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10. 蔓延る外道
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早朝、セットしたアラームがまだ鳴らないうちに肩を揺すられた。
「起こしてごめん、家帰るから鍵締めてね。お父さんに話してくるから。また学校でね」
ぼんやりとした意識の中で、武井さんがお父さんに犯されている場面が頭に浮かんだ。
いつからそんな事をされているのだろう。
一回犯すごとに、腕に一本の傷。
制服姿に興奮するからという理由で、高校に行かせる父親。
まさに外道。
相当の数があった事を思うと、もう何度そんな目に遭っているのだろう。
早く一人暮らしをしたいが為に武井さんは風俗で働いているらしいが、一人暮らしをしたいというよりやはり家を早く出たいというのが本音といったところか……
考えを張り巡らせている内に、アラームが鳴った。
毎朝なんとか踏ん張って出勤する。
いつか踏ん張れなくなった時は、潔く高校教師なんて辞めてやる。
なんの未練も、思い入れもない。
無理して命を削るくらいなら逃げてやる。
……そう、頭では思っているのだけれど、私の中の『責任』が重くのしかかり毎朝気付いた時には職員室で永井先生に嫌味を言われている。
先日の大沢先生からの反撃に懲りず、というよりむしろ火を付けてしまったようだ。
嫌味で終わっていたものが嫌がらせにランクアップした。
すれ違いざまにわざとらしくぶつかってきて、コーヒーをかけられた。
ついでにその時持っていた、次の授業で使用する予定だったプリントも台無しだ。
「熱っ!ちょっと!ちゃんと前見なさいよ!この服高かったのにクリーニング代いくらするのかしら……。あぁ、もうほんとあんたみたいな女は何も考えずにボケ~っと生きてるからこんな事になるのよ!人に迷惑かけて恥を晒すなんて私なら死んだ方がマシだわ」
今は、大沢先生はいない。
先日クスクスと永井先生を嘲笑い、私にフォローを入れてきた連中は案の定何も話し掛けてこなかった。
こんなものだ。
群れてしか発言出来ないような小バエどもに、そもそもなんの期待もしていない。
適当に作ったプリントは無駄になった。
仕方なく別のプリントを用意して授業に向かう。
私が作ったプリントなんて、教科書に載ってあることをほぼ丸写ししたようなものなので労力自体はどうでもいい。
どうせ自習だし。
こいつも、外道。
相変わらず騒がしい授業で、それでも見回りの大沢先生が美術室の前を通ることはなく私はここ最近呼び出しをくらっていない。
職場で人と関わるなんて、以前はあんなにも面倒臭かったというのに、大沢先生と話して以来少し寂しさを感じていた。
「おい!お前やりすぎだろ!」
突然、男子生徒の怒号が響いた。
驚いて教室を見渡すと何やら生徒同士が取っ組み合いをしている。
あぁ……面倒くさい。
止めに入るお友達や、不安げに私の方を見てヘルプを求める女子生徒。
勝手にやってくれ。
ただし、私と無関係な場所で。
いつの間にか騒ぎを聞きつけた、体育教師の松井先生が飛び込んできて暴れている生徒を連れ去っていった。
何やら生徒たちの話に耳を傾けていると、絵の具の付いた筆を飛ばし合っている途中、それが目に入り喧嘩へと発展したらしかった。
実にくだらない。
授業終わりに松井先生に呼ばれ『なぜ仲裁に入らなかったのか』と詰められた。
私は弱々しく右手のギプスを見せ、申し訳なさそうな顔をした。
松井先生は少し戸惑ったように『ま、まぁ、怪我されてるなら仕方ないか』と話を終えた。
面倒くさかったなぁと美術室でぼんやりしていると、大沢先生が入ってきた。
私は彼が話すよりも先に、話し掛けた。
「あの、先日の永井先生の……ありがとうございました」
「あ、あぁ……逆効果だったみたいですね。それ……職員室で話題になってました。余計なことを……すみません」
コーヒーで汚れた私の服を指さしながら、私がさっき松井先生に向けた申し訳なさそうな表情よりも落ち込んでる様子で謝られた。
「いえ、あんな風に人を敵に回すことを鑑みずに言ってくださって。大袈裟ですけど、感動しました」
「ほんと、大袈裟ですよ。あ、これ持ってきたんです」
新品未開封のブラウスが入った袋を渡された。
「え?あの、これ」
「さっき、用事のついでに買ってきたんですけど、好みとかは分からなくて無難に白かなと……さすがに今日一日それじゃあ、ね」
「ありがとうございます。こんな、わざわざ。あ、そうだ、お金」
「あー!いいですいいです。大丈夫です」
「……じゃ、じゃあ、あの、前に言ってたデート?何かご馳走させてください」
「あぁ……もう……。今日僕の方から誘おうと思ってたのに。先越されちゃいました」
大沢先生が優しく笑ってくれた。
私は『着替えてきます』と一言言って、奥の部屋へ行き、買ってきてもらったブラウスに着替えた。
「サイズぴったりです。本当にありがとうございます」
「良かったです。それで、いつにしますか?僕の方は、いつでも」
「今日なんか、どうですか?」
「いいですね。何か食べたいものとかありますか?好きな食べ物とか」
「うーん、何でも好きですけど、あまり騒がしくないところがいいですかね……ゆっくりお話したいです」
「分かりました、どこか調べておきますね。放課後、また連絡しますね」
久しぶりに楽しみができた。
いつもなら、早く帰りたいから、早く時間が過ぎればいいのにと思っていた。
今は、大沢先生との約束が楽しみで、早く帰りたいと思っている。
