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第一部

その8 初めてのモンスター

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 魔王か。やっぱり四天王の上には魔王だよな。
 そもそも魔族ってどうやって成り立ってるんだ?
 食糧……とは言いたくないが、人間を攫ったり買ったりしてるんだろう。その買うってのも金が必要な訳だ。
 その豊富な資金はどこから? それとも高価な素材や物品でやりとりしてるのか?
 そこら辺は今度ジェイル先生に聞いておくか。

 ◇◆◇ ◆◇◆

 そんな事を考えていたらいつの間にか眠っていた。
 目を覚ますと、俺のベッドの脇でナタリーが顔を覗かせていた。

「おはようナタリー。何やってるの?」
「ひぁっ。お、おはようミック……」
「ん?」

 何でナタリーは赤くなってるんだ?
 そんな事を考えていると、扉からコンコンとノック音が聞こえた。どうやら使用人が朝食の知らせに来たみたいだ。
 通常、下男のジェイルはここまで足を運べないから、代わりに使用人が来るのだ。ナタリーを治した時は周りに誰もいなかったし、先生の時間でもないしな。

 俺は扉越しの声に返事をすると、ナタリーが後ろを向くのを待ってから着替えを始めた。これは俺とナタリーの間で決めたルールだ。
 前はアンドゥが俺の着替えを用意して手伝っていたが、ひとりでできるもんアピールをしたら着替えを部屋に置いておくというスタイルに変わったんだ。
 着替え終わるとナタリーに声を掛ける。

「もう、ミック、また蝶ネクタイが曲がってるよ」
「あ、あぁごめん」

 俺の身長に合わせて屈み、蝶ネクタイをしっかりと直してくれるナタリー。こんな幼馴染イベントもたまに起こる。たまにな。
 ナタリーの服はいつまでたっても奴隷服。
 首と腕だけ通せればそれでいいという感じのボロボロのワンピース。幸い俺の部屋という事もあり定期的に洗ってくれるのだが、やはり見るに堪えない。早くなんとかしてあげたいものだ。
 廊下に続く扉を開けると、ナタリーの目が変わる。
 いや、変わるというより、沈むというのが正しいだろうか。
 今のナタリーは俺の部屋でだけ自由を許してもらっている。反対に言えば、俺の部屋以外は全て「奴隷」なのだ。
 あぁもどかしい。

 扉を開けると、燕尾服を着たドーベルマン型の魔獣族が俺に一礼をする。
 この魔獣族は、「ドッグウォーリア」という種別名で、この屋敷の大半はこいつらで構成されている。
 本能に勝てないのはわかるが、どの魔獣族も俺の後ろを歩くナタリーを「美味そうな食べ物」という目で見る。
 やらん。こいつはやらんぞ。
 俺の後ろで震えるナタリーはいつも気が気じゃないはずだ。放し飼いのライオンより恐ろしい奴らが舌舐めずりしているのだ。生前の俺だったらとうに壊れているかもしれない。
 食堂に着くとシェフジェイルが二人分の食事を用意して待っている。
 俺がテーブルに座り、ナタリーの分は床に置かれている。
 俺は装飾が美しい食器。ナタリーは木皿とスプーンのみ。
 いや、これでも良くはなった方だ。最初ジェイルはナタリーに床を舐めさせようとしたんだ。
 勿論ジェイルが悪い訳じゃない。「これが奴隷として当然」という刷り込まれた認識がそうさせたんだ。
 すぐに改善させここまできたんだが、やはりまだまだ俺はこの世界に慣れていないのだと実感する。
 慣れてはいけないだろうが、驚くのもよろしくない。困ったものだ。

「本日のメインは芋を蒸してすり潰し、バターと胡椒をかけました。生野菜、豚肉とといた卵を入れたスープです」

 なぜじゃがバターをすり潰したんだ?
 まぁ味に大差はないだろう。
 少しは料理が出来る俺だが、厨房へ入れてくれないのはジェイルなりのこだわりなのだろう。

「ありがとうございます。いただきます」
「いただきます」

 俺とナタリーがそう言うと、ジェイルは一礼してさがって行った。

「お、塩加減がちょうどいいな。腕上げたなジェイルさん。野菜も塩じゃない食べ方もしたいもんだが、酸味がある調味料がなぁ……人間の領地では簡単に手に入るらしいが、こっちじゃなかなか難しいよなー」
「確かにお酢は欲しいわねー。塩だけじゃ身体壊しちゃうわ」

 そんな会話をしながら朝食を食べ終えると、ジェイルが食器を片付けに来た。

「坊ちゃん。許しを頂いたので、本日はモンスターを狩りに行きますよ」

 だから生後三ヶ月ですけど?

 ◇◆◇ ◆◇◆

 ジェイルに連れられて俺は屋敷の外、おそらく本で読んだであろう森に来た。
 因みにナタリーの外出は俺が許さなかった。モンスターは危ないからな。ナタリーも納得してくれたから大丈夫だろう。
 いるかな、クロス・ファイア・ガーリック三世?
 確かに先祖の手記通り森の中には湖があった。
 しかし、ここに来るまでモンスターに出会わなかったぞ?
 先祖が駆逐したとか書いてたけど、流石に昔の話だろう。
 ここでどうやってモンスターと?

