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第一部
その176 波乱
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幸い、俺が魔法を発動した事に気付いた人間はそう多くはなかった。
ランクAの戦士系冒険者はまず気付かない。魔法に精通している高ランク冒険者は気付いただろうけどな。
どうやら観客たちは『盛り上がりが最高潮に達したと見計らったパーシバルが自らの魔法で防いだ』という認識になったらしい。彼は初手土塊操作を使ったから……その刷り込みなのであればそれはそれでいい。
「ミック、行け。あれ程の深手だ。おそらくレミリアを回復出来るのはミックしかいない」
レミリアの足、それと腹部も何ヶ所か雷の槍がかすめていたようだ。
血塗れになって倒れるレミリアをギルド職員と思しき人間が運んで行く。
「行ってくる!」
俺は言いながら駆け、レミリアが搬送されたであろう救護室へ向かった。
武闘大会が始まった直後だというのに……これが波乱の幕開けとならなければいいが。
「失礼! こちらにレミリアさんは運ばれましたか!?」
救護室に入ると、そこには見覚えのある魔法使いがおり、レミリアの重傷を前に顔を歪めていた。
「こ、こんな怪我……私には治せません……!」
涙目になっている女を横目に、俺はレミリアの症状を見た。
血が止まらず意識もない。あれはかなりまずい状態だ。
「き、君っ?」
「冒険者ランクAのミケラルドです。回復魔法には自信があります。是非彼女を」
レミリアを搬送したであろう男のギルド職員が俺を止めようとしたが、簡潔な自己紹介と要点を伝えると、彼は制止の腕を緩めた。
「失礼します」
俺は腰の打刀を置き、魔法使いの隣へ向かった。
「無理です! これほどの重傷、聖女様でもない限り――」
「――キッカ、いいからそこを離れて」
「え、私……貴方と会った事――…………はい」
虚ろになっていったキッカは、黙って一歩引き、俺に全てを譲ったのだった。
そう、彼女の名前はキッカ。
ナタリーをリーガル国へ送る途中、俺たちを襲った冒険者パーティにいた、僧侶風の女。彼女こそがキッカだったのだ。当然、キッカの血を身体に取り込んでいた俺の言う事だ。【呪縛】の効果があれば、彼女も押し黙ってしまう。
ギルド職員の反応は気になるところだが、それは今気にしている場合ではない。
「酷いな……」
後数分遅れていたら、彼女の命は助からなかっただろう。
「……!」
俺は天使の囁きを発動し、彼女の回復を図った。
「これは……!」
みるみる塞がる傷に、ギルド職員が驚きを露わにする。
「あなた、お名前は?」
俺はギルド職員にそう聞いた。
「え、リ、リプトゥア国の冒険者ギルド職員のラスターです」
人の良さそうな短髪の男――ラスター。
リプトゥア国のギルド職員に顔を売る機会と思えばいいか。
「ラスターさん、ここで見た事については全て極秘事項という事で宜しくお願いします」
「え?」
「これはランクA冒険者でありリーガル国の王商、そして子爵であるミケラルド・オード・ミナジリからのあなた個人への要請です」
使える手札は何でも使う。それがこの場の正しい選択。
何の罪もない男の血を奪おうという気にはならないしな。
……レティシアの件は俺の中で特例という事にしておこう。
「は、はい! かしこまりました!」
どうやら、ギルド職員であれば俺の噂くらいは知っているようだ。
余り利用したくないものではあるが、今回は仕方がないだろう。
「うぅ…………き、君は……」
気付いたのか、震える瞳で俺を見たレミリア。
「もう大丈夫、安心してください」
全ての治癒を終えた俺の声を聞き、彼女はまた糸が切れたかのようにプツンと意識を失ったのだった。
◇◆◇ ◆◇◆
「「この度は、本当にありがとうございました」」
救護室の外でラスターとキッカに頭を下げられた俺。
キッカの記憶だけはほんの少しいじらせてもらった。
曖昧な記憶ではあるが、俺とはかつて「回復魔法談義で盛り上がった仲」という事になっている。
