私の名前は美咲先輩の妹

クトルト

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5話 私は高階美咲の妹

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 姉が事故に遭ってから、半年が経った。

 昼休みに勉強をしていると、母さんから電話があった。
 姉が意識を取り戻したと病院から連絡があったらしい。
 母さんは、今から仕事を早退して、病院に行くと言っていた。
 私も一緒に病院に行くように言われたが、断った。
 理由を伝えようとしたが「分かった」と言って、電話が切られた。
 
 母さんはもう、私のことはあきらめたんだ。
 それでいいと思う。
 私は姉の代わりにはなれない。
 
 
 それから、数日が経った。

 学校が終わり、バイトに行こうとした時、
 校門の近くで、柏木先輩に声をかけられた。

「結花さん、ちょっといいかな」

「すみません、これからバイトなんで」

 私が立ち去ろうとすると、

「なんで、美咲先輩のところに行かないの?」

「……」

「昨日、お見舞いに行ってきたの。
 先輩、結花さんに会いたいって言ってた」

「……忙しくて、会いに行く時間がないので」

「忙しいって……」

「バイトだけじゃなくて、家のこともあるんです」

「そうかもしれないけどさ……」
 
「私が行ったところで、意味はないですから」

「何なの、その言い方!」

「事実です」

「事実とかじゃなくて、美咲先輩が心配じゃないの!」

「……先輩が怒ってるのは、姉のためですよね」

「……そうだよ。でも、美咲先輩はあなたの事を大切にしてる。
 だから、私にとっても大切なの!!」

「とにかく、姉のところに行くつもりはないです」

「美咲先輩がどうなってもいいの!!」

「……私には姉に会う資格がないですから」

「どういう意味?」

「……」

 私は、柏木先輩に返事をせず、その場を立ち去った。
 

 それから1週間が経った。
 何事もなく淡々と日々が過ぎ、今日もバイト先に向かった。
 事務所から、私と同じ学生服を着た人が出て行くのが見えた。
 遠くで顔は見えなかったけど。

 面接だったのかな。
 正直大人と一緒の方が気が楽だ。
 適度に距離を取ってくれるし、
 干渉してくることも少ないから。

 出勤すると店長に声をかけられた。

「結花さん、今から配達をお願いしてもいいですか」

「配達?うちの店、配達なんてしてたんですか?」

「表向きにはやってないんですけど、
 頼まれた時に、時々対応してるんです」

「そうですか……でも、なんで私なんですか?」

「届け先が、結花さんが良く知っているところだと思ったので」

 店長から、届け先の地図を見ると、
 姉が入院している病院だった。

「お願いできますか?」

 店長は、私が姉と頻繁に会っていると思ってるんだ。
 普通はそう思うよね。
 まさか、意識を取り戻してから、一度も会ってないなんて、思うわけない。
 知られたら、軽蔑されるんだろうな。

「分かりました」

「じゃあ、よろしくお願いします」

 店長から、果物のかご盛と届け先が書かれたメモを受け取った。
 届け先は、入院中の加藤さんという方で、
 加藤さんの友人が、なかなかお見舞いに行けないので、
 事前に病院に許可を取られた上で、依頼があったと説明を受けた。
 
 受付に渡して、戻ってくればいいか。


 病院に到着した。
 受付の人に説明すると、
 病室まで直接持っていってほしいと言われた。
 断りたいと思ったが、そんなわけにいかないので、
 病室の場所を確認した。

 この時間は母さんは仕事だ。
 姉は、おそらくまだ、自由に歩ける状態ではないはず。
 さっさと届けて帰ろう。

 受付で教えてもらった病室の前に着いた。

「失礼します。果物をお届けに来ました」

「……」

 特に反応はない。
 病室の内、3つのベットは空いており、
 左の奥のベットはカーテンで仕切られていた。

 カーテンの近づいて、もう一度声をかけた。

「すみません。どなたかおられますか?」

「あ、はい」

 カーテンの向こう側から、声が聞こえた。
 カーテン越しなので、声がこもっていたが、
 女性だということは分かった。

「カーテンを開けて、ベットの横のテーブルに置いてもらえますか」

「分かりました」

 カーテンを開けると、
 ベットの上で上半身だけ体を起こしている姉がいた。

「結花、久しぶりだね」

 姉は満面の笑みで、私に声をかけてきた。
 
 なんで……加藤さんじゃないの。
 病室を間違えた?
 どうして……

「配達してくれて、ありがとう」

 間違ってない?どういうこと?
 
