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4. 弥助の形見

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 明治9年(1876年)
 正覚寺に来て四年が経った頃、仁の齢は二十、龍馬は四十になっていた。
 龍馬の髪は、長年の睡眠不足からか白髪になっており、実際の齢よりも随分と上に見えた。

 龍馬は、基本を完璧に習得した仁に次なる試練を与えた。
 それは実戦形式の訓練であった。

 龍馬は仁に真剣を持たせ、自らも刀を抜き構えた。

「今日は特別な日ぜよ。今までの修行を実戦で試すがじゃ。手ぇ抜く気はないき、おまんもしゃんと気合い入れてきい!」



 初めて龍馬と真剣を交えることを許された喜びと緊張で、手が震える仁だったが、龍馬の真剣な表情に応えるべく、己の気持ちを奮い立たせた。

 二人は静かに構え、一瞬の沈黙の後、激しい剣戟が始まった。
 龍馬の一撃一撃は鋭く、仁は必死に受け流し、反撃の機会を窺った。

「速さと力だけが剣術やないち言うたじゃろ!もうちぃと先を見据えい!!」

 龍馬の教えを思い出し、仁は冷静に対処する。
 次第に彼の動きには余裕が生まれ、龍馬の攻撃を受け流すだけでなく、自ら攻め込むことも出来るようになった。

「そうじゃ!そん勢いじゃ!!」

 真剣がかち合う度に周囲に高い金属音が鳴り響いた。
 二人は暫くの間、剣を交えていたが、龍馬は急にひらりと身を翻し仁の背後に回った。

 次の瞬間、龍馬は仁の背中目掛けて思い切り肘を入れた。

「がはぁっ……!!」

 肩で息をしながら、地面に倒れ込んでいる仁の横に同じように寝そべる龍馬。

「はぁはぁ……ようやった。今日はもう終いじゃ」

「い、いえ……まだいけます!」

「ははっ……もう今日んところは勘弁じゃ!儂が保たんき」

 龍馬は苦笑いしながら立ち上がり、すでに身を起こして立っていた仁を見上げた。

「ほれにしても、仁。まっこと大きいなったのう。弥助の子孫ち言うがは嘘やなかったがやな」

 仁はこの四年の間で、6尺5寸(約197cm)ほどまで背が伸び、弥助を彷彿させる黒い肌、見事に鍛え上げられた強靭な肉体、筋肉隆々で大柄な体格へと成長していた。

「仁、ほんだけの体格と今のおまんの腕じゃったら刀やのうて、方天戟ほうてんげきの方がえいがじゃ」

「方天戟……?」

「切る・突く・叩く・薙ぐ・払う。複数の用法を持ち合わせた、まっこと万能な武器じゃ。おまんなら使いこなせるぜよ」



「し、しかし!武士と言えば刀……!それにこれまで学んできた剣術が……」

「儂が教え込んだ剣術は、刀だけに通ずるもんやないがぜ。刀、弓、または知略もそうじゃ。おまんが刀に憧れ、拘る気持ちも分かる。けんど、己に合うた戦い方を受け入れるがも、武士道っちゅうもんやき。騙された思もうて、試してみたらどうで」

 仁は不満げな表情を浮かべつつも、ここまで鍛え上げてくれた師匠でもある龍馬の言葉を飲んだ。

 翌朝、龍馬は寺の倉庫から長く重い『方天戟』を持ち出し、仁に手渡した。

「まっこと重いぜよ……」

 そう言う龍馬を横に、軽々と方天戟を受け取った仁。
 軽く一振り、二振りした仁の目は不満の曇りから一変して輝きに変わった。

「こ、これは……?!龍馬さん!信じられぬほどに手に馴染みます!まるで昔から使い込んでいたかのような……」

「それはおまんにやる。そいつは弥助が使こうちょった形見やちいう噂もあるがぜ」

「そ、そうなんですか?」

「こん寺にあったちゆうことは、あながちただの噂でもないちいうことぜよ。なんにせよ、刀やのうても、おまんが『己は侍じゃ』ち言うたら侍ながじゃ!」

「は、はい!」

 龍馬はその後も剣術だけではなく、精神の修養も説き続けた。
 夜には瞑想の時間を設け、心の平穏を保つ術を学ばせた。

「侍の道は心の道ぜよ。心が乱れよったら、武もまた乱れる。初めて会うた時にも言うたがやけんど、心を無にするがじゃ」

 仁は毎晩、龍馬の指導の元で静かに瞑想し四奉請しぶじょうを唱えた。
 修行を通じて、仁は次第に精神的にも強くなっていった。

奉請十方如来入道場散華楽ほうぜいしほうじょらいじとうちょう さんからく
 奉請釈迦如来入道場散華楽ほうぜいせきやじょらいじとうちょう さんからく
 奉請弥陀如来入道場散華楽ほうぜいびたじょらいじとうちょうさんからく
 奉請観音戮至諸大菩薩入道場散華楽ほうぜいかんにんせいししょたいほさとうちょうちょうさんからく……」

 阿弥陀さま・お釈迦さま・その他諸々の菩薩さまの慈悲を仰ぎ、この道場においでくださいと念を込めた。

 ある日のこと、龍馬の元へ一通の手紙が届いた。
 その内容は、龍馬がかつて感じた虫の知らせが的中したものであった。
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