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25. 自白と共犯
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美奈はゆっくりと話し始めた。
「小さい時にね、みんなに嫌われちゃったの。お、お母さんも、お父さんもいないし、おじさんだけが、私を引き取ってくれた。でもね、おじさんは、恋人が亡くなってすぐで、話し掛けても喋ってくれないし、ずっと無視されて。私のことなんて全然、構ってくれなくて。ご飯も、なくて、お腹すいて。ある時ね、おじさんどう思うのかな?って、思って、手首を切ってみたの。そしたら、優しく手当てしてくれて、少しの間だけ、構ってくれたの。その時に、耳聞こえないんだって、分かった。でも、何回も切ってたら、また構ってくれなくなった。それからいっぱい可哀想になるように頑張った。松井にレイプされてることも言ったけど、だめだった。嘘だと思われた。先生のこと、本気で好きになって、父親と松井からレイプされて、風俗で働いてるって言ったら、先生はちゃんと可哀想だと思ってくれた。一緒に住もうって言ってくれて、私と同じ傷、つけてくれて、いっぱい愛してくれた。レイプされてることも、風俗で働いてることも、信じて、守るって言ってくれて。でもあんたがいるからいつも不安だった。先生がそっちにいっちゃわないか、不安で仕方なくて、その時思ったの。……あ、もっと可哀想になればいいんだって。先生が私をずっと可哀想だと思ってくれるように。だからおじさんに頼んだの。私が可哀想になるようにしてって。父親として死んでって。松井のことも泣いて話して、傷だらけの腕見せたら、今度は信じてくれて、計画を練ってくれた。松井にビデオテープを送らせろって、おじさんが言った。だから松井にね、思い出に最後の一本だけ頂戴って、言ったの。初めは警戒されたけど、なんか最後は嬉しそうにしてて、気持ち悪かった。おじさんはね、ビデオテープを見て、怒って殺したようにして、自分も死ぬって。ちょうど生きるのに疲れたからいいよって、言ってくれた。私はおじさんの為に紐を括ってあげて、先生の家で眠剤見付けたから、最期くらいちょっとでも楽になるようにって、それをあげたの。おじさんがね、教えてくれたんだけど、おじさんの恋人が亡くなったの事故じゃなかったんだって。おじさんが、殺したんだって。好きな人が出来たって言われて、それで殺しちゃったんだって。その相手がね、大沢だったんだって。おじさんの試合に応援きても、見つめてるのはずっと大沢だったんだって。だから、おじさんは大沢のこと憎んでたし、私は先生の身体を知ってる大沢が邪魔だった。おじさん、どうせ死ぬなら、松井だけじゃなくて、大沢も殺してくれたら良かったのに。先生も、そう思うでしょ?そしたら、二人きりになれるのに」
大沢先生の言う通り、私はいつしか美奈に入れ込んで洗脳されてたのかもしれない。
こんな事を聞いても美奈を想う気持ちは、今すぐに消えることはないのがその証拠だろう。
私の信じたかった正義は一番共感してほしかった大沢先生に真っ向から『間違えている』と言われた。
本当にその通りだった。
だけどやっぱり、私は美奈を愛していて、彼女を救いたいと思った。
彼女にはもう、私しかいないのだから。
「先生、帰ろうよ。大沢のこと一緒に殺っちゃおうよ。私、うまくやるからさ」
私は大沢先生の手首を持って、ゆっくりと首に突きつけられている包丁を離した。
「美奈。……美奈には私しかいないもんね。美奈は可哀想だよ。私が救ってあげるからね」
私はテーブルに置いてあったスピリタスの瓶を手に持って口に含んだ。
そのまま美奈にキスをして、美奈の中にスピリタスを流し込んだ。
口を手で塞いで無理矢理飲み込ませた。
少し経って、美奈は声にならない声を出し始めた。