「いえ、彼女が助かっただけで満足です」
率直な感想を言うと、ラスターが心配そうに俺を見る。
「しかし、この後試合があるでしょう。あれ程の魔力を使って――」
「――今日は一試合だけだから大丈夫ですよ。寝れば魔力を回復しますし、マナポーションだってありますからご安心を」
「そ、そうですか……で、ではリプトゥア国にいらっしゃった時は是非冒険者ギルドへ! 誠心誠意対応させて頂きます」
「助かります」
俺はラスターに微笑んで言うと、背後から小さな足音が近付いて来た。
「あれれー? その様子じゃレミリアは無事だったんだ~」
どの口が言うか、このガキんちょは……。
「パーシバルさん……今治療が終わったところです」
「ふーん、やっぱり君が助けたんだね」
見られたくないところを見られてしまったか。いや、もしかしてこいつ……。
「もしや、彼女の治療をなさりに?」
「ううん? 確認しに来ただけだよ。君の実力がどれ程のものかをね」
にゃろう、やはり俺の力を試したって事か。
「僕ね、相手の魔力を見ればどういう魔法を使えるか何となくわかっちゃうんだ~。だから、君が高位の回復魔法が使える事もある程度わかってたんだよ」
「……私が試合を止める事もわかっていたと?」
「君とリィたんだっけ? 二人のどちらかが止めるって事は想定済みさ。土塊操作を使えたって事は、土魔法も使うんだね。それは気付かなかったな~」
とぼけた言い方だが、これが本当とは限らない。
「では、レミリアさんはそれだけのために重傷を負ったというのですか?」
「ん? 違うよ?」
何か理由があったというのか。
「だってさ、さっきあいつ僕の事を止めたじゃん」
「……は?」
こいつは今、何を言ったんだ?
「せっかく面白いところだったのにね~――あ、君には感謝してるよ。リィたんとの勝負が今から楽しみで仕方ないよ、あははははっ」
悪気などどこにもない。
悪意などどこにもない。
彼は……こいつは……奴は、目の前にいた障害が邪魔だったというだけで、レミリアを大怪我させたと言った。……言ったんだ。
「虫は邪魔なだけ。あんなのは潰してポイだよ」
「っ!!」
瞬間、俺は自分の魔力を抑える事が出来なくなった。
ランクAの戦士系冒険者はまず気付かない。魔法に精通している高ランク冒険者は気付いただろうけどな。
どうやら観客たちは『盛り上がりが最高潮に達したと見計らったパーシバルが自らの魔法で防いだ』という認識になったらしい。彼は初手土塊操作を使ったから……その刷り込みなのであればそれはそれでいい。
「ミック、行け。あれ程の深手だ。おそらくレミリアを回復出来るのはミックしかいない」
レミリアの足、それと腹部も何ヶ所か雷の槍がかすめていたようだ。
血塗れになって倒れるレミリアをギルド職員と思しき人間が運んで行く。
「行ってくる!」
俺は言いながら駆け、レミリアが搬送されたであろう救護室へ向かった。
武闘大会が始まった直後だというのに……これが波乱の幕開けとならなければいいが。
「失礼! こちらにレミリアさんは運ばれましたか!?」
救護室に入ると、そこには見覚えのある魔法使いがおり、レミリアの重傷を前に顔を歪めていた。
「こ、こんな怪我……私には治せません……!」
涙目になっている女を横目に、俺はレミリアの症状を見た。
血が止まらず意識もない。あれはかなりまずい状態だ。
「き、君っ?」
「冒険者ランクAのミケラルドです。回復魔法には自信があります。是非彼女を」
レミリアを搬送したであろう男のギルド職員が俺を止めようとしたが、簡潔な自己紹介と要点を伝えると、彼は制止の腕を緩めた。
「失礼します」
俺は腰の打刀を置き、魔法使いの隣へ向かった。
「無理です! これほどの重傷、聖女様でもない限り――」
「――キッカ、いいからそこを離れて」
「え、私……貴方と会った事――…………はい」
虚ろになっていったキッカは、黙って一歩引き、俺に全てを譲ったのだった。
そう、彼女の名前はキッカ。
