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第一部
その9 ナタリーの危機
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屋敷に帰ると、ナタリーが寂しそうに待っていた。
床から頭を覗かせて、俺のベッドに顔を伏せている。
微かに下がっている耳がとても可愛いが、それ以上にいつもの元気がない。
一体どうしたのだろうか?
「どうしたの……ナタリー?」
声を掛けると同時に、ナタリーは俺に抱きついて来た。
…………はぇ!?
「ちょ、ちょ、ちょぉおおっ!? え、何? 一体どうしたのよ!?」
「凄く……凄く怖かったんだからぁっ! うぅ……うっ」
な、泣いてる? 怖い思いをさせてしまったのか?
俺がナタリーを置いて行ったから? いや、見送りの際はかなり元気だった気がするが、これは山の天気並みに変わる女の子の気分というやつか!?
「ナ、ナタリー。詳しく話してくれないとわからないよ……」
「ぐす……あの、あのねっ――」
ナタリーの話を聞いて、俺はナタリーの涙の理由を知った。
俺とジェイル先生が外へ向かった後、ナタリーはやる事もないので、俺の部屋の隅で絵を書いていたそうだ。
勿論、この世界、奴隷に紙を与えるようなやつはいない。いるとすればそれは俺だ。
奴隷での生活ではあるが、暇で暇で死にそうになるだろう思い、ナタリーの趣味を聞いた時、彼女は「絵を描く事だ」と言った。
そう思って俺は余分なインクと紙をアンドゥにお願いした。
勿論、アンドゥは俺が使うと思っているからすぐにそれを用意し、俺の部屋に届けた。
つまり、使用人には内緒なんだ。
ばれたら何を言われるかわからない。だからナタリーも注意を払って絵を描いている。
俺が部屋にいる時はノックをするが、いない時、使用人は普通に入ってくる。主に掃除の時だがな。
酷だが当たり前の話をすると、奴隷にそういった許可はいらない。
だからナタリーも注意して絵を描く。
足音が聞こえると使用人が唯一掃除をしないナタリーのスペースに紙とインク、そしてペンを隠す。
そして寝たふりをするのだ。
主に俺が部屋から離れる際、ナタリーはこういった暮らしをしている。
今日もナタリーは寝たふりをして掃除が終わるのを待とうとしていた。
いつも魔獣族の使用人からはジロジロと見られるが、襲われる事はない。
俺がアンドゥに厳重注意したからだ。
だが今日は違った。
屋敷のシフトの関係か、今日部屋へ掃除に来た使用人はいつものドッグウォーリアの魔獣族ではなかった。
ナタリーの話ではどうやらワニ型の魔獣族だったようだ。
ナタリーが寝たふりをしていると、最初は掃除をしていたみたいだが、徐々にナタリーへと近付き、終始ナタリーの周りを掃除し始めたそうだ。
荒い息に垂れる涎。
ナタリーの顔を這うように匂いを嗅ぐワニの魔獣族に、ナタリーは生きた心地がしなかったとい話…………にゃろう。
俺はすぐにアンドゥを呼び出し、そのワニを部屋へ呼んだ。
俺の前でアンドゥが説教をすれば大人しくなるだろう。事実、ドッグウォーリアの時がそうだったから。
種族名「ダイルレックス」。ワニの大きな口に、恐竜種を混ぜたような顔をした恐ろしい顔だった。
生前の俺なら失禁していただろう。ナタリーが怖がるのも無理はないというか、生きた心地がしないという言葉が本当に当てはまる。
そのダイルレックスのこいつ、名を「ドゥムガ」というそうだ。
ドゥムガは、アンドゥや俺を前に太々しい様子で立っていた。
「ドゥムガ、お前の振る舞いにミケラルド様はご立腹だ。以後このような事がないようにと改め、そして謝罪しなさい」
「…………」
「ひっ!」
く、こいつ!
