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16. 証明の傷
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今日は学校も休みだったので、デートに行こうかなんて話していたのだけれど、思いのほか家でまったり過ごすのが心地いいことが分かって昼間からお酒を飲みながらだらだらと過ごしていた。
美奈からの返信はないままだ。
「今夜は帰ります」と大沢先生に伝えると「そうしてあげてください」と返答された。
美奈と一緒に住んでいることは誰にも言っていないが、大沢先生は気付いているのかもしれない。
私の事なんて手に取るような分かる人だから、自分ならそうすると思ったのかもしれない。
帰宅してみると美奈がテレビを見ながら、振り向きもせず
「仕事辞めてきたから」
と言った。
もちろん急なことで驚きもあったが、やっと一歩前に進めた気がして嬉しかった。
美奈に抱きついて頭を撫でながら、理由を聞いた。
「こないだした時、約束したじゃん」
「一つ聞いていい?」
「……松井のこと?」
「え、あぁ、そう」
美奈は諦めたように話し始めた。
「高校入ってすぐに犯された。それで体育の授業行きたくなくて、でも単位の為の補習って名目でその度にやられた。アイツの顔見たくなくて、授業出ても出なくてもやられるならってサボってる」
怒りで言葉が出てこない。
この子はどれほど大人に傷付けられてきたのだろうか。
「美奈、もうやめよう。私がちゃんと守るから。学校、辞めよう」
「大沢といい感じなんでしょ?私に構うことないよ。ここも、出て行こうと思って」
「やだよ、絶対いや」
「……え?」
「お願い、出て行かないで。傍にいてよ。私ちゃんと美奈のこと求めてるよ?」
「さっきまで大沢といたんでしょ?学校ん中でもヤって……意味わかんない」
「もう……もうしないから!私、美奈以外ともうそういうことしないから!だからお願い、傍にいて」
私はなぜこんなにも必死になっているのだろう。
自分の手から美奈がいなくなると想像するだけで、いてもたってもいられなくなる。
恋人に別れを告げられた女が、情けなく泣きすがるように「お願いだから傍にいて」と跪き懇願しているのだ。
美奈が恍惚とした表情で荒々しく私の唇をふさいだ。
強引に舌を入れてきて、私もそれに応えようと必死に舌を絡める。
「美奈……私以外としないで」
私のこの感情は嫉妬なのだろうか。
美奈は興奮気味に私を求め、それに負けじと私も美奈を求める。
美奈を誰の手にも触れさせたくない。
美奈は何か思い立ったように洗面所に向かって、剃刀を持って私の手に握らせた。
何をしているのだろうと思った瞬間、美奈の白く美しい腕から一本の赤い線が付き、そこから血が流れ始めた。
「な、なにしてんの……タオル……っ」
強く腕を掴まれ引き止められた。
「先生、舐めて。これからは先生が私を切るんだよ。アイツが切った以上に私のこと抱いて」
美奈を傷付けるものから守ると決めた私が、美奈に言われた通り彼女の腕に傷を付ける。
矛盾もいいところだ。
最初は彼女を傷付けることに抵抗も戸惑いもあった。
でも、行為が終わったあとあまりにも愛おしそうに私が切った腕を撫でているものだから、矛盾しているとは頭では分かっているもののそれを美奈が求めるのであればと行為の度に傷を増やし続けた。
あれから私は大沢先生と距離を置き始め、美奈は学校を辞めた。
正直、私は美奈の身体を傷付ける度に何とも言えない満足感を覚え始めていた。
彼女を独占できている気がして気持ちが良かった。
そのおかげもあってか目覚めのいい朝を迎えることが多くなった。
相変わらず夢も見るが、もがき苦しんでいるのではなく、残虐に、思うままに相手を虐殺し続けた。
これは悪夢などではく、とても気分のよい夢だった。
最近は毎朝が晴れ晴れしい。
美術室に向かう途中、廊下で大沢先生とすれ違った。
あからさまに避けるようになった私を、彼は責めることはなかった。
しばらく美術室へ来ることもなかったのだが、久しぶりに大沢先生から「今夜会えないか」とメールが入った。
食事に行くのも違う気がして、「自宅の下で良ければ」と返事をした。
