上 下
187 / 566
第一部

その186 猛き剣

しおりを挟む
 幸いな事に、二回戦と三回戦の間には昼休憩があるそうだ。
 つまり、俺は一回戦のリィたんとラッツの試合を観戦する事が出来る訳だ。
 コロセウムの観客席から武闘会場を見下ろす俺とネム。

「凄いね、満席じゃない?」
「えぇ、立ち見の人もいるくらいです。皆強い人が好きなんですねぇ」
「で、何なのその木札は?」
「リィたんさんに賭けただけですよ」

 ありゃほぼ全額リィたんに賭けてるな?

「けど今回は賭けが成立したんだね?」
「両方とも新人さんですからね」
「それが理由になるの?」
「なりますよ。だって今日から賭けに参加する人もいるんですから」

 なるほど。
 確かに本戦から観戦し、賭け始める人間ならば勝敗や噂だけで判断する他ない。

「まぁ、それでも1.1倍ですけどね」
「むぅ、俺も賭ければよかったかな」
「ダメです」
「何で?」
「こういうのは庶民の遊びなんです」
「俺が庶民じゃないと?」
「勿論です、ミナジリ卿、、、、、♪」

 ネムのヤツ、まるで「ミケラルドさんは邪魔しないでください♪」と言いたげな顔だ。
 まぁ確かに、俺が賭けに参加すればいよいよ賭けが成立しなくなるだろうからな。
 白金貨千枚でも賭けようものなら賭けの胴元が傾きかねない。

「でも勝負はわからないんじゃない? 今回はリィたんが認めた相手だよ」
「認めるのと勝負になるのかは別です」
「……ごもっともです」

 正にその通りなんだよな。
 たとえリィたんが認めた相手だろうが、相手はランクAになったばかりの冒険者。
 彼は過去に俺、リィたん、ジェイル、ナタリーたちと戦い、敗れたパーティの一人だ。
 勿論、ナタリーは戦っていなかったが、あの時の戦力から成長しているとしてもそれは微々たるものだろう。リィたんに敵う訳もないのだ。
 無情ではあるが、絶対的な力の前に為す術がないのは誰にだって一緒だ。
 何故なら俺が経験済みだ。リィたんに土下座して奇跡的なトンチをぶっ放さなくては、俺は今この場に、この世にいなかっただろう。
 第一回戦、審判が入場し、遅れて選手が入場する。
 涼やかな表情で現れるリィたんとは対照的に、ラッツの表情は緊張以上の恐怖に染まっていた。
 位置につき、両者向かい合う。
 リィたんの武器はハルバード。対してラッツの剣はロングソード。
 当然、刃は潰してあるものの、鉄製なので凶器である事には変わりない。

「ラッツ! 負けたら承知しねぇぞ!」

 その時、観客席の最前列でラッツを激励する声が聞こえた。
 それはやはり、ハンによる激励だったのだ。
 彼の声は届いたのだろう。
 その声一つで、ラッツの顔から恐怖が消えたのだから。
 彼の目には炎が見えた。小さいながら確かに燃える勇気という名の炎が。

「始め!」

 審判の一声により、観客たちの興奮が最高潮に達した。
 空気に、大地に振動すら与えるその熱気は、武闘大会本戦の幕開けに相応しいと言えた。

「おぉおおおおおおおおおっっ!!」

 自身を奮い立たせるように吼えるラッツ。

「来い、お前の全てを見せてみろ……!」

 リィたんは大地にハルバードをドンと突き、迎撃の構えをとる。

「はぁああああああ! ぬんっ!」

 駆け寄り上段からの打ち下ろし。
 ずどんという衝撃がリィたんに伝わるも、その表情が乱れる事はない。

「かぁあああああああああっ!!」

 力強い声と共に、ラッツの両腕が肥大した。
 二度目の打ち下ろしは、先の攻撃の比ではない。

「ほぉ。自己暗示に近い強化法か、面白い」

 しかし、リィたんはこれを片手で払って見せる。

「くっ!」

 吹き飛ばされたラッツが再度駆ける。

猛剣もうけん! 十斬じゅうざんっ!」

 俺が血を吸った時には、ラッツはこの剣技を習得していなかった。
 これは、彼がこの短期間で成し得た修練の証。
 十斬は単純な打ち下ろしの連続技。一つ一つの攻撃は通常攻撃には劣るものの、十連撃をほぼ同時に与える事が出来るようだ。