ドゥムガはアンドゥの話を無視し、それでも尚ナタリーの方を向いてニタリと笑った。
ナタリーは小さく悲鳴をあげ、俺はドゥムガを睨んだ。
アンドゥは呆れた様子で額を手で押さえると、俺に向き直った。
「申し訳ありませんミケラルド様。ドゥムガには後程きつく言っておきますので」
「恐れながらミケラルド様、一つよろしいでしょうか?」
ようやく口を開いたドゥムガ。その体躯に似合う低くしゃがれた声。
「何だ?」
「この娘、ミケラルド様が定期的に血を吸うという事で生かされてるようですが、本当でしょうか? 見たところかなり血色が良さそうですが? ……ふふふ」
この……また舌舐めずりをっ。
確かにその通りだが、その言い訳は考えてある。
「ナタリー、腕を見せてやれ」
俺の言葉にナタリーはコクリと頷いて袖をまくり右腕を見せた。
腕には確かに俺の牙の痕が付いている。
当然だ、今朝付けた傷だからな。
これはここ二ヶ月でわかった事だが、不思議な事に、腕であればあの本能的衝動は発生せず、ひと噛みで行為を止める事が出来たんだ。
これを利用し、ナタリーには痛みを我慢してもらって、たまにひと噛みさせてもらってる。幸い、ほとんど痛みはないようだが、完全にないわけではないそうだ。
ドゥムガはそれを見ると不満気な様子で俺に向き直り頭を下げた。
「大変失礼しました。奴隷を有効利用されてるようで」
いちいちカンに触る奴だ。
気のせいかアンドゥも少し驚いている? どういう事だ?
少し不審に思われていたのかもしれない。もしくはスパニッシュが何か関係しているのか?
「わかったならいい。下がって休め。アンドゥ、くれぐれも気を付けさせろ。いや、私の部屋にこいつを入れるな。掃除には別の者を使え」
「かしこまりました」
二人が部屋を出ると、ナタリーは腰と肩を同時に落とした。
気が抜けたみたいだ。可愛いとこもあるもんだな。
「はぁ……ビックリしちゃった。ドゥムガって魔獣族も怖かったけど、ミックも怖くて……」
「へ? 俺が?」
「あ、あぁ、でも! 同じ怖さじゃなくて、なんかこう威圧感って言うのかな? そんな怖さだよっ」
そんな威圧感出てたか?
いや、自分で気付けないのに考えてもしょうがない。ナタリーにはそう感じた。そういう事だろう。
「でも、これでたぶん大丈夫だと思うぞ?」
「うん、ありがとう!」
花が咲いたように笑顔を見せたナタリー。
最近ではこれが俺の癒しであり楽しみでもある。
もっと喜んでもらいたいな。だから、もっともっと頑張らなくちゃ。
◇◆◇ ◆◇◆
スパニッシュの寝室では、アンドゥが頭を垂らしていた。
ベッドの上では屋敷の主人が分厚い本をめくりながら口の端を上げている。ワラキエル家、屋敷の主であるスパニッシュだ。
「そうか、早くもそれほどにか」
スパニッシュが言葉を聞き終えると。アンドゥは顔を上げ主同様、ニタリと笑みを零す。
「えぇ、かなりの魔力を感じました。あのドゥムガを使った甲斐がありました。私も少々驚きました。まさかたった三ヶ月であそこまでの魔力を……」
「……そうだな。あの晩ハーフエルフの血を吸って、完全な魔族になると思ったが、どうやらあれには魔族とは違う血が混じってるようだ」
「と、言いますと?」
「寄生転生……この事自体公にはしていないが、召喚の儀式の際、魔族とは違う紛い物が混入したのだろう」
「道理で……。あの自意識と行動力はそういった理由が。では、もしやあの黒銀の毛もそういった事が原因でしょうか?」
「さぁ、どうだろうな……」
部屋に少しの沈黙が流れる。
アンドゥは、主人の気を損ねないように本のページを意識して声を掛けている。
気を張って本から意識が離れるタイミングを見ているのは使用人として流石と言える。その幾たび目かのタイミングが再び訪れる。
「……いかが致しましょう? このままでは危険ではありませんか?」
「何、大元の血は魔族のソレだ。感情を揺さぶってやればすぐに結果が出よう。引き続きドゥムガを使え。あれを使ってミケラルドの覚醒に迫れ。ハーフエルフなど殺して構わん」
スパニッシュはページをめくっていた手を止めて語気を強めた。
「ドゥムガはその生け贄という事ですな?」
「ふん、ハーフエルフを餌にすれば多少危険でもあいつは動く」
再びアンドゥが頭を下げる。
アンドゥが了承の意を黙して伝えると、スパニッシュはゆっくりと本を閉じた。
◇◆◇ ◆◇◆
翌日、モンスター狩りに向かう前に、俺はナタリーに一つの提案をした。
その提案にナタリーはとても喜んでいた。部屋の中で跳びはねる程に。
だから俺も安心してジェイルと外に出る事が出来たんだ。
俺もまさかその日中にこの提案が役立つとは思わなかった。
奴が……また部屋に入って来た。
提案というのはら超能力でのテレパシーを、常時ナタリーと繋げておくというものだった。
余裕のないモンスターとの戦闘中は途切れ途切れだったが、基本的にナタリーと話しながらの鍛錬だった。
どこか集中力が足りないとジェイルに注意をされたが、こういった経験も必要だと思って身体に慣らせるつもりでモンスター狩りとテレパシーを並行させた。
事件は夕暮れ近く、ジェイルの指示で一息ついた時だった。
『う、嘘っ。奴よ! またドゥムガが部屋に入って来た!』
…………くそっ!