「モンスター、いるんですか?」
「呼ぶんですよ」

 ジェイルは俺の身長程の麻袋を持っていた。
 それを地面に下ろし、袋の口を逆さに向け、乱雑に中の物を落とした。
 俺の目に入ったのは……人間の半身だった。

「ちょ、何やってんすかっ!」
「こうしないとモンスターは寄ってきませんよ。ただでさえ旦那様のテリトリーですからね」

 血生臭い空気が俺の鼻を通る。
 くそ、朝食が全部出てきそうだ。
 すぐに風上に移動して吐き気を回避する。

「む、来ましたね」

 凄いな、視界に見えないのにわかるのか。

「強いのが来たらどうするんです?」
「ご安心を。強き者は賢き者。賢き者は自ら死地には赴きません」

 そうだった。ここは四天王のテリトリー。

「アースラビット、ゴブリン二匹、カタパルトスパイダーです」
「四匹!?」
「問題ありません。カタパルトスパイダーは少し……いえ、問題ないでしょう」
「ちょ、今口ごもったの全部出してくださいよ!」
「まずはアースラビットからです。土や石で出来た身体です。上手く土の部分を叩けば脆いモンスターです」

 くそ、教えるつもりがないな、あのシェフ兼師匠は。
 前方を見ると、確かに距離を空けて四匹のモンスターが見える。最初は……アースラビットか。
 鋭そうな前歯をもった赤い瞳の硬そうな兎。そいつが死体の前に立ちはだかった俺に飛び掛ってきた。
 土の部分……っ!

「ここっ!」
「ビィー!?」

 おぉ、吹き飛んだ! というかもげたぞ!?
 結構軽いもんだな。これなら次のゴブリンも!

「お見事です。次、ゴブリン二匹っ。小さい人間だと思ってください。知能は低いですがないわけではありません」

 ゲームやアニメの通り、深緑の肌に武器。実際に見るとかなり気持ち悪いな。
 アースラビットもゴブリンも奥に見えるカタパルトスパイダーもどれも同じくらいの大きさだな。
 今回の武器は、ナイフと斧か……何て恐ろしい!

「ギャッギャ!」
「ギャー!」
「蹴って、払う!」

 払って木にぶつかったゴブリンは一時放置。蹴って距離をとったゴブリンに追撃の振り下ろし。
 よし、木剣でも結構仕留められるものだな。その後放置したゴブリンにもとどめを刺した。

「最後です。カタパルトスパイダーは背中に体液を放つ筒が付いています。そこから発射される毒に気を付けてください」

 毒か、これがジェイルの心配の種だな。
 距離を詰められれば……いや、ここは【超能力】だ!
 サイコキネシスでカタパルトスパイダーの背中の砲台を捻じ曲げる!

「ギィー!?」
「む、今のはっ!」
「どっせいっ!」

 さっきのアースラビットのようにカタパルトスパイダーに飛びかかり、顔の部分に木剣を突きたてると、カタパルトスパイダーは声も出さずに沈黙した。

「よし!」
「…………」

 あれ、ジェイル先生が睨んでる!?
 もしかして超能力使った事がばれた? 眼に見えるものなの、あれってっ?

「ど、どうしましたか?」
「……いえ、何でもありません。お見事です」
「そうですか」

 むぅ、やっぱり眼に見えないからと言って乱用するのは良くないのかもしれないな。
 もう少し大人だったらいいんだろうが、三歳の姿だと流石に目立つか。

「今日は初めてですからね。あれで最後にしましょう」
「もう一匹?」
「キラービーです。蜜の代わりに血を集める事もあります」

 おや、死体の血は既に乾いているように見えるけど?

「もしかしてあいつは?」
「私は竜族で外皮も硬いですからね。恐らく坊ちゃんを狙ってます」
「ちょ、早く言ってくださいよ!」

 さっきまでのモンスターはあくまで死体に意識が向いてた事もあって俺の攻撃が通ったんだ。と思う。
 だったら今回はもっと注意しなくちゃならないな。
 雑魚敵で出てくるような大型の蜂。俺の顔以上の大きさって事は実際には数百倍の大きさだろこれ。
 き、気持ち悪い……。

「羽の動きに惑わされず足に注意を払ってください。キラービーが坊ちゃんを掴めなければ針は刺せませんから」

 足に注意、足に注意……変だな?
 速度は地球の蜂とそこまで変わらないはずなのに、速く感じないような気がする。
 どういう事だ?

「どりゃ!」

 木剣を振り切ると、足で虫を踏みつぶしたような音を出して、キラービーは圧死した。
 持ち手が甘かったのか刃先じゃなく面で押し切ってたみたいだ。

「……お見事」

 こうして、俺の初めてのモンスター討伐は終わった。
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