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第一部

その173 冒険者の洗礼

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「わぁ……本当に転移出来ました……」

 国境を超え、リプトゥア国にある空き家のテレポートポイントへテレポートした俺たちは、武闘大会の参加申し込み受付の開始時間まで、時間を潰す事にした。

「まだ何も置いてないけど、今日中に色々買い揃えちゃうかなー」
「そんな呑気でいいんですかねぇ?」

 ネムの心配を聞き、リィたんが肩を竦めながら言う。

「案ずるなネム。ミックの実力に匹敵する冒険者がいれば――」

 すぐわかるだろうな。リィたんには【探知】の魔法があるし。

「――私が潰す」

 違った。物凄くシンプルな回答だったわ。

「こ、殺しちゃダメですからねっ」
「そうなのか?」
「冒険者は冒険者ギルドの財産だからね。事故なら仕方ないかもしれないけど、そうならなないように大会運営側も工夫してるんだよ」
「たとえば?」
「武器は基本的に大会運営が用意したものを使うんだよ。腕を見たい訳だから、武器の優劣は関係ない。武器は刃を潰してあるらしいよ」
「これを使ってはいけないのかっ!?」

 リィたんはオリハルコンのハルバードを大事そうに抱きしめながら言った。
 うーむ、出来ればもう少し柄に足を絡めて欲しいものだが、そう言う訳にもいかないか。

「そゆこと」
「むぅ……慣れ親しんだ武器を使えないのは厄介かもしれないな」
「慣れ親しむ程使い込んだ事に驚きだよ。魔導書グリモワールの在庫、今大変な事になってるよね?」
「そうか? 数えてないからわからないな?」
「クロードさんが言ってたよ。『軽く千冊は超えてる』って」
「それは多いのか?」
「ネムに聞いてみれば?」
「お、多いなんてもんじゃないです!」
「何だ、まだ少なかったか」

 そう受け取るのはリィたんらしいな。
 まぁ、リィたんのおかげでダンジョン産のアイテムに在庫不足が起きないのだ。止める理由はないが、徐々に変えなければいけない問題でもある。
 今後はミナジリ領の警備隊の訓練のため、徐々にダンジョン攻略に向かわせる手はずである。ラジーンとか闇ギルド出身の皆の武力は、正直そういうところに使ってもらいたいからな。魔導書グリモワールの冊数を聞き、指を折りながら金勘定を始めたネムをよそに、リィたんが更に聞いてくる。

「他にもあるのか?」
「ん~、怪我に備えて高ランクの回復魔法使いがいるとか」
「ならば、間違ってもミックは怪我を出来ないな」
「魔族には光の回復魔法は効かないからなぁ~」
「むぅなるほど……これが冒険者の洗礼か」

 そうじゃねぇよ。
 でもまぁ、リィたんにとってはこれはハンディキャップになってしまうのかもしれないな。強すぎるが故の問題点か。
 その後も雑談は続き、時間はあっという間に過ぎてしまった。
 意外にもネムとリィたんという異色の会話は楽しく、買い物をするという案はいつの間にか頭の中から消えていたのだ。
 受付時間となったのを機に、俺たちは武闘大会開催地であるコロセウムに向かったのだった。

 ◇◆◇ ◆◇◆

「ハハハハハハハハッ! おい、そこのチビ! 今なんつったっ!?」
「俺の聞き間違いじゃなければリーガル国から来たとか言ってたな!」

 物凄いテンプレ煽りを食らい、ネムはぷくりと頬を膨らませる。
 リスみたいでとても可愛い。あの頬の中には一体何が入っているのだろう。

「ミケラルドさん! 何でそんなに嬉しそうなんですか!?」
「幸せかな? いや、やっぱり怒りかな?」
「何の話をしてるんですか!?」
「え、そこに入ってる内容物」

 俺はネムの頬を指差し真顔で答えた。

「何も入ってません!」
「やっぱり怒りだったかぁ~」

 と、俺が額を押さえて嘆いていると、俺の肩を掴むごつい手。

「おいてめぇ、ふざけてんのか!?」

 冒険者ランクAとは思えない粗暴な男アホと、

「俺たちを無視するとは流石田舎者は違うなぁ!」

 見るからに田舎者風な衣服を纏った男バカだった。
 俺は二人を指差しながらネムに聞く。

「この喧嘩、買ったら失格になっちゃう?」
「勿論です!」
「売ってる人は?」
「残念ながら……でも、危害を加えちゃダメなんです」
「つまり、喧嘩を売るだけは自由と」
「……はい」

 流石にネムが悔しそうである。
 言葉は凶器にもなるのだが、それがこの世界に浸透するのは先の事だろう。
 さて、先程から黙っているリィたんはどんな反応を――ぁ。

「おい貴様」

 いつの間にか男Aの前に立っていたリィたん。

「おうおう何だよ! めちゃくちゃ良い女じゃねぇか!」
「こいつぁお前ぇには勿体ない上玉だ!」

 あ、やばいなこれ。
 俺はネムを抱え、すぐにその場から跳んで後退した。

「わわ!? 何ですか一体――って、っ!?」

 次の瞬間、ネムは見た。
 リィたんの身体中から溢れる極大な魔力を。
 眼前でそれを目の当たりにした男ABは、一瞬で死を悟った事だろう。
 強制的な死を前に脳が下す判断は気絶という名の逃避。
 膝から崩れるように気を失った二人に、リィたんがうすら笑う。

「何だ、眠いのか?」

 何あれ? 俺の催眠スモッグより強力なんじゃない?
 衆人環視とはいえ冒険者の集まりだ。遠巻きにもリィたんの魔力は目立った事だろう。

「洗礼は……もうないかもしれません」
「あの魔力を浴びて喧嘩売ってくる冒険者がいたら逆に見てみたいよ」

 俺がそう言うと、事を終えたリィたんがパァっと明るい表情で振り返り俺を見る。

「ミック! どうだっ? ちゃんと喧嘩を売れたぞ!」

 会場全体に売ったけどな。
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