上 下
193 / 566
第一部

その192 水龍と吸血鬼

しおりを挟む
 漠然とした言葉ではあるが、俺とエメリーはここで出会う運命にあったという事なのか。
 くすくすと笑うと、エメリーはやはり年相応に見えた。
 戦闘に入ると性格が変わるタイプっているよな。

「そ、それじゃあ決勝戦楽しみにしてますね!」

 小さな両拳を胸元におき、エメリーは最後に俺を激励した。
 とてとて走る勇者はやはり少女だったのだ。
 あ、転んだ。

「あいちちちち……」

 どこかで見た光景だ。

「大丈夫ですか、エメリー選手?」

 どこかで見た光景だ。

「は、はい! すすすすすみませんすみませんすみませんっ!」

 勇者って変わったヤツだなーと思いつつ、俺は観客席に振り返る。
 大きく手を振るネムの横でニヤリと笑みを浮かべ腕を組むは、水龍リバイアタンもとい……リィたんである。
 準決勝の後、一時間の小休憩の後、決勝戦が始まる。
 しかし、その小休憩の際……俺とリィたんは顔を合わす事も、言葉を交わす事もなかった。

 ◇◆◇ ◆◇◆

 立ちはだかる巨大な壁。
 それは水龍リバイアタンという強大な相手。
 命の恩人であり、友人であり、俺が目指す強さの先。
 最強を目指し始めた俺の壁の一つ。
 勝てないなんてわかり切っている。だがそれを言葉にする事は許されない。
 勝てないかどうかを決めるのは俺じゃない。俺のこれまでの全てだ。
 相手がどれだけ強かろうが、この場に立てた事実は変わらない。
 俺は、着実に強くなっている。
 魔界を飛び出した頃とは比較にならない程に。
 だが、それでも先は、強者はいる。
 まったく、このリィたんより強い存在がこの世にいる事が信じられない。

「よくここまで勝ち上がって来た、ミック」
「もっと褒めてくれてもいいんだよ、リィたん」
「この戦いに勝利したら考えてやろう」
「お、言ったね?」

 俺がそう言うと、リィたんは目を丸くした。

「……なるほど、私の全てを知りその言葉。よき胆力だ」
「別の言葉を選んだら怒られそうだったからね」
「『私の全てを知り』と言っただろう」
「そうだったね」

 俺が肩を竦めて言うと、リィたんは審判を見て言った。

「そこの者」
「は、はい!」
「開始の合図を出したのち、すぐにここを離れるのだ」
「へ……?」
「リィたんの言う事聞いておいた方がいいですよ。多分ここら一帯更地になっちゃいますから」

 俺の助言に審判は顔を凍り付かせる。
 静かにコクリと頷いた後、審判は手を前に出し……振り上げた。

「始めっ!!」

 同時に審判が後方へ駆け始める。
 審判の命がかかっている。俺もリィたんも、審判がここから離れるまで動く事はない。
 そして観客席も……それを理解しているかのように沈黙を貫いた。
 ここは、この場所は、ランクSを決める武闘大会の決勝戦だというのに。もっと騒いでくれてもいいのに。
 まぁ、そんな空気じゃないって事は俺もわかっている。

「ミック、全力で来い。あの勇者を倒した時以上の力で……!」

 リィたんの言葉の意味は、俺の最後の力にあった。

「……【覚醒】」

 リィたんにだけ届く小声で言ったソレは、魔族の真骨頂とも言うべき力。
 リィたんの笑みが全てだった。魔族の覚醒状態で臨まなければ、この戦いは一瞬で終わる。
 リィたんはそう言ってるのだ。

「【呪縛】はダメかな?」
「それに意味があると思ったら使えばいい」
「……だよね」

 そう、【呪縛】は何の意味も持たない。
 そりゃ俺が【呪縛】を使い、リィたんをコントロールすればこの戦いに勝てる。
 彼女に「まいった」と言わせればいいだけなのだから。もう圧勝である。
 でもそうじゃない。この戦いはそういう戦いじゃない。
 俺がこの先、リィたん以上の存在と戦った時、生き残るために……この戦いはあるんだ。

「全力だ」
「うん、全力だね」

 審判の避難が終えた瞬間、俺とリィたんは魔力を最大限に放出した。
 直後、俺とリィたんは駆け、武闘会場中央で互いの武器を振った。
 たった一合いちごう切り結んだだけで、鋼鉄製の互いの武器は跡形もなくひしゃげ、ガラスのように霧散した。

