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高校デビューは保健室から始まった

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 俺の名前は、影浦 一( かげうら はじめ)
 小さい頃から、人見知りで、影が薄く、
 何をやっても平均で、当然友達もいなくて、
 まともに名前を覚えてもらったこともなかった。
 
 これが俺の人生なんだと、あきらめていた。

 中学3年になり、修学旅行当日、空港に行くと、
 俺の席だけ予約されていなかった。
 先生たちは、俺の顔を見て、めんどそうな顔をしていた。
 同じグループのやつらは、修学旅行に行けなくなるのではないかと、
 不満そうな顔で、俺を見てきた。

 俺って、いらないんだ……

 急に体調が悪くなったと言って、
 空港でみんなを見送った。
 自然と涙があふれてきた。
 
 このままじゃ嫌だって思った。
 変わりたいって思った。

 残りの中学生活を捨てて、
 その時間で、自分自身を鍛え上げ、
 高校で人生をやり直すことにした。

 
 高校入学式当日
 
 心臓の鼓動が早くなり、
 体全身が震えている。
 これが武者震いというやつだろう。

 玄関の扉を開けようとした時、
 誰かに首根っこをつかまれた。

「何度言ったら分かるの!今日は学校を休みなさい!」

 母さんが声をかけてきた。

「今日は、絶対に学校に行く」

「熱が40℃以上あって、行けるわけないでしょ!」

「何℃だろうと関係ない。学校が俺を呼んでいる」

「うん、それは幻聴だから。休まないとね」

 家を出ようとすると、
 母さんが俺を羽交い絞めにしてきた。
 俺は母さんを振り切ろうとしたが、
 逆に廊下に投げ飛ばされてしまった。

 それから、俺は何度も玄関に突撃し、
 母さんに何度も投げ飛ばされた。

「はぁ、はぁ、はぁ……母さん、どいてくれ」

「はぁ、はぁ、はぁ……どかないって」

「俺はこの日のために……」

「分かってる。高校でやり直すために、
 ハジメが努力してきたことも、
 高校初日が大事だってことも」

 母さんが俺の両肩に手を置いて、
 真っすぐな目で、話し始めた。
 
「最初、中学生活を捨てるって聞いた時には、
 何言ってんのって思った。
 でも、すぐにハジメが本気なんだって分かった。
 他の子が楽しい学校生活を送っている中、
 ハジメは血反吐を吐く努力をした。
 私が止めようとしても、かたくなに拒んだ。
 そして、何をやっても人並み以上に、
 こなせる力を手に入れた。
 身長も20センチ以上伸びて、かっこ良くなって、
 正直、誰あんた?私の息子?ってレベルだよ」

「母さん……」

「だからさ、今日にこだわらなくても、
 ハジメなら高校でやっていけるよ」

「でも……」

「自信持ちなって」

「俺は……」

「とりあえず、一緒に病院へ行こうよ」

「学校に……」

「時間はあるんだからさ」

「行きたいんだぁぁぁぁぁ!!」

 俺は再び玄関に向かって走り始めた。


 1週間後

 手足にかけられた手錠を母さんが外してくれて、
 学校に向かった。

 「おはようございます!」
 
 勇気を出して、教室の扉を開け、大きな声であいさつをした。
 
 みんなが、俺の方を向いてくれた。
 影の薄い俺が、注目されている。

「お前が影浦だな」

 後ろから、先生に声をかけられた。

「はい!!!」

 ちゃんと名前で呼ばれるなんて。
 幸先が良いな。
 
「お、おう……元気がいいな」

「はい!!!」

 キーンコーンカーンコーン

「……じゃあ、みんな朝の会をするから、席に着くように」
 
 俺の高校生活が始まったんだ。

 
 昼休み

「こんにちは~、放送部部長のミヤビです。
 新入生のみなさま、ご入学おめでとうございます。
 この放送では、毎回学校の出来事を伝えたり、
 曲のリクエストを頂いて、流したりしています。
 それでは、今日の最初の曲は……」

 軽妙な放送が流れる中、俺の気持ちは沈んでいた。

 クラスのみんなに関わろうとしたが、
 ダメだった。
 話しかけようとすると、顔を赤らめてどこかに行ったり、
 話しかけても、
 
「えっ、あっ……ごめん」

 っていう反応で会話にならなかった。

 みんなにアピールするために、
 授業では、先生からの質問に全て手を挙げた。
 数学では、先生が大学受験の難しさを伝えるために出した、
 難問を正解し、体育の長距離走では、吐くまで走って、
 2位の人を周回遅れにした。

