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19. 署内にて
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「武井輝夫、検死には回さないんですか」
「人を殺したのちに自殺……よくある話だ」
「うーん、松井を殺したのが武井でないとしたら?」
「それはない。お前も報告書見たろ。松井勝が殺された現場周辺の監視カメラに武井輝夫と思われる人物と二人で山道に入っていく様子が映っていた。松井の爪から、暴行された際に抵抗して入ったと思われる皮膚片と、体内に残っていた体液が武井のDNAと一致してる。松井が殺される前日に64と書かれた武井の娘の強姦されたビデオが武井宅に届いていた。……娘が約2年もあんな目に遭ってたんだ。そんなもん見てみろ、殴り殺したくなる父親としての気持ちはよく分かる。動機は十分だろ。間違いなく松井を殺したのは武井だ」
「それはそうですけど……自殺にしては不審な点もありますよね」
「……遺書の筆跡も武井本人のものだと断定されてんだぞ」
「いや、でもおかしくないですか?なんで娘を強姦した相手が松井だとすぐに分かったんですかね?」
「娘から聞いてたのかもしれねぇだろ。実際にビデオを観て、キレたのかもな。同じ目に遭えと、肛門に突っ込んだのかもしれんしな」
「というか松井はどうしてビデオなんか送ったんでしょう?脅迫ですかね?学校辞めても無駄だぞ……みたいな」
「関係を続けるために撮影した動画を本人に送るってのは、よく聞く話だな」
「では、遺体の近くには普段武井は服用していなかったという、病院でしか処方されない睡眠導入剤の包装シートがありましたよね。首吊りの際に使用したものだと思われますが、あれの入手ルートはどう考えますか?」
「……はぁ、お前の言いたいとすることは分かる。でも結果は出ちまった」
「武井が言っていた大沢賢一ですが、娘が通っていた高校教師でしたよね?調べてみると確かに20代の頃プロボクサーをしていました。武井もまた、プロボクサーでした。武井はサウスポーなんですが、首を吊った紐の括りが右利きのものなんです。大沢は右利きです。そして大沢は二度、リング禍を起こしています」
「……宮野、もうその辺にしとけ」
「大沢が引退を決めたリング禍の相手は現在海外にいるようですが、両目失明、両耳の聴覚を失い、半身不随という重い後遺症が残っています。問題は一度目です。裏取りはまだですが、一度目のリング禍は相手に重度の難聴を残したという話が出てきました。その相手が、偶然にも武井だったんです」
「…………」
「そしてもう一つ。武井の傍にあった睡眠導入剤は、大沢が普段処方されているものと一致したと報告がありました。……武井は『大沢に殺される』とも言っていました」
「大沢が武井を殺したとでも?どうやって?確かに武井の紐の件は一見怪しくはあるが、蝶蝶結びだってな、右利きであろうが逆に結ぶやつもいるぞ」
「……んー……武井とのあの時のやりとりの違和感……あぁ……なんか引っかかるんだけどなぁ……なんなんだ」
「……ちなみに、睡眠導入剤の入手ルートについては大沢本人から新たな証言があった」
「えっ!阿部さん、なんでそれ報告上げてないんですか……あ、まーた単独で動いてるでしょ!いい加減謹慎くらいますよ?その証言、教えてくださいよ」
「断る。だいたいな、仮にお前の話が全部結びついたところで、証拠が弱すぎる。大沢にはアリバイも揃ってんだぞ」
「全くもう……。というか、娘の武井美奈は、どうして突然家を出たと考えますか?」
「そりゃああれだろ、例のほら、なんつった」
「長澤ですか?」
「あぁ、そう長澤。その女の影響だろ。本人は否定してたが周辺の目撃情報だと随分と仲がいいそうだ。……隣人の証言で、たまに女同士の喘ぎ声がするんだってよ」
「同じく教員の永井は『大沢と長澤の二人は付き合っていた』と証言してますよ?」
「だからなんだ?同じ職場で働いてる男女がたまにちちくりあうくらいよくある話だろ」
「まぁなくはないですけど。武井は心配じゃなかったんですかね、父親のこと」
「耳のことか?」
「えぇ、恋愛を取ったってことなんですかねぇ」
「娘が出ていったことより、長澤が受け入れたことの方が興味深いがな」
「え?……あぁ、まぁ未成年だし、元生徒ですもんね。教師も続けてるし……確かによく踏み切りましたよね。大沢から娘に乗り換えたってことか……。ってことは、大沢は娘に女を取られた立場ってことですよね?逆恨みの線もあるのか……?うぅん……」
「警察内でも、武井の傍に落ちてた包装シートとかつての対戦相手だったってことで大沢を睨んでるやつらもいるのは分かってる。だからって動機もはっきりしない。それにもう自殺として処理されたんだ」
「そうなんですけど……」
「例えばだがな…………」
「ん?なんです?」
「……大沢が嵌められてるって線はどうだ?実際に捕まるまでにならなくても、何となく周りに怪しい奴だって思わせたいような」
「大沢の印象を悪くしたい人間……耳に障害を残された武井か……あ。それこそ娘はどうでしょう?父親の復讐とか、長澤の元彼と考えたら異常な嫉妬などあったかもしれませんよ」
「可能性はなくはないが……。まぁ、だからなんだって話か。忘れてくれ」
「ちょっと阿部さん!深掘りしましょうよ」
「無駄話にしかならねぇよ。娘が大沢を憎んでようが、大沢が娘を憎んでようがな。武井の自殺も、なんか小細工されてようが自殺の判断は覆らねぇ。上はそう判断した。自殺は自殺だ」
