恐る隣の部屋へ向かった。その扉に手を掛けようとした時、私の真上から声が届いた。

「ナタリー殿……」

 それはとても小さく、私にだけしか聞こえない声だった。
 聞き覚えのあるしゃがれた低い声。

「ラジーンッ?」

 同じく私も小声で言った。
 そう、彼の名はラジーン。このミナジリ邸を守護する強者の一人。この物音に反応してすぐに駆け付けたのが彼だったのだ。
 ラジーンは天井からすとんと落ちてくると、人差し指を口元に持っていった。
 ラジーン程の強者でさえ緊張する一瞬。
 それもそのはずで、この部屋は現在誰もいないはずだから。
 ここはミックの遊び場……もとい研究室。
 現在ミックは就寝中。隣の部屋でガチャガチャうるさいと、私が「早く寝なさい」と怒るから、ミックがこの時間にこの部屋を使うはずがない。
 だけど、確かに聞こえた物音。この屋敷内への侵入を許したという事は、警戒網を破られたという事。
 これまで屋敷に侵入したのは一人――魔帝と称されるグラムスのみ。
 彼の実力はランクS。そんな彼が協力し、この屋敷の守りは更に向上したはず。つまり、ラジーンが気付けない程の実力者が中にいる可能性が高い。
 彼の警戒はもっともだったのだ。
 静かに扉を開けるラジーン。私はその背から中をそっと覗く。
 テーブルの奥で何かが動いた気がした。
 直後、ラジーンは大きく扉を開けて言い放った。

「何奴っ!?」

 ダガーを繰り出して中へ入るや否や、ソレは声をあげた。

「うひゃい!?」

 酷く間の抜けた声だった。
 先程私が部屋で起きた時の声に似ていた。
 私とラジーンは賊の意外な反応に目を丸くして、静かに見合った。

「……誰?」

 私の声は、静まり返った部屋に響く。
 テーブルの奥からもぞもぞと動きながら覗かせたのは……綺麗な銀色。
 それが髪の毛だとわかるまで、そう時間はかからなかった。
 間も無くして、彼女、、はぴょこと顔を出したのだから。

「あ、あの……すみません……ここ、どこですか?」

 私を怖がっているのではない。
 そして、ラジーンを怖がっているのでもない。
 彼女は困惑の色を声に乗せ、私たちに聞いてきたのだ。
 私もそんな困惑が移ってしまいそうだと思ったその時、隣のラジーンは静かに、けれど確かに震えていた。
 わなわなと震えるラジーンは、彼女を指差して言ったのだ。

「ゆ……ゆ……――」
「――ゆ?」

 首を傾げる私は、本日三人目の間の抜けた声を出すのが、まさかラジーンとは思ってもみなかった。

「勇者エメリィイッ!?」

 ラジーンの裏返った大きな声が屋敷中に響き渡る。
 私は、勇者と呼ばれた彼女を見ながら、反対側に首を傾げる事しか出来なかった。

「…………ん?」

 当然、それは彼女も同じだった。

 ◇◆◇ ◆◇◆

「いや参った。まさかこんな早朝に来るとは思ってなくてさ。はははは」

 私は呆れ眼でパジャマ姿のミックを見る。
 お気に入りの枕を抱えているところを見ると、とても気持ちよく寝ていたのだろう。

「あ、こちらナタリーです。リィたんに、ジェイルさんに、ラジーン。そこで俺の服を持って待ってるのが執事のシュッツ」
「ど、どうも……」

 ぺこりと頭を下げたエメリーは、やはりまだ混乱していた。
 それもそのはずで、彼女がここに来たのはミックが渡したテレポートポイントを使って、ミックの遊び場に転移したからだ。
 そうだよね、それならラジーンが気付けないのも無理はない。

「エメリー殿、取り乱してしまい申し訳ない……」

 本当に申し訳なさそうに謝るラジーン。
 何故なら彼は、彼女が勇者とわかるや否や、更に警戒を強めたからだ。
 公にはなっていないものの、魔族の国に勇者が単身現れたのだ。警戒しない方がおかしい。
 曰く「何をしに来た!?」、「何が狙いだ!?」、「もしや、ミケラルド様の命を狙いにっ!?」等々。
 そんなラジーンの「ミケラルド」という言葉に反応し、エメリーはようやく立ち上がったのだ。

 ――私、ミケラルドさんにこれを使えって言われて……。

 そんなエメリーの言葉と共に見えたオリハルコンの首飾り。
 …………大丈夫。私の半分くらいの大きさだったから大丈夫。何が大丈夫なのかはわからなかったけど、とりあえず大丈夫という言葉が頭をよぎっただけ。それだけなのだ。
 彼女が見せた首飾りは、私とラジーンに彼女が味方である事を知らせた。
 ミックは大きな欠伸を一つ、二つ、三つした後に言った。

「詳しい話は起きた後って事には――」
「――今に決まってるでしょ!」

 当然、私は彼の二度寝を邪魔する他ないのだ。
 ミックが子犬のような顔つきで「もう少し寝たい」とアピールしてくるも、私はその子犬のような頬をつねりながら説明を促す他ないのだ。
 彼女が、勇者エメリーが何故、建国したばかりのミナジリ共和国にやってきたのか。それを知るために。
 その後鳴ったお腹の虫は、女の子として黒歴史の二つ目だと思っている。
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