ナタリーをリーガル国へ送る途中、俺たちを襲った冒険者パーティにいた、僧侶風の女。彼女こそがキッカだったのだ。当然、キッカの血を身体に取り込んでいた俺の言う事だ。【呪縛】の効果があれば、彼女も押し黙ってしまう。
ギルド職員の反応は気になるところだが、それは今気にしている場合ではない。
「酷いな……」
後数分遅れていたら、彼女の命は助からなかっただろう。
「……!」
俺は天使の囁きを発動し、彼女の回復を図った。
「これは……!」
みるみる塞がる傷に、ギルド職員が驚きを露わにする。
「あなた、お名前は?」
俺はギルド職員にそう聞いた。
「え、リ、リプトゥア国の冒険者ギルド職員のラスターです」
人の良さそうな短髪の男――ラスター。
リプトゥア国のギルド職員に顔を売る機会と思えばいいか。
「ラスターさん、ここで見た事については全て極秘事項という事で宜しくお願いします」
「え?」
「これはランクA冒険者でありリーガル国の王商、そして子爵であるミケラルド・オード・ミナジリからのあなた個人への要請です」
使える手札は何でも使う。それがこの場の正しい選択。
何の罪もない男の血を奪おうという気にはならないしな。
……レティシアの件は俺の中で特例という事にしておこう。
「は、はい! かしこまりました!」
どうやら、ギルド職員であれば俺の噂くらいは知っているようだ。
余り利用したくないものではあるが、今回は仕方がないだろう。
「うぅ…………き、君は……」
気付いたのか、震える瞳で俺を見たレミリア。
「もう大丈夫、安心してください」
全ての治癒を終えた俺の声を聞き、彼女はまた糸が切れたかのようにプツンと意識を失ったのだった。
◇◆◇ ◆◇◆
「「この度は、本当にありがとうございました」」
救護室の外でラスターとキッカに頭を下げられた俺。
キッカの記憶だけはほんの少しいじらせてもらった。
曖昧な記憶ではあるが、俺とはかつて「回復魔法談義で盛り上がった仲」という事になっている。
「いえ、彼女が助かっただけで満足です」
率直な感想を言うと、ラスターが心配そうに俺を見る。
「しかし、この後試合があるでしょう。あれ程の魔力を使って――」
「――今日は一試合だけだから大丈夫ですよ。寝れば魔力を回復しますし、マナポーションだってありますからご安心を」
「そ、そうですか……で、ではリプトゥア国にいらっしゃった時は是非冒険者ギルドへ! 誠心誠意対応させて頂きます」
「助かります」
俺はラスターに微笑んで言うと、背後から小さな足音が近付いて来た。
「あれれー? その様子じゃレミリアは無事だったんだ~」
どの口が言うか、このガキんちょは……。
「パーシバルさん……今治療が終わったところです」
「ふーん、やっぱり君が助けたんだね」
見られたくないところを見られてしまったか。いや、もしかしてこいつ……。
「もしや、彼女の治療をなさりに?」
「ううん? 確認しに来ただけだよ。君の実力がどれ程のものかをね」
にゃろう、やはり俺の力を試したって事か。
「僕ね、相手の魔力を見ればどういう魔法を使えるか何となくわかっちゃうんだ~。だから、君が高位の回復魔法が使える事もある程度わかってたんだよ」
「……私が試合を止める事もわかっていたと?」
「君とリィたんだっけ? 二人のどちらかが止めるって事は想定済みさ。土塊操作を使えたって事は、土魔法も使うんだね。それは気付かなかったな~」
とぼけた言い方だが、これが本当とは限らない。
「では、レミリアさんはそれだけのために重傷を負ったというのですか?」
「ん? 違うよ?」
何か理由があったというのか。
「だってさ、さっきあいつ僕の事を止めたじゃん」
「……は?」
こいつは今、何を言ったんだ?
「せっかく面白いところだったのにね~――あ、君には感謝してるよ。リィたんとの勝負が今から楽しみで仕方ないよ、あははははっ」
悪気などどこにもない。
悪意などどこにもない。
彼は……こいつは……奴は、目の前にいた障害が邪魔だったというだけで、レミリアを大怪我させたと言った。……言ったんだ。
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