 なぜ俺は避けられるんだ。
 何か間違ったのか。

 すでにクラス内は、グループができていて、
 楽しそうにご飯を食べている。

 教室に居づらくなり、弁当を持って教室を出た。

 ない、どこにもない。
 弁当を食べられる場所がないか、学校内を見て回ったが、
 どの場所にも人がいて、新規が入れる場所はなかった。

「はぁ~」

 廊下で、ため息をついていると、
 誰かが、ポンっと背中を叩いてきた。

「どうした少年。大きな背中を丸くして」

 横から俺の顔を覗き込むように、
 白衣を着た女性が話しかけてきた。

「えっ、あっ……」

 いくら鍛えても、俺自身の根本的な性格は変わっていない。
 影が薄くて、人見知りで、準備しないと普通の会話さえできない。

「私は、保健室を担当している光宗(ミツムネ)だ。
 何か悩みがあるなら、私が聴こう」

「いや、別に……」

「よし、分かった」

 先生は、俺の手首をつかんで歩き始めた。

「ちょ、ちょっと」

「いいからいいから、悪いようにはしないさ」

 先生に手を引かれて、
 保健室に入り、イスに座らされた。

 先生は、お茶を出してくれた。
 俺が、お茶を一口飲んだタイミングで、

「何かあったのかい?」

「……」

 言えるわけない。
 クラスに居場所がなくて、
 食べる場所が見つけられずに、
 落ち込んでいたなんて。

「私はこの仕事を10年以上やっている。
 少なくても、キミよりはいろんな人を見てきたんだ」

 何が言いたいんだ、この先生は。

「私は今日、キミ……
 影浦君が教室に入ってからずっと見ていたんだ」

「……なんで俺の名前を」

「安心してほしい。確かに私は年下のかわいい子が好きという性癖はあるが、
 ストーカーをしたことはないのだよ」

「……」

「それにキミは、私の好きな見た目のタイプとは全然違うしね」

 なんで、先生はドヤ顔をしているんだ。
 それに、性癖って、大丈夫なのかこの先生。

「フフフ。話を戻すけど、体調不良で休んでいた子が、
 今日から登校するって聞いたから、心配で見ていたんだよ」

「そういうことですか」

「まだ半日だけどさ、キミは、頑張っていたね」

 なんだ?急にほめてきて。

「キミの悩みは、明確な目標があって、行動をして、
 頑張っても、望んだ結果が得られない。
 合っているだろうか」

 ……その通りだ。
 そんなことは自分でも分かっている。

「問題を解決するには、
 時間をかけないといけないこともあれば、
 自分自身で気づかないといけないこともある。
 でも、キミの場合は、誰かに頼ることが、
 必要なんじゃないかな」