「がっ……う……お……あぁぁ……せ、先生……な、な、な、うぇ……なん、あ、で……」
そのうち美奈の身体は痙攣し始め、倒れ込んだ。
過呼吸を起こし、白目を剥いて口から泡を吹いている。
「長澤先生……?!きゅ、救急車!」
大沢先生はどこまでも正しい。
こんな美奈の為に、救急車を呼ぼうとしている。
私は大沢先生の手を握って
「これでいいんです」
と言った。
美奈は失禁し、しばらく痙攣したまま嘔吐した。
吐瀉物が詰まったようで苦しそうにもがき苦しんでいる美奈の頭を撫でていると、だんだんと痙攣が治まりそのまま動かなくなった。
「……美奈は、これで救われたかな。ずっと苦しかったね。頑張ったね」
大沢先生は泣いている私を抱き締めてくれた。
「長澤先生も、頑張りましたよ。大丈夫。大丈夫」
「私、まだ間違えてますか?」
「……いいえ。大丈夫です」
大沢先生の、優しい嘘だった。
インターホンが鳴った。
学校によく来ていた刑事たちがやってきた。
「大沢!何があった?!」
「全て話したよ。……その後、そこのスピリタスを自ら飲んで……あっという間だった。間に合わなかった、すまない」
「……分かった。とりあえず救急車を呼ぶが、もう無理だろうな……。長澤さん、大丈夫ですか?」
「はい」
その後、美奈は救急車で運ばれたが病院で死亡が確認された。
アルコールがダメだという話は本当だったらしい。
私は最期まで美奈を信じたかった。
私を求め、愛してくれたことが嘘ではなかったとを信じたかった。
私の信じたいという思いと、嘘を重ねていた美奈の『本当』が、皮肉にも彼女に鉄槌を下す結果となってしまった。
死因は、吐瀉物による窒息死。
アルコールアレルギーによるアナフィラキシーショックが起きたらしい。
真相を話した後、美奈が自ら飲んだのだと大沢先生は他の刑事たちにも話していた。
私が美奈に心酔し、心を奪われたのは紛れもない事実だ。
いつしか私は『正しさ』から道を踏み外し、その結果、大沢先生に嘘をつかせてしまった。
私は狡くも、大沢先生の優しい嘘に乗っかった。
共犯者にさせてしまった。
「小さい時にね、みんなに嫌われちゃったの。お、お母さんも、お父さんもいないし、おじさんだけが、私を引き取ってくれた。でもね、おじさんは、恋人が亡くなってすぐで、話し掛けても喋ってくれないし、ずっと無視されて。私のことなんて全然、構ってくれなくて。ご飯も、なくて、お腹すいて。ある時ね、おじさんどう思うのかな?って、思って、手首を切ってみたの。そしたら、優しく手当てしてくれて、少しの間だけ、構ってくれたの。その時に、耳聞こえないんだって、分かった。でも、何回も切ってたら、また構ってくれなくなった。それからいっぱい可哀想になるように頑張った。松井にレイプされてることも言ったけど、だめだった。嘘だと思われた。先生のこと、本気で好きになって、父親と松井からレイプされて、風俗で働いてるって言ったら、先生はちゃんと可哀想だと思ってくれた。一緒に住もうって言ってくれて、私と同じ傷、つけてくれて、いっぱい愛してくれた。レイプされてることも、風俗で働いてることも、信じて、守るって言ってくれて。でもあんたがいるからいつも不安だった。先生がそっちにいっちゃわないか、不安で仕方なくて、その時思ったの。……あ、もっと可哀想になればいいんだって。先生が私をずっと可哀想だと思ってくれるように。だからおじさんに頼んだの。私が可哀想になるようにしてって。父親として死んでって。松井のことも泣いて話して、傷だらけの腕見せたら、今度は信じてくれて、計画を練ってくれた。松井にビデオテープを送らせろって、おじさんが言った。だから松井にね、思い出に最後の一本だけ頂戴って、言ったの。初めは警戒されたけど、なんか最後は嬉しそうにしてて、気持ち悪かった。おじさんはね、ビデオテープを見て、怒って殺したようにして、自分も死ぬって。ちょうど生きるのに疲れたからいいよって、言ってくれた。