上 下
20 / 27

20. 怪しい人

しおりを挟む
 学校に頻繁に警察が出入りするようになり、主に話を聞かれていたのは大沢先生だった。
 ある時、任意の事情聴取ということで勤務時間中に学校から大沢先生が警察に連れていかれた。

 噂というのはあっという間に広がるもので、美奈の父親の遺体の傍に、大沢先生が普段服用している睡眠導入剤の梱包シートが落ちていたことと、プロボクサー時代に2度もリング禍を起こし相手に重い負傷をさせていたことが教員や生徒、保護者にまで話が周り、学校への問い合わせやクレーム、掲示板での誹謗中傷など酷い有様だった。
 警察もあんなあからさまに学校へ来て大沢先生を何度も呼び出さなくても、自宅に行くなりもう少し配慮するべきだと不憫に思えた。

 そういえばリング禍について、2度も起こしていたというのは知らなかった。
 ネットで調べてみても、大沢先生の話していた半身不随になった試合のことばかりだった。
 レフリーの制止も聞かずに相手を殴り続けただとか、出血しやすいところを狙い続けて血を見て笑っていただとか、そんななんの根拠もない噂話が広まっていた。

 当時の2つの試合映像も拡散されていて学校のパソコンで見たものの、1つは確かに大沢先生の話通り対戦相手が試合後に運ばれていく場面が映っていて、重大なリング禍が起きたと新聞記事にもなるほどの騒ぎではあったらしい。
 噂好きの教員曰く、それが原因で以前いた学校を退職し、最終的に名前を書けば受かるような偏差値も学校の民度も低いこんな辺鄙へんぴな私立高校へと赴任してきたそうだ。

 問題は美奈の父親との試合映像だ。
 2度リング禍を起こしたと聞いたが、美奈の父親だという選手との試合映像を何度見ても特に問責されるような箇所は見られなかった。
 それらしい記事も載っていない。
 大沢先生は、一体何をしたというのだろう?

 学校側からの指示で、大沢先生はしばらく自宅待機という話もあったが断固として拒否し続けたらしい。
 休み時間まで電話対応を余儀なくされた教員たちは、大沢先生を疎ましく思い始め、噂や情報の内容も相まって『警察に任意同行された怪しい人』というレッテルを貼られた。
 それでも大沢先生は堂々と出勤し続けていた。
 永井先生お得意の嫌味もしばらくは華麗に交わしていたが、ある時廊下で二人が話しているのを見かけた。
 しばらく見ていると、大沢先生は何かを耳元で囁き、それを聞いた永井先生は血相を変えて走り去っていった。

「あ、見られてましたか」

「……何を言ったんですか?」

「もういい加減しつこいんでね。『お前も家族ごと殺してやろうか?』って。……あ、いや冗談ですよ?」

 そう言って大沢先生は笑っていた。

「学校、燃やしたいですか?」

「え?……あぁ、そうですね。ただ、今僕が一線を越えたら後悔が残ります」

「後悔?」

「僕にも、どうしても守りたい人がいます。武井の父は僕を恨んで死んでいきましたけど、長澤先生に何かあったら僕は娘の方を恨みます。……その時は一線を越えるかもしれません」

「まだそんなこと言って……どうしてそんなに美奈を悪く言うんですか?」

「今は何を言ってもだめでしょう。いずれ、決着はつけます。全てが見えた時、あなたの答えを教えてください」

 授業の終わりのチャイムが鳴り、教室から一斉に生徒たちが飛び出してきた。
 大沢先生を見るなり生徒たちはコソコソと耳打ちしたり、わざと避けるようにして通り過ぎていった。
 歩きやすそうに空いた道を涼しげな顔で進んでいく大沢先生の背中は、なぜかとても大きく見えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あるとき、あるまちで

沼津平成
ミステリー
ミステリー 純文芸 短編

【怒りのその先】~完璧な優男に愛されたけどクズ男の残像が消えない!病室で目を覚ますとアイツがアレで私がこうなって…もう訳分からん!~【完結】

みけとが夜々
ミステリー
優しさも愛もくれない会社の上司、真島さん。 優しさと愛を与えてくれる取引先の社長、東堂さん。 ろくでもない男を愛した私に、復讐を持ち掛ける東堂さん。 呪ってしまいたいほど真島さんを愛しているのに、抱かれても抱かれても私の寂しさは募る。 一方で、私を愛してくれる東堂さんとは、体が受け付けずどうしても男女の関係にはなれないでいる。 それぞれの『寂しさ』は、どこに行き着くのか。 『怒り』の先で繋がっていく真実とは? 複雑すぎる感情が入り交じる、急展開の愛と憎悪の物語。 (C)みけとが夜々 2024 All Rights Reserved

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

シグナルグリーンの天使たち

ミステリー
一階は喫茶店。二階は大きな温室の園芸店。隣には一棟のアパート。 店主やアルバイトを中心に起こる、ゆるりとしたミステリィ。 ※第7回ホラー・ミステリー小説大賞にて奨励賞をいただきました  応援ありがとうございました! 全話統合PDFはこちら https://ashikamosei.booth.pm/items/5369613 長い話ですのでこちらの方が読みやすいかも

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

処理中です...