「それでは我が身には届かぬぞ!」

 リィたんの一撃はその十連撃を軽く超える。
 かち上げられてしまったラッツの剣。だが、彼はその剣を放す事はなかった。

「ならば! 猛剣もうけん! 重斬じゅうざん!」

 なんと、面白い剣。
 ラッツは剣の面を使い、重厚な剣をリィたんに向けたのだ。

「まだ、まだ甘いぞ!」
猛剣もうけん! 獣斬じゅうざん!」
「はははは! 軌道がまるでお粗末! だが、何と荒々しき剣よ!」

 リィたん、何か楽しそうだな。

猛剣もうけん! 柔斬じゅうざん!」

 上手い、緩急を入れてきた。
 あの柔らかい剣は剣先による刺突攻撃。

「ふっ」

 リィたんはそれをハルバードの石突き部分で合わせた。

猛剣もうけん! 拾斬じゅうざん!」
「まさか戦士が剣を投げ捨てるとはな! だが、それも潔し!」

 ロングソードを投擲武器として投げたラッツ。

「お返しだ」

 当たり前の如くそれを打ち返すリィたん。
 ラッツは自身に返ってくるロングソードを身を伏せ辛うじてかわし、這うようにリィたんへ突進した。

「無茶です! 武器もなしに!」

 ネムが叫ぶ。

「折角教えてやったんだから使わなくちゃ損だろうが!」

 ハンが吼える。
 ハンはラッツに何を教えた?
 ハンの武器は……ダガー……? っ!

「リィたん! 隠し武器だ!」

 俺の助言が届く前に、リィたんが笑った気がした。

「ちょうど、そうだろうと思ってたところだ……!」

 ラッツが懐から出したダガーは二本。

双猛剣そうもうけん……双十斬そうじゅうざん!」

 上下左右無数の連撃はリィたんのハルバードに強い衝撃を与える。

「素晴らしい攻撃だ」
双猛剣そうもうけん! 双重斬そうじゅうざん!」

 上下のあぎとから囓り付くようなたけき剣。
 それは、悲鳴をあげ続けたリィたんのハルバードが限界を迎えた瞬間だった。
 鉄製のハルバードは真っ二つに千切れ、大地へと落ちる。
 肩で息をするラッツに、リィたんが笑う。

「やるな」

 こりゃ……いよいよリィたんが動くぞ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

平凡すぎる、と追放された俺。実は大量スキル獲得可のチート能力『無限変化』の使い手でした。俺が抜けてパーティが瓦解したから今更戻れ?お断りです

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
★ファンタジーカップ参加作品です。  応援していただけたら執筆の励みになります。 《俺、貸します!》 これはパーティーを追放された男が、その実力で上り詰め、唯一無二の『レンタル冒険者』として無双を極める話である。(新形式のざまぁもあるよ) ここから、直接ざまぁに入ります。スカッとしたい方は是非! 「君みたいな平均的な冒険者は不要だ」 この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。 しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。 レベル35と見せかけているが、本当は350。 水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。 あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。 それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。 リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。 その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。 あえなく、追放されてしまう。 しかし、それにより制限の消えたヨシュア。 一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。 その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。 まさに、ヨシュアにとっての天職であった。 自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。 生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。 目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。 元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。 そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。 一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。 ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。 そのときには、もう遅いのであった。

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

処理中です...