私はおじさんの為に紐を括ってあげて、先生の家で眠剤見付けたから、最期くらいちょっとでも楽になるようにって、それをあげたの。おじさんがね、教えてくれたんだけど、おじさんの恋人が亡くなったの事故じゃなかったんだって。おじさんが、殺したんだって。好きな人が出来たって言われて、それで殺しちゃったんだって。その相手がね、大沢だったんだって。おじさんの試合に応援きても、見つめてるのはずっと大沢だったんだって。だから、おじさんは大沢のこと憎んでたし、私は先生の身体を知ってる大沢が邪魔だった。おじさん、どうせ死ぬなら、松井だけじゃなくて、大沢も殺してくれたら良かったのに。先生も、そう思うでしょ?そしたら、二人きりになれるのに」
大沢先生の言う通り、私はいつしか美奈に入れ込んで洗脳されてたのかもしれない。
こんな事を聞いても美奈を想う気持ちは、今すぐに消えることはないのがその証拠だろう。
私の信じたかった正義は一番共感してほしかった大沢先生に真っ向から『間違えている』と言われた。
本当にその通りだった。
だけどやっぱり、私は美奈を愛していて、彼女を救いたいと思った。
彼女にはもう、私しかいないのだから。
「先生、帰ろうよ。大沢のこと一緒に殺っちゃおうよ。私、うまくやるからさ」
私は大沢先生の手首を持って、ゆっくりと首に突きつけられている包丁を離した。
「美奈。……美奈には私しかいないもんね。美奈は可哀想だよ。私が救ってあげるからね」
私はテーブルに置いてあったスピリタスの瓶を手に持って口に含んだ。
そのまま美奈にキスをして、美奈の中にスピリタスを流し込んだ。
口を手で塞いで無理矢理飲み込ませた。
少し経って、美奈は声にならない声を出し始めた。
「がっ……う……お……あぁぁ……せ、先生……な、な、な、うぇ……なん、あ、で……」
そのうち美奈の身体は痙攣し始め、倒れ込んだ。
過呼吸を起こし、白目を剥いて口から泡を吹いている。
「長澤先生……?!きゅ、救急車!」
大沢先生はどこまでも正しい。
こんな美奈の為に、救急車を呼ぼうとしている。
私は大沢先生の手を握って
「これでいいんです」
と言った。
美奈は失禁し、しばらく痙攣したまま嘔吐した。
吐瀉物が詰まったようで苦しそうにもがき苦しんでいる美奈の頭を撫でていると、だんだんと痙攣が治まりそのまま動かなくなった。
「……美奈は、これで救われたかな。ずっと苦しかったね。頑張ったね」
大沢先生は泣いている私を抱き締めてくれた。
「長澤先生も、頑張りましたよ。大丈夫。大丈夫」
「私、まだ間違えてますか?」
「……いいえ。大丈夫です」
大沢先生の、優しい嘘だった。
インターホンが鳴った。
学校によく来ていた刑事たちがやってきた。
「大沢!何があった?!」
「全て話したよ。……その後、そこのスピリタスを自ら飲んで……あっという間だった。間に合わなかった、すまない」
「……分かった。とりあえず救急車を呼ぶが、もう無理だろうな……。長澤さん、大丈夫ですか?」
「はい」
その後、美奈は救急車で運ばれたが病院で死亡が確認された。
アルコールがダメだという話は本当だったらしい。
私は最期まで美奈を信じたかった。
私を求め、愛してくれたことが嘘ではなかったとを信じたかった。
私の信じたいという思いと、嘘を重ねていた美奈の『本当』が、皮肉にも彼女に鉄槌を下す結果となってしまった。
死因は、吐瀉物による窒息死。
アルコールアレルギーによるアナフィラキシーショックが起きたらしい。
真相を話した後、美奈が自ら飲んだのだと大沢先生は他の刑事たちにも話していた。
私が美奈に心酔し、心を奪われたのは紛れもない事実だ。
いつしか私は『正しさ』から道を踏み外し、その結果、大沢先生に嘘をつかせてしまった。
私は狡くも、大沢先生の優しい嘘に乗っかった。
共犯者にさせてしまった。
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