テレビを見ている美奈に「コンビニへ行ってくる」と伝えて大沢先生に会いに行った。
いきなり彼を避け始めた後ろめたさから、真っ直ぐに目を向けることができない。
「……どうか、踏みとどまってください」
「感情を……抑え込まない方がいいと言ったのは大沢先生ですよ。あの子のお陰で目が覚めました。今は、見る夢もとても気持ちいいです」
「今の長澤先生は感情に飲み込まれているだけです。それは正義ではありません。共依存です。……引き返せなくなりますよ」
大沢先生は決して怒っている風でもなく、ただ静かに諭すように私に話し掛ける。
大沢先生の言葉の意味を理解しようと思考を巡らせた。
私は美奈を守りたいだけだ。
大沢先生だけは『間違っていない』と認めてくれると思っていたのに。
「いつまで守る側でいるつもりですか」
「私たちはそういう役割なんですよ。美奈と出会ってようやく覚悟が出来ました」
「先生」
美奈の声にハッとした。
「先生、私だけって言ったよね?私のこと裏切るの?」
「待て武井、勘違いするな。俺が押し掛けて、たまたまここで会っただけだ」
美奈は私の腕を掴んで、強引に私を自宅へと連れ戻し、掴まれた腕は乱暴に離され思わず体勢を崩した。
美奈は喚きながら暴れ、制止するのに必死だった。
私は何度も何度も謝り、「私には美奈しかいないから!」と叫んだ。
美奈は包丁を取り出し、自らの首に当てながら「証明してよ」と嗚咽をあげて泣いていた。
私は美奈の包丁をゆっくりと引き離して、自分の腕に当て素早く切り裂いた。
鮮やかな血が一瞬だけ吹き出し、ぽたぽたと床に溜まっていく。
美奈は私のその腕にしがみつき泣きながら傷を舐めてくれる。
その度に痛みが走った。
「これからは美奈だけじゃなくて、私の腕も切ろうね」
美奈の頭を撫でながらそう言った私を見て、口元を血だらけにした彼女が微笑んだ。
「でも、やっぱり二人じゃないと不安。先生が私だけを求めくれても、先生を求める人が私以外にいるのが嫌。私も先生も処女だったら良かったのに」
拗ねたようにしがみついてくる美奈の発言を聞いて、不安にさせてしまっている自分を責めた。
でも、美奈。
私も同じ気持ちだよ。
「私も、美奈を傷付けたやつ、汚れた手で触れたやつ、全員ぶっ殺してやりたいよ」
美奈からの返信はないままだ。
「今夜は帰ります」と大沢先生に伝えると「そうしてあげてください」と返答された。
美奈と一緒に住んでいることは誰にも言っていないが、大沢先生は気付いているのかもしれない。
私の事なんて手に取るような分かる人だから、自分ならそうすると思ったのかもしれない。
帰宅してみると美奈がテレビを見ながら、振り向きもせず
「仕事辞めてきたから」
と言った。
もちろん急なことで驚きもあったが、やっと一歩前に進めた気がして嬉しかった。
美奈に抱きついて頭を撫でながら、理由を聞いた。
「こないだした時、約束したじゃん」
「一つ聞いていい?」
「……松井のこと?」
「え、あぁ、そう」
美奈は諦めたように話し始めた。
「高校入ってすぐに犯された。それで体育の授業行きたくなくて、でも単位の為の補習って名目でその度にやられた。アイツの顔見たくなくて、授業出ても出なくてもやられるならってサボってる」
怒りで言葉が出てこない。
この子はどれほど大人に傷付けられてきたのだろうか。
「美奈、もうやめよう。私がちゃんと守るから。学校、辞めよう」
「大沢といい感じなんでしょ?私に構うことないよ。ここも、出て行こうと思って」
「やだよ、絶対いや」
「……え?」
「お願い、出て行かないで。傍にいてよ。私ちゃんと美奈のこと求めてるよ?」
「さっきまで大沢といたんでしょ?学校ん中でもヤって……意味わかんない」
「もう……もうしないから!私、美奈以外ともうそういうことしないから!だからお願い、傍にいて」
私はなぜこんなにも必死になっているのだろう。
自分の手から美奈がいなくなると想像するだけで、いてもたってもいられなくなる。
恋人に別れを告げられた女が、情けなく泣きすがるように「お願いだから傍にいて」と跪き懇願しているのだ。
美奈が恍惚とした表情で荒々しく私の唇をふさいだ。
強引に舌を入れてきて、私もそれに応えようと必死に舌を絡める。