何となく今日の部活動は部長に任せて、顧問不在でやってもらおうと決めた。
それほど楽しみにしている自分がどこか滑稽に思えて、恥ずかしくなったが楽しみなものは楽しみなのだから仕方ない。
「起こしてごめん、家帰るから鍵締めてね。お父さんに話してくるから。また学校でね」
ぼんやりとした意識の中で、武井さんがお父さんに犯されている場面が頭に浮かんだ。
いつからそんな事をされているのだろう。
一回犯すごとに、腕に一本の傷。
制服姿に興奮するからという理由で、高校に行かせる父親。
まさに外道。
相当の数があった事を思うと、もう何度そんな目に遭っているのだろう。
早く一人暮らしをしたいが為に武井さんは風俗で働いているらしいが、一人暮らしをしたいというよりやはり家を早く出たいというのが本音といったところか……
考えを張り巡らせている内に、アラームが鳴った。
毎朝なんとか踏ん張って出勤する。
いつか踏ん張れなくなった時は、潔く高校教師なんて辞めてやる。
なんの未練も、思い入れもない。
無理して命を削るくらいなら逃げてやる。
……そう、頭では思っているのだけれど、私の中の『責任』が重くのしかかり毎朝気付いた時には職員室で永井先生に嫌味を言われている。
先日の大沢先生からの反撃に懲りず、というよりむしろ火を付けてしまったようだ。
嫌味で終わっていたものが嫌がらせにランクアップした。
すれ違いざまにわざとらしくぶつかってきて、コーヒーをかけられた。
ついでにその時持っていた、次の授業で使用する予定だったプリントも台無しだ。
「熱っ!ちょっと!ちゃんと前見なさいよ!この服高かったのにクリーニング代いくらするのかしら……。あぁ、もうほんとあんたみたいな女は何も考えずにボケ~っと生きてるからこんな事になるのよ!人に迷惑かけて恥を晒すなんて私なら死んだ方がマシだわ」
今は、大沢先生はいない。
先日クスクスと永井先生を嘲笑い、私にフォローを入れてきた連中は案の定何も話し掛けてこなかった。
こんなものだ。
群れてしか発言出来ないような小バエどもに、そもそもなんの期待もしていない。
適当に作ったプリントは無駄になった。
仕方なく別のプリントを用意して授業に向かう。
私が作ったプリントなんて、教科書に載ってあることをほぼ丸写ししたようなものなので労力自体はどうでもいい。
どうせ自習だし。
こいつも、外道。
相変わらず騒がしい授業で、それでも見回りの大沢先生が美術室の前を通ることはなく私はここ最近呼び出しをくらっていない。
職場で人と関わるなんて、以前はあんなにも面倒臭かったというのに、大沢先生と話して以来少し寂しさを感じていた。
「おい!お前やりすぎだろ!」
突然、男子生徒の怒号が響いた。
驚いて教室を見渡すと何やら生徒同士が取っ組み合いをしている。
あぁ……面倒くさい。
止めに入るお友達や、不安げに私の方を見てヘルプを求める女子生徒。
勝手にやってくれ。
ただし、私と無関係な場所で。
いつの間にか騒ぎを聞きつけた、体育教師の松井先生が飛び込んできて暴れている生徒を連れ去っていった。
何やら生徒たちの話に耳を傾けていると、絵の具の付いた筆を飛ばし合っている途中、それが目に入り喧嘩へと発展したらしかった。
実にくだらない。
授業終わりに松井先生に呼ばれ『なぜ仲裁に入らなかったのか』と詰められた。
私は弱々しく右手のギプスを見せ、申し訳なさそうな顔をした。
松井先生は少し戸惑ったように『ま、まぁ、怪我されてるなら仕方ないか』と話を終えた。
面倒くさかったなぁと美術室でぼんやりしていると、大沢先生が入ってきた。
私は彼が話すよりも先に、話し掛けた。
「あの、先日の永井先生の……ありがとうございました」
「あ、あぁ……逆効果だったみたいですね。それ……職員室で話題になってました。余計なことを……すみません」
コーヒーで汚れた私の服を指さしながら、私がさっき松井先生に向けた申し訳なさそうな表情よりも落ち込んでる様子で謝られた。
「いえ、あんな風に人を敵に回すことを鑑みずに言ってくださって。大袈裟ですけど、感動しました」
「ほんと、大袈裟ですよ。あ、これ持ってきたんです」
新品未開封のブラウスが入った袋を渡された。
「え?あの、これ」
「さっき、用事のついでに買ってきたんですけど、好みとかは分からなくて無難に白かなと……さすがに今日一日それじゃあ、ね」
「ありがとうございます。こんな、わざわざ。あ、そうだ、お金」
「あー!いいですいいです。大丈夫です」
「……じゃ、じゃあ、あの、前に言ってたデート?何かご馳走させてください」
「あぁ……もう……。今日僕の方から誘おうと思ってたのに。先越されちゃいました」
大沢先生が優しく笑ってくれた。
私は『着替えてきます』と一言言って、奥の部屋へ行き、買ってきてもらったブラウスに着替えた。
「サイズぴったりです。本当にありがとうございます」
「良かったです。それで、いつにしますか?僕の方は、いつでも」
「今日なんか、どうですか?」
「いいですね。何か食べたいものとかありますか?好きな食べ物とか」
「うーん、何でも好きですけど、あまり騒がしくないところがいいですかね……ゆっくりお話したいです」
「分かりました、どこか調べておきますね。放課後、また連絡しますね」
久しぶりに楽しみができた。
いつもなら、早く帰りたいから、早く時間が過ぎればいいのにと思っていた。
今は、大沢先生との約束が楽しみで、早く帰りたいと思っている。
何となく今日の部活動は部長に任せて、顧問不在でやってもらおうと決めた。
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