 「お、俺は今まで、1人で……」

「1人で考えるのがいけないわけじゃない。
 でも、考えても、考えてもどうしようもない時は、
 別の方法を考えないと思うんだ」

「それができたら苦労は……」

「だから私が聴くと言っている」

「先生とは今日初めて……」

「2回会えば、話してくれるのかい」

「それは……」

「100回会えば、話してくれるのかい」

「そういう事ではなくて」

「ここで大事なのは、
 キミが話すかどうかを決めることなんだ。」

「……」

「分かった。じゃあ、私は決めたよ」

「?」

「キミの相談に乗って、解決しなかったら、
 私は学校を辞めるよ」

「……はぁ?」

「次は、キミの番だ。話すか、話さないか決めるんだ」

「や、やめるなんて、適当な事を言わないでください!」

「私は本気だよ」

 真っすぐな目で、俺を見てくる。
 この目は……母さんと同じ目だ。
 
 変わりたいなら、自分の考えだけに、
 こだわってはいけないのかもしれない。

「……分かりました」

「よく決めたね。すごいよキミは」

 先生のほめられて、うれしかったが、
 それがバレないように、普通の表情をした。

 
 俺は小さい頃から現在までの事、
 今悩んでいることを伝えた。

「アハハハハ♪」

「先生!」

「ごめん、ごめん」

「俺は真剣なんですよ!」

「分かっている。だからだよ」

 先生に話したのは、間違いだったのか。

「とりあえず、私が学校を辞めずに
 済みそうなんで、安心したよ」

「それって、どういう……」

「キミは自分のことは好きかい?」

「嫌いですね。こんな見た目や中身じゃなければ、
 違う人生だったんじゃないかって思います」

 「そうか……」

 先生は腕組みをして考え込んでいる。

「グ~~」

 先生のお腹の方から聞こえた。

「それって、弁当だよね」

「はい」

「とりあえず昼食にしようか。話して疲れたし」

「いいですけど」

 先生と一緒に昼食を食べることになった。

「キミの弁当、おいしそうだな」

「……普通ですよ」

「普通なわけあるかい!」

「痛っ⁉」

 先生にデコピンをされた。

「……玉子焼きを1つくれないか」

「玉子焼き?」

「みなまで言うな。分かっているよ」

 先生は、自分の食べていたカップ麺を両手で持って
 俺に差し出してきた。

 「このカップ麺は1個300円以上するんだ。
 キミに、ひとすすりをさせてあげよう。
 その玉子焼きには、それだけの価値がある」

「ひとすすりがなくても、あげますよ」

「本当かい!キミは神かい!」

 先生は目をキラキラさせている。
 さっきまで真剣な目で話した人とは別人だ。

 
「最高♡」

 先生は手のひらを頬にあてて、
 うっとりした表情で、玉子焼きの味をかみしめている。

「この玉子焼きには愛を感じるよ」

「愛ですか?」

「母親の息子に対する愛。
 たくさん食べて、大きく育てよってね」

「母親?」

「いいなぁ、いいなぁ、このお弁当。
 お金出すから、作ってくれないかな」

「先生が生徒にお金を出すのは、
 ちょっと……」

「ん?」

「この弁当は俺が……」

「まさか⁉こ、こ、このお弁当、き、キミが⁉」

「はい」

「うっそ⁉やっば⁉えっぐ⁉」

「大したことは……」

 先生はすっと立ち、俺の前で片膝をついて座り、

「結婚してください」

「……何言ってるんですか?」

「見た目はタイプじゃないけど、
 この料理があるなら関係ない。
 キミは良いやつだし、私が働かなくても、
 尽くしてくれそうだし……」

 白衣で、よだれをふいている。
 
「冗談はそれぐらいに……」

 先生は俺の手を両手でつかんだ。
 
「私の胃袋をつかんだ責任、
 取ってくれないか」

 俺は先生の手を振りほどき、
 保健室にあった鏡を持って来て、
 先生の顔の前にかかげた。

「先生、今自分がどんな顔をしてるか見て下さい」

 先生は、先程までの泥酔したような顔から一変、
 真顔になり、すっとその場に立った。

「良く気づいたな。キミが自分の良いところに、
 気づくために、芝居をしてあげたのだよ」

「芝居……ですか」

「気づかなかったはずだ。
 大人の魅力で、私のとりこになってたキミにはね」

「すごい、汗をかいてますけど」

「こ、これは、教師の情熱というか、
 そう、魂よ、魂の蒸気なのだよ」

 何を言ってるんだこの人は。

「さっき、鏡を取りに行った時に、気づいたんですけど」

「何だい?」
 
「保健室の扉が少し、開いてるんです」

「それが何?」

「扉の窓に、黒い影が」
 
 俺がそう言った時に、
 保健室の扉が勢いよく開けられた。

「見ましたよ~、先生」

「あなたは⁉」

 どこかで聞いたような声だ。

「昼休みの保健室で、先生と生徒のアバンチュール。
 秘密の恋。いやぁ~、結構、結構」

「ち、違うのだ、これは……」

 ドアを開けた女子生徒は、スマホを取り出した。

「全て録画をさせて頂きました」

「なんてことを……」

「私、放送部部長のミヤビが責任を持って、
 学校のみんなにお伝えいたします」

 そう言って、ミヤビ先輩はその場を立ち去って行った。
 先生は、鬼の形相で追いかけて行った。

 俺は、残りの弁当を静かに食べ始めた。

 
「はぁー、はぁー、はぁー」

 先生が息を切らして、
 保健室に戻ってきた。

「なぜ追いかけてこないのだ!」

「そんなことを言われても……」

「俺には関係ないってか!!
 キミはそんな薄情なやつじゃないだろう!!」

 先生は両手で俺の襟首をつかみながら、
 にらみつけている。

「キミはもう当事者なんだよ」

「そ、そんな……」

「あの動画が広まったら、最悪私は学校クビになんの!
 私がいなくなったら、キミは嫌でしょ!」

 なんで俺が 怒られてるんだろう。

 でも、先生がいなくなるのは……

 
 嫌だと思う。
 こんなにしゃべったのは、母さん以外で初めてだし、
 昼休みに誰かと食事をしたのも初めてだった。

 俺は先生に背を向けて、その場にしゃがんだ。
 
 「何をしているんだキミは!」

 「先生をおぶって走った方が、
 追いつけると思うんですが」

 「アハハ、最高だよキミは」

 俺は先生をおぶって走り始めた。

 「行っけぇぇぇーーー」

 先生の指示通りに、無我夢中で走った。

 
 これから俺の人生がどうなるかは分からない。
 でも、何かが変わる、
 そんな気がした。
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