「「おぉおおおおおおおおっ!!」」

 リィたんが下段から、俺は上段から拳を振り、また衝突する。
 バチンと弾けた攻撃。右腕には鈍痛が残る。
 だが、リィたんの笑みは……未だ崩せぬまま。

「どうしたミック! そんなものではないはずだぞ!」

 彼女がどれだけ俺を高く見積もっているかはわからなかったが、俺はそれに乗っかる事でしか現状を打破出来なかった。

「怪我で済めばいいけどなぁ……」

 そう零した後、俺は再び駆けた。
 俺の全ての拳に、蹴りに、リィたんは的確に合わせ受けた。
 疾風という名の衝撃波が観客席を襲う。
 彼らが意識を絶たず、この戦いを観戦出来るのには理由がある。
 俺とリィたんとの戦いが決まった段階で、武闘会場に結界が張られたのだ。
 これだけ大規模な結界魔法を施したのは一体誰なのか。それを気にする余裕は、今の俺にはなかった。

「ぐぅ!」
「そらそらそらそらっ! まだだ! もっといけるぞミック!」

 拳に溜まるダメージ。痛い痛い痛い。どんどんダメージが蓄積していく。
 骨は軋み、筋が裂け、神経には亀裂が走る。そんな攻撃を【超回復】のみで乗り切るには無理がある。【ダークヒール】で回復しながら殴りにかかるも、その回復分はリィたんによる二回の攻撃で消えてしまう。
 やがて骨が歪み、折れ……両腕が上がらなくなる頃、リィたんが距離をとった。
 右手を開いて正面に置き、俺を見据えるリィたん。

「次だミック」
「タイム……」
「無理だな」

 リィたんが次に選んだのは魔法勝負。
 リィたんが使える魔法は二種――風魔法と水魔法。

「ふん」
「っ!? うぉ!?」

 一瞬で吹き飛ばされる身体。
 俺は観客席真下の壁まで飛ばされ、身動きすら出来ない。
 ……これは【突風】!? 馬鹿な、使用者が変わるだけでこんな威力が変わるのか!?

「……っ! がぁああ!」
「ほぉ、土塊つちくれ操作で壁を造ったか」

 これで少しは楽に――、

「我が魔法がその程度で止められると本気で思っているのか、ミック?」
「へ?」

 直後、巨大な土壁は音を上げ軋み始めた。

「う、嘘でしょ!?」

 そう言った時は遅かった。
 一個の個体が起こす風に、鋼鉄の硬度を誇る壁が折れ、その残骸が俺に向かって飛んでくる。
「にゃろ!」

 サイコキネシスでそれを止め、その間に新たな土壁を形成する。
 何重にも……何重にも!

「ふむ、硬いな」
「はぁはぁはぁはぁ……」

 リィたんが【突風】の発動を終え、手を引いた時こそ反撃の時。
 そう思った時期が、わたくしめにもございました。

「ではこれだ……【ウォーター】」

 それは、我がミケラルド商店で大反響を受け販売している。単純なる水精製の魔法。
 水は農地を潤し、喉を潤す。そんな目的で売られている一般向けの魔法――それが【ウォーター】だ。
 だが、彼女のソレはそう単純なものではない。
 相手は水龍リバイアタン。一度ひとたびそれを放てば、まるで全てを貫くレーザービーム。
 その水の光線は、何重にも張り巡らせた土壁を一瞬で貫き、俺に向かって来た。

「ちょちょちょちょ! くっ!」

 自身の真下から土壁を発動させ、まるでジャンプ台のように下から突き上げる事で、跳躍を補う。俺はそうする事でしか、リィたんのウォーターをかわす事が出来なかった。
 着地した俺を悠々と見るリィたん。

「どうしたミック? 疲れているな?」

 ……リィたんあの子、強すぎません?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

平凡すぎる、と追放された俺。実は大量スキル獲得可のチート能力『無限変化』の使い手でした。俺が抜けてパーティが瓦解したから今更戻れ?お断りです

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
★ファンタジーカップ参加作品です。  応援していただけたら執筆の励みになります。 《俺、貸します!》 これはパーティーを追放された男が、その実力で上り詰め、唯一無二の『レンタル冒険者』として無双を極める話である。(新形式のざまぁもあるよ) ここから、直接ざまぁに入ります。スカッとしたい方は是非! 「君みたいな平均的な冒険者は不要だ」 この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。 しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。 レベル35と見せかけているが、本当は350。 水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。 あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。 それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。 リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。 その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。 あえなく、追放されてしまう。 しかし、それにより制限の消えたヨシュア。 一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。 その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。 まさに、ヨシュアにとっての天職であった。 自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。 生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。 目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。 元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。 そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。 一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。 ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。 そのときには、もう遅いのであった。

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

処理中です...