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12. 未必の故意

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「あの……私がお礼にご馳走するって言ったのにご馳走になっちゃってます……」

「デートに誘ったのは僕ですよ?気にしないでください。とにかく!今夜は自由に楽しみましょう」

「……ありがとうございます。あの、さっきなんでも聞いていいって……」

「あぁ、はい。どうしました?」

「聞くタイミング今?って感じなんですけど、大沢先生はずっと独身なんですか?」

「ずっと独身ですよ。バツ無し子無しです。僕も質問いいですか?」

「あ、はい。どうぞ」

「……人生で何回くらい人を殴ったこと、ありますか?」

「え?……あぁ。ある前提なんですね」

「あるでしょう。"僕ら"は」

「6回……くらいですかね?」

「おぉ、思ってた以上にありました」

 引かれそうな話を、大沢先生はいつも笑い飛ばしてくれる。

「大沢先生はどうなんですか?」

「うーん、僕は……どうカウントしたらいいんだろうな。20代前半までボクサーだったんです。結構いいとこまでいってたんですけど、ある試合で厄介な相手と当たってしまって。ラビットパンチって分かりますか?後頭部を殴る反則技なんですけど、その常習犯で。何度レフリーに注意されてもそれを僕に続けてくるんですね。執拗に僕の後頭部を狙って殴り続けて……あ、この間の正当防衛の話がそれです。リング禍って分かりますか?」

「あぁ、あの、試合中とか試合後にひどい負傷したり亡くなったりしちゃうやつですか?」

「そうです。ラビットパンチをやめようとしない相手の頭を、僕は集中的に狙って試合を続けました。相手は次第にグローブで目を擦り始めたり、マウスピースを吐き出しそうな状態になりました。それでも相手は、あくまでも僕の後頭部を狙ってまた注意を受けて、試合が再開されてを繰り返しました。8ラウンド目に僕のフルスイングが入って、一気にコーナーに追い込みラッシュをかけました。ついに相手が膝から崩れ落ちてK.O宣告された後、そいつはセコンドが用意した椅子に辿り着けないままリングに座り込んでいびきをかき始めたんです」

「いびき……?」

「気を失ってのいびきは非常に危険な状態です。相手はすぐに病院に運ばれました。脳内出血が確認され、その後緊急手術が行われて。幸い一命は取り留めましたが、両目は失明、両耳の聴覚を失い、半身不随で言語障害まで残りました。今も24時間介護が必要な状態です。相手の反則行為が酷かった事もあって非難の声は殆どありませんでした。……でも、僕は相手が目を擦り始めた段階で何となく分かっていたんです。ラビットパンチをやめようとしない相手に慈悲は要らないと判断して、わざと側頭部に強打を入れ続けました。」

「わざと……ですか」

「えぇ。リング禍として扱われましたが、危険が及ぶことを意識しながら僕が故意的にパンチを入れ続けていたというのは、誰も知りません。……その試合を機に不眠に悩まされるようになりましたが、後悔はありませんでした。それどころか、やっと眠れたと思ったらその相手が出てきて、僕は『まだ足りない』と制裁を加え続けるんです」

「あぁ……だからボクシングに詳しかったんですね」

 この返答が間違えていることは分かるのに、正解が分からない。
 危うく人を殺しかけたという話をしているわけだけれども、聞いている限りでは大沢先生がやりすぎだとは思わなかった。

「本当に……初めて話せました。故意的だったと」

 実際に、ラビットパンチを受け続けたボクサーが試合後に亡くなることもあるのだから、まさしく正当防衛と言えるだろう。

「大沢先生が生きてくれていて良かったです。相手がそこまでになってもスッキリはしないんですね。……まぁ、そりゃそうか」

「こんな僕は狂ってるんでしょうか?」

「間違えてないですよ、大丈夫です」

 私なら、そう言って欲しいだろうと思う言葉を投げかけるといつもの優しい笑顔でお礼を言われた。
 大沢先生は間違えてなんかいない。
 先に反則を犯したのは相手なのだから。

 結局、今日はお酒を飲まずに

「次はぜひ飲みましょう」

 と車で自宅近くまで送ってもらった。
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