「坊ちゃん? どこへ?」
「すみません、戻ります!」
俺は走った。短く小さな足で森の中を駆けた。
後方からはジェイルが追って来るのがわかったが、俺の様子を見たからか、引き止めるつもりはなさそうだ。
くそ、一体どういう事だっ。ドゥムガがもう部屋に入って来ないという事を過信したのか!?
アンドゥの言い付けを守らないとは思えない。以前守れなかった鬼族の部下が無残に殺されたのを覚えているし、ドゥムガだってこの屋敷のルールは知っているはずだ。
って事は……知っていて尚入った? つまり誰かの指示?
一体誰? 魔獣族の密偵? それともアンドゥの指示? いや、俺は馬鹿か。ドゥムガが殺されないと踏んで入ってるんだ! つまりアンドゥの指示! くそ、どういう事だよ!
道中ナタリーに声を掛け続けたが、途中から返事がなくなった。
頼む! 生きていてくれ! ……見えた! 屋敷だ!
部屋は二階。俺は無我夢中で風魔法を使って飛び上がった。
窓ガラスを割り、部屋に入った時、俺の目の前にいたのは血の海に立つ大きなワニだった。
その時、俺の頭の中は真っ白になって、自分の大きな鼓動が一つ聞こえたのを覚えている。
床から頭を覗かせて、俺のベッドに顔を伏せている。
微かに下がっている耳がとても可愛いが、それ以上にいつもの元気がない。
一体どうしたのだろうか?
「どうしたの……ナタリー?」
声を掛けると同時に、ナタリーは俺に抱きついて来た。
…………はぇ!?
「ちょ、ちょ、ちょぉおおっ!? え、何? 一体どうしたのよ!?」
「凄く……凄く怖かったんだからぁっ! うぅ……うっ」
な、泣いてる? 怖い思いをさせてしまったのか?
俺がナタリーを置いて行ったから? いや、見送りの際はかなり元気だった気がするが、これは山の天気並みに変わる女の子の気分というやつか!?
「ナ、ナタリー。詳しく話してくれないとわからないよ……」
「ぐす……あの、あのねっ――」
ナタリーの話を聞いて、俺はナタリーの涙の理由を知った。
俺とジェイル先生が外へ向かった後、ナタリーはやる事もないので、俺の部屋の隅で絵を書いていたそうだ。
勿論、この世界、奴隷に紙を与えるようなやつはいない。いるとすればそれは俺だ。
奴隷での生活ではあるが、暇で暇で死にそうになるだろう思い、ナタリーの趣味を聞いた時、彼女は「絵を描く事だ」と言った。
そう思って俺は余分なインクと紙をアンドゥにお願いした。
勿論、アンドゥは俺が使うと思っているからすぐにそれを用意し、俺の部屋に届けた。
つまり、使用人には内緒なんだ。
ばれたら何を言われるかわからない。だからナタリーも注意を払って絵を描いている。
俺が部屋にいる時はノックをするが、いない時、使用人は普通に入ってくる。主に掃除の時だがな。
酷だが当たり前の話をすると、奴隷にそういった許可はいらない。
だからナタリーも注意して絵を描く。
足音が聞こえると使用人が唯一掃除をしないナタリーのスペースに紙とインク、そしてペンを隠す。
そして寝たふりをするのだ。
主に俺が部屋から離れる際、ナタリーはこういった暮らしをしている。
今日もナタリーは寝たふりをして掃除が終わるのを待とうとしていた。
いつも魔獣族の使用人からはジロジロと見られるが、襲われる事はない。
俺がアンドゥに厳重注意したからだ。
だが今日は違った。