「あっ、あ、う……」

「本当にバイトしてるんだね。
 そのエプロン、似合ってるよ」

 ダメだ、早く逃げないと。

 私は果物をテーブルに置いて、
 慌てて、病室を出ようとした。

「結花!」

「⁉」

「なんで逃げるの?」

 姉は泣いている。

「私、結花のお姉ちゃんとしてもっと頑張るから。
 嫌なところがあったら、何でも言って」

 ……そういうところだよ。
 言われる度に、私がみじめで、情けなくて……
 また、姉のせいにしてる。
 私がダメなだけなのに。

「なんで何も言ってくれないの?」
 
 姉が私のために頑張る必要はない。
 私が存在するだけで、姉は苦しみ続けるんだ。

「私はバカだからさ。言われないと分かんなくて」
 
 ……もう、全部言ってしまおう。
 全部ぶちまけて、軽蔑されて、嫌われたらいいんだ。
 そうすれば、姉が私のことなんかどうでもよくなって、
 苦しむことはなくなる。

 私は姉のところに戻った。

「結花……」
 
「私はずっとお姉ちゃんが嫌いだった」

「……」

「お姉ちゃんは、すべてが完璧で、
 私は、お姉ちゃんの劣化版で、いつも比べられて、
 私は、いつも高階美咲の妹だった。
 結花なんて、どこにもいなかった」

「そんなことない。
 結花は結花だよ。
 それに、私は不器用で完璧なんかじゃ……」

「聴いたよ。不器用なんだってね」

「そうなの。結花の方が器用だし、すごいんだよ。
 だから私は、結花にガッカリされないように、
 結花の姉としていられるように、必死にやってただけなの」

「不器用だけど、努力で身に付けて、
 最後には、人よりできるようになってるんだよね。
 周りからお姉ちゃんの事を聴く度に、自分が情けなくなる」

「情けなく感じる必要なんかない。
 母さんから聴いたよ。
 バイトだけじゃなくて、家事も頑張ってるって」

「たった半年だよ」

「えっ」

「母さんから聴いた。大学に行くお金が足りないんだよね。
 母さんもお姉ちゃんも頑張ってる時に
 私は何も知らずに、お姉ちゃんの嫉妬して、不満ばかり言って」

「それは違うよ。私が母さんに、結花には言わないように頼んだの。
 結花には、家の事は気にせずに、楽しく生きてほしかった。
 だから、知らなかったことは気にしなくていいんだよ」

「……お姉ちゃんが事故に遭った時、
 私が何してたか知ってる?」

「……何してたの」

「お姉ちゃんのおさがりの制服が嫌で、
 ドブ川で制服を汚してたんだ。
 新しい制服を買ってもらうために」

「……」

「お姉ちゃんが大変な時に……
 これが私なんだよ」

「……」
 
「最低なんだよ私は」
 
「……私も同じことをしたよ」

「……同じ?」

「あの制服、お母さんが知り合いから譲ってもらった物なの。
 当時の私も、これから高校生になるのに、なんでおさがりなんだって思って、
 捨てようとしたんだ。でも、すぐに母さんにバレてね。
 母さん、怒ってくれなくて、悲しそうな顔してた。
 その時に、母さんからお金の事を聴いたの。
 それから、家事を手伝ったり、バイトを始めたんだよ」

「そう……だったんだ」

「だから、私も結花も一緒なんだよ」

「違う、全然違う!!私は、私は……」

「結花?」

「私は考えてしまったの」

「何のこと?」

「……」

「結花、話して」
 
「……」

「結花!」
 
「……お姉ちゃんが、重体で手術してるって聞いた時に考えたの」

「何を考えたの?」
 
「このまま死んだら、もうお姉ちゃんと比べられることはない。
 私が苦しまなくてすむって」

「……」

「そんなことを一瞬でも考えた自分が、
 おぞましくて、気持ち悪くて」

「……」
 
「私は私が嫌い。
 こんな奴、死ねばいい」

「……」

「言っちゃった」

「……」

「これで、私のこと嫌いになったでしょ。
 でも、大丈夫。もうお姉ちゃんには会わないから」

 私が立ち去ろうとすると、
 お姉ちゃんは私の手を取って、
 私を引き寄せて、抱きしめた。

「お姉ちゃん……」
 
「私は結花が好きだよ」

「離して、お姉ちゃん。
 こんなに力入れたらダメだよ。
 安静にしないといけないのに!」

「そんなの今は関係ない!」

「離して」

「離さない」
 
「離してよ!」

 お姉ちゃんは離してくれない。

「私は汚いの。心も考えも。
 だから、お姉ちゃんと関わっちゃいけないの」

「誰だって、恐ろしい考えが浮かぶことはあるよ」

「私は、お姉ちゃんに、お姉ちゃんに……」

「分かってるから。
 結花が良い子だってことは」

「私は良い子じゃない。
 お姉ちゃんはいつも優しかったのに、私は……」
 
「もういいから」

「こんな状況なのに、私は許されたいって思ってる。
 お姉ちゃんなら許してくれるって考えてる。
 そんなの無理なのに」

「許すよ」

「許さなくていい。こんな奴」

「私もゴメン。結花の気持ち分かってなくて。
 苦しんでること知らなかった」
 
「離して、お願いだから」

「絶対離さない」

「私はお姉ちゃんの妹にふさわしくない!」

「そんなことないよ」

「なんで……」

「私は一生、結花のお姉ちゃんだから」

「うっ、うっ、う、うあ、ううう」

 私はずっと泣き続けた。
 お姉ちゃんは、ずっと私の頭をなでてくれた。
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