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20. 怪しい人
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学校に頻繁に警察が出入りするようになり、主に話を聞かれていたのは大沢先生だった。
ある時、任意の事情聴取ということで勤務時間中に学校から大沢先生が警察に連れていかれた。
噂というのはあっという間に広がるもので、美奈の父親の遺体の傍に、大沢先生が普段服用している睡眠導入剤の梱包シートが落ちていたことと、プロボクサー時代に2度もリング禍を起こし相手に重い負傷をさせていたことが教員や生徒、保護者にまで話が周り、学校への問い合わせやクレーム、掲示板での誹謗中傷など酷い有様だった。
警察もあんなあからさまに学校へ来て大沢先生を何度も呼び出さなくても、自宅に行くなりもう少し配慮するべきだと不憫に思えた。
そういえばリング禍について、2度も起こしていたというのは知らなかった。
ネットで調べてみても、大沢先生の話していた半身不随になった試合のことばかりだった。
レフリーの制止も聞かずに相手を殴り続けただとか、出血しやすいところを狙い続けて血を見て笑っていただとか、そんななんの根拠もない噂話が広まっていた。
当時の2つの試合映像も拡散されていて学校のパソコンで見たものの、1つは確かに大沢先生の話通り対戦相手が試合後に運ばれていく場面が映っていて、重大なリング禍が起きたと新聞記事にもなるほどの騒ぎではあったらしい。
噂好きの教員曰く、それが原因で以前いた学校を退職し、最終的に名前を書けば受かるような偏差値も学校の民度も低いこんな辺鄙な私立高校へと赴任してきたそうだ。
問題は美奈の父親との試合映像だ。
2度リング禍を起こしたと聞いたが、美奈の父親だという選手との試合映像を何度見ても特に問責されるような箇所は見られなかった。
それらしい記事も載っていない。
大沢先生は、一体何をしたというのだろう?
学校側からの指示で、大沢先生はしばらく自宅待機という話もあったが断固として拒否し続けたらしい。
休み時間まで電話対応を余儀なくされた教員たちは、大沢先生を疎ましく思い始め、噂や情報の内容も相まって『警察に任意同行された怪しい人』というレッテルを貼られた。
それでも大沢先生は堂々と出勤し続けていた。
永井先生お得意の嫌味もしばらくは華麗に交わしていたが、ある時廊下で二人が話しているのを見かけた。
しばらく見ていると、大沢先生は何かを耳元で囁き、それを聞いた永井先生は血相を変えて走り去っていった。
「あ、見られてましたか」
「……何を言ったんですか?」
「もういい加減しつこいんでね。『お前も家族ごと殺してやろうか?』って。……あ、いや冗談ですよ?」
そう言って大沢先生は笑っていた。
「学校、燃やしたいですか?」
「え?……あぁ、そうですね。ただ、今僕が一線を越えたら後悔が残ります」
「後悔?」
「僕にも、どうしても守りたい人がいます。武井の父は僕を恨んで死んでいきましたけど、長澤先生に何かあったら僕は娘の方を恨みます。……その時は一線を越えるかもしれません」
「まだそんなこと言って……どうしてそんなに美奈を悪く言うんですか?」
「今は何を言ってもだめでしょう。いずれ、決着はつけます。全てが見えた時、あなたの答えを教えてください」
授業の終わりのチャイムが鳴り、教室から一斉に生徒たちが飛び出してきた。
大沢先生を見るなり生徒たちはコソコソと耳打ちしたり、わざと避けるようにして通り過ぎていった。
歩きやすそうに空いた道を涼しげな顔で進んでいく大沢先生の背中は、なぜかとても大きく見えた。
ある時、任意の事情聴取ということで勤務時間中に学校から大沢先生が警察に連れていかれた。
噂というのはあっという間に広がるもので、美奈の父親の遺体の傍に、大沢先生が普段服用している睡眠導入剤の梱包シートが落ちていたことと、プロボクサー時代に2度もリング禍を起こし相手に重い負傷をさせていたことが教員や生徒、保護者にまで話が周り、学校への問い合わせやクレーム、掲示板での誹謗中傷など酷い有様だった。
警察もあんなあからさまに学校へ来て大沢先生を何度も呼び出さなくても、自宅に行くなりもう少し配慮するべきだと不憫に思えた。
そういえばリング禍について、2度も起こしていたというのは知らなかった。
ネットで調べてみても、大沢先生の話していた半身不随になった試合のことばかりだった。
レフリーの制止も聞かずに相手を殴り続けただとか、出血しやすいところを狙い続けて血を見て笑っていただとか、そんななんの根拠もない噂話が広まっていた。
当時の2つの試合映像も拡散されていて学校のパソコンで見たものの、1つは確かに大沢先生の話通り対戦相手が試合後に運ばれていく場面が映っていて、重大なリング禍が起きたと新聞記事にもなるほどの騒ぎではあったらしい。
噂好きの教員曰く、それが原因で以前いた学校を退職し、最終的に名前を書けば受かるような偏差値も学校の民度も低いこんな辺鄙な私立高校へと赴任してきたそうだ。
問題は美奈の父親との試合映像だ。
2度リング禍を起こしたと聞いたが、美奈の父親だという選手との試合映像を何度見ても特に問責されるような箇所は見られなかった。
それらしい記事も載っていない。
大沢先生は、一体何をしたというのだろう?
学校側からの指示で、大沢先生はしばらく自宅待機という話もあったが断固として拒否し続けたらしい。
休み時間まで電話対応を余儀なくされた教員たちは、大沢先生を疎ましく思い始め、噂や情報の内容も相まって『警察に任意同行された怪しい人』というレッテルを貼られた。
それでも大沢先生は堂々と出勤し続けていた。
永井先生お得意の嫌味もしばらくは華麗に交わしていたが、ある時廊下で二人が話しているのを見かけた。
しばらく見ていると、大沢先生は何かを耳元で囁き、それを聞いた永井先生は血相を変えて走り去っていった。
「あ、見られてましたか」
「……何を言ったんですか?」
「もういい加減しつこいんでね。『お前も家族ごと殺してやろうか?』って。……あ、いや冗談ですよ?」
そう言って大沢先生は笑っていた。
「学校、燃やしたいですか?」
「え?……あぁ、そうですね。ただ、今僕が一線を越えたら後悔が残ります」
「後悔?」
「僕にも、どうしても守りたい人がいます。武井の父は僕を恨んで死んでいきましたけど、長澤先生に何かあったら僕は娘の方を恨みます。……その時は一線を越えるかもしれません」
「まだそんなこと言って……どうしてそんなに美奈を悪く言うんですか?」
「今は何を言ってもだめでしょう。いずれ、決着はつけます。全てが見えた時、あなたの答えを教えてください」
授業の終わりのチャイムが鳴り、教室から一斉に生徒たちが飛び出してきた。
大沢先生を見るなり生徒たちはコソコソと耳打ちしたり、わざと避けるようにして通り過ぎていった。
歩きやすそうに空いた道を涼しげな顔で進んでいく大沢先生の背中は、なぜかとても大きく見えた。
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