屋敷のシフトの関係か、今日部屋へ掃除に来た使用人はいつものドッグウォーリアの魔獣族ではなかった。
ナタリーの話ではどうやらワニ型の魔獣族だったようだ。
ナタリーが寝たふりをしていると、最初は掃除をしていたみたいだが、徐々にナタリーへと近付き、終始ナタリーの周りを掃除し始めたそうだ。
荒い息に垂れる涎。
ナタリーの顔を這うように匂いを嗅ぐワニの魔獣族に、ナタリーは生きた心地がしなかったとい話…………にゃろう。
俺はすぐにアンドゥを呼び出し、そのワニを部屋へ呼んだ。
俺の前でアンドゥが説教をすれば大人しくなるだろう。事実、ドッグウォーリアの時がそうだったから。
種族名「ダイルレックス」。ワニの大きな口に、恐竜種を混ぜたような顔をした恐ろしい顔だった。
生前の俺なら失禁していただろう。ナタリーが怖がるのも無理はないというか、生きた心地がしないという言葉が本当に当てはまる。
そのダイルレックスのこいつ、名を「ドゥムガ」というそうだ。
ドゥムガは、アンドゥや俺を前に太々しい様子で立っていた。
「ドゥムガ、お前の振る舞いにミケラルド様はご立腹だ。以後このような事がないようにと改め、そして謝罪しなさい」
「…………」
「ひっ!」
く、こいつ!
ドゥムガはアンドゥの話を無視し、それでも尚ナタリーの方を向いてニタリと笑った。
ナタリーは小さく悲鳴をあげ、俺はドゥムガを睨んだ。
アンドゥは呆れた様子で額を手で押さえると、俺に向き直った。
「申し訳ありませんミケラルド様。ドゥムガには後程きつく言っておきますので」
「恐れながらミケラルド様、一つよろしいでしょうか?」
ようやく口を開いたドゥムガ。その体躯に似合う低くしゃがれた声。
「何だ?」
「この娘、ミケラルド様が定期的に血を吸うという事で生かされてるようですが、本当でしょうか? 見たところかなり血色が良さそうですが? ……ふふふ」
この……また舌舐めずりをっ。
確かにその通りだが、その言い訳は考えてある。
「ナタリー、腕を見せてやれ」
俺の言葉にナタリーはコクリと頷いて袖をまくり右腕を見せた。
腕には確かに俺の牙の痕が付いている。
当然だ、今朝付けた傷だからな。
これはここ二ヶ月でわかった事だが、不思議な事に、腕であればあの本能的衝動は発生せず、ひと噛みで行為を止める事が出来たんだ。
これを利用し、ナタリーには痛みを我慢してもらって、たまにひと噛みさせてもらってる。幸い、ほとんど痛みはないようだが、完全にないわけではないそうだ。
ドゥムガはそれを見ると不満気な様子で俺に向き直り頭を下げた。
「大変失礼しました。奴隷を有効利用されてるようで」
いちいちカンに触る奴だ。
気のせいかアンドゥも少し驚いている? どういう事だ?
少し不審に思われていたのかもしれない。もしくはスパニッシュが何か関係しているのか?
「わかったならいい。下がって休め。アンドゥ、くれぐれも気を付けさせろ。いや、私の部屋にこいつを入れるな。掃除には別の者を使え」
「かしこまりました」
二人が部屋を出ると、ナタリーは腰と肩を同時に落とした。
気が抜けたみたいだ。可愛いとこもあるもんだな。
「はぁ……ビックリしちゃった。ドゥムガって魔獣族も怖かったけど、ミックも怖くて……」
「へ? 俺が?」
「あ、あぁ、でも! 同じ怖さじゃなくて、なんかこう威圧感って言うのかな? そんな怖さだよっ」
そんな威圧感出てたか?
