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第21話「怪し火」①

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 異歴1140年7月。テンプル騎士団の聖地初の戦闘であったテコアの戦いが惨敗に終わり、ご主人様の相棒ギルバート様含め大勢の騎士を失ってからおよそ2年が経ちましたが、その間にも目まぐるしく情勢が変わる聖地において様々な事が起きました。

 テンプル騎士団においては、組織力のある2代目総長ロベール様は相次ぐ莫大な寄進を受けるに当たって、事前に教皇の認可を得ておいた方が良いと考え働きかけを行った結果、ついに異歴1139年3月29日付で教書『オムネ・ダトゥム・オプティウム』の発行がなされ、その結果テンプル騎士団は多くの諸特権を得ることが出来ました。諸特権の中でも特に地方の司教裁治権からの免属は、テンプル騎士団が独自に聖堂を持ち、専属の司祭をかかえ、聖祭や典礼を行うことができ、所在地の司教も彼らを解任する事が出来ない事を意味する重要なものです。その本部聖堂付き司祭に以前から騎士団と関係の深かったハットー司祭が就く事になった事について、ご主人様はあまり面白い顔はしていませんでしたが。

 聖地においては、前年に十字軍国家最大の敵と目されるザンギーがシリア最大の都市ダマスクスに侵攻、これに対しダマスクス太守はイスラム教徒でありながらこの危機に対してエルサレム王国と同盟を締結、今年の5月に見事撃退に成功したのです。手を結ぶキリスト教徒とイスラム教徒。聖地の勢力図は2色に塗り分けられるほど単純なものでは無いのです。

 さて肝心のご主人様ですが、戦いの前から絶好調という状態では無かったのですが、今はもう見るからに最悪の状態です。

「うぅ……殺せ……殺してくれ……」

 今もこのように悪夢にうなされ、そしてはだけたリネンのシャツから覗く胸元には大きく広がった黒いアザが。

 赤い騎士に致命の一撃を受けたご主人様。普通の方ならそこで物語が終わる所ですが、ご主人様は自身のお言葉を借りる所の"呪いにより、天の国への鍵を失っている"状態で、実質的な不死身となっている身なのです。しかも死ぬ度に悪霊に魂を引っ張られ、力が増す代わりに徐々に人の心から遠い所へと位置してしまう……胸の黒いアザ、これが全身を覆う頃には、一体どんな"怪物"になってしまうのか……

 今私に出来る事は悪夢にうなされるご主人様の手をこうして握るだけ。それはなんとも歯がゆいものです。
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