「阿部さん、なんでそんな大沢の肩持つんですか」
「そんなんじゃねぇ。事実を言ってるだけだ。お前ももうちょっと頭冷やせ」
「人を殺したのちに自殺……よくある話だ」
「うーん、松井を殺したのが武井でないとしたら?」
「それはない。お前も報告書見たろ。松井勝が殺された現場周辺の監視カメラに武井輝夫と思われる人物と二人で山道に入っていく様子が映っていた。松井の爪から、暴行された際に抵抗して入ったと思われる皮膚片と、体内に残っていた体液が武井のDNAと一致してる。松井が殺される前日に64と書かれた武井の娘の強姦されたビデオが武井宅に届いていた。……娘が約2年もあんな目に遭ってたんだ。そんなもん見てみろ、殴り殺したくなる父親としての気持ちはよく分かる。動機は十分だろ。間違いなく松井を殺したのは武井だ」
「それはそうですけど……自殺にしては不審な点もありますよね」
「……遺書の筆跡も武井本人のものだと断定されてんだぞ」
「いや、でもおかしくないですか?なんで娘を強姦した相手が松井だとすぐに分かったんですかね?」
「娘から聞いてたのかもしれねぇだろ。実際にビデオを観て、キレたのかもな。同じ目に遭えと、肛門に突っ込んだのかもしれんしな」
「というか松井はどうしてビデオなんか送ったんでしょう?脅迫ですかね?学校辞めても無駄だぞ……みたいな」
「関係を続けるために撮影した動画を本人に送るってのは、よく聞く話だな」
「では、遺体の近くには普段武井は服用していなかったという、病院でしか処方されない睡眠導入剤の包装シートがありましたよね。首吊りの際に使用したものだと思われますが、あれの入手ルートはどう考えますか?」
「……はぁ、お前の言いたいとすることは分かる。でも結果は出ちまった」
「武井が言っていた大沢賢一ですが、娘が通っていた高校教師でしたよね?調べてみると確かに20代の頃プロボクサーをしていました。武井もまた、プロボクサーでした。武井はサウスポーなんですが、首を吊った紐の括りが右利きのものなんです。大沢は右利きです。そして大沢は二度、リング禍を起こしています」
「……宮野、もうその辺にしとけ」
「大沢が引退を決めたリング禍の相手は現在海外にいるようですが、両目失明、両耳の聴覚を失い、半身不随という重い後遺症が残っています。問題は一度目です。裏取りはまだですが、一度目のリング禍は相手に重度の難聴を残したという話が出てきました。その相手が、偶然にも武井だったんです」
「…………」
「そしてもう一つ。武井の傍にあった睡眠導入剤は、大沢が普段処方されているものと一致したと報告がありました。……武井は『大沢に殺される』とも言っていました」
「大沢が武井を殺したとでも?どうやって?確かに武井の紐の件は一見怪しくはあるが、蝶蝶結びだってな、右利きであろうが逆に結ぶやつもいるぞ」
「……んー……武井とのあの時のやりとりの違和感……あぁ……なんか引っかかるんだけどなぁ……なんなんだ」
「……ちなみに、睡眠導入剤の入手ルートについては大沢本人から新たな証言があった」
「えっ!阿部さん、なんでそれ報告上げてないんですか……あ、まーた単独で動いてるでしょ!いい加減謹慎くらいますよ?その証言、教えてくださいよ」
「断る。だいたいな、仮にお前の話が全部結びついたところで、証拠が弱すぎる。大沢にはアリバイも揃ってんだぞ」
「全くもう……。というか、娘の武井美奈は、どうして突然家を出たと考えますか?」
「そりゃああれだろ、例のほら、なんつった」
「長澤ですか?」
「あぁ、そう長澤。その女の影響だろ。本人は否定してたが周辺の目撃情報だと随分と仲がいいそうだ。……隣人の証言で、たまに女同士の喘ぎ声がするんだってよ」
「同じく教員の永井は『大沢と長澤の二人は付き合っていた』と証言してますよ?」
「だからなんだ?同じ職場で働いてる男女がたまにちちくりあうくらいよくある話だろ」
「まぁなくはないですけど。武井は心配じゃなかったんですかね、父親のこと」
「耳のことか?」
「えぇ、恋愛を取ったってことなんですかねぇ」
「娘が出ていったことより、長澤が受け入れたことの方が興味深いがな」
「え?……あぁ、まぁ未成年だし、元生徒ですもんね。教師も続けてるし……確かによく踏み切りましたよね。大沢から娘に乗り換えたってことか……。ってことは、大沢は娘に女を取られた立場ってことですよね?逆恨みの線もあるのか……?うぅん……」
「警察内でも、武井の傍に落ちてた包装シートとかつての対戦相手だったってことで大沢を睨んでるやつらもいるのは分かってる。だからって動機もはっきりしない。それにもう自殺として処理されたんだ」
「そうなんですけど……」
「例えばだがな…………」
「ん?なんです?」
「……大沢が嵌められてるって線はどうだ?実際に捕まるまでにならなくても、何となく周りに怪しい奴だって思わせたいような」
「大沢の印象を悪くしたい人間……耳に障害を残された武井か……あ。それこそ娘はどうでしょう?父親の復讐とか、長澤の元彼と考えたら異常な嫉妬などあったかもしれませんよ」
「可能性はなくはないが……。まぁ、だからなんだって話か。忘れてくれ」
「ちょっと阿部さん!深掘りしましょうよ」
「無駄話にしかならねぇよ。娘が大沢を憎んでようが、大沢が娘を憎んでようがな。武井の自殺も、なんか小細工されてようが自殺の判断は覆らねぇ。上はそう判断した。自殺は自殺だ」
「阿部さん、なんでそんな大沢の肩持つんですか」
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