いや、自分で気付けないのに考えてもしょうがない。ナタリーにはそう感じた。そういう事だろう。
「でも、これでたぶん大丈夫だと思うぞ?」
「うん、ありがとう!」
花が咲いたように笑顔を見せたナタリー。
最近ではこれが俺の癒しであり楽しみでもある。
もっと喜んでもらいたいな。だから、もっともっと頑張らなくちゃ。
◇◆◇ ◆◇◆
スパニッシュの寝室では、アンドゥが頭を垂らしていた。
ベッドの上では屋敷の主人が分厚い本をめくりながら口の端を上げている。ワラキエル家、屋敷の主であるスパニッシュだ。
「そうか、早くもそれほどにか」
スパニッシュが言葉を聞き終えると。アンドゥは顔を上げ主同様、ニタリと笑みを零す。
「えぇ、かなりの魔力を感じました。あのドゥムガを使った甲斐がありました。私も少々驚きました。まさかたった三ヶ月であそこまでの魔力を……」
「……そうだな。あの晩ハーフエルフの血を吸って、完全な魔族になると思ったが、どうやらあれには魔族とは違う血が混じってるようだ」
「と、言いますと?」
「寄生転生……この事自体公にはしていないが、召喚の儀式の際、魔族とは違う紛い物が混入したのだろう」
「道理で……。あの自意識と行動力はそういった理由が。では、もしやあの黒銀の毛もそういった事が原因でしょうか?」
「さぁ、どうだろうな……」
部屋に少しの沈黙が流れる。
アンドゥは、主人の気を損ねないように本のページを意識して声を掛けている。
気を張って本から意識が離れるタイミングを見ているのは使用人として流石と言える。その幾たび目かのタイミングが再び訪れる。
「……いかが致しましょう? このままでは危険ではありませんか?」
「何、大元の血は魔族のソレだ。感情を揺さぶってやればすぐに結果が出よう。引き続きドゥムガを使え。あれを使ってミケラルドの覚醒に迫れ。ハーフエルフなど殺して構わん」
スパニッシュはページをめくっていた手を止めて語気を強めた。
「ドゥムガはその生け贄という事ですな?」
「ふん、ハーフエルフを餌にすれば多少危険でもあいつは動く」
再びアンドゥが頭を下げる。
アンドゥが了承の意を黙して伝えると、スパニッシュはゆっくりと本を閉じた。
◇◆◇ ◆◇◆
翌日、モンスター狩りに向かう前に、俺はナタリーに一つの提案をした。
その提案にナタリーはとても喜んでいた。部屋の中で跳びはねる程に。
だから俺も安心してジェイルと外に出る事が出来たんだ。
俺もまさかその日中にこの提案が役立つとは思わなかった。
奴が……また部屋に入って来た。
提案というのはら超能力でのテレパシーを、常時ナタリーと繋げておくというものだった。
余裕のないモンスターとの戦闘中は途切れ途切れだったが、基本的にナタリーと話しながらの鍛錬だった。
どこか集中力が足りないとジェイルに注意をされたが、こういった経験も必要だと思って身体に慣らせるつもりでモンスター狩りとテレパシーを並行させた。
事件は夕暮れ近く、ジェイルの指示で一息ついた時だった。
『う、嘘っ。奴よ! またドゥムガが部屋に入って来た!』
…………くそっ!
「坊ちゃん? どこへ?」
「すみません、戻ります!」
俺は走った。短く小さな足で森の中を駆けた。
後方からはジェイルが追って来るのがわかったが、俺の様子を見たからか、引き止めるつもりはなさそうだ。
くそ、一体どういう事だっ。ドゥムガがもう部屋に入って来ないという事を過信したのか!?
アンドゥの言い付けを守らないとは思えない。以前守れなかった鬼族の部下が無残に殺されたのを覚えているし、ドゥムガだってこの屋敷のルールは知っているはずだ。
って事は……知っていて尚入った? つまり誰かの指示?
一体誰? 魔獣族の密偵? それともアンドゥの指示? いや、俺は馬鹿か。ドゥムガが殺されないと踏んで入ってるんだ! つまりアンドゥの指示! くそ、どういう事だよ!
道中ナタリーに声を掛け続けたが、途中から返事がなくなった。
頼む! 生きていてくれ! ……見えた! 屋敷だ!
部屋は二階。俺は無我夢中で風魔法を使って飛び上がった。
窓ガラスを割り、部屋に入った時、俺の目の前にいたのは血の海に立つ大きなワニだった。
その時、俺の頭の中は真っ白になって、自分の大きな鼓動が一つ聞こえたのを覚えている。
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