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第一部

その20 あぁ、我らの偉大なるソルト

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「これでいいか?」
「おぉ、岩塩! それにこれは胡椒じゃないですかっ! よく買えましたねっ?」
「問題ない。途中の狩りで得た毛皮と交換出来た。ここらでは重宝するからな」

 さっすがジェイル。人選に間違いはなかった。……ん?
 な、何だとっ!?
 リィたんは岩塩を持ち、匂いをくんくんと嗅ぎながら腰を下ろしている。それも……ヤンキー座りでっ!
 蹲踞そんきょと呼ばれるしゃがみ方とは違うこの踵を地面に付けた独特のスタイル!
 別名「う○こ座り」と言われるこのしゃがみ方だが、露出が多い横乳ばいんばいんのリィたんがこれをやると何が起こるっ!?
 何だこの未知の世界は! 見える! 突き出した尻が! 割れ目がほんのりと見え、そこに吸い込まれたいという欲望を抑えずにはいられない! 見える! 流れるような美しい脚線が! 艶と肉と少しの脂肪が混じり、独特の個を形成し、正面に回りたくなる衝動を抑えずにはいられ――――

「ミックゥウウッ? 何を見てるのかしら~?」
「見てわからないのかっ!? 尻だ! あいたっ!?」

 む……むぅ、ナタリーにはこの良さがわからないようだな。頬が痛いぞ。
 三歳児にこんな事するなんて、何て酷い子だ。

「それでミック。そろそろこれを解除してほしいのだが?」

 ダンディジェイルが顔を指差して言う。
 あぁ、そういえば解除しておかないとな。

「えー、ジェイルそのままでいいよー。すっごくカッコいいよっ!」

 ナタリーがジェイルの腰に掛かる革袋を掴みながら訴える。
 よほどあの姿が気に入ったんだな。なるほど、ナタリーの趣味はダンディな男か。
 困った様子のジェイル………………って、えっ!?

「凄い…………表情の変化がわかる」
「ホントだ。いっつも無表情なのに…………」

 ナタリー……それは言わない方がよかったのでは?

「そんなに無表情なのか? 俺はいつも通りだったが……?」
「いつも通り!? って事はリザードジェイルにもそんな感情の変化がっ!?」
「ミック、お前は俺を何だと思っていたのだ。リザードマンは皮膚が硬いから表情の動きは繊細なんだ。見ろ、り……リィたんも同じだ。あの方はリバイアサン。龍族だ。元の姿に戻った場合、私と同じようになるはずだ」

 ジェイルがそう言ってリィたん指す。その時俺はとんでもない光景を目の当たりにした。
 なんとリィたんが岩塩を手で持ち、太陽に照らされたそれを下からチロチロと舐めている。
 何て素晴らしい光景なんだ。小さな口から出る舌が下からてろてろちろちろとっ! くっ……たまらん!

「ミックゥウウッ!」
「あー、ごめんごめん。ごめんってば! ではジェイルさん、戻しますね……――――――」

 先程の逆再生のようにジェイルの顔を元に戻すと、むすっとしたナタリーが俺を睨む。
 いや、ジェイルが望んだ事だし……。
 しかしジェイルの表情の変化には本当に驚いたな。顔は怖いままなのに、ちゃんと心には変化があるんだな。

「……しょっぱいぞ、これ」
「しょっぱいねー、リィたん」
「む、何となく見下された気がするぞ? ミック」

 おっと、咄嗟に無垢な少女に対する口調になってしまったようだ。
 いかんいかん、気を付けなくちゃな。国をも滅ぼす力……か。
 いざ想像したら身震いが起き、肩を竦ませる俺は、まだまだ人間なのかもな。

 ◇◆◇ ◆◇◆

 塩は素晴らしい。何て素晴らしいんだ。
 ただの味気ない肉が塩加減絶妙の肉になる。それでも日本の焼肉屋には劣る。どんなに不味い焼肉屋でも、この簡素な味には勝るだろう。
 俺は本当に恵まれてたんだなーとしみじみ思う。
 落ち着いたら人界の中を食べ歩きしたいけど…………しばらく先だろうなー。

「リィたん、この中に頼む」
「わかった。ウォーター」

 簡単な水魔法を指先から水筒に流し込むリィたん。
 魔法は魔力さえあれば使えるから水魔法は本当に便利だと思う。
 正直、リィたんがいるだけで旅は快適順調だからだ。
 ジェイルの話だと水魔法はかなり貴重だと言っていた。使える種族が少ないのだろう。
 リィたんの魔力は尽きる事はない。無尽蔵とも言えるだろう。
 恐ろしい水神様やでぇ……。

「ところでジェイルさん」
「何だ?」
「もうリプトゥア国には入っているんですか?」
「あぁ、そうだ。この辺は魔族が多く暮らしているからな。冒険者がよく出没する。気を付けておけ」

 冒険者が、出没、、する……か。
 確かに魔族であるジェイルが発した言葉ならそうなるか。
 いやしかし、何とも違和感があるなぁ。

「いや、でもこの状況で気を付けなくちゃいけないのは、ジェイルさんだけなんじゃ?」
「何故だ?」

 見てわかりそうなものだが、人間に見えるのは……。

「ナタリー、リィたん、俺」

 血のような目の色は何とか金色に修正する事が出来た。
 これはおそらくナタリーの血を吸ったおかげだろう。

「む、確かにそうかもしれないな。ならば三人は魔族に注意するといい」

 つまり両方気を付けてなくちゃいけないって事だよね、それ。

「あ、でもミック――――」

 ナタリーが言いかけたその時だった。
 俺は異様な風切り音を耳で捉え、ジェイルの腕が素早く動くのを見た。
 リィたんは涼しい顔で見守っていたが、いつの間にかジェイルの眼前には鋭い矢があった。
 うっそだろ?! まさか敵襲!?
 スパニッシュの奴が追いかけてきたのか!?

「噂をすれば……だな」

 むすっとした様子のリィたんが腰に手を当てて呟く。
 あの、ナイスプロポーションです。
 俺の視線から、ナタリーは俺の横腹をど突きなさった。
 じとりとしたその視線。確かに幼馴染っぽい印象はある。
 いや、今そういう状況じゃないから!

「おのれ魔族共、、、! その女たちをどうするつもりだ!?」

 今、どもって言わなかった? 共って?

「一人はハーフエルフ……! ふん、魔王への献上品ってところかっ?」

 それなら逆の道を歩いていると思うんだが、そういった情報は出回ってないのだろうか?
 現れたの冒険者風の男女三人。
 勇敢そうに正面に立つ戦士風の男。少し離れて弓を構える身軽そうなハンター風の男。その脇で軽蔑の視線を俺たちに向ける僧侶風の女。

「ハン! キッカ! 子供とはいえ吸血鬼だ! 注意しろ! リザードマンは俺がやる!」
「あいよ!」
「気を付けてね!」

 おかしい。
 ちょっと色白なだけの俺が、何故吸血鬼だと見破られたのだろう?

「だってミック……その歯を見れば一目瞭然だよ……」

 溜め息を吐くようにナタリーが言う。
 なるほど、盲点だった。
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