「美奈……私以外としないで」
私のこの感情は嫉妬なのだろうか。
美奈は興奮気味に私を求め、それに負けじと私も美奈を求める。
美奈を誰の手にも触れさせたくない。
美奈は何か思い立ったように洗面所に向かって、剃刀を持って私の手に握らせた。
何をしているのだろうと思った瞬間、美奈の白く美しい腕から一本の赤い線が付き、そこから血が流れ始めた。
「な、なにしてんの……タオル……っ」
強く腕を掴まれ引き止められた。
「先生、舐めて。これからは先生が私を切るんだよ。アイツが切った以上に私のこと抱いて」
美奈を傷付けるものから守ると決めた私が、美奈に言われた通り彼女の腕に傷を付ける。
矛盾もいいところだ。
最初は彼女を傷付けることに抵抗も戸惑いもあった。
でも、行為が終わったあとあまりにも愛おしそうに私が切った腕を撫でているものだから、矛盾しているとは頭では分かっているもののそれを美奈が求めるのであればと行為の度に傷を増やし続けた。
あれから私は大沢先生と距離を置き始め、美奈は学校を辞めた。
正直、私は美奈の身体を傷付ける度に何とも言えない満足感を覚え始めていた。
彼女を独占できている気がして気持ちが良かった。
そのおかげもあってか目覚めのいい朝を迎えることが多くなった。
相変わらず夢も見るが、もがき苦しんでいるのではなく、残虐に、思うままに相手を虐殺し続けた。
これは悪夢などではく、とても気分のよい夢だった。
最近は毎朝が晴れ晴れしい。
美術室に向かう途中、廊下で大沢先生とすれ違った。
あからさまに避けるようになった私を、彼は責めることはなかった。
しばらく美術室へ来ることもなかったのだが、久しぶりに大沢先生から「今夜会えないか」とメールが入った。
食事に行くのも違う気がして、「自宅の下で良ければ」と返事をした。
テレビを見ている美奈に「コンビニへ行ってくる」と伝えて大沢先生に会いに行った。
いきなり彼を避け始めた後ろめたさから、真っ直ぐに目を向けることができない。
「……どうか、踏みとどまってください」
「感情を……抑え込まない方がいいと言ったのは大沢先生ですよ。あの子のお陰で目が覚めました。今は、見る夢もとても気持ちいいです」
「今の長澤先生は感情に飲み込まれているだけです。それは正義ではありません。共依存です。……引き返せなくなりますよ」
大沢先生は決して怒っている風でもなく、ただ静かに諭すように私に話し掛ける。
大沢先生の言葉の意味を理解しようと思考を巡らせた。
私は美奈を守りたいだけだ。
大沢先生だけは『間違っていない』と認めてくれると思っていたのに。
「いつまで守る側でいるつもりですか」
「私たちはそういう役割なんですよ。美奈と出会ってようやく覚悟が出来ました」
「先生」
美奈の声にハッとした。
「先生、私だけって言ったよね?私のこと裏切るの?」
「待て武井、勘違いするな。俺が押し掛けて、たまたまここで会っただけだ」
美奈は私の腕を掴んで、強引に私を自宅へと連れ戻し、掴まれた腕は乱暴に離され思わず体勢を崩した。
美奈は喚きながら暴れ、制止するのに必死だった。
私は何度も何度も謝り、「私には美奈しかいないから!」と叫んだ。
美奈は包丁を取り出し、自らの首に当てながら「証明してよ」と嗚咽をあげて泣いていた。
私は美奈の包丁をゆっくりと引き離して、自分の腕に当て素早く切り裂いた。
鮮やかな血が一瞬だけ吹き出し、ぽたぽたと床に溜まっていく。
美奈は私のその腕にしがみつき泣きながら傷を舐めてくれる。
その度に痛みが走った。
「これからは美奈だけじゃなくて、私の腕も切ろうね」
美奈の頭を撫でながらそう言った私を見て、口元を血だらけにした彼女が微笑んだ。
「でも、やっぱり二人じゃないと不安。先生が私だけを求めくれても、先生を求める人が私以外にいるのが嫌。私も先生も処女だったら良かったのに」
拗ねたようにしがみついてくる美奈の発言を聞いて、不安にさせてしまっている自分を責めた。
でも、美奈。
私も同じ気持ちだよ。
「私も、美奈を傷付けたやつ、汚れた手で触れたやつ、全員ぶっ殺してやりたいよ」
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